マネートレーダ 銀行崩壊 /
Rogue Trader /
High speed money

James Dearden

1999 UK 101 Min. 劇映画

出演者

Ewan McGregor
(Nick Leeson - バーリング銀行の行員)

Anna Friel
(Lisa Leeson - ニックのアシスタント、後に妻)

Betsy Brantley
(Brenda Granger - バーリング銀行の行員)

Caroline Langrishe
(Ash Lewis - 監査役)

Lee Ross
(Danny Argyropoulos)

John Standing
(Peter Baring - 頭取)

Joanna David
(頭取夫人)

Yves Beneyton
(Pierre Beaumarchais - スイス信託銀行)

Irene Ng
(Bonnie Lee)

Tom Wu
(George Seow - ニックの部下)

Jennifer Lim
(Kim Wong - ニックの部下)

Daniel York
(Henry Tan)

Pip Torrens
(Simon Jones - ニックのシンガポールの上司、バーリング銀行)

Danny Argyropoulos
(ブローカー)

見た時期:2005年9月

金融ついでに実話も1つ。

ストーリーの説明あり。実話なので、報道などで話を知っている方もおられるでしょう。まだ話を知らず、映画を見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

ファンタに出る作品とは違い殺人事件ではありません。200年以上続いた英国の名門銀行が1人の青年の手で破産に追い込まれるという話です。倒産したのは1995年始め。日経の先物取引での出来事。Den Tredje vågen と同じく映画としてはさほど出来がよくありませんが、ユアン・マグレガーはいつも通りの演技。そしてこういう事実があったということを知るためにはいい映画です。

作品は実在のニック・リーソンが書いた本を元にしていて、事実にかなり近いようです。銀行取引の部分の説明は Den Tredje vågen と比べても詰めが甘いように思いますが、100分ちょっとで出来事の全体を観客につかんでもらうためにはあまり取引の詳しい内容を説明しても無駄との判断なのでしょう。作者、あるいは監督が知らせたいのは、《あの時代にこういう事があった》という点でしょう。

この作品とといい比較になるのはベン・アフレックも出ていたマネー・ゲーム。あちらは元から人を騙すつもりで行っている取引、こちらはどんどん深みにはまってしまうブローカーの話という違いはあります。しかし若い人がこんなに恐ろしい額の金を動かしているのだというのはやはり空恐ろしいことです。

後記: お金でないものの普通の英国人が特殊な地位についてしまい、こんなはずではなかったという展開になる作品としてラストキング・オブ・スコットランドが挙げられます。最近《成金》ではなく《成権》という言葉ができましたが、元からそういう地位に生まれた人、下から徐々に上がって行った人でなく、いきなり何段も飛び越えて何かを手にしてしまった人の問題を掘り下げる作品が時々出ています。

英国青年ニックが学校を出て、バーリング銀行に就職します。階級制度がドイツより色濃く残っている英国でこれといったコネもなく、上流の出身でもないと、自分の腕を頼る以外に成功する方法はありません。まだ若く、怖いもの知らずのニックは株の取引でいつも少しだけ危険を犯すようになります。時代が時代だったからでしょうか、ニックに特に運がついていたのでしょうか、いつもぎりぎりのところで難関を乗り越え、成功。上司も同僚も片目をつぶってくれています。私生活でもすてきな女の子と知り合って結婚にこぎつけます。

いつの間にか彼の周囲には《金儲けのうまい男》という評判が立ち、《危険を犯しても最後は成功する》という伝説ができ上がって行きます。バーリング銀行のインドネシア支店で株の額面の確認をする仕事から始め、やがて功績を認められシンガポール支店に派遣されます。シンガポールでは若い現地の男女4人を育成して、株の取引をさせます。合法、違法すれすれの方法でやっていたのがいつの間にか法律の向こう側に行ってしまいます。取引金額は膨らむ一方。《あいつに金を渡せば増やして戻して来る》と信じられるようになってからは、取引金額がどんどん上がって行きます。

ユアン・マグレガーはこのパッとしない作品の中で、どうやって雪だるま式に評判が上がって行き、抜き差しならなくなるかを全身で演技しています。才気走るわけではなく、本当は小心者のニックが、時流に乗せられ、周囲の期待に押され、調子の良い時は自分でもテンションを最大限に上げて行きます。彼の笑い方に特徴があり、私もそういう人物を知っていたので何となく演技に共感してしまいます。

《周囲》というのは奇妙な存在です。誰かが普通とちょっと違っていて、何かがうまく行くと、どんどんおだて上げる傾向があります。欧州の方が日本よりその傾向が強く、自分がしっかりして《実際の自分以上には上がらない》と固く決心をしていないと危ないです。日本人というのは誰にでも本音と建前があるものだと理解しているので、調子の良い人でも時には疲れるとか、成功している人でも苦労はあるなどと考えますが、欧州の様子を見ているとその辺は違うなあと思うことがよくあります。そういうタイプの人がいるとなると目ざとく見つけ、人がどんどん寄って来ます。輪の中心に引っ張り出し、舞台に立たせます。マグレガーが演じるニックを見ていると彼がそういう立場に立たされたのだと感じます。ニックほどの若さで身内に金融関係のエキスパートがいたわけでもない人間にはどこが限度かは見分けられません。その上時代はちょうど狂ったように動いていました。

私の知り合いというのは株のブローカーとは程遠い、固い商売をしていたのですが、本心と外に見せている態度に差があり、その間に起こる摩擦、不安を甲高い声の笑いと、強いお酒で紛らわせていました。ニックも本当の自分と仕事中の自分に差があったのではないかと思います。商売に見切りをつけ《自分はここで止める》と決めることもできず、《リスクの上昇をここまで》と決めることもできないまま、どんどん金額を上げてしまい、ついに破綻します。

妻や上司、同僚などが、ニックなら大丈夫だろうと信じ込んでいたり、信じているという態度を取ったりする時に、ニックは正直に「リスクは大きい」とか「保証はできない」と言えなかったようです。そして空けた穴を補填するために、使っては行けないお金に手を出してしまいます。金融関係の仕事には時々定例の調査があるのですが、それはぎりぎりのところで切り抜けています。運が良くて助かったということもあります。それがついに隠しきれなくなった時、妻に事情を打ち明けてトンズラします。

実際にはニックが正直に危険の度合いを知らせても果たして《周囲》が納得したかは分かりません。映画の中では彼の置かれている立場を察していながら彼に成功を強要しているような面が見え隠れします。そして実際の世の中もそういうものなのかも知れません。私も自分の周囲におだてるのがやたら上手な人が寄って来て金儲けの話を持ちかけられるということを経験したことがあります。金融畑に誘惑の穴がある事は知っていて、自分が金融畑の人間でないという自覚があるので、きっちり断わっていましたが、周囲は2年以上納得せず何度も説得に現われました。《金融畑に誘惑の穴があるのを知っている》ということが却って相手に《あの人は詳しい》という誤解を与えてしまったのかも知れません。寄って来たのは複数の筋の人たち。お互いに関連の無い人たちでしょう。ニックのような才能の無い、私のような無名の人間相手ですらこうです。

ニックの逃亡先はフランクフルトだったのですが、すでに世界中の新聞に大きな写真入りで事件が報道されてしまったので、逃げ切れずお縄。まずドイツの刑務所に半年ほど置かれ、その後シンガポールに送還されています。告発はシンガポールでされていました。親銀行はオランダに身売り。倒産です。

映画が終わった後、実際のニックは6年半の刑を受け、シンガポールで服役。4年半で釈放です。腸癌にかかったことと、刑務所で態度が良かったからのようです。ドイツ、イギリス、シンガポールの弁護士費用、離婚の慰謝料がかさんだので、釈放後本を書き、映画化権を売り、講演をして歩いてお金を稼いでいました。

現在はアイルランド人と結婚し、子供もでき、借金に追われる日は終わったようで、地味に暮らしているそうです。サッカー・ティームの管理をやりながら時々依頼があると出掛けて行って金融関係者に講演をするそうです。1回8000ユーロ。一般人には高い金額ですが、彼が出した損失に比べると安いです。

上に書いたのとは別な人ですが、まだ30にもならないのに少年時代に大金を稼いだと言っている人もいました。私はお金を見たことがないのでどこまで信じたら良いのかは分かりませんが、嘘という感じはしませんでした。90年代というのは変な時代で、大した経験がなくても、まだ成人すらしていない人でも、べらぼうなお金を儲けることができた頃です。儲けて良かったねと言ってあげたいところですが、金額がむちゃくちゃで、中にはリミットを見極められなかったり、人間的な判断ができず、深みにはまる人、破綻する人も出た時代です。私は時代の恩恵をこうむることができなかった側の人間の1人ですが、当時儲けられず、現在ゼロでどん底の生活をするのと、当時ぼろもうけして、現在目のくらむような金額の負債を抱えているのとどちらが良いんだろうと、妙な比較をしてしまいます。

銀行というのは本来は内部で監査があり、その他に国も監査を行ったりする社会なので、なぜニックのような事が可能だったのか不思議でなりませんでした。融資する時でも調査があり、担保を確認してからという社会だったのです。それがいつの間にかあちらが緩み、こちらが緩み、そのうちに銀行自身が賭けをするようなことになってしまったというのがニックのエピソードでしょう。賭けというのは「中央競馬秋のG1レース10回に1回につき、1000円ずつ賭ける」といった規模が1番良く、心臓麻痺を起こさずに楽しめます。200年続いた銀行を1軒つぶすというのはちょっと冗談がきつかったようです。

映画としてはあまりぱっとしないと言いましたが、シンガポールでのニックの生活ぶりなどは説得力があります。欧米からアジアに派遣されて来ている会社員は、本国の自宅よりずっと良い生活を送る場合があります。ドイツから日本ですと家、アパートはそれほどグレード・アップにならないかも知れませんが、それでも行った先の国の一般の生活レベルからはかなり飛び出して良い生活をしている人が多かったです。英国のアパートに住む駆け出しの銀行員でしたら、恐らくシンガポールの生活は天国に見えたでしょう。ドイツの経済の事情が良かった頃は海外に出るとそれなりの手当てがあり、給料が倍近くになったりと色々いい事がありました。英国でも似たり寄ったりではないかと思います。その上その土地では周囲から色々ちやほやしてもらえます。そのあたりさりげなく現実に近く描かれています。映画からもっと奥深いものを期待する向きにはつまらない作品に見えるかも知れませんが、私は出来事を知るというレベルで満足しました。

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