1 両手いっぱいに花束を持って現れて。
悔しかったら、両手いっぱいに花束を持って現れて。
「馬鹿なこと、言ったかなあ」
薔薇でも、かすみ草でも、そこらへんの雑草だって構わないの。
両手いっぱい溢れるくらい、綺麗な花をちょーだい。
どーか、あたしに。
「馬鹿よ。大馬鹿。ザル馬鹿」
じゅるじゅるとコヒー牛乳を吸い切って、友人、里あやかが断言した。
場所は高校の売店前。
「ザル馬鹿?」
「すくいようのない馬鹿って言う意味よ。ザルで水はすくいようがないでしょ」
「ああ、なるほど」
馬鹿だった。実際どうしようもなかった。
あいつは、あたしのどこを好きになったんだろ?でもって、あたしはあいつのどこを……
「でもま、幸せな悩みですこと。私も男について悩んでみたいもんだわ」
「あんまりいいものじゃないよ。むしろ、男がいなかったときの方が幸せだった気がする」
「それは幸せの種類が違うのよ」
幸せには形がある。大小もあるし、長短まである。と言うのがあやかの談だった。
だからして、幸せはちゃんと同じ三次元の世界に存在しているのだ。
とてもロマンチックなものと想像している人が多いけれど、それは手を伸ばせば触れる位置にある。
幸せになるのなんて、簡単。
「だって真子の悩みってのはさ、食べ過ぎで消化不良って感じよね」
「……」
そうだろうか。幸せ過ぎたのだろうか。
真子は自分の無駄に長い髪を指で弄びながら、切ってしまおうか。と思った。
こんな軟弱な、優柔不断な、自分が許せなかった。
許せなくて、真子は髪をくしゃくしゃとして抑えた。
「と・に・か・くー、消化不良には体を動かすことよ。おもいっきり落ち込んだら、ちゃっちゃと謝りに行くべしよ」
ゴーゴー、がんばれ!と言ってあやかに背中を叩かれた。……痛い。
一番がんばっていない自分を棚に上げて、がんばれと言うのだ。この娘は。
「そうだねえ。もう一度、がんばれたらいいかもね」
ずっと前からずっと友達。
いつも一緒にいて、ぼんやりとしているあたしの背中を里が叩くのは常だった。
高校生になって、あやかの張り手に押されて、一度だけ最大の勇気を振り絞った。
「あの、あたしとつきあってください」
彼はそのストレート直球を避け切れずにYESと返事をくれた。嬉しかった。
心臓は脈を正確に打たずに、脳みその温度は急上昇した。
それから、デートしたり、お弁当を作っていったり、キスもしたり、
「真子は俺にどうしてほしいんだよ、俺わかんねえよ……」
いつからか、キスしても何も伝わんないなって、何も感じなくなってた。
「じゃ、両手いっぱいの綺麗な花をちょーだい」
あたしに。
嬉しさは錯覚だったのかもしれない、なんて。
「悪い、俺もう……」
幸せになるのなんて簡単なんだよ。
でも同じ位、不幸せになるのもごく簡単。
心に大きな風穴が開いて通りぬけていく感じ。
「じゃ、さよならだね、あたしたち」
だってもう何も感じない。
だから、だから。
こんな馬鹿ですくいようのないあたしに花束をちょーだい。
幸せを。
「はい」
え?
言える音も出てこなかった。
顔の表情だけで答えてしまった。え?と。
「ハンカチ、落ちましたよ」
ハンカチ?ああ、どうもありがとう。
と、心の中で思って外に出すのを忘れていると、我が校の制服、男子バージョンをなかなかのセンスで着こなした男の子はあたしの手にちゃんとそれを握らせてくれた。
気が付くと、随分時間が経ってしまったようだった。あやかの姿はもうなかった。
「つかぬことをお聞きしますが」
上履きのラインが赤い、一年生だろうか。それにしてはでかすぎないか?と冷静に分析する。
なんでしょう?と今度は口に出せて言えた。
「椎名智之先輩って名前ご存知ですか?」
「しいな、ともゆき?」
「はい、何クラスかご存知ですか?」
知ってる。
「Cクラス」
「ああ、ありがとうございました。感謝します」
にこーと男らしからぬ笑顔でお礼を言われた。周囲の女子生徒がこそこそ囁きあっている。
気持ちは分からないでもなかった。が。
(あれ?)
手に持った見なれないハンカチを思った。あたしのじゃない、と思った。
お世辞でも清潔そうには見えなかった。誰のものかは分かりやすかった。
じゃ、なんでここにあるのか。
「真子ー?どうしたの?」
通りすがりのクラスメイト、女子生徒三人が話し掛けてきた。
「え?」
「大丈夫?どうして泣いてんの?」
え。
慌ててくしゃくしゃのハンカチを目頭に当てた。
え。
これがハンカチがここにあるわけだった。
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