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自称:音楽愛好家
 
第18章 小さな大冒険(後編)
2000/01/20 (木) 0:02

何かの物音で目が覚めた。
腕時計を見ると、朝の5時半。
寝台列車の車両はシーンと静まり返っており、ときおりフランス語の寝言が聞こえるくらいであった。
「Moutiers」駅に着くのは朝の7時だったので、もう一眠りしようと思ったが、寝過ごすんじゃないかと心配になり再び眠りにつくことができなかった。

「今、どの辺なんだろう?」タバコを吸いがてら寝台車の外に出た。
外は真っ暗でどこを走っているのか全く分からなかったが、どうやらロッテルダムよりは寒いみたいだ。
道路や屋根にうっすらと雪が積もっていた。
「とうとうこんなところまで来たんだなぁ。」と思ってると電車が止まった。
外国の電車はアナウンスもなしに駅に到着したり、出発したりすることがよくある。
ましてや寝台列車なのだからアナウンスなどするわけない。
二度寝しなくて良かったと思いながらも、寝台車に戻り出発の用意を始めた。

「Moutiers」駅でも、列車は静かに到着し、スキーを担いだ人たちが何十人か降車した。友人のPeterさんが友達と一緒に駅に迎えに来てくれていた。彼の顔を見て初めてホッとした。この駅から彼らが滞在している宿泊施設までは車で1時間ほどだと教えてくれた。

たわいもない話をしているうちに、だんだんと明るくなり景色が見えてきた。
うっすらとした朝日とともに巨大な雪の山脈が目に飛び込んできた。「マジ、でかい」
白馬あたりのゲレンデに向かっていても山は見えるけど、さすがに本場のアルプス。山がでかい。

「こんなもんじゃないよ。ゲレンデに行ったら、もっとデカイ山に囲まれているから。」彼はそう言って笑った。

どうやらこちらのスキー場というのは山の中腹にあるらしく、150cmくらいの雪の壁に囲まれた道をどんどん登っていく。「ここって、もうゲレンデなんじゃない?」と思っていると、いきなりホテルやらレストランやらが沢山ある村が目に飛び込んできた。

「ゲッ、山の中腹に村があるの?」
日本だと山の麓とかに食堂やペンションがあったりして、スキー場には車で向かうというのが多かったので、まさか山の中腹にこんな大きなホテルやらプール等の施設があるとは思わなかった。

20分くらいしてPeterさんが泊まっているアパートに到着した。
そこは、ゲレンデの中にあり、すぐ横に4人乗りのリフトが通っていた。

とりあえず部屋に入り、朝食の準備が済むまでスノボの支度をしようと思った。とにかく大きなアパートだった。地下と二階を合わせて10部屋ぐらいのベットルームと4つのシャワー、リビング、ダイニングがあり、僕以外に13人が寝泊りしてるらしい。

他の人は1週間の休みを取っているので、僕よりずっと前に到着して、そこで「Ski Holidays」を楽しんでいた。地下の部屋に行こうと思った時、先に来ている人に出会った。よくよく聞いてみると僕以外はみんなベルギー人らしい。

ベルギー人13人に囲まれて朝食を取った。オランダ語とフランス語と英語が飛び交う凄まじい一日の始まりであった。

彼らは僕が日本人で、初対面であることなどお構いなしに話し掛けてくる。「みんなフレンドリーなんだなぁ。」オランダでもそうだが、彼らは人種差別を一切しない。きっと教育とか国の方針で、「人種差別をするな!」と教え込まれているのだろう。

とにかく陽気な奴らだった。ラジカセの音楽に合わせて踊ってる奴もいれば、ジョークを連発して女の子を笑かしてる奴もいる。なんだか、昨日までの不安が一気に吹き飛んだ。「良かった。面白い奴ばっかりで」

9時になり、みんなと一緒にゲレンデに向かう。
アパートのエレベータを降り、ドアを開けると、そこはもうゲレンデの端だった。
みんな、その場でスキーやスノボを履いて、リフトまで滑っていった。
「こりゃ、楽だ。」ドアを開けたら、そこがゲレンデなんて便利すぎる。
楽しむために余計な労力は使わないという欧米人の姿勢には非常に好感が持てる。とにかくスノボを装着して、リフト券売り場に向かった。

どうやらこちらのスキー場では、スキーパスに写真を貼るらしく、3分間写真で撮影をすませ、売り場に向かった。「3 Vallesにするか?」と一緒に来ている友達に聞かれた。「??3 Vallesって何?」

どうやらそのスキー場は3つの谷を自由に行き来できるパスがあり、全コースの長さを合せると60キロメートルにもなるらしい。とりあえず、そのスキーパスを購入してみんなのもとに向かった。

リフト乗り場や券売所にも英語が書かれていて不思議に思っていたのだが、「ここは1992年にオリンピックが開かれたスキー場でヨーロッパ最大なんだよ。だからフランス語のほかに、英語の表記もあるのさ。」と教えてくれた。

「もしかして、ここはアルベールヒルオリンピックが開かれた場所?そんな所でスノボ体験できていいの?」そんなことを思いつつリフトに乗りこんだ。

3000m以上の山に囲まれたゲレンデなので、雪が溶けてベチョベチョなんて事は無いらしい。それにゲレンデ自体が広いせいか、あんまり人が多い感じがしない。

「日本は暖冬で大変なんだよなぁ」なんて思っているうちに、リフトの降り場が近づいてきた。

ゲレンデに座り、両足をスノボに乗せてバックルを締めた。体を起こした瞬間、雲ひとつ無い青空と、どこまでも続くスロープが目の前に広がった。

「さあ、思いっきり滑るぞ。」と呟きながら、僕の冬は幕を開けた。

つづく

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