3 とりあえず屋上に行こうと思った。
二時間目の授業で使われてない空き教室がどこなのか分からなかったから。
とりあえずあそこなら誰もいない可能性が高いと思ったから。
屋上でいい?と確認をとったら、葉月は少し黙ってから一度頷いた。
(オレはバカだ)
そんなの何度も思ったけど、コンクリートを打つ水滴が足元にしぶきをとばしてくる勢いだと分かって、ますます確信する。
「本格的に降ってきたねえ……」
葉月はなんでもない風に、雨に手の平を濡らした。
こんな日の屋上には、入り口のところにあるちょっと出ぱった屋根の下ぐらいしかいられる場所がない。
雨のおかげで近付いた二人の距離間に今更少し怖気づく。
足の裏から震えが上ってくるの感じて、雨で冷えた温度を意識した。
それから葉月の空気にそのままさらされた足を見て、痛い気持ちになった。
「ごめん」
窓の外を気にするくらい、葉月が少し黙って頷いた意味考えるぐらい、余裕あったっていいのに。
オレはバカでどうしようもないくらい子供だ。
そんな風に自分を追い込んで、また目の前を落ちる雨に気持ちを奪われるんだ。
「もし、あのとき雨が降らなかったら……」
オレが思ったことと同じことを葉月の声が言った。
びっくりして隣を見たら、目から頬のあたりまで一直線に流れた跡が残っていた。
でもそれが雨のせいなのかも判断つかないオレはやっぱりバカだと思う。
「ごめんなんて言わないで。お願い」
葉月はいつものように笑おうとした手前で上手くいかなかったみたいに、何かを我慢して唇を噛んだ。
「陽に謝られると、あたしどうしていいか分かんない」
言いながら雨とは違う種類の水を目からこぼすの、今度は見逃さなかった。
オレもバカで、どうしていいか分からない。
それでもせめて葉月がこれ以上寒くならないように、そばにあった手を握る。
冷たくて、オレのよりよっぽど小さい手。
頷く変わりに力を込めて握る。
「……もしとか、たらとかさ。野球やるときにあんま考えないようにしてんだ」
もし、あのときオレがフライを取りこぼさなかったら。
あの試合にだって勝てたかもしれんって何度も考えてみたけど。
「でも、そんなの考えてたら考えてるだけで終わっちゃって。オレの場合、とくにバカだからさ。そこで動けなくなんだよ」
葉月の赤くなった目を見ていたら、すんなりと胸のあたりに答えが降りてきて、こんなに簡単でいいのかなってオレは逆に焦った。
「あのときに雨が降らないなんてことない。あのときがなくなって、もう一回やり直しになんてならないから。もしとかたらとか、そんな意味のないこと考えんな」
言いながら、まさかから、もしかしたらに気持ちが変化する。
足もとにとんでくる水しぶきを感じながら、確信する。
もしかしなくても、こんなしょうもない答えしかオレには見つけられない。
「オレ、葉月のことがすっげー好き。それじゃダメなわけ?」
もっと大人でいい男になって、葉月の隣にいるのに相応しくならないと。
こうして手を握ってるだけで幸せだって思ったら。
好き、とか今更すぎてもう言ったらダメなわけ?
単純すぎてバカみたいで、葉月には全然足りねーのかな。
「うぅー」
って一オクターヴ高い声で唸ったと思ったら、葉月が突然目の前から消えた。
びっくりして慌てて繋いだ手の先を探したら、地面にしゃがんで膝を抱え込んでるのを見つけた。
雨のおかげでかき消されるのをいいことに、うわぁーんってでっかい声で泣き出す。
制服が汚れるの気にしない。
雨が降ってるのも授業中なのも気にしない。
「……葉月?」
「あたしも好き、すっげー好きー」
鼻の頭赤くしてそんなこと言う葉月が寒そうで愛しくなったから、上から覆い被さるみたいにして抱きしめた。
もし、こういうときオレにもう少し長い腕があったらとか思わなくもないけど。
でも、葉月が左腕にすがって泣き出す重みを感じたから、つられてオレも少し泣きそうになった。
「……あたし、ね。陽に言わなきゃいけないこと、ある、の」
嗚咽まじりに葉月が言う。
うん、聞くよ。とオレは頷く。
葉月の言葉を聞いて、分かるまで繰り返し何度も聞いて、オレの中にあるはずの答えを見つけることも、今ならできる気がした。
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