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 がちゃん、って耳に痛い音。

 いつもは頼まなくても騒がしいくせしてみんな、こういうときに限って役立たずだ。
 おそるおそると顔を上げると、恐ろしく冷たい目が二つ、ぎろりと光った。
 ヘビにまっすぐ睨まれて、カエルはかちこちに固まった。

 ものすごく長い沈黙のあと、ひっと変なふうにカエルのノドが鳴った。
 凍りついた時間を動かしたのは、他でもないヘビの手だった。
 立ち上がって、ちょうど二人の真ん中に落ちた、それを拾い上げる。
 そしてわざわざ鼻の頭に乗っけたりして。

「ひ」

 見事なセンスで歪んだフレーム。鼻の上で、かくん、とシーソーみたく右に傾く。
 なんというかとっても正直に申し上げるなら、とってもカッコが悪かった。

 その向こう側で、冷たい目がさらに細さを増す。あれだ。獲物を狙う仕様になったと思った。
 思わず、尻でもちをついたまま、猛スピードで廊下を後ずさりした。

「ご」
 めんなさい、と言うつもりだった。
 ごめんなさい。許してください。食べないでください。
 涙が出そうになる目を伏せて、ひっと鳴るノドをなだめて、勇気をふりしぼって声を。
 出そうとした、のに。

「廊下は走らない」

 ぼそっと言われて、危うく聞き逃すところだった。

「へ」
「小学生じゃあるまいし。常識だろ」

 ぼそぼそと、変てこなメガネのずれを指で直しながら言っていて。でも、当然ぜんぜん直ってなくて。
 でも、そんなのちっとも気にしないで。
 尻もちの横を通過して、そのまま廊下をすたすたと歩いていってしまった。
 手にリコーダーがあったから、たぶん音楽室に。

「……はあ?」

 思ったよりもずっと大きな声が廊下に響く。
 それがきっかけになって、また休み時間本来の騒がしさが戻ってきた。
 人がピンチになってもなんもしてくんなかったくせしてみんな、ずっこいんだ。

 とにもかくにも、最悪のピンチは脱したようだ。

 カエルの全身から力が抜けた。
 特別教室がある第二校舎へと渡る廊下、その最後の繋ぎで、ぺしゃんと潰れた。
 ぺしゃんこになったカエルは、しばらくそこにいた。授業のチャイムが鳴っても、いた。
 ふつふつと腹の底から燃え上がってくる思いがノドから出て、はあっ?ともう一度、思ったよりもずっと大きな声になった。
 近くの教室のドアが開いて、先生に叱られた。

 

 

 

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