高 知 県

窪川町(広報くぼかわ88年11月号) 中村市下田(尾崎明男氏提供)
住所  神社名 祭礼日 内容 備考
  ≪高知市≫
   平成17年(2005)1/1、高知市+土佐郡鏡村、土佐山村が合併。
   平成20年(2008)1/1、吾川郡春野町を編入合併。
 ◎旧・高知市
天神町19−20 潮江天満宮 11/18、19 花台廃絶
神幸祭 旧・県社
高知県立図書館蔵の「土佐年中行事図絵」には潮江天満宮の花台図がある。
はりやま町3−8−11 高知八幡宮 7/28 夏祭り 子供神輿渡御、奉納余興 カラオケ大会、大福引等。
11/23、24 神幸祭
宵宮:北町、高知街へ御神幸。本宮:新町(桜井町)、下知方面へ御神幸。
西秦泉寺 王子神社 7/10 例祭
長浜6600 若宮八幡宮 4/1土日月 神田祭
11/6 神幸祭
旧・県社。高知市南部(長浜、御畳瀬、浦戸、横浜、横浜新町)の総鎮守。
どろんこ祭り=神田(かみだ)祭りの神事の一部。4月第1土曜日より3日間開かれる。若宮八幡宮での神事の後、氏子から選ばれた12名の早乙女により外苑の御神田で田植えの儀式が行われる。田植えの後、早乙女が周囲にいる男性の顔や手足に泥を塗る。男性は逃げても構わないが捕まれば抵抗できないしきたりになっている。泥を塗られた男性はお礼を述べる習わしである。泥を塗られると無病で夏を乗り切れると言われている。
神幸祭=「おなばれ」とも呼ばれる古式に則った神幸祭である。行列は、お供衆、先祓い、神輿の順に進む。お供衆は、先頭を天狗面を面を被った猿田彦が進む。次に革籠が続く。その後を土佐藩時代の風俗をした「お鉄砲組」が進む。先祓いとして、神輿の前を氏子から選ばれた10名の練り子と呼ばれる少年が白粉を塗り女装して木製の薙刀を持って舞いながら進む。神輿が神社に還御すると「行司ナバレ」という古式が社殿の前で奉納される。
浦戸 宇賀神社 11/8 神輿2基 西と東に二地区に分かれて練り歩く
石立町54 石立八幡宮 6/30 輪抜け様
神田御手洗358 三所神社 11/23 例祭
五台山三ツ石 八坂神社 9/1日曜 神輿、獅子太鼓
仁井田3514 仁井田神社
朝倉丙2100−イ 朝倉神社 11/23 神幸祭  土佐二の宮
 神幸祭では御旅所で棒振りや神相撲、ナンモンデ踊り、神踊り、浦安の舞が奉納される。
以前は巫女神楽と流鏑馬もあった。ナンモンデ踊りのナンモンデは「南無阿弥陀」とする説もある。
一宮 土佐神社 8/24、25(毎年) 志那祢祭 土佐の総鎮守
24日:宵宮神事20:00〜。悠久の舞(巫女四人舞)21:00〜。
25日:神事しなね祭10:00〜。神幸祭15:00〜。16:00神輿巡幸〜。御旅所祭16:30〜。還幸祭17:30〜。
幸町9−1 小津神社 11/14 神輿
大津乙3199 鹿児神社 11/28 例祭
介良乙1927 朝峰神社 10/3日曜(元・20) 神幸祭 延喜式内社 
文化財情報 無形民俗文化財 朝峯神社祭礼 - 高知市公式ホームページ」によると、※一部改変。
「朝峯神社は高知市介良、岩屋、白水集落の産土[うぶすな]神社で、延喜式内社のひとつ。
 秋の大祭は神幸の列にしめ飾りをした酒瓶がゆく。これを担く二人の白丁が、「オンビキゾー」と囃しながら行くが、これは御神酒ぞーの意とされている。神幸は少年たちの棒打ちもみられるが、注目すべきものに行子[ぎょうじ]と頂女郎[いたじょう]がある。行子は母親に抱かれた幼児または幼童である。神輿が発達するまでは、この行子に神霊をのり移らせ神馬にのせて神幸していた風の名残りである。神主が大祓[おおはらい]という祝詞を唱えているうちに昏睡状態になり、それが神霊ののり移ったことであった。この行子の世話役が頂女郎である。頂女郎は月のものの無くなった女性がなる。神幸が御旅所に着くと、頂女郎は白粉の厚化粧をする。帰社すると直ぐに化粧を洗い落とす。化粧が神がかりの手段であった古代信仰を秘めたものである。また御旅所で行子たちに振舞われる田芋、枝豆、吸物膳も古式として注目される。
大正元年(1912)から御旅所は長崎鎮座の王子神社となったが、古くは頭屋から神幸が出発し、それに伴う厳格な祭式作法が行われていた。」とある。
 【花台(山車)の衰退】
高知にも山車(当地では花台)があった。
17世紀に長崎の花鉾をみて試したことから、寛文4年朝倉神社の大祭の笠鉾が最初。
これについて、高木啓夫氏は『高知県百科事典』の「花台」の条で「万治元年(1658)櫃屋道清と仁尾久太夫が商用で長崎に赴き見聞きしたものを寛文4年に朝倉神社(高知市)に出した笠鉾に始まるとする説が一般的である」と述べている。
 文献上では富裕な酒造業者であった根来屋又三郎は、『萬(よろず)日記』を残しているが、寛文4年の日記に「仁尾久太夫、櫃屋太郎右衛門二人よりかさほこ出也(いずるなり)、8月16日に早々朝より町へ出、朝倉へ行申也(いきもうすなり)」とあるように、桂井素庵は友達と一緒に朝倉神社の祭礼に出された笠鉾行列をわざわざ見物に行っている記事がある。この笠鉾の印象が強烈であったとみえ、日記に図示して紹介されているほどである。
その後、石立八幡・若一王子宮・小津神社 等の祭礼に登場し御城下町または小高坂、潮江、江の口など神明御祭りのとき屋台をこしらへ明治末期または大正初期の頃までまで出たという。
 何の理由か高知市近郊では衰退したが、県東部、西部では花台が残っており姿が思い窺われる。
資料では大八車の上に四層、五層に飾られたとある。
 ◎旧・鏡村
梅ノ木 八坂神社 11/5 神輿
吉原 河内神社 11/2 神輿
大利 新宮神社 11/3 大利の太刀踊り
 【鏡ダム(土佐鏡湖)】
昭和35年(1960)竣工。昭和41年(1996)竣工。鏡ダム完成に伴い多くの田畑が水没。
 ◎旧・土佐山村
弘瀬 仁井田神社 11/8 チョ−サ台、瓶台 1台ずつ 
 ◎旧・吾川郡春野町
春野町新川 春野神社 旧6/12
春野町西分 六条八幡宮 通称あじさい神社
春野町仁ノ沖387−1 仁ノ八幡宮 旧9/20
春野町東諸木 諸木八幡宮 10/28 神幸祭
春野町弘岡中1113 荒倉神社

 ≪南国市≫
岡豊町常通寺島字天神丸619 豊岡上天神社
岡豊町小蓮字宮ノ前1189 小野神社
植田字東野1267 殖田神社
前浜 伊都多神社 11/15
十市 石土神社 11/15 神輿
十市字新宮山 新宮神社 7/18頃の日曜 子供神輿・おねり太鼓奉納・相撲
阿戸字石土4327 石土神社

 ≪土佐市≫
波介5358 若一王子宮 8/29 神輿 修復は鰍謔閧ィか(宿毛市)。
太刀踊り
市野々1627 天満宮 旧9/15 神踊り
宇佐町宇佐 宇佐八幡宮 10/3土日 例祭
蓮池1947−ロ 西ノ宮八幡宮 10/31 太刀踊り

県指定無形民俗文化財

井尻 丹生神社
新居 新居神社

 ≪須崎市≫
西古市町6−12 須崎八幡宮 10/14、15 神幸祭
14日:宵祭り16:00〜 15日:本殿祭12:00〜。 御神幸祭13:00〜。 花取踊り15:00〜。
浦ノ内東分鳴無3579 鳴無神社 8/25 海上パレード
24日:餅投げ18:30〜、前夜祭19:00〜。
25日:本殿祭(大祭)12:30〜
御神幸祭(海上パレード)13:30〜15:00では、漁船3隻を御座船として神輿を乗せ、供漁船約20隻が大漁旗をなびかせる。
大谷 須賀神社 10/18 花取り踊り 県指定保護無形文化財
御神幸祭14:00〜、花取り踊り15:30〜16:30
多ノ郷甲1780 賀茂神社 10/20(毎年) 神幸祭 隔年に須崎の浜辺まで御神幸があったが、現在は大間まで
太刀踊り 県指定保護無形文化財
安和309 安和天満宮 10/20(毎年) 神幸祭
竹練り衆・花取踊り子の宮入り12:50〜。本殿祭13:00〜 神楽(社殿内)、花取り踊り(境内)13:20〜。
おなばれ(御神幸)=竹練り・花取が先導して神輿がお宮を出発。御旅所は、参道にある。14:00過ぎ〜。
神幸御旅所祭=花取り踊り・神楽14:50頃〜。
還幸(神輿帰宮)15:00過ぎ頃〜
押岡 貴船神社
 中ノ島(なかのしま)】
面積は0、23m。人口は約40人。昭和57年に中の島大橋で結ばれた。神社は麻利志天神社。
 【戸島(へしま)】
面積は0、11km。人口は約15人。
大谷899 戸島神社
 【須崎の郷土芸能】
野見の潮ばかり=県指定保護無形文化財。野見。海神である竜神にその年の大漁と集落の繁栄を祈り、旧暦1月14日の深夜に行われる。
五色の短冊を飾った高さ15m余りの淡竹が集落の中央に立てられる。淡竹は、夜になると木遣り唄に合わせて若者達によって悪霊鎮めの地搗をしながら浜辺まで運ばれ、干潮時に沖に立てられる。後日、その竹が沖方向に倒れると大漁、岸方向に倒れると豊作の年になると言われている。

 ≪香南市≫
  
平成18年(2006)3/1、香南郡野市町+香我美町+赤岡町+夜須町+吉川村が合併して誕生。
 ◎旧・野市町
野市町土居字宮床1356 立山神社 11/1 獅子舞、棒術
棒術=関ヶ原合戦後、香宗我部の遺臣達が山内土佐藩による武器の取り上げ等に反対し、農具である鍬の柄をとって武器とし、武芸を磨くために行っていたもので、獅子舞と共に奉納されている。
野市町本村字大平山1879 厳島神社
野市町東佐古字唐谷山443 山ノ神社
野市町中ノ村534 宗我神社
野市町上岡字手水屋敷2538 上岡八幡宮
野市町東野字子ノ丸2350 日吉神社
野市町西野1202 深渕神社 10/30 例祭
 ◎旧・香我美町
香我美町徳王子 若一王子宮 11/18 獅子舞
香我美町山北4071 浅上王子宮 11/18 棒術
香我美町舞川字相名渕2563 仁井田神社
香我美町中西川字延清2913 延清神社
香我美町末清字キタヤ135 皇太神宮
香我美町中西川字大東2726 阿梨宮神社
香我美町奥西川2809 石之神社
香我美町岸本1030 岑本神社
香我美町上3606 星神社
香我美町舞川2086 弓矢八幡宮
 ◎旧・赤岡町
赤岡町須留田 須留田八幡宮 11/3 神輿1基
獅子舞 平成15年、約100年ぶりに復活
赤岡町253 美宜子神社
 ◎旧・夜須町
夜須町上夜須 上夜須八王子宮 11月 20人棒 昭和47年復活
夜須町手結山字西長里1553 住吉神社
夜須町先切字北谷1156 越智神社
夜須町国光字城山1200 須賀神社
夜須町西山字宮ノ原242 伊勢ヶ岡神社
夜須町西山馬場崎254 夜須大宮八幡宮 1月2回目の卯と辰の日 百手祭
旧・9/30 つんつく踊 寛永年間(1624〜44)、豊漁祈願・海上安全のために、漁民たちが他国で聞き覚えた小踊り唱歌をアレンジして踊り始めたもの。
百手祭毎年1月の2回目の卯と辰の日の2日間、五穀豊穣や家内安全を願って、氏子の中から選ばれた12人の射手が2日間で1200本以上の矢を射る祭り。
その昔、人や家畜を襲い田畑を荒らしていた牛鬼を、弓の名手だった近森左近という人物が退治したことを祝って始まったと云われている。
夜須町添地 仁井田十二所神社 太刀踊り
夜須町十ノ木字倉谷285−イ 地殿神社
 【廃村】
沢谷・上倉・仲木屋=林業と炭焼きで生計を立てていたが、燃料革命で離村が相次ぎ無人の地となる。
 『夜須町史 下巻』の巻末年表によると、仲木屋は昭和37年(1962)3月に最後の住民が出て行きそれ以来無人となっているとある。
 ◎旧・吉川村
吉川町古川字八幡山369 八幡宮 7/20&10/20 例祭
古川 住吉神社 旧6/8&11/1 例祭
吉原 西徳善八幡宮 7/20&11/1 例祭
吉原 大八幡宮 7/20&11/1 例祭

 ≪香美市≫ 
  平成18年(2006)3/1、香美郡土佐山田町+香北町+物部村の合併で誕生。
 ◎旧・土佐山田町
八王子 八王子宮 7/24〜26 手作り花台 9組が毎年順番で造る
 【穴内川ダム(穴内川貯水池)】
昭和36年(1961)着工。昭和38年(1963)竣工。取得面積213ha、水没家屋187戸。
 ◎旧・香北町
韮生野243 大川上美良布神社 10/27、28 練り込み 棒打ち、碁盤振り、神輿行列、鼻高、稚児行列など
 ◎旧・物部村
別役 小松神社 10/30 例祭
 【永瀬ダム(奥物部湖)】
昭和24年(1949)着工。昭和32年(1957)完成。水没した集落あり。土地取得面積171.5ha、水没戸数248戸(民家221戸、公共27戸)。
 【廃村】
臼牛(うすぎゅう)=安丸の字。8戸あったが、林道が開通して無人になる。昭和40年に集落の解散式。

 ≪長岡郡≫ 
 本山町
本山 十二所神社 11/23 例祭
寺家 若一王子宮祭 11/最終土曜 例祭
三倉 三倉神社 12/1日曜 例祭
 大豊町
寺内 若一王子宮 旧9/12 太刀踊り
太刀踊り=明治の終わりごろ、土佐山村中切出身の西本仲次という人によって伝えられた。演技は切太刀と受け太刀の二人一組でやる。白鉢巻・赤襷・白足袋をつけ、白衣、黒袴の服装で行う。
音頭は太鼓や拍子木で調子を取りながら家内安全、五穀豊穣を祈って行う。近年太鼓も加わるようになった。
 踊り子はそれに合わせて「アラヨーオイヨー」と掛声をかけて踊る。
岩原 岩原神社 旧3/15&9/15 神楽 岩原・永渕は吉野川をはさんで接している。
永渕 永渕神社 旧9/18 永渕神楽
永渕神楽=戦乱に敗れた則倉佐仲という者が京都から讃岐・阿波を経てこの地に入り定住して伝えたと云われている。
桃原 熊野十二所神社 旧1/17&9/17 桃原百手 古式ゆかしく羽織、袴の装束で行われる。
川戸 旧1/15 川戸百手

 ≪土佐郡≫ 
 土佐町
宮古野 白髪神社 9/22 例祭
峰石原 高峰神社 12/3 例祭
溜井 子守神社
 【早明浦ダム(さめうら湖)】
昭和40年(1965)着工。昭和53年(1978)竣工。土佐町田井6591−5。
本山町、土佐町、大川村の387世帯、1300余人が水没。
 大川村
 【大川の郷土芸能】
花取り太刀踊=大川村花取り太刀踊保存会。
太刀踊り、薙刀踊り、手踊りの3種があり、総称して「花取り太刀踊り」という。音頭は3種とも共通の近世歌謡を用い、太刀踊りは男子が、薙刀踊りと手踊りは女子が踊る。
 【白滝ふるさと祭】
5月3日、10:30〜開催。場所は白滝の里 みどりの広場。主催は大川村ふるさとむら推進行事実行委員会。
旧白滝鉱山出身の「白滝鉱友会」の方が白滝を懐かしむ声から生まれたイベント。大川黒牛のバーベキューや田舎ずし、田楽などがふるまわる。
 【白滝鉱山】
朝谷。昭和48年(1973)閉山。現在は青少年の野外活動センター”自然王国・白滝の里”として跡地が再利用されている。
最盛期は417戸、1960人。小・中学校、幼稚園、売店、映画館、居酒屋などもあった。神社は山神社。

 ≪吾川郡≫ 
 いの町
 平成16年(2004)10/1、吾川郡伊野町、吾北村+土佐郡本川村の合併で誕生。
 ◎旧・吾川郡伊野町
大国町3093 椙本神社 11/23 神幸祭
おなばれ=神幸祭のこと。子供神輿を先頭に獅子舞、乙女の舞や扇の舞、獅子舞、白装束の男衆、八角形漆塗神輿(国の重要文化財。現在は、複製を使用)の行列で、伊野の商店街を通り、仁淀川沿いの桜堤の御旅所で獅子舞、朝日舞、乙女の舞や雅楽の演奏が行われ、終了すると椙本神社まで戻る。
枝川 八代八幡宮 11/5 地芝居
神谷755 天石門別安国玉主天神社 11/18 例祭
加田2396 神母(いげ)神社
波川2062 蘇我神社・八幡宮 11/26 例祭
八田2459 若宮八幡宮 11/6 例祭
 ◎旧・吾川郡吾北村
清水土居 八坂神社 11/7 例祭
小川津賀谷 八所川内神社 11/23 津賀谷獅子舞休止 昭和41年復活するが、平成4年の育樹祭を最後に休止。過疎化のため難しい?
上八川連行 若宮神社 3/2&7/2&12/2 巫女舞
下八川土居 春宮神社 11/15 例祭
 ◎旧・土佐郡本川村
大森 八幡宮 11/14 本川神楽
長沢43 白髪神社 11/15 本川神楽
越裏門 白髪神社 11/16 本川神楽
寺川 白髪神社 11/16 本川神楽
高藪 地主神社 11/27 本川神楽
脇ノ山 地主神社 11/30 本川神楽
中野川 大森神社 12/1 本川神楽
桑瀬 桑瀬神社 12/2 本川神楽
葛原 星神社 12/3 本川神楽
休場 地主神社 12/4 本川神楽休止
本川神楽=国指定重要無形民俗文化財。本川村史編纂の調査の過程で昭和59年に発見された「高橋鶴吉旧蔵資料」等により室町時代の大永3年(1523年)に伊勢山田から佐伯氏高橋四郎左衛門盛正によって伝えられていたことが判明している。
県内で唯一の「夜神楽」で、17演目から成り立つ。
 【廃村】
殿御舎=昭和48年廃村。営林署事業所閉鎖につき廃村。住人全員が関係者だった。最盛期の昭和37年(1962)には小学校児童36名中学校生徒10名の合計46名の児童がいる集落だった。
また元々は大森川沿いにわずかな住民がいたらしいが昭和34年(1959)に完成した大森川ダムの建設に伴って移転した。
 仁淀川町
 平成17年(2005)8/1、吾川郡吾川村、池川町+高岡郡仁淀村の合併で誕生。
 ◎旧・吾川郡吾川村
宗津 大山祇神社 12/10 名野川磐門神楽
名野川磐門神楽=国指定重要無形民俗文化財。落人・古式部の子孫・日浦小太夫が、伊勢の神宮で研鑽した神楽の技術を基礎に、神明に報いる礼儀作法を織り込んでこの地に最もふさわしい磐門神楽を創始したと伝えられている。注連の舞、四天の舞、弓の舞など14の演目がある。
 ◎旧・吾川郡池川町
土居乙907(下土居) 池川神社 11/23 池川神楽
池川神楽=国指定重要無形民俗文化財。文禄2年(1593)の「神代神楽記」に土佐の神楽として最古のものと記されている。
土居川沿いの大野、用居、桧谷などの集落の秋祭りに奉納されていたが、過疎氏子数の減少により現在定期的に奉納されているのは池川の池川神社のみとなっている。
神々を迎える神儀に始まり、宮祓い、悪魔祓い、和卓、神迎え、二天、手草、児勤、天岩戸、四天、長刀、山主、将軍、王神立神儀、太鼓鎮めの14演目がある。
黒翁面の「児勤の舞」は土佐神楽の中でも池川神楽にのみ見られる特異な舞で、衣装も雅楽の冠り物である鳥兜を着用するなど優雅で華麗な趣がある。所要時間は約4時間。
大屋 八所河内神社 12/8 安居神楽
宮ヶ平 熊野神社 12/12 安居神楽
安居神楽=国指定重要無形民俗文化財。1年ごとに八所河内神社(12月8日)と熊野神社(12月12日)で交代に行われる。
寛政2年(1790)の神楽本、天保9年(1838)の古面などが残っている。伝承では隣村吾川郡吾北村の岡林家から伝授を受け、大屋地区の岡林家がこれを伝え、神楽組は古くから大屋・宮ケ平集落で社職岡林家を中心に組織されていた。大正5年ごろ安居の神職安居宝定氏が伝授を受け、これらの舞人たちが保存伝承をしてきている。初祈り、幣舞、順の舞、悪魔払、神迎え、猿田彦、舞出し、二天、将軍弓、手草、和卓、長刀、山主、四天、鬼神、太鼓鎮の演目がある。
椿山 椿山神社
 【鞍手の郷土芸能】
椿山の太鼓踊り=町指定無形文化財。8月3日に氏仏堂で、安徳幼帝の子守歌として、また平家の武将や公達の霊を慰める祭りとして、毎年古式通りに奉納され、数多くの伝説とともに、椿山集落の人々に受け継がれてきた。椿山太鼓踊りは、年に5回、若仏祭(8月4日)、虫供養(6月20日)、盆供養(8月14日)、先祖供養(9月5日)でも奉納される。
 踊りは数人の男性の踊り手が輪になり、饅頭笠をかぶり、腹には大きな締め太鼓を乗せ、歌に合わせて、真っ白いカナバの房の付いた撥でリズムをとりながら、ゆっくりと輪になって巡るものですが、両手に持つバチの調子一つ狂うと踊れないというデリケ−トさを持っている踊りでもある。
 踊りには、念仏踊り、あやの踊り、さんばれ、敦盛踊り。御所踊り などがある。
 【廃村
広沢=開拓部落。吾北村との境界近くにあった。大正期開村?。昭和40年(1965)頃に消滅。
 ◎旧・高岡郡仁淀村
別枝 秋葉神社 2/11(元・旧1/18) 神幸祭 土佐三大まつりの一つと言われる
秋葉祭り=県指定無形民俗文化財。寛政6年(1794)より続く祭りで岩屋神社や旧関所番の市川家などに祀られていた火防せの神が、秋葉神社へ遷座したのが大祭の始まりと言われる。
初日(9日):御神体は岩屋神社で夜を過ごされる。二日目(10日):桐箱に移された御神体が関所番市川家で夜を過ごされる。三日目(11日)に市川家から秋葉神社に一日かけて還御。
11日は本村地区、霧之窪地区、沢渡地区の「三つの踊子地区」と神社側の「郷付き」の4団体が岩屋神社に集合し、神様を神輿に乗せ、岩屋神社(9:00〜9:30頃)、市川家(9:40〜10:30頃)、法泉寺(11:30〜13:00頃)、中越家(13:30〜14:00頃)とゆかりの地を巡りながら秋葉神社まで行列をなして歩く。
 【大渡ダム(茶霧湖)】
昭和43年(1968)着工。昭和61年(1986)竣工。
水没戸数は吾川村53戸、仁淀村37戸、計90戸であり、用地取得面積は、柳谷村、吾川村、仁淀村の水没、道路、その他を合計すると173、6ha。

 ≪高岡郡≫     
 佐川町
四ツ白
四ツ白仁井田神社 11/3 太刀踊り
斗賀野 白倉・美都岐神社 11/12 太刀踊り
 ●午前(白庫神社)
保育園児が手作り子供神輿2基を担いで宮入り。天狗と踊り。餅まき。 など。

 ●午後(美都岐神社)
踊り。子供たちの戦い。餅まき。 など。
 中土佐町
 平成18年(2006)1/1、中土佐町+大野見村の合併で誕生。
 ◎旧・中土佐町
久礼 久礼八幡宮 旧・8/14、15 神幸祭 旧・県社、土佐三大祭りのひとつ。
宵宮:深夜〜未明 御神穀(おみこく)祭=高さ6m、重さ約1トンの大松明の行列が、深夜、神社まで練り歩く。
    20:00〜  花火大会
本宮:15:00〜  御神幸
上ノ加江 廣埜神社 10/8 神幸祭 網代花取り踊り
矢井賀 松尾神社 神幸祭 花取り踊り
御神幸は塩払い、一の旗に続いて松尾神社奉寄進旗、鳥毛の長柄長刀、太刀を従えた神輿の行列を鼻高天狗が先導し参道を進む。その後に地元小学生を中心とした花取り踊りが奉納される。
 ◎旧・大野見村
寺野 津野神社 11/7 三番叟
奈路 天満宮神社 11/25(毎年) 天狗、神輿
花取り踊り休止
 越知町
横倉 横倉宮 旧・9/8 例祭
 四万十町
 平成18年(2006)3/20、高岡郡窪川町+幡多郡大正町、十和村の合併で誕生。
 ◎旧・窪川町
興津 興津八幡宮 10/15(毎年) 神輿
宮舟1台、花台1台 花台は平成21年、復活
米奥 白河神社 旧・7/28 花取り踊り
秋丸 秋丸神社 10/23 花取り踊り
志和 天満宮 10/25 例祭
志和 諏訪神社 10/28 例祭
岩井 春日神社 11/1、2 花取り踊り
仕出原 高岡神社 11/15 神幸祭、流鏑馬
 ◎旧・大正町
田野々 熊野神社 8/11&11/中旬
神輿
牛鬼1体、子供牛鬼2,3体  
下津井 仁井田神社 11/25(毎年) 牛鬼1体  
花取り踊り
 ◎旧・十和村
十川 星神社 10/28 神輿2基   
牛鬼1体  
古城 八幡神社 10/31 神輿1基   
牛鬼1体   
地吉 地吉八幡神社 11/1(毎年) 神輿1基   
牛鬼1体  
花取り踊り、五ツ鹿踊り
小野 曽我神社 11/20 神輿1基   
牛鬼1体  
 檮原町
川西路2196 三嶋神社 10/29、30 神幸祭
牛鬼1体  
津野山神楽
宵宮は牛鬼を先頭に武士行列、神輿行列が5〜600m先にある神社の御旅所に行き、その後地域を練り歩く。
田野々 三嶋五社神社 11/3 津野山神楽
竹の藪 三嶋神社 11/23 津野山神楽
 【津野山神楽
国指定重要無形民俗文化財。延喜13年(913)、津野経高が土佐梼原への入国と同時に始まったとされている。
全部で18演目(宮入り、幣舞、手草、天の岩戸、悪魔払い、大蛮、花米、二天、山探し、弓舞、鬼神退治、長刀、折敷、妙見、豊饒舞、鯛釣り、四天 など)。全部舞い終えるのに約8時間を要する。
囃子は大太鼓、締太鼓、笛、銅拍子などを用いる。
津野山神楽は10月下旬から11月にかけて各集落の神社で不定期に舞われている。
 津野町
 平成17年(2005)2/1、葉山村+東津野村の合併で誕生。
 ◎旧・葉山村
新土居 八幡神宮 9/下旬 炭鉱節、江島踊り
姫野々 三嶋神社 10/最終土日 宵宮におなばれ、花取踊りの奉納
床鍋 有宮神社 旧・1/25&5/25&9/25 例祭
 ◎旧・東津野村
高野 三嶋神社 11/16(毎年) 津野山古式神楽
花取り踊り
北川 川内五社神社 11/15(毎年) 津野山古式神楽
芳生野 諏訪神社 11/19(毎年) 津野山古式神楽
宮谷 大元神社 11/18(毎年) 津野山古式神楽
 日高村
下分字宮の内 小村神社 11/15(毎年) 浦安の舞 旧・県社
沖名長崎 沖名正八幡宮 10/15 太刀踊り
花採太刀踊り=土岐城主の別府彦九朗が八幡宮の神前に武運長久を祈願し奉納したことに始まり、その後天文年間(1532〜55)に悪病が流行し、一条公の重臣権中将源朝臣兼視(親)は天下泰平、国土安穏を祈って社殿を改築し、村人もこれを躍らせたのに始まったと云われている。
踊り子は八幡宮の紋(丸に八の紋所)を染め抜いた黒の紋付き、縞の袴、紅白のたすきがけ、手甲、脚絆に白鉢巻きの服装で、紅白二列に相対する。演目は入れ葉、シノギ、鎌倉山、清盛、忠臣蔵などの十二通りがあり、それぞれに歌がある。
能津 四社神社 11/14 神踊り
神踊り=社殿と仁淀川原で行われる。
 踊り子たちは白い団扇を手にして舞い踊る。踊りの輪が胸にかかえた締太鼓と鉦の打ち出す音にゆっくりと巡りゆく。社殿での踊りが終わると、神輿は、社殿を出る。貝吹、鼻高、花籠、白熊、黒熊、鉄砲、弓などを持った氏子たちが列をなし、仁淀川原へと向かう。
仁淀川原では白い川原石の幔幕が朱塗りの神輿を囲い、囲いの中から神主の奏上する祝詞が聞こえてくる。その向こうで、輪になって踊り子たちが踊り始める。踊り終わると、神輿はまた御社に向けて動き始める。

 ★展示場
本川新郷土館 長沢131−19 рO88−869−2331 9:30〜17:45(入館は17:00まで)。無料。
中世山岳文化を継承する本川村をテーマに住民の方々から寄贈、寄託された民具等を中心に展示している。
国指定重要無形民俗文化財の本川神楽の神楽面や神楽に関する古文書なども展示。休館日は日祝祭日。


      東部地方安芸市、室戸市、安芸郡〔芸西村、安田町、馬路村、田野町、奈半利町、北川村、東洋町〕

      高幡地方須崎市、高岡郡〔津野町、梼原町、中土佐町、四万十町〕


      幡多地方⇒四万十市、宿毛市、土佐清水市、幡多郡〔黒潮町、中土佐町、三原村、大月町〕