5 例えば、これは歴然と横たわる、自由形と平泳ぎの差、なんじゃなかろうか。 見ているだけで満足して、失ってから気付かされた恋。 カエルは、またもや制服姿のままプールサイドに腰掛けていた。足で、ばしゃばしゃと波を量産する。 プールのど真ん中のコースでは、すーっと真っ直ぐな線が引かれていく。 昨日、倒れたばかりだからあんまり無理はしちゃいけません。これは常識として。 |
せっかく、人が悲劇のヒロインに浸っているってのに。 キラ、キラ、と、さっきから、目障りなくらい一番近くの水面で、動くものがあった。 「あのなー……」 鼻に水が入ったのか、咳き込みながら、アメンボは盛大に顔をしかめる。 「お前、今日も泳がねえの?」 珍しく、アメンボがためらいがちに示すあれの、おなかの鈍い痛みは、もう4日目だから随分平気だ。 らしくない、と自分でも思う。 カエルは、水面から足を引き抜いて、膝におでこを押し付けるように座り直した。 「パンツ見えるぞー」 これはさすがに無視できなくて、ひとりぼっちにしてくれない、共通点、クラスメイト・美化委員・水泳部員という三拍子男を睨みつけた。 「雨野、あんたうざいよ」 辛らつな言葉だと言った本人ながら思ったのだけど、言われた本人は気にしたふうもない。 「ほんとにカオルはかわいくないな」 アメンボこと雨野は、さっきまで足に装着してたビート板に今はあごをのっけて。 同じ水の仲間だからって、カエルにはアメンボのことはよくわかんない。 「ああもう!」 癇癪を起こして、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱してから、カエルはがばっと、セーラー服を脱ぎ捨てた。 ひらり、と青い空の中を舞って。 「うわあっ」 という叫び声と、ばしゃーんっ、と水しぶきが上がるのがほぼ同時。 大方の予想を裏切って、カエルはスクール水着姿で。 カエルはカエルで。 だって、プールの夏はまだまだこれからなんだから。 |
+ + + プールサイドの向こう、フェンスを越えて。 (どうして女子ってプールに飛び込みたがるんだろう……) ぼやけた視界の中でまた一つ、世界の新しい定義を発見する。 それぞれの夏はまだまだこれから。 |