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ローズ・イン・タイドランド /
Tideland

この映画は怖い!

Terry Gilliam

2005 Kanada/UK 120 Min. 劇映画

出演者

Jodelle Ferland
(Jeliza-Rose - 少女)

Jeff Bridges
(Noah - ローズの父親、元ロック・スター)

Jennifer Tilly
(Queen Gunhilda - ローズの母親)

Janet McTeer
(Dell - ノアの実家の隣人)

Brendan Fletcher
(Dickens - デルの弟)

Sally Crooks
(Dell's Mother - デルの母親)

Dylan Taylor
(Patrick - 近所の食料品屋)

見た時期:2008年7月

要注意: ネタばれあり!

色々な要素がちりばめてある作品なので、ネタがばれたからと言って見ないのはもったいないです。しかし主人公がどうなるかはばれるようになっていますので、見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ ギリアム、調子が良いのか、悪いのか

暫く冴えなかったテリー・ギリアムですが、鋭い作品を作りました。2005年ですが、同じ年のグリムの冴えない作品を見ていたので、ローズ・イン・タイドランドには期待していませんでした。作品数が多くないギリアムが同じ年に2本作ったのは、ブラザーズ・グリムの仕事の進行が一時止まり、時間ができたからということのようですが、ローズ・イン・タイドランドの方は非常に気合が入っています。気になる作品でラスベガスをやっつけろというのがあるのですが、そちらはまだ見るに至っていません。

タイドランドという原作小説があります。私が知っている冴えたギリアム作品は未来世紀ブラジル12モンキーズで両方ともSFでした。ギリアムで冴えなかったのは時代の古い話。理由が素材にあったのか主演にあったのかは不明。スランプの時期という理屈だけは成り立ちません。2004年頃製作したはずの2本のうちの1本がローズ・イン・タイドランドですから。それもブラザーズ・グリムの副産物のような状況でできた作品です。

★ パクっていない類似作品

ローズ・イン・タイドランドを見てすぐ考えたのはギレルモ・デル・トロのパンズ・ラビリンスとの類似。テーマはそっくりですが、表現や主人公の状況は違います。全く違う作品で、背骨が共通しています。時期的には パンズ・ラビリンスローズ・イン・タイドランドの直後に発表されています。

★ 共通項

健康な子供が両親のおかげでどん底の境遇にいたらどうするか。これがテーマなのですが、「どうなるか」でなく「どうするか」と聞くのが正しいのではないかと思いました。どん底というのはパンズ・ラビリンスではある人と結婚しなければ幼子を抱えてお母さんが野垂れ死にするという事情で、ローズ・イン・タイドランドでは両親が極貧で野垂れ死に寸前という事情です。

そういう所から始まる物語ですが、どん底の境遇にはさらに悪いおまけがついています。仕方なく結婚した相手がとんでもなく冷酷で全体主義の軍人というのがパンズ・ラビリンス。両親が2人ともヘロインらしきハード・ドラッグ漬けのジャンキーというのがローズの家庭。ローズというのは主人公の名前です。

まあ、比較してもどちらがましという結論の出せない、子供にとっては最悪の状況なのですが、そういう時子供は何をするか。パンズ・ラビリンスでは少女オフェリアはファンタジーの世界を作り出し、そこに安住の地を求めます。ローズも似たような事を考え、バービー人形の頭の部分を擬人化して自分の友達と見なすようになります。1人2役や3役を演じ、自分と人形の間で会話を交わします。ま、精神的におかしくなりかかっているという考え方もできますが、逆に健康な部分を守るためにそういう世界に避難してしまったという解釈も成り立ちます。心理学者などはこういう現象にどういう名前をつけるのでしょうか。一般の人は現実逃避と言うでしょう。両親の状況が耐えがたいので、子供の逃避も一般の平均を超えてしまいます。

というわけで特に極端な生活をしていない普通の人から見ると、ローズの家族は破綻しているし、親からローズはめちゃくちゃな事をやらされています。麻薬を取る父親の注射の準備を手伝ったり、後で体をマッサージしたり。母親は感情の起伏が激しく、ローズを心から愛しているというスタンスで扱ったと思ったら、すぐ激昂し叩いたりします。同じ家に住んでいても両親は別の部屋に陣取っています。その2人の間をこまめに行ったり来たりするローズ。ところがある日母親が混じり物の入ったドラッグを取って死んでしまいます。

家の場面を見ると即座に分かるのですが、ひどい散らかりようで、まともな生活はしていませんでした。父親はそのアパートを引き払い、ローズを連れて田舎の母親の家を訪ねます。

そこは大農場地帯。景色はとてもきれいです。作品全体どこを取っても非常に色彩、光に注意が払ってあり、映画館で見ると惚れ惚れするような美しさではないかと思います。私はDVDを借りて見たのですが、それでもきれいという印象です。美しいがゆえに扱っているテーマとの対照がくっきり浮かび上がり、監督が言いたいテーマが直接伝わって来ます。

★ 登場する人、場所のマッチ

最初の都会のアパートの生活でもちょっと引いてしまいますが、その後の田舎の生活はもう狂っているとしか思えません。監督の意図でもあり、原作もそうなのでしょう。読んでいませんが。そして出演者の選択がいいです。特に有名なのはローズの両親を演じるブリッジスティリーブリッジスはこれまでにも何度か個性が上手に使われた作品を見たことがあります。この監督、この俳優でうまく行っています。

ティリーはおなじみのエキセントリックな俳優ですが、それを知っていると、今回はわりと抑えた演技に見えます。ジャンキーの最悪の母親という役ですが、今までの遊びのようなエキセントリックさではなく、ヒッピー崩れでこうなってしまったという印象を上手に出しています。ティリーは登場後間もなく死んでしまいます。

田舎に来ると今度はブリッジスが死んでしまい、3人が重要な役を演じます。それはローズと隣の姉弟。ローズの視点から見ると、「お母さんがいなくなってしまった、お父さんが答えなくなってしまった、でも隣の姉弟がいる・・・良かった・・・。」かな?はて、そうだろうか。そのあたりの微妙な表情が少女の演技と状況設定で上手く出ています。

後から出て来る隣人のデル、ディッケンズとローズの3人は世界的に知られた俳優ではありません。しかし演技は練れていて、経験はあるのではという印象です。役にぴったりはまっています。有名人のブリッジスとティリーも非常に良いコンディションです。

★ 狂気の第2章

最初の都会に住んでいる頃を第1章と見ると、親子が田舎に越して来たところからが第2章と言えるかも知れません。

ブリッジスは薬を取り過ぎてか、あるいはそれまでに心臓が弱っていたのか、いずれにしろ、最後のドラッグをやった後、ローズに何も言わずに昇天してしまいます。どうしたらいいのか分からない少女はそのままにしておいて、毎日お父さんに話し掛けます。間もなく死体が腐敗して来ます。

そこへちょっと前から知り合っていた隣人が訪ねて来ます。弟のディッケンズは癲癇の発作を抱えた青年で、頭になにやら大きな傷跡があります。体は成人なのですが、行動はローズと同じぐらいのレベル。その辺を飛び跳ねていて、時々ローズを訪ねて来たりします。時々自分の秘密の隠れ家を紹介したり、まるで2人の子供が遊んでいるような感じです。

姉のデルは現実がしっかり分かった大人。この2人も非常に貧しいのですが、どがちゃかやって何とか食べ物をひねり出しています。ローズの父親の死がデルにも伝わり、デルは予想を外れた手助けをします。お父さんの腐った体から内臓を取り出し、また縫い合わせてしまいます。そして3人でローズの家を掃除してペンキを塗り直し改装します。その後夕食。これで3人は家族。きれいに片付いた家は取りあえずこれまでよりは幸せな生活を約束しているかのようです。

今とんでもないシーンを見せられたばかりなのに、3人がご馳走を食べるシーンでは変にほっとします。これまであまりに酷い境遇だったので、「こんな3人でも肩を寄せ合って暮らせるのなら・・・」という間違った安心感を持ってしまうのでしょう。その辺の演出は見事です。それがまた広々した農場地帯、美しい空、古い家と組み合わさって、なぜかいい気分になってしまいます。

★ 狂気の第3章

町の生活、父親の死体の処理と、既にかなり軌道を外れたシーンが出ましたが、この後ちょっと静かな発見があります。そこまでがあまりな話なので、「静かな」となってしまうのですが、実はここにも死体が・・・。姉弟の母親がやはり死体になっていて、家に置いてあります。その経験があったのでローズの父親の死体もすぐ片がついたのだな、とこの辺で分かって来ます。さらに話を聞いているとどうもローズのおばあさんも階段から落ち、ちょうどその時ディッケンズが居合わせた様子。2人の死が殺人だったのか、事故だったのかは分かりません。ディッケンズは発作を起こすこともあり、一時的に判断ができない状況になることも考えられますし、2人の女性は高齢で、自分の方から落ちてしまったりすることも考えられます。探偵物ではないので、そのあたりは別にどうでもいいのです。要は死者が出ても警察に届けたりはしておらず、墓に葬ってもいないのです。

★ 狂気の第4章

ここまでで普通のホラー映画やスリラーですともう十分に死体も並び、まともでない生活をしている人たちも描かれています。じゃ、後は何が残っているのかという所ですが、実はこの後ガーンと頭を一発殴られたような結末に向かいます。

ローズの境遇も客観的に見ると大変ですが、ディッケンズの境遇もやはり負けないぐらい大変。頭の傷は恐らくはどこかできちんとした手術を受けたのでしょうが、癲癇の発作は今も時々あり、きちんとした医療の保護は受けていません。2人も貧しいのです。大きな家はありますが、農場を経営するにも人手は無いし、弟は重病を抱えています。かつて2人の両親やローズの祖母が生きていた頃は恐らくまだ何とかやって行けたのでしょう。しかし次の代からはそれもおぼつかなくなったようです。

そのディッケンズを抱えて何とか食料を調達しなければならない姉のデルも大変。ディッケンズの精神は子供のようで、デルの苦労を理解する力はありません。ローズには恐らくは現実を理解する力はあるのでしょう。時折チラッとそういう目をします。普段は人形の首4つを相手に話し掛けています。それぞれに違うキャラクターを割り当てる手の込みよう。

ディッケンズにはちょっと困った遊びがあります。近くを通る鉄道の線路に物を乗せておくのです。小さい物ならいいですが、妙な物を置くと事故につながります。最初は他愛ない物。次はショットガンの弾。そして3番目は・・・。うわっ。これでほぼエンディング。

実はここに至るまでに他にもあちらこちらに危ないシーンがあります。それを全部書いていると3日ぐらいかかりそう。それにそこまで全部書いてしまうと映画を見る意味が無い。・・・とは言うものの画像が非常にきれいなので、それだけでも見たら得をした気分になれます。テーマがこうですから、果たして皆がすっきりした気持ちで帰宅できるかは疑問。しかしそれこそがまさに監督の投げたかった疑問。本当は重〜いテーマなのですが、どこかでバランスを保っていて、見終わった後、胃潰瘍になるとか、鬱で死にたくなるということはありません。そこはパンズ・ラビリンスと共通しています。ただパンズ・ラビリンスでは最終的な結論を出しています。ローズ・イン・タイドランドはオープン・エンド。パンズ・ラビリンスでオフェリアの苦しみを終わらせるのが情けというものか、あるいはローズにまだこの先良い事がたくさんあるかも知れない人生をプレゼントするのがいいのか。この年齢でここまで人生の暗い面を生きてしまった少女がこれからどういう風に生きて行くのか。難しい問題です。前向きの元気のある少女なので、ここで死なせないという結末に私は賛成ですが・・・。

蛇足: 最近ハッピーエンドが減った。また見たくなった。

お金に余裕のある方にはDVD購入をお薦めします。部屋を暗くして大きな画面でご覧になるとできのいい絵画を壁に飾ったような感じになります。

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