日本語標準アクセントの概要
0.総論
アクセントとは、個々の語に特有で不可欠なストレス(強弱)またはピッチ(高低)の配列のことである。
アクセントによって文は語の単位で「塊り」や「山」として感知されやすくなり、理解が助けられる。これをアクセントの統語機能と呼ぶ。
また、同じ音声(分節素)の配列であってもアクセントが異なることによって別の語として認識できる。それによって同音異義を避け、音節数の節約もできる。これをアクセントの弁別機能と呼ぶ。
言語によってはアクセントの形が一種類に限られ、したがって弁別機能を持たないことがある。しかしその場合でも統語機能は有効に働く。
日本語のアクセントはピッチアクセントである。日本語の発話にはもちろん強弱も伴っているが、それは語に特有でも不可欠でもないのでアクセントとは関係がない。
日本語のアクセントの体系は方言によって様々である。関西方言のアクセントは比較的多くの型を言い分けるが、東日本ではそれより型が少なく、南九州の一部のように全ての語のアクセントが同一となっているものもある。また、南東北、北関東、九州中部のような無アクセントのものもある。
標準アクセントと呼ばれるのはほぼ東京方言のアクセントである。東京方言のアクセントは関西方言よりやや型数の少ない体系であるが統語機能、弁別機能ともに優れた体系と言ってよく、また同体系のアクセントが比較的広い地域にわたって分布しているために標準アクセントに採用されるにふさわしいと言われる。しかし実のところはそのような吟味の上で採用されたのものではなく、首都の方言のアクセントがそのまま成り行きで標準アクセントと呼ばれるようになったものである。
1.本態
日本語標準アクセントの本態はピッチ(声の高さ、声の基本周波数)の有意的な下降である。
(発話は常に多かれ少なかれ経時的に自然なピッチの下降を伴うが、それは話者にも聴者にも何ら意味を持たない生理的現象である。これに対してアクセントによる下降は生理的に自然で無意味な範囲を超えた程度に及び、聴取においても有意的に捉えられる。)
有意的下降は原則として語中に零ヶ所または一ヶ所現れ、その位置は拍と拍の境目であり、原則として拍内部では下降しない。従って語のアクセントは拍を単位として例えばHHHLLや●●●○○のように二種の高さによって表すことができる※1。この場合、3拍目と4拍目の間にアクセントの「タキ(滝)」があると言い、3拍目をアクセントの「核」と言う。
ところでこのHHHLLや●●●○○の表記には余剰性(冗長性)がある。各拍の高さを全て表示しなくてもタキや核の位置さえ明示できればこの語のアクセントの表記は完結する。例えばでも良いし、単に「3」でも良い。従って音韻論的アクセント表記は今示したような簡潔なものとなる。
ここで注意しなければならないのは、実際の発話では文頭の語及びプロミネンスの付与された(強調、卓立、フォーカスされた)語は語頭にピッチの上昇を伴うということである。つまり例に挙げた語でいえば、LHHLLや○●●○○として実現されるわけである。(もちろん文中においてプロミネンスが付かない場合はHHHLL、●●●○○である。)このため市販のアクセント辞典では学習者の便宜を考えてのように一拍目を低く表示してあるが、実は、常に一拍目が低いわけではないし、それが本質でもないということに留意しなければならない※。※ 現在一部のアクセント辞典で一拍目を低く表示しない方式が採用されている。
2.固定アクセント詞
名詞のアクセントは各拍のどれか一つに核があるか、又はどの拍にも核がないかの何れかである。従って拍数プラス1の数の型が存在し得る。
教習用高低図
1拍語 2拍語 3拍語 4拍語 ■
△■
□△■
□□△■
□□□△■
□ △■
□ □△■
□ □□△□■
□ △□■
□ □△□□■
□ △△
□□△
□□□△
□□□□△
□□は拍、■が核、△は一般的な一拍助詞
1拍目に核がある語のアクセントを頭高型※2、最終拍に核があるものを尾高型※3、途中の拍にあるものを中高型※4、核のないものを平板型※5と言うことがある。
名詞のアクセントに関する重要な規則は次の通りである。
名詞のアクセントは原則として変化しない。(複合語の要素としてはこの限りではない。また、一部の名詞(尾高型またはそれに準じるもの)が助詞を欠いて副詞化した場合は平板型となる※6。)
地名、人名は原則として平板型※7か、最後から数えて三拍目に核のある形※8に限られる。
複合名詞のアクセントはその最終成分によって決まる。一例を挙げれば、最終成分が二字漢語あるいは三拍名詞である場合はその最終成分の先頭の拍が核となる※9。
動詞、形容詞から転成した名詞のアクセントは元の動詞、形容詞の式によって決まる※10。
核のある名詞のあとに付く付属語(助詞、助動詞など)は原則として低く付く※11。(但し、尾高型のあとに「の」は高く付くことが多い※12。)
核のない名詞のあとに付く付属語(助詞、助動詞など)は多くは一拍目だけ高く付き、そのあと低くなる※13。二拍目まで高く付くものもある※14。
詳細
動詞、形容詞以外の全ての品詞(付属語を除く)のアクセントのしくみは名詞に準じる。
3.変化アクセント詞
動詞のアクセントは原形において核が原則として語尾から数えて二拍目にあるもの(a式※15)と核のないもの(b式※16)との二種類に分類される。
2拍語 3拍語 4拍語 5拍語 a ■
□■
□ □□■
□ □□□■
□ □b □
□□□
□□□□
□□□□□
□二拍動詞を分類するとa、bほぼ同数だが、三拍以上ではaが多い。複合動詞はaであることが多いが、「見」「出」で始まるものはbがふつうである※17。
a式、b式を起伏式、平板式と言うことがある。
両者のアクセントは語形の変化に伴ってそれぞれのパターンに従って変化する。主な変化形のアクセント(核の位置)は次のようにまとめられる※18。(-の表示は語尾から数えての意。0は核なし。)
原形 ~て ~た ~たら ~ば ~ます 命令形 ~ない ~なければ a -2 -3 -3 -4 -3 -2 -2 -3 -5 b 0 0 0 -2 -2 -2 -1 0 -4 a式の動詞の原形や変化形のあとに付く付属語は原則として低く付く※19。
b式の動詞の原形や核のない変化形のあとに付く付属語は多くは低く付く※20が、次いで一拍目だけ高く付くものが多い※21。また高くも低くも付くもの※22や二拍目まで高く付くものも少数ある※23。
詳細
形容詞のアクセントは原形において核が語尾から数えて二拍目にあるもの(a式※24)と核のないもの(b式※25)との二種類に分類される。
2拍語 3拍語 4拍語 5拍語 a ■
□■
□ □□■
□ □□□■
□ □b - □□
□□□□
□□□□□
□bは少なく、30~40を数えるのみである。(但し、丁寧を表す接頭辞「お」が付いたものは全てb式となる※26。)
a式、b式を起伏式、平板式と言うことがある。
両者のアクセントは語形の変化に伴ってそれぞれのパターンに従って変化する。主な変化形のアクセントは次のようにまとめられる※27。
原形 ~いか ~く ~くて ~かった ~かろう a -2 -3 -3 -4 -5 -2 b 0 -3 0 -3 -4 -2 形容詞のあとに付く付属語のアクセントは動詞の場合に準じる。詳細
4.核の移動
いわゆる特殊拍(引き音、撥音、促音)は核になることはない。これらの拍に予想される核は前後の拍に移動して実現する。また連母音の後半拍・無声化した拍も核になりにくい※28。
5.文の実際
「アネワ ゴゴノ ヒコオキデ ヒロシマエ モドリマス」を例として文のメロディーを見てみよう。太字が核である。
まず文節ごとのアクセントを音韻論的に(本態のみを)示す。
アネワ ゴ ヒコ ヒロシマエ モドリマ
ゴノ オキデ ス
以下は文としてのメロディーを音声学的に(実際的に)簡単に示したもの。
まず特にどの文節にもプロミネンスを付与しない場合。
文頭の語には上昇が現れる(一種のプロミネンスと考えられる。上昇の幅は任意である)。他には上昇はなく、全ての核の後には有意的な下降がある。全体として「へ」の字型のなだらかな下降線を描く。(生理的な下降を考慮に入れれば下の模式図全体をやや右下がりに傾けたものが実際に近い。)
ネワゴ
ア ゴノヒコ
オキデヒロシマエモドリマ
ス (音声ファイル参照)
次に、「姉は」にプロミネンス(上昇の幅は任意である。以下同様)を付与した場合。(音声ファイルの1番)
ネワゴ
ゴノヒコ
ア オキデヒロシマエモドリマ
ス
「午後の」にプロミネンスを付与した場合。(音声ファイルの2番)
ゴ
ネワ ゴノヒコ
ア オキデヒロシマエモドリマ
ス
「飛行機で」にプロミネンスを付与した場合。(音声ファイルの3番)
ネワゴ コ
ア ゴノヒ オキデヒロシマエモドリマ
ス
「広島へ」にプロミネンスを付与した場合。(音声ファイルの4番)
ネワゴ
ア ゴノヒコ ロシマエモドリマ
オキデヒ ス
「戻ります」にプロミネンスを付与した場合。(音声ファイルの5番)
ネワゴ
ア ゴノヒコ ドリマ
オキデヒロシマエモ ス
なお、文のメロディーにはこの他に文末やポーズの直前の一音節内部の上昇、下降である「イントネーション※」が関与する。
アクセント、プロミネンス、イントネーションはそれぞれ独立した別要素である。※日本語のイントネーションは文全体に及ぶのではないことに注意。
6.標準アクセントの特徴
文(一語文も含む)の先頭には必ずピッチの上昇がある。一拍目が低ければ必ず二拍目が上がり、また一拍目が高い場合は他の方言に比べより高い傾向が見られ、かつ二拍目は大きく下降する。つまり、発話の先頭がダイナミックなメロディーを持っているため訴求性に優れていると言える。
プロミネンスを語頭のピッチの上昇として統一的に実現できるため、音の上昇が感知できたらそれがすなわち重要な語の先頭であると知れるので意味内容の理解に有利である。逆に重要でない語には上昇がないので余剰的情報によって理解を妨げられない。すなわち文のフォーカス表現に優れ、論理性も情緒性も高いと言えよう。
拍と高さの結び付きが強い。二拍で構成される音節内部の下がり目も明確である※29。ただ、二拍音節内部の上がり目は実現しにくく、一拍目が予備的に相当上昇するために二拍目との差が感知されないことがある※30。但し、プロミネンスが付く場合はこの限りではない。
核のない一拍名詞を拍の延長なしに発音するので理解に困難なことがある。特に文頭にある場合は多くの方言話者にとって聴き取りにくく、ネイティブ話者にとっても聴き取りにくいことがある。
例語 (必要なときは太字で核を表わす)
※1 物語 子守唄
※2 目 午後 涙 朝晩
※3 犬 言葉 弟
※4 あなた ひこうき ひらがな
※5 胃 姉 わたし 日本語
※6 あすは あす行く だんだんに だんだん増える
※7 山田 正男 ちはる 広島 札幌
※8 加藤 ひろし 美智子 名古屋 静岡
※9 株式会社 カラーテレビ
※10 ひかる ひかり わらう わらい あおい あおさ あかい あかさ
※11 目が 言葉です 平仮名かしら
※12 犬の 言葉の 弟の
※13 胃に 姉には わたしだった 日本語なのです
※14 胃から わたしだけ 日本語だろう
※15 書く 歩く 戻る 集まる
※16 行く 笑う 上がる 働く
※17 起き出す 笑い転げる 見かける 出くわす
※18 あるく あるいて あるいた あるいたら あるけば あるきます あるけ あるかない あるかなければ わらう わらって わらった わらったら わらえば わらいます わらえ わらわない わらわなければ
※19 あるくか あるくなら あるいたが あるいたそうだ
※20 わらうが わらうなら わらったから わらったでしょう
※21 わらうね わらうまで わらうように
※22 わらうぞ わらうぞ
※23 わらうらしい
※24 青い 高い 激しい
※25 赤い 明るい やさしい
※26 お高い おやさしい
※27 はげしい はげしいか はげしく はげしくて はげしかった はげしかろう あかるい あかるいか あかるく あかるくて あかるかった あかるかろう
※28 カンゲエカイ バンサンカイ ジュウヤッカイ ソクバイカイ はいる かんがえる ジチカイ
※29 ほんじつ おかあさん
※30 反対 交番