短編ミステリ&SF感想


泡坂 妻夫 「酔象秘曲」
羽住 典子 「黒いすずらん」
草上  仁 「転送室の殺人」
堀   晃 「背赤後家蜘蛛の夜」
泡坂 妻夫 「かげろう飛車」
麻耶 雄嵩 「氷山の一角」
園田修一郎 「ホワットダニットパズル」
霞  流一 「本人殺人事件」
七河 迦南 「暗黒の海を漂う黄金の林檎」
山田 正紀 「お悔やみなされますな晴姫様、と竹拓衆は云った」
H.エリスン 「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」
P.アルテ 「狼の夜」
J.ヴァンス 「月の蛾」
飛鳥部勝則 「プロセルピナ」
大山誠一郎 「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」

「酔象秘曲」  泡坂妻夫
  (東京創元社「ミステリーズ!」vol.81(2017年2月)掲載)
 奇妙な案内状を受け取った中岡は、かつて将棋部で酔象将棋にのめり込んだ仲間たちと、御殿温泉の金湯を訪れて三十年ぶりに将棋を指すことに。夜を徹して続いた勝負の末に飛び込んできたのは、金湯に現れなかった仲間が、川を挟んで反対側にある銀湯で殺されたという知らせだった。しかもその手には、勝負の途中でなくなっていた酔象の駒が……。

 泡坂妻夫が遺した構想ノートから発見され、田中正幸氏の手で形になった未発表作品。“未発表短編という触れ込みで、実際に一応は短編として読める形になっている――発端から結末まで用意されている――ものの、実態は明らかに長編の原型です。しかし単なるあらすじというわけではなく、(だいぶ飛び飛びになっているとはいえ)重要な場面(特に会話)はこの段階でかなりしっかりと描き込まれており、創作スタイルの一端がうかがえて非常に興味深いものがあります。
 酔象将棋(→「酔象 - Wikipedia」)をめぐる物語は(書かれている分だけでも)なかなか面白く感じられる一方、ミステリとしては真相があからさまにすぎるきらいがありますが、これは“まだ真相を隠す段階に入っていなかった”ととらえるべきではないでしょうか。ということで、長編として完成しなかったのが実に残念ではありますが、特にファンにとっては間違いなく一読の価値があるでしょう。

【ネタバレ】 トリックにはやや既視感もあるのですが、この道具立てをこの目的で使った例は意外と思い当たりません。
 最後の台詞は、少々わかりにくいですがプロポーズ――ととらえると冒頭と矛盾するので、まだ構想が固まっていなかったと考えるべきでしょうか。
【ここまで】
(2017.04.23追加)


「黒いすずらん」  羽住典子
  (探偵小説研究会「CRITICA」vol.10掲載)
 六歳のクリスマスの日、パパとママを火事で亡くしたあたしは、札幌のおばあちゃんに引き取られることになった。屋敷の離れに住み、学校へは行かず家庭教師に勉強を教わり、囲碁の先生をしているおばあちゃんに囲碁を習うあたしだったが、その指導は容赦なく、あたしはおばあちゃんを“殺す”ために努力を積み重ねた。そして四年が過ぎた頃……。

 千澤のり子が探偵小説研究会の機関誌「CRITICA」に、そちらで使用している羽住典子名義で発表した作品で、囲碁を題材にしたミステリとなっていますが、専門知識なしでも十分に楽しめると思います。実のところ、話の展開や道具立てなどから“どうなるのか?”はあらかた予想できる……と思わされるのが罠で、しっかり足元をすくわれます。さりげなく、しかし大胆に示された手がかりも絶妙です。

【ネタバレ】 ある程度ミステリを読み慣れた方であれば、“あたし”が飲み物を配置する際の丁寧な描写から、定番の“取り違えによる毒殺”が起きることまで事前に予想できると思いますが、そこで“なぜ取り違えが起きたのか?”が強力な謎となっているのが秀逸。“あたし”はしっかり確認している様子で手順に怪しいところもなく、魔術のように鮮やかな現象がお見事です。
 火事で目が見えなくなったという重大な事実を言い落とす叙述は何とも豪快ですが、注意深く読めば火事以降の視覚描写の欠如に気づくことも可能でしょうし、何より“石はつるつるだった。ならばこっちが白石で”(310頁)と、触覚で石の色を判別している描写が決定的な手がかりとなっています。盲目専用の碁石を知らなくても、“突起のついた黒の石”(307頁)と合わせれば、そして普通の碁石に突起などついていないことさえ知っていれば、推理は可能でしょう。
【ここまで】
(2016.05.08追加)


「転送室の殺人」  草上 仁
  (『市長、お電話です』(ハヤカワ文庫JA361・入手困難収録)
 航行中の宇宙船内で、人や貨物を転送する転送室に入っていった機関士が、何者かに殺害された。事件直後の現場には犯人の姿がなく、転送装置を使って脱出したかと思われたが、船内への転送は近すぎて不可能、唯一可能な転送先である近くの小惑星は人間の生存に不適で、船内の気密服が盗まれてもいなかったのだ……。

 SF短編の名手・草上仁による、宇宙船内での密室殺人を扱ったSFミステリの快作。密室を台無し(?)にしかねない転送室という設定を導入しながら、しっかりと不可能状況を構築してあるのがうまいところで、真相もよくできています。ある手がかりがわかりやすい一方、若干アンフェア気味に感じられる部分もありますが、一人称の語り手をつとめる探偵役の思考をたどれば、読者も真相に到達することは十分可能でしょう。

【ネタバレ】 真相が明かされてみると比較的シンプルですが、それを隠蔽するミスディレクション兼手がかり――“人間は、十分と生存できない”(130頁)――が絶妙です。アレの機能が十分に説明されていないところが若干アンフェア気味にも思われますが、真相に思い至った探偵役がハプテルカル氏の言葉を思い浮かべていることがヒントになりますし、もう一つの手がかりでわかりやすくなっている犯人から逆算すれば、トリックを見抜くことも可能だと思います。 【ここまで】
(2016.02.10追加)


「背赤後家蜘蛛の夜」  堀  晃
  (井上雅彦監修〈異形コレクション〉『ロボットの夜』(光文社文庫 い31-2・入手困難収録)
 弁護士、物理学者、落語家、SF作家、そして給仕からなる〈背赤後家蜘蛛の会〉は、今夜もゲストを招いて雑談に花を咲かせる。ゲストの作曲家が語るのは、20年以上前にコンピュータの得意な友人とともに、フェルマーの大定理に挑んだ話。試みは結局うまくいかなかったが、やがてその大定理が証明されたニュースが流れた時……。

 〈異形コレクション〉『ロボットの夜』に寄せられたロボット・テーマの作品であり、またアイザック・アシモフ〈黒後家蜘蛛の会〉のパロディ仕立て*1となっている、異色のSFミステリです。“本家”と同じように雑談を経てゲストの“尋問”が始まりますが、“フェルマーの大定理”(→「フェルマーの最終定理 - Wikipedia」)が話題の中心となるところに、堀晃ファンとしてはニヤリとさせられます*2。給仕のヘンリーが解き明かす不可解な事件の真相は、やや見えやすいところもあるかと思いますが、なかなかよくできたホワイダニットといえるのではないでしょうか。

*1: 事前に〈黒後家蜘蛛の会〉を1篇でも読んで雰囲気をつかんでおく方が、より楽しめると思います。
*2: 気になる方は、『遺跡の声』をお読みになってみてください。

【ネタバレ】 ホラーアンソロジー〈異形コレクション〉収録ということで、真相や結末の方向性はわかりやすいかもしれませんが、本家〈黒後家蜘蛛の会〉が(一応の)ミスディレクションになっているのが面白いところです。また、前半で話題にされている“徒労感”が、一種の伏線となっているのが秀逸。 【ここまで】
(2015.08.08追加)


「かげろう飛車」  泡坂妻夫
  (河出書房新社編集部・編「文藝別冊 泡坂妻夫」収録)
 奇手“かげろう飛車戦法”で数々のタイトルを獲得した棋士・木谷貞記のもとに、棋士を廃業したかつてのライバル・遠野八十八から奇妙な手紙が届く。その中身はすべて暗号文で書かれていたのだ。木谷の内弟子・雪男は命じられて暗号を解読したが、病に倒れて死期が迫っているという八十八がそこに記していたのは……。

 扶桑社文庫版の『斜光』にも収録されている短編ですが、もともとは長田順行監修『秘文字』(社会思想社)、中井英夫「薔薇への遺言」・日影丈吉「こわいはずだよ狐が通る」とともに全編が暗号文の形で収録された作品です。他の二篇については未読なのでわかりませんが、この作品は上のあらすじでもおわかりのように、作品外の作業であったはずの暗号解読が、しっかり物語に組み込まれている*のがうまいと思います。しかも、作中の手紙が“なぜ暗号文で書かれたのか”にもよくできた説明をつけてあるのが絶妙です。
 そして、『秘文字』であれば暗号を解読して初めて読むことができる物語、それ自体がまた暗号ミステリになっているという趣向が面白いところ。その暗号には、特殊な知識を要する部分もあるので読者が解読するのは難しいかもしれませんが、最後に浮かび上がってくる真相は印象深いものになっています。

*: 作品の冒頭にはまず、“おめでとう。どうやらこの暗号が解けかかったようだね。”という文章が置かれています。

【ネタバレ】 知識がなければ暗号の解読は困難ですが、それでも解読の手がかり(数字)がかなりわかりやすくなっているところはよくできています。そして、暗号解読を通じて浮かび上がってくる名前の意味が実に印象的。
 作中には“猜疑心の強い木谷貞記の目をかすめて、八十八は雪男に、直接物を書くことが出来きなかったのだ。”とありますが、それに加えて(雪男だけでなく)木谷にも手紙を読ませておくことで、八十八の復讐が完成する――いずれ雪男が“かげろう飛車戦法”を破った時に、木谷はそこに八十八の影を見出す――ことになるのではないかと思います。
【ここまで】
(2015.03.20追加)


「氷山の一角」  麻耶雄嵩
  (有栖川有栖・他『血文字パズル』(角川スニーカー文庫・入手困難収録)
 深夜のタレント事務所で、マネージャーが殺害される事件が起きた。被害者は自分の血でカーペットの上に四つの“十”の文字を書き残しており、被害者が担当していた四人組のコント集団〈フォー・クルセイダーズ〉のメンバーに疑いがかかる。そんな中、依頼を受けた銘探偵・メルカトル鮎と美袋三条が事件の捜査に乗り出して……。

 現時点ではアンソロジーにのみ収録されていますが、謎解きよりもまず愉快すぎるシチュエーションに笑いを抑えられない、メルカトルと美袋のファンならぜひとも読んでおきたい一作です。もちろん笑えるだけではなく、ダイイングメッセージの取り扱いについての問題意識がうかがえる作品なのですが、その(実にメルカトル鮎らしい)解決手段がまた強烈。題名もお見事です。

【ネタバレ】 ダイイングメッセージには付きものの、解釈の多様性――どの解釈が“正しい”のか論理的に決定できないという問題に、(一応は自身でも妥当な解釈を引き出しておきながら)直接的な対処を放棄して鬼畜な手段を採用する、メルカトルの深謀遠慮(?)は凄まじいものがあります(苦笑)
 ダイイングメッセージの真相は、「そんな時にわざわざそう書くのか?」という疑問もないではないですが、解釈としては十分納得できるものですし、“氷山の一角”という表現が実に鮮やかな印象を残します。
【ここまで】
(2015.01.16追加)


「ホワットダニットパズル」  園田修一郎
  (二階堂黎人・編『新・本格推理07 Qの悲劇』(光文社文庫 に18-4・入手困難収録)
 残された手記と日記から浮かび上がる、何とも不可解な事件。とある町の記念式典に出演した三人組の芸人〈クレージー・トリニティ〉の一人が、式典の最中に控室で首を切られて惨殺されたらしいのだが、その犯人は明らかにならないまま、さらにその翌日にも奇妙な出来事が……。結局のところ、一体何が起こったのか……?

 『本格推理』及び『新・本格推理』の常連・園田修一郎の作品で、手記と日記に綴られた不可解な事件が扱われていますが、やや小粒なネタの組み合わせになっていることもあってか、事件を含めて手記全体を“謎”に仕立てた(題名の通り)“ホワットダニット”となっているのが目を引きます。作中に挿入されている「読者への挑戦状」でも「何が起こったのか?」が問われているのですが、私見では“ホワットダニット”に「挑戦状」はそぐわないようにも思います。というのは、どこまで解き明かせばいいのかはっきりしないからで、「挑戦状」にも全ての伏線を看破して真相に至られることを期待しています。”(547頁)とあるものの、何が伏線/手がかりなのかは“何を解き明かすのか”によって変わってくると考えられるので、どうも無理難題のように思われる……というのは負け惜しみかもしれませんが(苦笑)
 真相にはよくできている部分もありますし、ロジカルな犯人特定などはお見事ですが、“翌日の出来事”が取ってつけたような形になっているのは残念。また、手記や日記を含めた物語全体が、“この作品の読者”を意識した内容になっている――特に手記や日記は不自然さが目立つ――あたりは、難点といわざるを得ないように思います。

【ネタバレ】 手記の主を伏せて“何が起こったのか?”を謎とすることで、結果として犯人を巧みに隠蔽してあるところは秀逸。その一方で、“犯人でない条件”を手記と日記の中に周到にちりばめてあるのもうまいところです。
 しかしながら、例えば、有馬沙織が産休後の復帰の予定を聞かれた際に猛と秀夫が口を出しているところ(508頁)などは、真相を踏まえてみるとかなり不自然ですし、沙織が日記に“「……たがみといいます。(後略)”(531頁)などと記しているのは、“この作品の読者”のために手がかり――しかもすぐにはわかりにくい――を用意しているようにしかみえません。
 また、本来であれば関係者にとっては(犯人の正体を除けば)“何が起こったのか?”が謎でも何でもないはずのところ、苦しい設定を重ねながらも何とか下村悟が事情を知らないという状況を作り出してあるところはよくできていますが、事件の日付と場所がわかっているのですから、多少調べればある程度のことはわかりそうなもので、“ホワットダニット”の物語がうまく成立していないようにも思われます。
【ここまで】
(2014.11.16追加)


「本人殺人事件」  霞 流一
  (亜木冬彦・他『金田一耕助の新たな挑戦』(角川文庫 ん17-2・入手困難収録)
 渡米したきり行方が知れない金田一耕助。その功績と探偵魂を讃えるべく、久保銀造の息子・鉄雄は記念館〈金魂館〉を作ることを決意した。しかしその製作発表パーティが催された夜遅く、横溝正史賞の記念品となるべき金田一耕助像の試作品が盗まれ、さらには「本陣殺人事件」さながらの殺人事件まで起きてしまったのだ……。

 横溝正史賞作家(大賞以外も含む)によるアンソロジーに収録された作品ですが、『おなじ墓のムジナ』で佳作入選した作者・霞流一が、大賞受賞者にのみ贈られる金田一耕助像を盗もうとして捕まってしまうという、「プロローグ」のメタ趣向にまず苦笑。
 そこから語られる過去の事件は、横溝正史「本陣殺人事件」を下敷きにしたもの(「本陣殺人事件」のトリックが明かされているので未読の方はご注意)で、そのひねり具合――特に不可能状況がなかなか面白いことになっています。作者お得意のロジカルな推理もよくできていますが、最後に犯人の口から語られる動機には思わず唖然。
 「プロローグ」からうまくつながってくる「エピローグ」のオチにもまた苦笑を禁じ得ないところで、霞流一らしい愉快な作品です。

【ネタバレ】 自殺に見せかけるために現場を密室にしたはずが、トリックの不具合により途中で密室でなくなるにもかかわらず、それが逆に“最初は室内にいた犯人が脱出”したと解釈されることで、“雪密室”がクローズアップされるところが面白いと思います。
 犯行の動機は、何といったらいいか困ってしまうところがありますが(苦笑)、(「本陣殺人事件」のもじりから出発した)「本人殺人事件」という題名にふさわしい事件に仕立ててあるところは巧妙です。
【ここまで】
(2014.11.16追加)


「暗黒の海を漂う黄金の林檎」  七河迦南
  (二階堂黎人・編『新・本格推理07 Qの悲劇』(光文社文庫 に18-4・入手困難収録)
 「林檎」と呼ばれる宇宙ステーションで行われる、ノイ博士による亜空間跳躍の実験。博士の娘――アン、ブレンダ、クレアの三姉妹が被験者となり、切り離された小宇宙船からステーション本体の受容装置に戻ってくる……はずだった。だが、実験開始直前にブレンダの生体反応が消え、受容装置には首を切断された彼女の死体が……。

 七河迦南が『七つの海を照らす星』でデビューする前に、二階堂黎人を編集長とする公募アンソロジー『新・本格推理』に応募した作品で、後の作風からすると意外にも、宇宙ステーション内での殺人を扱ったSFミステリとなっています。デビュー前だけに、描写や説明などこなれていないように感じられるところもありますが、非常に面白い作品です。
 一部見通しやすくなっている部分もありますが、それはおそらく作者も承知の上。特異な舞台設定の中で、これ以上ないほど強烈な不可能状況が構築されているのが見ごたえ十分ですし、前述のように予想しやすい部分もあるにもかかわらず最終的にはしっかり騙してくれるトリックが秀逸です。大ネタだけではなく、細かいところにも気を使ってあるのが作者らしいところです。おすすめ。

 → 【ネタバレ感想】
(2014.09.13追加)


「お悔やみなされますな晴姫様、と竹拓衆は云った」  山田正紀
  (今岡正治・編『夏色の想像力』(草原SF文庫2014-01)収録)
 猛将・清水宗治が守る備中高松城を攻めあぐねていた羽柴秀吉は、晴姫率いる竹拓衆に高松城の“時攻め”を命じる。竹拓衆は、一晩に七尺も伸びるオン竹の霊力により、時を操ることができるのだ。世の平和のために、と秀吉に力を貸すことを決断した晴姫だったが、いざ“時攻め”にかかろうとしたその時、本能寺の変の知らせが……。

 第53回日本SF大会【なつこん】(2014年7月19日〜20日開催)の記念アンソロジー『夏色の想像力』のために書き下ろされた作品で、ハーラン・エリスン「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」をもじった題名が印象的ですが、内容の方は(多分)そちらとは関係がなく、山田正紀ファン向けに表現すれば『闇の太守II〜IV』『チョウたちの時間』という感じの、羽柴秀吉の“中国大返し”を題材にした戦国伝奇・時間SFです。
 有名な“墨俣一夜城”のエピソードも補強材料にして時間SFに仕立ててしまうあたりもさすがですが、竹拓衆が竹を組んでいくことで大きな櫓を作り上げて時間を操る、その様子の描写が実にすばらしく、巧みな造語(?)の効果もあって存分に想像力を刺激してくれます。
 最終的に晴姫の決断が裏目に出てしまうことは、題名ですでに示唆されているわけで、どのような形で物語に収拾をつけるのかが見どころとなりますが、この結末はまたお見事。十分に傑作といっていいでしょう。

【ネタバレ】 高松城攻めが史実と異なっている以上、“修正”が必要になってくるわけですが、水攻めを思いつくのに竹の花がきっかけになっているところがよくできています。最後に“アレ”につなげてあるところはいうまでもなく、実に巧妙な結末です。 【ここまで】
(2014.08.26追加)


「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」 'Repent, Harlequin!' Said the Ticktockman  ハーラン・エリスン
  (中村融/山岸真・編『20世紀SF3 1960年代 砂の檻』(河出文庫 ン2-3)収録)
 物事の進行が厳格に管理され、遅刻が重大な犯罪となり、その程度によって所定の時間が寿命から差し引かれる社会。その頂点に立つ仮面の男は、〈チクタクマン〉と呼ばれて恐れられていた。だが、道化師の服を身に着けて出没し、社会に甚大な影響を与える様々な悪戯を繰り返す〈ハーレクィン〉に、業を煮やしたチクタクマンは……。

 『世界の中心で愛を叫んだけもの』などで知られる作者の、最初にヒューゴー賞を受賞した出世作で、管理社会に対する風刺を主題にしたディストピアSFといったところでしょうか。突き放したような筆致で淡々と、なおかつブラック・ユーモアに包んで読ませる快作です。
 ネーミングのとおり機械仕掛けのように冷徹な“マスター・タイムキーパー”である〈チクタクマン〉に対して、その支配に反抗して悪戯を繰り返す〈ハーレクィン〉の姿は実に痛快――もっとも、引き起こされる騒動による被害を考えれば“罪のない悪戯”とはいえないのが難しいところで、それが後半の事態につながっているような気も。
 そこから終盤への、やや意外なところもある展開が、大いなる皮肉ともいえる結末を際立たせている感があります。受賞も納得の傑作です。

【ネタバレ】 ついに逮捕されたハーレクィンに与えられる刑罰が、(マーシャルに対するものと同じ)“時間の取り消し”ではないのが意外ですが、よく考えてみれば題名の“悔い改めよ”で暗示されているともいえます。読みながら、心臓プレートさえあれば名前がわからなくても刑罰を与えられるのではないか、と疑問だったのですが、“悔い改めさせる”ことがチクタクマンの当初からの狙いだったのであれば納得です。
 最後は、どのような仕組みなのかはさっぱりわかりませんが、〈ハーレクィン〉が〈チクタクマン〉に一矢報いた、ということになるでしょうか。
【ここまで】
(2014.08.26追加)


「狼の夜」 La nuit du loup  ポール・アルテ
  (平岡 敦訳  ハヤカワミステリマガジン2014年9月号(No.703)掲載)
 雪の降った夜、森の奥に一人で住むピーター・ウルフ老人が刺殺された。だが、犯行の少し前にやんだ雪の上には犯人の足跡はなく、家から出て行った犬か狼の足跡だけが残されていたのだ。警察署長のライリーは、20年ほど前に村で起きた“狼男”による連続殺人事件を思い出しながら、奇怪な事件に頭を悩ませていたが……。

 特集「カーと密室」の一作で、“足跡のない殺人”と“狼男”という組み合わせが面白いところ。不可能状況を演出するトリックの一部には、『カーテンの陰の死』と同じような意味で(あるいはそれ以上に)脱力を禁じ得ませんが、それを隠蔽するトリックがよくできていると思いますし、結末も含めて全体としてはまずまずといっていいのではないでしょうか。

【ネタバレ】 まさか現代の作品で竹馬トリックが出てくるとは夢にも思いませんでしたが(苦笑)、竹馬の跡を“杖の跡”と見せかけて隠蔽するトリックは秀逸。殺人の動機を生み出した、過去の事件の真相も妥当なところでしょう。結局のところは、ファレル老人の謎解きは――少なくとも現代の事件については――結末でひっくり返されてしまうわけで、脱力トリックを云々するのは野暮なのかもしれません。
 結末そのものは、冒頭の(狼と思しき)族長らのやり取りで匂わされているともいえますが、被害者と飼い犬が同じ“ウルフ”という名前で、ちょっとしたトリックになっているのも面白いと思います。個人的には、ファレル老人が飼い犬の名前にどのような“説明”をつけたのか、気になるところですが……。
【ここまで】
(2014.08.06追加)


「月の蛾」 The Moon Moth  ジャック・ヴァンス
  (中村融/山岸真・編『20世紀SF3 1960年代 砂の檻』(河出文庫 ン2-3)収録)
 人々が常に仮面で素顔を隠し、様々な楽器を操りながら歌で会話を交わす、惑星シレーヌ。その領事代理として着任したシッセルのもとに、到着する凶悪な暗殺者を逮捕せよとの指令が届くが、まんまと逃れた暗殺者は当地在住の外星人になりすましてしまう。仮面を付けた三人の容疑者の中で、誰が暗殺者なのか……?

 エラリイ・クイーン名義の作品(未訳)を含むミステリの著作もある*1SF作家、ジャック・ヴァンスによる、魅力的な世界を舞台にしたSFミステリの秀作。立場や状況に応じていくつもの仮面と楽器を使い分ける*2、美しくも難解な慣習が支配する社会がまず秀逸で、細かい説明が積み重ねられることで異文化にある種の“実在感”が備わっているところもよくできています。
 そして、綾辻行人『奇面館の殺人』を髣髴とさせる“素顔が見えない状況”でのフーダニットが、ミステリとして非常に興味深いものになっています。もっとも、手がかりがはっきり示されないのでフーダニットそのものはフェアとはいえないのですが、むしろその手がかり――暗殺者を特定する手段こそが、読者が見出すべき“真相”といえるのではないでしょうか。
 説得力のある手がかりをもとにした暗殺者の特定から決着に至るまでの部分も面白く、印象に残るラストも含めて実に見事な作品といっていいでしょう。おすすめです。

*1: SFミステリ「とどめの一撃{クー・ド・グラース}」(アイザック・アシモフ他・編『SF九つの犯罪』収録)なども。
*2: ちなみに題名の“月の蛾”とは、シッセルにふさわしいとされて身に着けることになる仮面ですが……。

【ネタバレ】 終盤、シッセルが容疑者たちの何を調べているのか――その真相は、まさしくこの舞台ならではのもので、非常に面白いと思います。
 シレーヌに到着して早々のシッセルの苦労が、すべて暗殺者に跳ね返ってくる決着にはニヤリとさせられますが、一難去ってまた一難というべき状況を巧みに切り抜けたシッセルの、ラストの堂々とした態度が印象に残ります。
【ここまで】
(2013.05.10追加)


「プロセルピナ」  飛鳥部勝則
  (日本推理作家協会・編『隠された鍵』(講談社文庫 に6-62・入手困難収録)
 私は見た。塔の五階の部屋に、幾つもの無残な死体があるのを。そしてわずかの間に、それらがすべて消え去ったのを――ラファエル前派の画家ロセッティが描いた『プロセルピナ』に魅了された男は、ある日理想の女性と出会って交際を始める。やがて男は、女を郷里へ、父親から譲り受けた五重の塔へと招いたが……。

 飛鳥部勝則らしく、ロセッティの『プロセルピナ』という絵(→画像 - Wikipedia)をモチーフにした作品。ホラーアンソロジー〈異形コレクション〉『蒐集家』が初出――ということからもおわかりのように基本はホラーなのですが、なぜか新本格ミステリ風(?)の豪快な死体消失トリックが炸裂しているのがユニークで、ホラーとミステリの“融合”とまではいかないものの、どちらの要素も楽しめる作品になっています。
 しかし最大の見どころは、当初は分断されていた男の視点と女の視点が合流してからの、(一応伏線らしきものもあるとはいえ)予想を超えるとんでもない展開で、グロテスクな中にも奇妙なおかしみが漂い、狂気の長台詞へと突っ走る終盤は圧倒的。それでいて、一見すると(?)美しくまとめられたラストがまた作者らしいところです。

【ネタバレ】 死体消失トリックは、ジョン・ディクスン・カーの短編やエラリイ・クイーンの中編などの系譜に連なるものですが、五重の塔ならではの構造を生かしたものになっているところがよくできています。
 後半になると、前半でイメージされる“男”と“女”の関係が完全に逆転するのが面白いところですが、ラスト三行の独白をみると、“男”の方は最後まで“ずれたまま”だったということになるのかもしれません。
 それにしても、“きしめん”には苦笑を禁じ得ないところです。
【ここまで】
(2013.04.29追加)


「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」  大山誠一郎
  (本格ミステリ作家クラブ・編『論理学園事件帳』(講談社文庫 ほ31-5・入手困難収録)
 コッパーフィールド夫人が再婚しようとしている相手は、過去に三人の妻を殺害した疑いをかけられている男だった。警告しようとフェル博士やハドリー警視が屋敷に駆けつけるが、夫人はその時すでに、ドアや窓の隙間に内側から目張りされた寝室で、〈ペイシェンス〉という名の鸚鵡とともにガス中毒死を遂げていたのだ……。

 2002年に「e-novels」にて犯人当てとして発表された作品で、H.M卿を探偵役とするカーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)『爬虫類館の殺人』で扱われた“目張り密室”に、カーのもう一人のシリーズ探偵であるギデオン・フェル博士を挑ませる、ユニークな趣向のパスティーシュとなっています。
 中核となる部分のアイデアは非常に秀逸で、あまり深く考えずに出されたものをそのまま受け入れる限りはよくできているように見える反面、少し考えてみるといくつか難点が浮かび上がってくるのは、『密室蒐集家』と同様に“よくも悪くも大山誠一郎”というよりほかありません。この作品の場合、メインアイデアの周辺に張り巡らされた余計な小細工が、かえって傷口を広げている感があるのが残念。

 → 【ネタバレ感想】
2013.04.01読了(2013.04.02追加)


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