千古江山, 英雄無覓, 孫仲謀處。 舞榭歌臺, 風流總被, 雨打風吹去。 斜陽草樹, 尋常巷陌, 人道寄奴曾住。 想當年, 金戈鐵馬, 氣呑萬里如虎。 元嘉草草, 封狼居胥, 贏得倉皇北顧。 四十三年, 望中猶記, 烽火揚州路。 可堪囘首, 佛狸祠下, 一片神鴉社鼓。 憑誰問, 廉頗老矣, 尚能飯否。 |
千古の 江山,
英雄 覓むる無く,
孫仲謀の 處。
舞榭 歌臺,
風流は 總じて,
雨 打たれ 風 吹かれ 去く。
斜陽は 草樹にさし,
尋常の 巷陌(横町)に,
人は 道ふ: 寄奴 曾て住めりと。
當年(かのとし)を 想ふに,
金戈 鐵馬,
氣 萬里を呑みて 虎の如くなりき。
元嘉 草草(かるはずみ)に,
狼居胥に 封(まつ)らんとすれど,
贏(し)得て 倉皇として 北を顧るに おさまれるにすぎず。
四十三年,
望める中に 猶も 記す,
烽火の 揚州路。
可(なん)ぞ堪へん 首(かうべ)を回(めぐ)らすに,
佛狸祠の下,
一片(めん)の 神鴉と 社鼓は。
誰に憑って 問はん,
廉頗(れんぱ) 老いたるも,
尚ほ能く 飯せりや否や。
**********
私感注釈
◎辛棄疾の晩年(65歳)の開禧元年の作で、基本的には回顧調に作られている。鎮江の知府の時の作。
※永遇楽:詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。個人的に想うのだが、この詞の前は、蘇軾の『念奴嬌』「大江東去,浪淘盡、千古風流人物。故壘西邊,人道是、三國周郞赤壁。亂石穿空,驚濤拍岸,卷起千堆雪。江山如畫,一時多少豪傑。 遙想公瑾當年,小喬初嫁了,雄姿英發。羽扇綸巾,談笑間、檣櫓灰飛煙滅。故國神遊,多情應笑我,早生華髪。人間如夢,一樽還酹江月。」
を意識して作った。
※京口北固亭懷古:(現・江蘇省の)京口にある北固亭で、昔を懐かしむ。 ・京口:現・江蘇省鎮江のこと。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)62ページ「南宋 淮南東路 淮南西路」には鎮江府とある。 ・北固亭:北固楼のことで、鎮江城北の北固山
山頂にある建物。(この地図では京口としている)長江を俯瞰できる堅固な地勢に位置し、作者はここで祖国の千古の江山に対し、感慨を抱き、この憂国の詞を作った。北固山という名からは高い山を聯想するかも知れないが京口の長江沿岸部にある川岸の岡。その後ろに京口の市街が広がっている。
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江蘇省鎮江市京口区北固山公園(地図の中心) |
※千古江山:永久の(祖国の)山河には。 ・千古:遠い昔。時間の無限なこと。永久。 ・江山:(祖国の)山河。ここでは長江北岸の旧北宋の故地も指していよう。実際に、北固山山頂から長江北岸の山河が眺められるか否かは、別問題。辛棄疾には、満目の錦秀山河が望めていよう。
※英雄無覓:英雄時代の思い出をたぐるよすがもない(ここは)。 ・覓:〔べき;mi4●〕もとめる。
※孫仲謀處:呉の孫仲謀(=孫権)(が、劉備と共に北固山で、曹操に対する策を練った)ところ(だ)。 ・孫仲謀:孫権(182年~252年)のこと。三国時代の呉(229年)を建てた。仲謀は字。三国時代は、魏呉蜀の鼎立時代で、孫仲謀は、ここ京口を首府とし、京城と称した。蘇軾の前出詞「三國周郎赤壁」と対になる。
※舞榭歌臺:(孫権の造った)歌い踊る舞台。=歌臺舞榭。ここは●●○○とすべきところなので「舞榭歌臺」とした。○○●●とすべきところでは「歌臺舞榭」とする。 ・臺?:〔たいしゃ;tai2xie4○●〕うてな。たかどの。 ・?:〔しゃ;xie4●〕屋根のあるものみ台。
※風流總被:(そのような)風流な物事はすべて(雨風に曝さ)れてしまった。 ・風流:なごり。自由奔放。みやびやか。風雅。豪放詞では「風流」は、屡々英雄的な事象に対して使うが、ここでは日本語にある風流とほぼ同義で、風韻、風雅のこと。男女関係を表す用法ではない。 ・總被:總:すべて。総じて。 ・被:…(ら)れる。受動を表す。後に動詞や名詞が来る。普通は被では句は終わらない。ここでは、「舞榭歌臺、風流,總被雨打風吹去。」と続く。
※雨打風吹去:雨風に曝さ(れてしまった)。 ・雨打風吹:雨風に吹き晒される。 ・-去:…ゆく。韻脚のところ。この字の意味が今一つはっきりしない。去は時間的、心理的空間的に離れていく感じを表すのに使う。「祖国の千古の江山は昔の英雄時代の面影を探すに難しく、風雅風韻もすべて時の流れという風雨がながしてしまった。」の「…して しまった。」に該当しよう。
※斜陽草樹:傾いた夕陽の(照る)草むらと木々(の間で)。 ・斜陽:夕日。勢いが衰えてきた趣を表す。 ・草樹:草木。
※尋常巷陌:ありふれた横町に。 ・尋常:ありきたりの。尋常の。盛唐・杜甫の『江南逢李龜年』に「岐王宅裏尋常見,崔九堂前幾度聞。正是江南好風景,落花時節又逢君。」とあり、中唐・劉禹錫の『烏衣巷』に「朱雀橋邊野草花,烏衣巷口夕陽斜。舊時王謝堂前燕,飛入尋常百姓家。」
とある。 ・巷陌:〔かうはく;xiang4mo4●●〕通り。横町。
※人道寄奴曾住:南朝・宋の武帝(劉裕)が住んでいたことがあった、と人々は言っている。 *「斜陽草樹,尋常巷陌,人道寄奴曾住。」で、「残り日ともいうべき夕日がぼうぼうになった草木を照らし、ありふれた横町に、嘗て武帝(劉裕)が住んでいた、と人々はいっている。」となる。 ・道:言う。前出・詞には「人道是」とある。 ・寄奴:南朝・宋の武帝(劉裕)の幼名。(蛇足になるが、この南朝の宋とは、960年建国の宋ではなく、それよりも五百年早く、南北朝、五胡十六国の時代、東晋の恭帝の禅譲を受け、後を継いだ劉裕(後の武帝)が建てた国のことで、)劉裕はここ京口で生まれ、京口より東晋の桓玄の叛乱を平定する軍を発し、北伐して鮮卑等にあたり、多くの功績を立てた。 ・曾住:かつて すんでいたことがある。
※想當年:昔のことを思い起こせば。 *劉裕が北伐の軍を起こした当時のことを想い起こす。 ・當年:〔たうねん;dang1nian2○○〕かの年。当時。往事。昔。蛇足になるが、〔dang4nian2●○〕の方ではない。
※金戈鐵馬:(劉裕の)きらびやかで勇猛な軍馬は。 ・金戈:黄金のほこ。 ・鐵馬:鉄のよろいをつけた騎兵。勢いが激しく勇猛な騎兵、軍馬。
※氣呑萬里如虎:虎の如く、意気軒昂としていた。 *「想當年,金戈鐵馬,氣呑萬里如虎。」で、「武帝の征戦の軍容を想起すれば、威風堂々、意気軒昂として、当たるべからざるものがあった。」となる。 ・氣呑萬里:意気軒昂なさまをいう。蛇足になるが、現代風に言えば「所向無敵」「戰無不勝的…」「意氣昂揚」「意氣風發」か。(文化大革命風…)。
※元嘉草草:元嘉(二十七)年の(劉裕の子の文帝による)軽はずみな出兵で。 *武帝(劉裕)の子の文帝による軽はずみな出兵を指す。元嘉二十七年(450年)に、文帝が王玄謨に命じ、北魏に対して北伐の軍を起こしたが、準備不足と効を焦った冒険的な戦略のため、大敗を喫したことを指す。 ・元嘉:年号。南朝の宋の文帝劉義隆(武帝劉裕の子にあたる)の年号。425年~453年。 ・草草:(古・現代語)(にわかで)いいかげんなこと。軽はずみなこと。詞語としては、慌ただしくて、いい加減なこと。孫光憲の『上行杯』(草草離亭鞍馬)に「草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦呉千萬里。」とあり、中唐・白居易の『初貶官過望秦嶺』に「草草辭家憂後事,遲遲去國問前途。望秦嶺上迴頭立,無限秋風吹白鬚。」とあり、南宋・陸游の『龍興寺弔少陵先生寓居』に「中原草草失承平,戍火胡塵到兩京。扈蹕老臣身萬里,天寒來此聽江聲。」
とある。
※封狼居胥:(匈奴を破った霍去病のように、敵を)狼居胥山(に追いつめて、山)で祭壇を築いたものの。 ・封:山上に祭壇を築き、勝利を祝うこと。『後漢書・祭祀志論』に「封者謂封土爲壇,柴祭告天代興成功。」とある。蛇足になるが、「封+地名」で「××地に封(ほう)ず」の意があるが、ここではそれとは異なる。 ・狼居胥:山の名。狼山。現在の内蒙古自治区にある。漢の霍去病(くゎく
きょへい;Huo4 Qu4bing4)が匈奴を大破して、狼居胥山に追いつめて、山で祭壇を築き、戦勝を祝って帰還したことに基づいている。『史記・衛將軍驃騎列傳』には「驃騎將軍(霍去病)亦將五萬騎,…濟弓閭(水名),獲屯頭王、韓王等三人,將軍、相國、當戸都尉八十三人,封(祭天)狼居胥山,禪(祭地)於姑衍,登臨翰海。執鹵獲醜七萬有四百四十三級,師率減什三,取食於敵,卓行殊遠而糧不絶,以五千八百戸益封驃騎將軍。…」とある。
※贏得倉皇北顧:慌ただしく北方をふり返りことに終わってしまった。 *文帝の北伐の失敗を謂う。 ・贏得:…に終わる。結局…になる。詞語で、「贏得」は、獲得する、となるがここでは適切ではない。 ・贏:おさめる。収容する。つつむ。蛇足になるが、「贏得」は、現代口語では、どちらかと言えば反対の意味の「勝ちとる」になるが、ここでそうとるのは適切でない。要注意。 ・倉皇:蒼惶として。あわてて。 ・北顧:北方を振り返る。 *ここでは文帝の北伐が失敗して、逃げ帰るとき、攻め寄せる北方の軍を顧ることをいう。前出元嘉二十七年の出兵の敗退を指す。
※四十三年:(この)四十三年間。 *辛棄疾が紹興三十二年(1162年)に南宋に渡った時より起算してこの詞を作った開禧元年(1205年)までの四十三年間を指す。つまり、「南宋の地に居を移してから」と言う意味。
※望中猶記:眺めの中で、今なお覚えている(のは)。 ・望中:辛棄疾が眺めている視界の中(で)。 ・猶記:なおも 記す。今なお覚えている。 ・記:覚えている。
※烽火揚州路:揚州方面での戦闘だ。 ・烽火:のろし火。戦火のこと。盛唐・李白の『戰城南』に「去年戰桑乾源, 今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。烽火然不息,征戰無已時。野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。士卒塗草莽,將軍空爾爲。乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。」とあり、盛唐・杜甫の『春望』に「國破山河在,城春草木深。感時花濺涙,恨別鳥驚心。烽火連三月,家書抵萬金。白頭掻更短,渾欲不勝簪。」
がある。 ・揚州路:辛棄疾が四十三年前の南帰の際、金軍と戦ったところ。
※可堪囘首:ふり返るのに耐えられない(のは)。 ・可堪:(口語か)=何堪。なんぞ たへん。どうして耐えられようか。反語の働き。 ・回首:こうべをめぐらす。振り返る。
※佛狸祠下:仏狸祠の下での。 ・佛狸祠:現・江蘇省六合県の瓜歩山にある旧行宮、祠。 *北魏の太武帝の小字が佛狸で、彼は、元嘉二十七年の文帝の北伐軍をここ瓜歩山に破り、山上に行宮を築いた。後にそこを佛狸祠と呼ぶようになった。
※一片神鴉社鼓:(長閑(のどか)に祠のお供えを食べている)辺り一面の鴉や祭りの太鼓の音(の平和なさま)だ。 ・一片:(白話)辺り一面の意。なお、ここでは、ひとひらの意の一片(いっぺん)、ではない。 ・神鴉:祠のお供えを食べている鴉。次の社鼓と共に、平安な様子を謂う。辛棄疾は、(南宋側から見れば)敵・金の占領地区となった地域の住民(漢民族)が民族の大義をを忘れ、ただ日常の繁栄を追っている姿に、批判的な眼差しを向けている。 ・社鼓:祭り太鼓。祭りの日の祠の太鼓の音。前出句と同じ意味。
※憑誰問:誰に尋ねようか。 ・憑誰:(口語か)だれによって。
※廉頗老矣:廉頗(れんぱ)将軍は、老いてしまった(が)。 *わたし(=作者)も廉頗(れんぱ)将軍同様に老いてしまったが。 ・廉頗:〔れんぱ;Lian2Po1○○〕戦国時代の趙國の大将。秦が趙を攻めようとしたとき、趙王は廉頗を再び起用しようと思い、使者を遣って、廉頗がまだ戦えるかどうか確かめさせた。廉頗は王の使者を前にして、米一斗と肉十斤を食べた上に、鎧を身につけて、馬にまたがった、という故事を踏まえている。下記『史記』の青い文字の部分を参照。『史記卷八十一・廉頗藺相如列傳伝・第二十一』「廉將軍雖老,尚善飯。(廉頗居梁久之,魏不能信用。)……趙以數困於秦兵,趙王思復得廉頗,廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金,令毀之。趙使者既見廉頗,廉頗爲之一飯斗米,肉十斤,被甲上馬,以示尚可用。」ということ。 ・老矣:老いたり。 ・矣:…てしまった。完了や終了を表す。語気助詞。
※尚能飯否:(老いたりと雖も)尚も敵を駆逐する力の根元としての食慾があるかどうかを。 *(作者も)敵を駆逐する力を持っているかどうかを。前出・『史記卷八十一・廉頗藺相如列傳・第二十一』に「廉將軍雖老,尚善飯。(廉頗居梁久之,魏不能信用。)……趙以數困於秦兵,趙王思復得廉頗,廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金,令毀之。趙使者既見廉頗,廉頗爲之一飯斗米,肉十斤,被甲上馬,以示尚可用。趙使還報王曰:『廉將軍雖老,尚善飯,…」 老いたりと雖も尚も敵を駆逐する力の根元の食欲があることをいう。ここでは「飯」は動詞。飯を食う。「能+(動詞)+否」…が、できるかどうか。蛇足になるが、趙王は、結局、廉頗を用いなかった。その理由とは、「…然與臣坐,頃之三遺矢矣。』趙王以爲老,遂不召。」つまり、屡々トイレに立って大便をしたので、趙王は、「やっぱりだめだ。年をとっている。」という次第で…。(遺矢:うんこをする。矢=屎) ・尚:なお。 ・能:よく。できる。 ・否:…や いなや。句の末尾に付き、疑問文にする働きがある。
◎ 構成について
双調。104字。仄韻。 韻式「aaaa aaaa」韻脚:「處去住虎。顧路鼓否」で「第四部」。
なお、樹(第十二部)は現代語の発音からは似ているが、違う。(日本語の音では、はっきりと違うが)当然、韻を踏むところではない。胥(第四部平声)も韻を踏むところではない。
●○○,
○
●,
○●。(韻)
●○○,
○
●,
●○○●。(韻)
○
●,
○
●,
●●○○●。(韻)
○
,
○○●,
●
○●。(韻)
○
●,
○○●,
●●○
●。(韻)
●○○,
○
●,
●○○●。(韻)
○
●,
○
●,
●●○
●。(韻)
○●,
○○●●,
●○●●。(韻
2000. 6.14 6.15 6.16 6.18 6.19 6.20 6.24完 9.30補 11. 6 11. 8 12.10 2001. 4.10 10.11 2011.11.13 11.14 |
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