+poolside+++4+

 

 4

「で、まんまとホれたわけか」

 公立の中学校に冷房完備なんてありえないので。
 制服でできるだらしないのの限界に挑戦する。
 アメンボは誰も頼んでいないのに、シャツのボタンを外して、水泳で日に焼けた肌を見せつけている。

「はあ?」
 ぱたぱたと配布されたプリントをうちわにして風を作りながら聞き返した。
 アメンボはカエルとは音色の違う「はあ」を使った。

「カエルが。副委員長に」

 カエルは焦って、周囲を見渡した。
 けど幸い、会が始まる前の今のみんなは騒がしく、第一その、副委員長も見当たらなかった。
 この間の大掃除の反省と掃除器具点検の結果、がこのたびの美化委員会の議題だ。
 黒板に、明美先輩の独特の草書体でそう、書かれている。

 その明美先輩はと言えば、教室の中心点を囲うようにして並んだ机の、一番上座に。
 美化委員長の席で、机に頬をおしつけるようにして寝ていた。
 さすがの先輩も、暑さには勝てないのだろうか。

「明美先輩、なんか具合悪そうじゃねえ?」
「……そう?」
 アメンボに言われてもう一度先輩を見てみたけど、位置が遠くてはっきりしない。
 第一、アメンボに指摘され気付くというのはなんとなく、気に入らない。
 気のせいでしょ。と言うと、聞こえるようにため息。

「なに」
「いいえ、恋は盲目って、人間以外にも有効なんだなって」

 なによそれ。

 不快指数が最高点に達して、カエルはぷーと顔を膨らませた。

 好きだとか嫌いだとか。
 男だとか女だとか。
 うっとおしかった。
 カエルはカエルで。それ以外じゃなくていいじゃないか。

 チャイムが鳴って、のろのろと明美先輩が机から起き上がる。

「ええっと、じゃあ美化委員会を始めまーす」

 

 委員会が始まってしばらくしても副委員長は現れなかった。
 各クラスが大掃除の取り組みを発表していく。
 本来は副委員長の務め、のはずの書記係は明美先輩が兼任して、ノートに報告をまとめている。

 先輩は明らかに眠そうで、聞いてるのかかなりあやしかった。
 でも一つのクラスが終わると、次ーと掛け声を掛けて、

「次ー。次は、二年二組ですよー。……あ、カオルちゃんだ」

 名指しだ。

「はいっ」

 勢いよく返事をして、報告文を読み上げる。ほとんど副委員長が書き上げた無駄な大作だ。

「 ―― というわけなんで、補充の必要はなさそうです」

 以上報告おわりっと元気よく締めくくったけれど、先輩の次ーのお声が掛からなかった。
 明美先輩は机のノートにシャーペンの先をくっつけたまま、固まっていた。

「遅れました。すみません」

 先輩、と声を掛けようとしたどんぴしゃで、副委員長が遅れて到着した。
 室内の微妙な空気を察しないのか、一人だけ立ち上がっているのを見て、あ、カエルだ。と言った。

 私の名前はカオルです。
 水泳部で平泳ぎ選択だから、カエルって言われてますけども。

 きっとそんなことは、副委員長の知ったことではなかった。
 副委員長は、入ってくるなりまっすぐ歩いて、一瞬も迷わずその場所にたどり着いたから。

「明美、大丈夫?」

 固まったまま動かない先輩の背後から声を掛ける。
 先輩の握り締めていたシャーペン、ばきっと嫌な音を立てて芯が折れた。
 本当に、嫌な音がした。

「りっちゃん……」
 声にならない声でそう言って、そうするのが当たり前にみたいに明美先輩の手が、副委員長の首に回る。
 そうされるのが当たり前みたいに、副委員長がそれを受け入れて。
 あの、どちらかといえば病弱な感じのする細腕で、明美先輩を抱きかかえた。 

 どうしていいか分からずに立ち尽くしたまま。
 周りの生徒の気持ちを代弁するつもりで、呆然としていた。

「カエル」

 それが自分の名前だと気付くまで、一瞬のタイムラグ。
 致命的になって、明美先輩を抱えた副委員長はすでにドアの前。

「はいっ」
「悪いけど、後、引き継いでもらえる」

 カエルの返事を待たずに、副委員長はすでにドアの向こう。
 委員長と副委員長の消えた教室に取り残されたカエルの隣で、アメンボがプリントをうちわ代わりに唇へと寄せた。
 その山の頂上から下界を見下ろすような態度が、大変気に食わないと思った。同じ穴の生き物のくせして。
 が、今はこの場をどうにかする使命が、カエルの両肩にのしかかっているので。

「ええとー……」

 あはは、といまだ衝撃のシーンの余韻が消えない美化委員たちにごまかし笑いをしながら、
 つまり、とカエルはない知恵をしぼって、考えた。 

 つまり、

(もしかしなくても、私はまんまとフられたわけか?)

 

 

 

 5 へすすむ++ 3 にもどる++poolTOPへかえる+