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 どうしてこんなことになっているのか。
 お馬鹿なんで分かりません。

 ていうか、分かりたくない。

 

 誰かの上靴によって破壊されたらしい掃除道具入れは、微妙なゆがみが生じて閉めることができない。
 風に吹かれて勝手に開き始めたそれをお尻で無理やり閉めて、カエルは何度目かのため息をつこうとした。

 放課後に美化委員の仕事が回ってくるなんて、ついてない。
 大掃除前の掃除用具の点検なんて、めんどくさい。
 なんでそんな委員になったかって明美先輩が美化委員長だって知ったからなんだけど。
 同じ理由で委員なはずのアメンボはなんのかんのと理由をつけて、さぼりやがって、ずっこい。
 ずっこいていうか絶対呪い殺してやる。

「ホウキ、何本だった?」

 ひっと反射でノドが鳴りそうになる。
 慌てて振り返って、正面の掃除道具入れに答える。

「さ、ささ三本です!」
「ちりとりは?ちゃんと使えそうなのあった?」

 まだ確認してません。

 えっとー、と誤魔化しながら、もう一度掃除道具入れを開く。
 後ろから露骨なため息をつかれた。いや、それこっちの気持ちだからとつっこむ、心の中で。
 このクラスのちりとりは、ゴミを招き入れる大事な部分が山型に膨らんでいて、とてもじゃないけど、使えそうになかった。
 そう報告すると、沈黙と一緒に手が伸びてきて、ちりとりを盗られた。

 掃除用具の点検は、二人ペアで行なうことと、先生から指示されていた。
 カエルの担当は二年生のクラスで。さぼったアメンボの代わりに、美化副委員長がついてきてくれることになった。

 副委員長は、新しくなったメガネを光らせて、ちりとりを入念にチェックした。

 誰が見たって見事な山型だと思うぞ。
 なんだか自分の粗探しをされているようで、カエルは不愉快になった。

(どうせ私はお調子者でがさつでうっかり廊下走ってメガネ破壊しちゃうような小学生よりも大馬鹿ですけどね)

 と、突然副委員長が無造作に床にちりとりを落とした。
 嫌味を言ったのに気付かれたと思って、カエルはぴょんと後ろに飛びのいた。
 副委員長はまったくお構いなしで、ちりとりを、足でぐりぐりと踏みつけ始めた。

「な、なにしてんですか?」
 副委員長はメガネのレンズの向こうで目を細めた後、踏みつけたちりとりをカエルに渡した。
 見事な山型がぺしゃんこになって、がたがたの水平になっている。
「これでまだ使える」
 見かけの優等生ぶりに騙されてはいかんと、カエルは心に刻んだ。 

 

 先を行く副委員長の、男のくせに華奢な背中を見つめながら、無言の怒りをキャッチする。

 まさかヘビメガネ野郎が、副委員長だったとは。

 予想外の事態に、カエルは「ご」の先を言わねばと思った。つまり謝らなくてはと。
 思うだけで、言うタイミングがさっぱり掴めずもだえたカエルは、副委員長が立ち止まったのにも気付かずにそのまま背中へと激突した。

「ぎゃ、ごめんなさい!」

 謝るのと副委員長がため息をつくのが同時で、カエルは思わず泣きそうになる。
 ていうか、我慢しきれないのが少しこぼれた。
 副委員長の無感動な視線を感じた。うう、ちくしょう。

「……あのさ、うざったいけど言うけど」
 ぼそぼそとむかつく言い方で、副委員長が話し始める。
 手で後頭部をかいて、すごく話すのが嫌そうだった。
 なら言わなきゃいいのに。と、つっこんでおいた。心の中で。
「はい?」
「あんたが、オレのことでそんな、悩む必要ないから」
「……はい?」
「たかがメガネごときでそんな悩む必要ない。まったく問題なかったし」

 メガネの話ですか。と、カエルは目をぱちぱちさせて理解した。
 いや、しかし。

「メガネ、あたしのせいで壊れたんですから。あたし弁償しますよ。新しいのいくらしましたか?」
 すらすらと自分でも信じられないほど殊勝な言葉が出てきて、感動した。
 副委員長も意外だったらしく、レンズの向こうで目が丸くなっている。
「すみませんでした。ちゃんと謝らなくて」

 繁々と見つめられる気配がぴりぴりして、カエルは固まる。緊張する。
 ふっと空気がゆるんだ気がした。なんだか一瞬、副委員長が笑ったような。現実は、目には映らなかったけれど。
 副委員長がメガネを外す。
 したら本当にちょっと笑っているみたいだった。意外だ。ちょっと可愛いとさえ思えてしまった。

「これ、新しくない」
「はぁ。……はい?」
 カエルは顔全体ではてなを作る。
 副委員長が手の中でとんとん、とメガネを揺らす。
「そのちりとりと同じ。まだ使える」

 メガネ、よく見たら確かに、微妙にガタガタな水平になっているような。

「……もしかしなくても、踏んだんですかぁ?」

 うん、と今度はぐっと分かりやすく笑って、副委員長が頷いた。
 でもすぐになんにもなかったようにもとに戻ってしまった。

 

 もう一度、笑われたらきっと、

 まるでヘビに睨まれたカエルみたいに、

 その場から動けなくなっただろう。

 

 

 

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