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最終更新2003年1月27日

読書日記(2003年1月)


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梶井厚志『戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する―』中公新書,pp1276

 タイトルを見て,「戦略的思考が不得手とされる日本人が,いかに戦略思考を獲得するか」という硬派な本を予想していたのだが,実際の中身は「日常生活のちょっとしたことをゲーム理論で説明するとこんな感じです」というもの。
 ということで予想外だったわけだが(笑),「戦略」「リスク」「インセンティブ」「コミットメント」「シグナリング」「スクリーニング・逆選択」「モラルハザード」など,日常的に使いはするものの,その言葉の意味をきちんと把握できていない気がしている人にお勧め。
 自分の専門分野の思考で世の中全般を捉えようという姿勢は,スペシャリストを目指す身として好感が持てます。「スペシャリスト」にありがちなのが「自分の専門分野以外には興味がない」という人。これだと自分の専門分野の世の中での位置づけが見えないし,無知への恐怖から専門分野をどんどん縮小させてしまう。自分は世の中を「継承」の観点で見がちですが(例えば,巨人では松井が抜けた「穴」を埋めるのに色々やっていますが,あれは「継承」問題といえる),もっと徹底して考えてみようという気になりました。

岡山勇一・戸澤健次『サッチャーの遺産―1990年代の英国に何が起こっていたのか―』晃洋書房2001年,pp1208

 「サッチャリズム」とはあまりにも有名な言葉だが,これが90年代にどのように継承され,あるいは放棄され,改革されたのかを検討するのが本書の課題。サッチャー退陣のあと,メイジャー,ブレアの2人が首相となっているが(余談だが,同時期に日本は何人が首相になったのだろう?),特に労働党のブレアがサッチャリズムを継承しているのか否かにスポットが当たっている(メイジャーは何もできずに終わったこともあり)。
 結論としては,ブレアは,政治的には大きな転換をやってのけた。IRA問題や地方分権,貴族院改革など。その一方で,経済運営としてはサッチャイズムを継承しているようである。本書ではさらに,サッチャリズムが「教育」「家庭」「女性」に与えた影響についても考察している。これはさすがに駆け足の感が否めない(おそらくそれぞれで1冊本が書ける)が,90年代における英国社会・経済の状況をフォローするのに適した本である。

三戸公『現代の学としての経営学』文眞堂1997年,pp1228

 マルクス,ウェーバーからバーナード,ドラッカーに至るまで,経営学を体系的に捉え,かつ批判もしている。さらに「日本的経営」論を「家」の論理からも捉える。論文集でありながら1冊の本としての流れも切れない。
 前にも書いたが,「経営倫理」に興味をもって何冊か読んでもどうもしっくり来ない。ところが,この本は(「経営倫理」という興味から読んだわけではないのだが)意思決定による「随伴的結果」(意図せざる結果)というタームでずばりそれを言い表している。ともすればバラバラになりがちな経営学の知識を再統合するのに役に立つ本である。
 「管理のための管理学,経営のための経営学ではなく,経営のもつ悪に対して批判的でありながら,しかも経営に対して積極的な意味をもち,経営の内部と外部の諸個人の尊厳を確保する経営学の形成こそ,このような新しく批判的経営学のすみやかな確立こそ急務」との指摘にはうなずくばかり。「経営倫理」学はこれに答えているのか,今後の読み込みの課題が明確になった。

日本中小企業学会編『中小企業21世紀への展望』同友館1999年,pp1〜189

 タイトルを見て,日本中小企業学会が総力を挙げて21世紀の中小企業のあり方を考える,という内容を期待して注文をしたのだが,その中身は1998年の学会大会の報告集であった。つまらないというわけではないが,本全体としての統一性に欠ける感は否めない。
 ということで,感想も統一性のないものとなるのだが,@オイルショック後の日本の中小企業は衰退傾向にあり,同時期に中小企業数が増加傾向にあり経済再生・活性化の担い手となっている英米とは対照的である,A中小企業を産業の担い手としてどう位置づけているのか,中小企業政策が明確でない,B特に製造業においてはスキルの創造と継承が重要である,C今流行の(もう流行ってない?)ベンチャー企業は果たして中小企業なのか否か,少なくとも「中小企業論」に取り込むことには(まだ)成功していない(官庁を見ても,ベンチャー支援をしているのは経済産業省で中小企業庁ではない),など。関係者は既にお気づきだろうが,農業界で言われていることとそっくりである。もっとも,@に関しては英米の農業経営が元気だとは決して言えないのだが。

佐藤俊夫『イギリス農業経営史論―保護農政復活への軌跡―』農林統計協会1993年,pp1179

 1819世紀にかけての「農業革命」「ノーフォーク農法」「ハイ・ファーミング」「農業大不況」などは高校の世界史の授業でも出てきたのでご記憶の方もいるかと思う。本書は,穀物法撤廃から19世紀末の農業大不況に至るまでの「混合農業」の展開を主たるターゲットにしており,当時の土地利用・家畜改良・肥料施肥などが詳細に分析されていると同時に,混合農業により19世紀末の農業大不況期の経済条件の変化に対応しうる経営的・技術的条件が整ったことも示している。
 気になるのはわが国へのインプリケーション。WTO体制の成立以前に書かれている(本書の原著論文は1980年代のもの)こともあるが,「有畜複合経営の確立」とそれを援助する「農業保護政策の採用」が必要という。しかし,現状では「保護政策」はあまりにも非現実的な提案であるし,そもそも農業経営学研究者が「有畜複合経営の確立」に向け提言できるのは「政策」ではなく,「有畜複合経営の確立」実現のための「戦略」ではないか(この言い回しはそろそろ耳タコか(笑))。

稲上毅『現代英国経営事情』日本労働研究機構1997年,pp1299

 英国企業にどういうイメージをお持ちだろうか。金融はよしとしても製造業はダメ。労使対立が激しく,経営は非効率的,国際競争力がない。これが自分のイメージである。本書はそれを覆すものではないが(笑),英国の企業経営をめぐる状況を詳しく分析している。そのキーワードは,金融と産業の亀裂・興業銀行の不在(日本のような銀行を中心とした企業グループがないし,政策的に産業を育成するためのファイナンスもない),短期的経営(長期的視点からの投資を避け,賃金カットなど短期で利益が出る経営判断を優先),企業間関係および雇用関係の「短期主義」(企業間の取引はスポットが多く長期的関係が構築されない。従業員の定着率も悪くすぐやめる),職業訓練機会の不足(企業は従業員教育へ投資しない)などである。
 本書では,最後に「イギリス型経営はどこに行くか」と問い,その答えを「どこにも行かない。しばらくイギリスに留まるはずだ」として終わっている。英国の見通しが暗いことが示されているわけだが,地域レベルでの人的資本形成への取り組みに一縷の望みが見える(かもしれない)。

平岡祥孝『英国ミルク・マーケティングボード研究』大明堂2000年,pp1〜230

 自分が滞在している英国南西部は畜産地帯であり,酪農も盛んである。英国酪農といえばかつてミルク・マーケティングボード(MMB)というある種の生産者団体があり,これが生乳の生産・流通を一元管理していたことが有名である。もっとも,MMB93年に解散し,ミルクマーク(MM)という協同組合組織に再編された後,これも分割・解散して現在はMMBに相当する団体はなくなっている。しかし,MMBを知らずして今の英国酪農は語れないだろう。
 
本書では,MMBの設立から解体に至るまでの変遷およびその要因分析を中心にまとめられている。残念ながら本書ではMMの解体には触れておらず,その手前で分析が終わっているが,現在の酪農・乳業を語る上での前提条件がMMBおよびMMの歴史に多く含まれていることがわかる。ついでに言うと,英国人の牛乳消費量水準が高いこと,一方ここ20年で低脂肪乳への大シフトが起きたこと,宅配から大規模小売への販売形態の変化があったこと,などの需要側の要因が分かったことも収穫であった。

関満博『地域産業の未来―21世紀型中小企業の戦略―』有斐閣選書2001年,pp1〜246
 題名の通り,21世紀の中小企業のあり方について書かれた本。学術書というよりは,中小企業経営者およびその関係者向けに書かれている。
 そのキーワードは「Global」と「Local」である。特に目新しいものではないが,現状では「Global」に注目が集まりすぎ,「Local」の視点が足りない,これからの中小企業は「Local」の視点を重視すべきという筆者の問題意識がある。
 本書を通じて感じるのは,中小企業と農業を取り巻く状況が,驚くほど似ていることである。新旧基本法(農業基本法と中小企業基本法)が制定されたのもほぼ同じタイミングであるし,「インキュベーター」などの地域産業支援施策もそっくりである。もっとも,このことは中山間地域(条件不利地域)研究者なら自明であろうが,農業を意識せずに書かれた本なので,新鮮な驚きであった。
 筆者は,地域への「思い」を強調している。「思い」が大事であることは確かだろうが,「思い」だけでは如何ともし難いのも事実であろう。「思い」をいかに形にしていくか,ここに学術研究が貢献できる余地がある。


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