+親愛なる+
序 + 1/冷たい音 + 2/子供でいることと大人になること + 3/14の奇跡
2/子供でいることと大人になること |
桜、まだ咲かないといいな。まだ。 咲いてしまうにはまだ早い。もうすこしだけ待っていて。 雨が、止まないから。 ザー…… 「ひな、朝だよ。新学期」 重い瞼を開いては閉じる。それを3回ほど繰り返して日和は目覚めた。 一つ、分かったことがある。 成太と言う男は、恐ろしく規則正しい質なんだ。 「おはよう」 もう一つ、言おう。 「日和は今日から5年生か。楽しみだね」 成太は食後のお茶を注ぐ。 一つ、分かったことを言ってもいいだろうか。 日和は、大人より大人っぽい子供のようだ。 「成太も今日から仕事?」 そしてたまに壮絶にかわいい。 「そう言えばさ、成太ってなんの仕事してんの?」 お互い、まだ知らない部分が多すぎて、たいして赤の他人から進展していない。 「桜、散っちゃうね。この雨だと」 成太は日和の後姿に声をかけて、いとおしそうにその姿を見た。 「いってきます」 「車に気をつけてねー」 捨て台詞は寒い、もう春だというのに。 |
「――え?日和くんが、ですか?」 コール3回で受話器を取った。はい、桃花幼稚園です。と答えると、すいません。桜台小学校5年2組の担任の吉野と申しますが……とあった。 学校からの呼び出しなんて何があったんだと急いで来てみれば…… 「……日和。今朝、気分が悪いだなんて一言も言わなかったじゃないか」 「今日は始業式だけですし、日和くんも休みあけですから……あんまり叱らないであげてくださいね、お父さん」 (お父さん) 二人の目線は同時に吉野先生へ向けられた。 「ちがうよ。成太は父さんなんかじゃないよ」 |
どこですれ違い、どこからずれたのか。 始めに出会い、かみあったものが音を立てて崩れていくようだった。それとも、新しい何かに阻まれているのか。 家に帰ってからも日和は自分の部屋に閉じこもったきり、口を開こうとしない。 あの頃の自分はどうだったろうか。と成太は先ほどから何度も記憶をたどるのだが、小学生の頃の記憶は曖昧で、好きなヒーローだとか、お菓子だとか。そういうものに独占されていた気がする。 (反抗期、かな) 精神年齢がむしろ大人に近い日和なら、そういうこともあるんだろうが…… 成太は首を振ってソファーの背にのけぞった。 でも進む時間の中で、過ぎていった時間と言うのは出てくる機会を失って……それで…… ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。ピンポーン、ピンポーン、 「のっ野村くん、日和くん、いますか?」 そして手に渡されたプリントに目を落として息を呑んだ。 「授業参観のおしらせ……」 |
* * * ジジジーとファックスが送信されてくる音がする。 いつもより静かなのは不思議な感じがした。と言うか一月前まではいつもがこうだったんだけど。 「大人なんて大嫌いだ」 |