2-1 日比野一輝と言う名前の彼はニ週間前に転校してきたのだと言った。
結局、午後の授業を保健室で過ごした真子は、6時間目の授業を受けるべく戻っていた彼を、その申し出を真剣に受け取ってはいなかったのである。
校門の所で、「立原真子せんぱーい!」と大声で呼び止められて、みなの注目の的になるまでは。
「結局、あたしも同類ってことかしら」
祥子ちゃんと。
「は?なんか言いました?」
少し前を歩いていた彼は振り返って、わずかに足を止めた。
真子は構わず足を進めて、二人の間にそれなりの距離を持とうした。そうせめて自分たちの関係を表す距離を。
それが物凄く無駄なことは分っていた。だって彼の足ときたら真子より遥かに長いのだ。
5歩で行くところを3歩で追いつかれるのだ。
けれど、いつまでもその距離が縮まらないことに、真子は少しして気が付いた。
怪訝そうな顔をして真子が振り向くと、日比野一輝くんはまた、にこーとあの笑顔で、笑った。
「……」
真子は観念とばかりに歩調を彼に合わした。いや実際は彼が合わしたのか。
「日比野くんは、バスケ部なの?」
「はい。ほらオレって馬鹿でっかいでしょ?転校初日に勧誘されたんです」
「椎名に?」
一輝は少々驚いた顔をして、広い肩をすくめた。
「はい。椎名先輩に」
「椎名ってまだ部活やってるの。就職決まった人は余裕よね」
椎名。なんて自殺行為に等しい。
それを何度も繰り返して自分を追い詰めて、どうしたいんだろう。また泣きたいんだろうか。
また慰めてほしいんだろうか。
「立原先輩は将来なんになりたいんですか?」
「進路のこと?私立の四大に入りこむつもりだけど……そうじゃなくて?だったらなんにも決めてないな」
「なんにもですか?それはいいですね」
受験生を馬鹿にしたと思った。真子は馬鹿にされたと判断した。
気付かない様子で一輝は続ける。
「自由で。いいと思います。先輩らしくて」
「そこまで言うんだったら、あるわけよね、日比野くんには。将来設計というやつが」
いじわるく、言うてやった。
一輝は視線を空中へとやって、少し困った素振りをした。
「あるんですよ、実は。壮大なやつが」
「なに?」
「……ちなみに進路希望調査に書いたら、担任から呼び出しを受けました」
「ええ??!なになに」
「ずばり、サンタクロースになりたい」
真子は目が点になった。鏡で確認していないから分らないけれども。
そしてまた馬鹿にされたのだと思った。
悔しいのでそのまま続けることにした。
「サンタクロースになってみんなに幸せをプレゼントするわけ?」
「はい、そうなれたらいいな。と思います」
「じゃー、私には何をくれるの?」
顔を見上げながら言って、そうしたら目が合ってびっくりした。真剣で優しい目だった。
そういう目、前にも見たことがあった。ちょっと前に。
「先輩は何がほしいですか?」
なにって。
花束。両手いっぱいあふれるくらいの。
薔薇だって、かすみ草だって、そこらへんの雑草だって構いやしないから。
花束をください。
真子は随分苦労してそれを飲み込んだ。
むずかしいな、って悩んだフリをして誤魔化した。
「日比野くんごめん、今日はやめにしよう」
「あ、じゃ、また今度で」
「うん、じゃあね、バイバイ」
「はい。さようなら」
さよなら。
あれは耐えきれずに言ってしまった、さよならだった。
分ってる。すごく分ってる。後悔に縛られてる。
カッコ悪い。みじめで。
だってあんな真剣な顔をしてて、それでその先なんて分りきってたから。
「せんぱい、じゃあ、また明日」
そうなの。
そう言いたかったの。
また明日って。
花束は口実なの。だからどんな花だって構わなかったの。
サンタクロースさん、あたし、花束がほしい。
椎名からの花束がほしい。
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