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ブッシュ / W.

Oliver Stone

2008 USA/HK/D/UK/Australien 129 Min. 劇映画

出演者

Josh Brolin
(George W. Bush - 元州知事、後の合衆国大統領)

Elizabeth Banks
(Laura Bush - Wの妻)

James Cromwel
(George H.W. Bush - 元副大統領、後の合衆国大統領、Wの父親)

Ellen Burstyn
(Barbara Bush - HWの妻)

Jason Ritter
(John Ellis Bush - 州知事、Wの弟)

Keenan Harrison Brand
(Marvin Pierce Bush - Wの弟)

Richard Dreyfuss v(Richard Cheney - Wの時の副大統領)

Scott Glenn
(Donald Rumsfeld - 大臣)

Jeffrey Wright
(Colin Powell - 元大将、国務長官)

Thandie Newton
(Condoleezza Rice - Wの補佐官、パウエルの後任の国務長官)

Toby Jones
(Karl Rove - Wの側近)

Bruce McGill
(George Tenet - CIA長官、いい加減な情報を流し、ブッシュ在任中に個人的な理由で辞職)

Stacy Keach
(Earle Hudd - Wに助言を与える牧師)

Ioan Gruffudd
(Tony Blair - 英国首相)

Dennis Boutsikaris
(Paul Wolfowitz - Wの側近)

Michael Gaston
(Tommy Franks - 将軍)

Hillary Rodham Clinton
(本人の画像)

Randall Newsome
(Paul Bremer)

Charles Fathy
(Jacques Chirac - フランス大統領)

Saddam Hussein
(本人の画像)

John McCain
(本人の画像)

(本人の画像はその他大勢)

見た時期:2010年1月

グリーン・ゾーンの懸賞に当たったのがきっかけで、このところ少し2001年の大事件に関わる話題が続いています。

★ タイトルの言われは祖父の代まで遡る

ご存知の方はよ〜くご存知、こういうテーマに無関係の方は「そんなの関係ねえ」ですが、W. というのはジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の長男、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ前大統領のウォーカーのWです。W.はまだ元気いっぱいの、それほど年でもない、辞めたばかりの第43代合衆国大統領の伝記です。そろそろ64歳になります。親父さんは第41代大統領で、そろそろ86歳。欧米ではかなりの年ですが、日本ではこのぐらいでまだ元気な人も多いです。

ウォーカーというのは41代の父親、43代の祖父に当たるプレスコット・シェルダン・ブッシュがウォーカーという姓の女性と結婚してから引き継いでいます。どういう結婚だったのかは分かりませんが、プレスコットの姓のブッシュと並行して、夫人の父親のジョージ・ハーバート・ウォーカーの名前が次の世代(41代大統領)に引き継がれています。プレスコットは夫人の父親の紹介で仕事に励み、経営者としての手腕を何度か発揮しています。娘婿という立場で義父が大きな力を持っていたのかも知れません。その辺は想像の域を出ません。

プレスコットの政治活動は息子が生まれた頃から始まり、息子や孫ほどではありませんが、共和党の議員になったりしています。政党は共和党一本で、考え方も保守系です。本人は大臣や大統領になっていませんが、共和党の政治家には相談役として仕えています。

★ 親父さん

世間で言うパパ・ブッシュ。W. の主人公ではありませんが、重要な役です。輝かしい軍歴を持ち、終戦の直前に結婚。最初の子供は結婚後間もなく生まれています。それがW.の主人公、ジョージ・ウォーカー・ブッシュです。ママ・ブッシュは子供を6人産み、うち2人が州知事になっています。

パパ・ブッシュが当時保守系政党だった共和党から出た頃全米は民主党系の当たり年が続いていました。大ソウル・ブームでもあり、テキサスの石油を掘ったり、カウボーイのイメージは完全にアウトでした。立候補しても負けることもあり、政治家としてのキャリアはよい時もあれば悪い時も。70年代にはCIA長官に就任しています。

大躍進をしたのは80年代。リーガン大統領の対抗馬として、大統領候補になり、党内で敗れたとたんに副大統領としてリーガンから指名を受けます。カリスマ性のある表看板と実務に長けた副大統領という作戦でした。このコンビで選挙に勝ち、2期副大統領を務めます。時代は変わり、ベトナム戦争に嫌気がさしたアメリカでは共和党支持者が増えていました。

以前は共和党の方が好戦的な印象を持っていたのですが、調べてみると、戦争を終わらせるのはアメリカでは共和党と決まっているようです。ベトナム戦争を終わらせたのはニクソンですし、冷戦を終わらせたのはリーガン。パパ・ブッシュは戦争を始めますが、あっと言う間に終わらせてしまいました。ブッシュ親子は戦争をやるならあっという間に終わらせる作戦がお好みだったようです。

リーガンの大統領としての実態がどういうものであったかは、退任後記憶を失う病気にかかったこともあり謎のままですが、パパ・ブッシュが大きなサポートをしていたと見ていいようです。

共和党陣営は任期のリミットまで大統領だったリーガンに続いて、パパ・ブッシュでも2期続けようと考えたようです。ブッシュの1期目は順調に当選。2期目は不調で落選。ビル・クリントンに引き継がれました。

★ W. の主人公のブッシュ

作品を見る前から「なぜ今?」という疑問が付きまとっていますが、オリバー・ストーンはなぜかこの時期に辞めたばかりの43代大統領の伝記映画を作ってしまいました。公開が2008年なので制作の仕事は在任中だったと思われます。

最初はクリスチャン・ベイルを主演にという話だったそうで「ほんまかいな?」と私の頭には疑問符が大量に浮かんで来ました。ベイルは英国人。顔も全然似ていません。私は外見だけでもブローリンで満足しています。

W. はテキサス州知事になる前は輝かないキャリアの連続で、一族の中ではだめ息子、放蕩息子とされていました。事実不名誉な出来事の連続で、W.の中でもいくつかのエピソードに触れています。欧米にありがちな成功した父親を持つ息子の典型例とも言えます。ただ、パパ・ブッシュも成功した父親を持っており、自身も長男。状況は似ていますが、パパ・ブッシュと息子のW. は全く違う生き方をしています。

全然だめな男でありながら、キャリアは父親に勝るとも劣らぬ立派なもの。父親は副大統領2期、大統領1期。息子は州知事から大統領で、2期努めています。甲乙つけ難いと言えます。

違うのは、パパ・ブッシュは実務をかなりこなしている点。息子は周囲から担がれたとも言えそうです。だからアホなうつけ者かというとそうではありません。私も色々な記事からある程度察していたのですが、頭は悪くないようなのです。アホを演じるように決められていたような面があります。少なくとも外国語が流暢に話せ、記憶力は抜群。W.でもその辺は描かれています。

選挙運動に関しては関係が微妙な父親からも一目置かれるほど才能があったと見え、W.ではそこははっきり描いています。W. のおもしろい点は、どこまでが周囲に担ぎ出されたマリオネットで、どこからが政治家としての本領かよく分からないところです。祖父、父親の希望もあり、政治家にならざるを得なかったことはほぼ間違いないようです。逃げ回っていて色々な不祥事を起こしまくり、結局ある日逃げ切れないと悟って政界に出る決心をしたのかと伺わせる部分があります。

2001年にあの有名な911事件が起きており、ブッシュの名前はそれとともに歴史に残ると思いますが、W.ではそこには触れていません。W.911事件を踏まえて、これからイラクに攻め入るかを決めるところから始まります。

★ 知っていたら映画がおもしろく思えるかもしれない

これがオリバー・ストーンかと考えてしまうほどつまらない作品です。敢えて良い面を探すとすれば、ブッシュ政権そっくりさんのショー。この観点ですとほぼ満点をあげられます。しかしストーリーの構成、テーマの掘り下げ方、伝記としての価値等など、普通の見方をすると落第点。それをなぜ今の時期(2008年)にと封切られた時に感じた人がいてもおかしくありません。

私は2010年に入ってから見たのですが、当時のアメリカの状況はW.に登場する人物の記事を見聞きしていたのでわりと知っています。考えれば考えるほど不思議な作品です。

クリントンからブッシュに変わり閣僚が選ばれた頃から現実のニュースはフォローしていたので、初の黒人閣僚が2人とか、2人目の女性外相とか、当時話題になった出来事は覚えています。

そして息子ブッシュがイラクに攻め入る話を語る前にパパ・ブッシュの湾岸戦争も覚えていると、ますますおもしろいです。何しろその頃ラムズフェルドやパウウェルが深く関わっていたのです。あのお歴々が息子の政権に深く入って来ています。

まあ、ちょっと見ただけでこんな具合。調べればもっと出て来るでしょう。

しかし観客の予備知識に頼りっ切りで、作品そのものはいい加減に作るというのは邪道ではありませんか。今から考えると20年も前のパパ・ブッシュ湾岸戦争、7年も前の息子ブッシュのイラク戦争の閣僚を思い出せとか、勉強してから見ろと観客に要求するのはちょっと無理。

★ 政治専門の監督というわけではないが・・・

オリバー・ストーンが大好きな政治物です。これまでにも政治の大物を扱った作品があり、以前はケネディー、ニクソン(このリンクはストーン作品ではない)を手がけています。経済の絡む政治も嫌いではないらしく、ざっとタイトルを見渡しただけでも新旧のウォール・ストリート物、ワールド・トレードセンターもあります。尤もワールド・トレードセンターは経済に絡む陰謀とかではなく、救助に当たっている消防夫の聞くも涙のストーリーです。

私はストーンが好きというわけではありませんが、政治の事情をダイジェスト版で見られるということで機会があれば見ることがあります。例えばJFKではケネディーの死亡についてどういう説があるのかがざっと分かる仕掛けになっていました。

★ 粒のそろったキャスト

W. の内容を短くまとめると息子の方のブッシュ大統領の伝記そっくりさんショーと言えます。

キャスティングの時に本人に良く似たトーンを出せる俳優を集めたようです。ブッシュ親子の役をクロムウェル(父)とブローリン(ジュニア)にしたのは、どちらかを先に決めた時に顔の長さを考慮してもう1人を決めたのでしょう(笑)。

作品中重要な位置を占めているのが父子問題なので2人の登場時間が長いです。なのであまり違うタイプの人物を親子だと言って出して来ると違和感が漂うかも知れません。それでこういうキャスティングになったのだと思います。どちらを先に決めたのかは分かりませんが、2人を親子と見て違和感はありませんでした。

その他に良くぞ化けたと感心する俳優がぞろぞろ出て来ます。タンディー・ニュートンなどは非常に細部まで気を使ってコンディー・ライスになり切っていました。メイクを取ると全然似ていないので見事です。私はニュートンの作品を何度か見たことがありますが、彼女が普段メイクしている顔とも全然違います。あのままライスの影武者にしても務まるかと思うぐらいですが、体格がいくらか違うようです。

たまたまブッシュ両大統領が現役の頃ニュースを見たり聞いたりする機会が多かったので、実際に何が起きているかはざっと把握していました。父親の時はほとんどラジオのみ、息子の時は時々インターネットで写真を見、2期目には時々ビデオのニュースも見ました。なのでストーンのW.に誰かが出て来ると、「○○大臣だ」などとすぐ分かりました。ライスのニュートンは抜きん出て似ていましたが、グレンのラムズフェルトも、ライトのパウウェルも俳優という職業に恥じることの無い立派な化け方です。

★ 内容は

そうやって揃えた名もある、化ける能力もある俳優が集まって何をしていたかと言うと、Wの家庭環境、学生時代からの家族関係、本人の履歴をざっと当たり、Wが抱えている問題をご披露。父親が2選目通らず、次を狙うのが2人の息子のうちのWになるといういきさつ、あっさり当選するシーン、その後は湾岸戦争のいきさつに触れます。

時たま時代が前後することもありますが、まあ、大体は時系列に沿った伝記です。ストーンがあまり気合を入れて作っていないことが原因のようで、焦点がぼけています。JFKニクソン(別の監督の作品)では脚本も担当したようなのですが、W.では彼の名はありません。

★ 何のために作ったのか

良く分からない作品です。冒頭はすでに911事件起きてしまっており、どうやってイラクに一発お見舞いするかを考えているところから始まります。パウウェルはブッシュが当選した時に選ばれた初の黒人閣僚ということで注目はされていましたが、政治的力は無しと周囲に見なされた人でした。しかし元々大将だったため、部下を意味も無く死なせるわけには行かないという気持ちの強い人で、就任後あれこれ周囲ともめていました。それを反映させた短いシーンが盛り込まれています

同じく初の黒人女性閣僚として注目を集めたライスはブッシュ家から信頼されており、側近中の側近。それを示すシーンも盛り込まれています。しかし表でも裏でもバリバリ働く、小柄でパワー溢れるコンディーという面はあまり出ていません。実は彼女はロシア語に堪能で、通訳が要らないほど。そしてしょっちゅう飛行機で世界中を飛び回っていました。

ラムズフェルトもそっくりさんコンテストで上位入賞できそうなぐらい似ていますが、グレンは羊たちの沈黙でジョディー・フォースターの上司の役をやった時もこういうイメージで演じていました。背広とは全く縁の無い役もあり、大きく化ける人です。そのラムズフェルド本人は当時もその前も軍の再編成を試みており、周囲と対立することもありました。

そして顔はそれほど本人と似ていないけれど、説得力のある演技をするのがクロムウェルが演じるパパ・ブッシュ。顔より演技を優先したようです。パパ・ブッシュは2期副大統領を務めた後、自分も2期やるつもりだた様なのですが、政治の事情がそれを許さず、2期目はだめでした。そのあたりの事情にはほとんど触れていません。ここで父親が降りたことが息子に順番が回って来るきっかけなのだと、それだけを言えばいいとの解釈だったのでしょうか。

★ 政党の役割分担

アメリカには他の政党もありますが、主として2つの大きな政党が政権を時々譲り渡すようになっています(いわゆる2大政党制ではない)。レーガン、ブッシュ体制が12年も続いたので目先を変えたくなったという側面もあったようです。そんな理由だけで政権交代をしたらとんでもない事になるというのは時々思い知らされる事でもありますが、アメリカ人は思い知らされながら右へ左へと舵を切る方法を選ぶようです。

パパ・ブッシュの頃までは民主が戦争を起こしたり拡大し、共和が後始末をするというパターンが多く、ニクソンがベトナム戦争を終わらせたり、レーガンが冷戦を終わらせたりしています。息子のブッシュがイラクで戦争を始めたのは共和党としてはいくらか慣例を外れた感がありますが、ブッシュ家お好みの短期決戦を計ろうとしたようです。ただ、息子の時は思惑が外れます。

作品中会議のシーンがあり、そこで大量破壊兵器の間違った情報をつかまされ、戦争に巻き込まれてしまった、一体誰が責任者なのかという問が浮かび上がって来ます。このあたりの扱い方がいかにも大雑把で、単に油田を狙った石油企業系の人たちという図式になっています。

★ 早分かりのつもりで見たけれど

上にも書いたように、《当時の事情早分かり映画》のつもりで見ました。オリバー・ストーンなのでそれなりに見ごたえがあるだろうと期待もしていました。しかし上に書いた結論通り、そっくりさんショー以外に見るべき点はありませんでした。同じストーンで、ただの警官を描いた作品の方が見終わって作った甲斐のあった作品だと感じました。

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