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あるいは裏切りという名の犬 /
36 /
36 Quai des Orfèvres /
36 - Tödliche Rivalen /
Asuntos pendientes /
Department 36

Olivier Marchal

2004 F 110 Min. 劇映画

出演者

Daniel Auteuil
(Léo Vrinks - BRIの警視)

Valeria Golino
(Camille Vrinks - レオの妻)

Solène Biasch
(Lola Vrinks - レオの娘、小学校時代)

Aurore Auteuil
(Lola Vrinks - レオの娘、ティーンエージャー)

Gérard Depardieu
(Denis Klein - BRBの警視)

Anne Consigny
(Hélène Klein - ドニーの妻)

André Dussollier
(Robert Mancini - レオとドニーの上司)

Roschdy Zem
(Hugo Silien - レオの情報源)

Daniel Duval
(Eddy Valence - レオの同僚)

Catherine Marchal
(Ève Verhagen - レオの部下、鑑識関係)

Frédéric Maranber
(Rousseau - レオの裁判の判事)

Francis Renaud
(Titi Brasseur - 元BRI、レオの部下)

Robert Hoehn
(Titi Brasseur - 元BRI、レオの部下、声)

Alain Figlarz
(Francis Horn - 連続強盗事件の主犯)

Patrick Médioni
(Robert Boulanger - 連続強盗事件の主犯)

Eric Defosse
(Rolf Winterstein)

Ivan Franek
(Bruno Winterstein)

Thierry Guerrib
(Saïd Attia)

Cyrille Hertel
(Jamel Attia)

Mylène Demongeot
(Manou Berliner - レオの古い友人)
Olivier Marchal
(Christo - マヌーの夫)

見た時期:2008年11月

★ ちょっと誉め過ぎじゃ

昔はフランス映画はあまり好きでなく、遠回りをして見ないようにしていたのですが、最近ではフランス映画を嫌う理由は1つだけになりました。出演者の名前に特殊記号が多く、ì とか ë とか é とか è を書くのが面倒なのです。いっそのこと全部大文字で書いてしまおうかと思うこともあります。

あるいは裏切りという名の犬は2004年製作。やたら誉めてあって、アメリカではデニーロの関係者がリメイクを決めたほど。デニーロとデパルデューの間にフレンチ・コネクションがあり、リメイクの方はチョコ007/慰めの報酬を作ったフォスターが監督だそうです。主演はデニーロとクルーニー。

デニーロは行けるような気がしますが、クルーニーをここにつれて来ると、ずっこけそうです。クルーニーは前ご紹介した Ca$h にそっくりのオーシャン・シリーズでもぴったり来ていないと思うのです。私がクルーニーに推薦したいのはケーリー・グラントの路線。しかし本人はグラント路線はやらないようです。

フォースター監督はチョコの路線から見ると合うかも知れません。フランス版と全く同じにしなくてもいいわけで、捜査か人間関係に重点を決めて作れば、うまくこなせるのではないかと思います。チョコでは息苦しい人間関係が上手く出ていましたから、向いた監督かも知れません。

デニーロも惚れ込むような作品ということで、実に評判がいいのですが、私は意見を異にします。このところずっとファンタにフランス映画が一定量来るようになり、元々はフランス語が嫌いだった私も結構たくさん見ました。ベルリンではファンタの他に文化人が行くような映画館でもミステリー系でないフランス映画が上映され、目抜き通りにはフランス映画専門の映画館があるぐらいで、フランス映画に触れる機会は結構あります。その中でミステリー、スリラー、アクション、ホラー、犯罪映画は近年目に見えて腕を上げて来ており、私はあるいは裏切りという名の犬よりずっといい作品を何本も見ました。SF はそれに比べ今一つ決め手になるような作品が出ませんが、他と同じく徐々に進歩していますし、何人もの監督が SF に挑戦していますので期待は持てます。

そういう状況を鑑みるにあるいは裏切りという名の犬はべた褒めするような作品ではありません。気合を入れている個所は確かにありますし、天才俳優デパルデューはやる気を出すと演技はどうしてもすばらしくなってしまうのは確かです。デニーロ版といい勝負になるでしょうが、それならデニーロをフランスに呼んで来た方がデニーロ自身才能が出易いのではと思うほどです。アメリカで使われるデニーロとフランスで使われるデニーロでは全く違うデニーロが見られるのではないかと思うのです。

さて、あるいは裏切りという名の犬ですが、デパルデューを例外と見なしても他の俳優が手を抜いているわけではなく、ちゃんと映画は成立しそうです。そこへデパルデューが後半大盤振る舞いの演技を見せるので、ヘビー級に見える部分もあります。しかし全体のまとまりが悪いです。せっかく話をおもしろくできるような主人公同士の関わりや事件があるのに、まるで新幹線に貨物列車や地下鉄の車両も連結したようなちぐはぐさを感じます。

デパルデューを抜いたら、出来のいいテレビ・ドラマぐらいの印象です。扱っている素材(テーマ)は十分におもしろく、スタッフにこの世界をよく知っている人材を集めているので、ちぐはぐ列車を1つに統一し、路線をすっきりさせれば映画史に残る名作になったかも知れません。俳優が特に下手というわけでもないのです。

上に書いたようにファンタにはきっちりとまとまりの良いスリラーやホラーが出ており、かつてフランスの伝統と言われたフィルム・ノワール系の犯罪映画も見事に息を吹き返して来ており、カッセルが好きでなかったはずの私がカッセルを注目するようになったり、フランス語が好きでなかった私なのに、ちょっと習ってみようかと思うほど、フランス映画は私の意識を変えるに 至っています。

それを前提にして言うと、あるいは裏切りという名の犬は今一という結論です。

★ タイトル

日本語のタイトルをつけた人はちょっと凝ってみたんでしょうね。それほど良いタイトルとは思いませんが、いろいろうるさいアメリカの配給会社と違い、フランスの映画を送って来る会社はあれこれ注文をつけないのかも知れません。以前日本の会社が好き勝手なタイトルをつけて良かった時代には、日本側の社員のインテリジェンスやユーモアが感じられるタイトルもありましたが、最近では直訳やひどい場合は英語の単語をそのままかたかなにしただけのタイトルが氾濫しています。そういうのは大抵にしてもらいたいです。直訳でも上手に言葉を選べば良いタイトルもできますが、不細工な例も多いです。そんな中であるいは裏切りという名の犬とつけたのは担当者のちょっとした抵抗だったのかも知れません。

最近私が見たフランス映画には数字がタイトルになっているものがありました。あるいは裏切りという名の犬の別名 36 はストーリーに直接関連するパリの住所です。

ドイツ語には副題がついていて、意訳すると、《死に至るようなライバル》。これが映画の本質を伝えています。

★ ストーリー

主人公2人は警察官で、36 というのはパリ、シテ島の番地。そこに警察関係の大きな役所があります。Les Insoumis (いずれご紹介します)のような地方の署ではなく中央、言わば日本で言えば桜田門です。そこに2つの部署があり(多分もっとたくさんの部署があるでしょうが、あるいは裏切りという名の犬では2つが中心)、本来は役目が違うのですが、ライバル関係にあります。1つは Brigade de recherche et d'intervention (調査と介入 - 出動して止めさせるという意味か - 担当)と言い、もう1つは Brigade de répression du banditisme (粗暴な犯罪者やギャングを制圧する役目) と言います。それぞれの部署で一目置かれている刑事2人、BRI のレオと BRB のドニーがライバルなので話がややこしくなります。

2人とも現役の警視で以前は友達。当時お目当てだった女性はレオの妻に納まっています。 その上に管理職のマンシーニがいたのですが、彼は警察の長官に抜擢されてしまいます。ということはレオかドニーがマンシーニの後任に納まります。マンシーニを演じているのはタンギーの親父さん。この人は時々顔を見たことがあります。それもそのはず出演作は3桁。1970年代から出演しまくっています。初期はトリュフォーの作品に出ています。最近の作品をちょっと見回しただけでもこんなありさまで、デパルデューと同じ作品もあります。

・ Lemming
・ あるいは裏切りという名の犬
・ スパイ・バウンド
・ ルビー&カンタン
・ タンギー
・ ヴィドック
・ アメリ

役割分担をすればいいのにと思いますが、2つの部署はどうしようもないライバル意識に包まれ、効率的な仕事はできていません。「マンシーニの後任は2人のうち手柄を上げた方がなる」などという危険な決定が下りてしまうので、ますますライバル意識が強くなってしまいます。

どうやって手柄を上げるか。

ちょうどその頃18ヶ月の間に大勢の死者を出し、200万ユーロが強奪される事件が起きていて、未解決なので、これを解決すれば長官になるマンシーニに取っても、解決した警視にとっても昇進の土産になるというわけです。合同捜査で1番上に立つように言われたのはレオ、援護をしろと言われたのがドニー。ということは既にレオが内定したようなものです。

昇進コースに乗せてもらったレオは実はあまり管理職に関心が無く、警視のままずっと捜査畑にいるつもりでした。しかしマンシーニに「かつては自分もそう考えたんだが・・・」と説得され、しぶしぶ合同捜査に取り掛かります。逆に権力志向が強いドニーはサポートを言いつかってうれしくありません。

レオやドニーが担当するような事件は広域組織犯罪の部類に属するので、色々な方法で暗黒街に情報源を持ったり、囮捜査官を潜入させたりしなければなりません。怪しい人間関係も生まれます。ある日、レオはまっとうでない方法で次の強奪事件に関する情報を得ますが、その代償は非常にまずい出来事。殺人現場に居合わせてしまい、目撃者には悪徳警官に見えてしまいます。本来ならやらないような取引ですが、昇進とライバルを目の前にして功をあせり、まずい話に巻き込まれてしまいます。

得た情報を元に作戦を練り、部下を用心深く配置し、監視体制をとっていた時、突然銃を抜いて後方にいたドニーが乗り込んで来ます。激しい銃撃戦になり、大勢の部下が怪我をし、レオのパートナーのエディーは頭を撃たれて死亡、部下の1人イヴは人質として拉致されてしまいます(後に逃走に成功)。作戦は大失敗。

エディーの国葬ではレオ派があからさまにドニーに反感を示します。ドニーは懲罰委員会にかけられます。彼を援助する証言をしてくれる人ゼロ。レオはどうにか犯人逮捕。すっきりしないながらも大成功。

今度はドニーの巻き返し作戦です。レオが情報を得る時に巻き込まれた殺人事件で、レオが現場で目撃されていました。証人はフランスへの滞在許可と引き換えに証言を行い、レオは逮捕。大成功だったレオは刑務所行き、懲罰委員会だったドニーは無罪放免になります。ドニーの大成功。

敗者復活戦の可能性はレオの妻の所へ。レオがなぜ殺人現場にいたかを説明できる男がレオの妻に連絡を取って来ます。しかしレオの家は監視されていて、この情報はレオの妻がその男に会うより前にドニーの耳に入ります。そして男と待ち合わせをしたレオの妻の車を張っていた警察が追い掛け回し、2人は事故を起こしてしまいます。現場に駆けつけたドニーは他の人が見ている前で、証人の男を射殺。妻もそこで死亡。

7年を刑務所で過ごして出て来たレオは妻の死亡の事情を調べ始めます。かつて自分を殴った男を懲らしめてくれたレオに感謝の念を抱いている老売春婦マヌーがレオに親切にしてくれます。こういう役の女性を登場させるのがいかにもフランス映画。演じるは注目の有名女優。

当時の忠実な BRI の部下には、ドニーと反りが合わず警察を退職した者も何人かおり、現在はパッとしない職業に就いています。中の1人が最近誰かに襲われ昏睡状態で発見されます。殴られる直前に相手に聞かれて、何がしかの名前を言ったようです。

実は7年前の出来事が絡んでいました。かつてマヌーに暴力をふるったチンピラがいました。レオと BRI の数人が捜査の合間に男に仕返しをします。殺すほど脅しますが殺しません。指揮を取っていたのはレオなのですが、覆面をしていたのでやられた男には誰だかはっきり分かりませんでした。レオの部下が襲われた時に聞かれたのはそれが誰だったかということです。

マンシーニはその頃引退。後任はドニーで、長官就任祝賀会が開かれることになっていました。レオはそこへ乗り込んで行きます。人の見ていない所でレオとドニーは対決。ところが真相を聞いたレオはドニーを殺さず、出て行きます。

ドニーが自分の妻を殺したと思っていたレオは、ドニーから違うバージョンを聞きます。レオの妻は事故で死んでおり、横にいた男はまだ生きていたようなのです。そのためドニーはその男に銃を握らせたまま妻の死体に発砲し、それを自分が男を射殺する理由に利用したというのがドニーのバージョンです。

かなり結末に近づきましたが、まだ駄目押しのサプライズが待っています。どうしてもご覧になりたい方は、マウス(左)をクリックした状態のカーソルでたどって下さい。

情報はここから・・・レオが何をどう思い込んでいたにしろ、観客には殺人が行われた現場で殺人者の近くにレオがいた事件でレオには汚点がつき、それにドニーは無関係なことは知らされています。ドニーにはレオのパートナーが殺されたについて道義的責任はありますが、ドニーが犯罪に関わっていたわけではありません。観客の親近感はレオの方に向きますが、レオの方がドニーより問題ありの行動をしています。

自動車事故もドニーが追い掛け回したので、間接的にはレオの妻の死に関わっていますが、厳密に言って責任があるかと問われると、あるとはっきりは言えません。ただ、刑期を終えて出て来たレオは今では犯罪者ではありませんし、その妻は無関係。電話を盗み聞きし、後で追い掛け回すことにちゃんと理由がつけられるのかは怪しいです。つまりはドニーもお天道様に顔向けができるかと言うと、ちょっと・・・。

レオはドニーの話にそれなりに納得し、ドニーを殺すことはせず、祝賀会の会場から去ります。ドニーはレオに向かって醜い言葉を吐きますが、レオを殺すつもりは無し。このまま2人が一生会わなければ、それなりの決着。ところがそこへ暴漢が近づき、ドニーに発砲。ドニーは長官に就任したその日に死んでしまいます。撃ったのは7年前 BRI に脅かされたチンピラ。退職していた警官が襲われた時に「あの時お前を襲わせたのはドニーだ」と言っていたのです。本当はレオだったのですが・・・。 ・・・ここまで。

これでライバル意識の虚しさを感じれば監督の意図が分かったということなのでしょう。

★ 監督

監督は以前警官を職業にしていたため、出て来る汚い話に真実味があります。それがフィルム・ノワールを改めて輝かせるきっかけになっているとは思います。俳優として80年代後半から、脚本家としてその5年後から映画に関わっています。監督作品は現在までに4本。

★ 脚本

元警官の監督の他に元警官の脚本家を呼んで来ています。実話を元に作ったシナリオです。そのため BRI、BRB のメンバーの付き合い方、情報屋との付き合い方などにリアルさが出ています。

特にリアルなのは脚本担当の4人のうちドミニク・ロワゾーが書いた部分のはずです。この人が作品中のレオとそっくりの体験をしています。

★ デパルデュー

彼は色々な種類の作品に出ていて、ここぞという時に凄い演技を見せることもあれば、子供を怖がらせないためにあまり深い演技を見せない作品もあります。この人が本気を出すと怖いです。あるいは裏切りという名の犬では前半はパッとしません。

彼が手抜きの演技に見えるような事をやっている間に、レオやマンシーニが頑張ればと思ったのかも知れません。前半に登場人物の紹介が一通りされなければなりませんし、事件がいくつか絡み合います。監督はそれを手際よくさばいていません。監督は脚本にも関わっているので、彼に責任があります。俳優はテレビの刑事物程度のレベルには達していますが、それ以上になっていません。

それに気付いてサポートするつもりだったのか、あるいは後半の脚本に気合が入っていたのかは分かりませんが、後半になってデパルデューが凄い演技を見せます。ドニーは憎まれ役なのですが堂々たる演技で、それだけで入場券を払うか DVD の料金を払う価値があります。

彼の役はレオが良いとこ取りで、自分は逃したという気持ちを抱いた男。それがここぞという所で一ふんばりして高い地位にたどり着く。出世コースから刑務所に一直線のレオと対決する時に自分の中の怒りをどっと出す男。監督に「はい、スタート」と言われると、それまで笑っていた人が一気にどす黒い怒りを爆発させるので驚きます。

色々難しい人生を歩んでいる俳優ですが、気合を入れたデパルデューはやはり凄いと思います。

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