ミステリ&SF感想vol.29

2001.11.10
『不思議の国の悪意』 『見えない凶器』 『風が吹く時』 『マン・プラス』 『ミステリークラブ』


不思議の国の悪意 Malice in Wonderland  ルーファス・キング
 1958年発表 (押田由起訳 創元推理文庫191-03)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 マイアミの架空の町ハルシオンを舞台にした作品集です。連作というわけではありませんが、保安官のビル・ダガンが複数の作品に登場するなど、作品の背景は共通しているようです。題名の割には、C.ブランド『招かれざる客たちのビュッフェ』やP.クェンティン『金庫と老婆』ほどの後味の悪さはあまり感じられません。〈クイーンの定員〉にも選ばれた傑作短編集です。
 個人的ベストは、やはり表題作の「不思議の国の悪意」です。

「不思議の国の悪意」 Malice in Wonderland
 魔女や妖精の存在を信じていた幼いアリスは、“魔法使いのおばあさん”からもらった教訓入りのクラッカーを大事にとっておいた。誘拐されたまま帰ってこなかった親友エルシーの遺品とともに……。10年後、窮地に陥ったアリスは、最後の頼みの綱としてクラッカーを開けた。中身の教訓は期待はずれのものだったが、それがきっかけとなって10年前の誘拐事件の真相が……。
 過去の事件と現在の事件がうまく絡み合う見事な構成、意外な手がかり、そして全編に漂う幻想的な雰囲気……。非の打ち所のない傑作です。

「マイアミプレスの特ダネ」 Miami Papers Please Copy
 〈マイアミプレス〉紙のオーナーは、一人娘のヴァイオレットに手を焼いていた。彼女は強引に特集記事担当記者となり、その気まぐれで周囲を悩ませていたのだ。今夜も彼女は、芝居の切符をわざと落とし、それを拾った人物をネタに記事を書くという暴挙に挑んでいた。切符を拾ったのは上品な雰囲気の年輩の男。彼から食事の誘いを受けたヴァイオレットは……。
 謎解き要素のほとんどない、サスペンスコメディといった感じの作品です。主人公のヴァイオレットをはじめ、登場人物たちが非常に魅力的で、なかなか楽しめる作品に仕上がっています。

「淵の死体」 The Body in the Pool
 50代後半の未亡人ミセス・ウェイヴァリーは、“今年最も公共心を発揮した女性”に選ばれた。彼女は、賭博場の経営者が屋敷の裏の淵に死体を沈めるのを目撃し、命を危険にさらしながら法廷で証言を行ったのだ。だが、授賞式から帰宅した彼女を待ち受けていたのは、彼女の証言で死刑となった男の娘だった……。
 最後のオチはやや唐突にも感じられますが、切れ味は十分です。

「思い出のために」 To Remember You by
 それは完全犯罪となるはずだった。オーリーリアは、夫のフレッドが病気にかかるのを待ち、それから少しずつ砒素を盛り始めたのだ。医師の診断は済んでいるため、死因が疑われる可能性はない。かくして彼女は、フレッドの殺害に成功した。遺灰は遺言で海に撒かれ、不審を抱いた保険調査員にもなす術はなかった。だが……。
 倒叙形式とはいえ、結末があからさますぎです。致し方ないとは思いますが。

「死にたいやつは死なせろ」 Let Her Kill Herself
 モーテル〈ブラックス〉に現れた謎の美女、ミス・サングフォードの登場は、宿泊客たちに悪い予感を抱かせた。彼らが危惧した通り、彼女は裕福な母親に支配された青年、アーネスト・ディーンにちょっかいを出し始めたのだ。果たしてある朝、宿泊客のミス・フェルナンデスは浜辺で水死体となったミス・サングフォードを発見した。そしてその時、ディーン親子が宿泊する部屋のドアが静かに閉ざされたのだった……。
 中編といってもいい長さの作品です。中盤の謎解きから終盤は一転して追跡劇となりますが、この移行がやや唐突に感じられます。

「承認せよ――さもなくば、死ね」 Agree――or Die
 ホテル経営者のヴァルダマーは名家の娘アン・ボーニーを4人目の妻として迎えた。彼は、上流階級向けのモーテルを新たに建造するにあたって、ボーニー家の威光を利用しようとしたのだ。だが、その目論見が実を結ぼうとした矢先に、彼は何者かに射殺されてしまう。彼を脅迫していたホテル従業員組合が重点的に捜査され、やがて容疑者の逮捕、裁判から死刑と、事件は落着したかに思えたのだが……。
 リドル・ストーリー風のラストですが、あまりうまく機能しているようには思えません。また、C.ブランド「ジェミニー・クリケット事件」『招かれざる客たちのビュッフェ』収録)と同じような意味で、気に入らない部分もあります。

「ロックピットの死体」 The Body in the Rockpit
 バーテンダーのフィルと作家ステラの出会い。それはフィルにとっては運命的な恋となったが、ステラにとっては行きずりの相手との束の間の遊びでしかなかったのだ。一方、彼女の夫ジェリーは彼女の遊びにすっかり慣れっこになっていたが、だからといって彼女に対する憎しみが消えるわけでもなかった。こうして、ステラに対する二つの殺意が錯綜し、やがて事件が……。
 一人の女性をめぐる二つの殺意。そして絶好の機会を得ることになった二人の男たち。予想のできない展開に引き込まれてしまいます。何ともいえない苦さを残すラストも印象的です。

「黄泉の川の霊薬」 The Pills of Lethe
 カールトン夫人からモーリー医師のもとへ緊急の電話がかかってきた。彼が処方したをカールトン氏が飲み過ぎてしまい、重体に陥っているというのだ。応急処置として有効なカフェインをとらせるため、ブラック・コーヒーを何杯も飲ませるように指示を出しながら、彼は激しい雨の中をカールトン邸へと急いだが、到着したときにはすでにカールトン氏は亡くなっていた。不審を抱いた彼は……。
 伏線がないところがやや不満ではありますが、トリックは非常によくできたものだと思います。

2001.10.31読了  [ルーファス・キング]



見えない凶器 Invisible Weapons  ジョン・ロード
 1938年発表 (駒月雅子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集7)ネタバレ感想

[紹介]
 突然ソーンバラ医師の邸を訪れた伯父のフランシャム氏。洗面室に入ったまま出てこない彼に、胸騒ぎを感じた医師が居合わせた警官とともにドアを破ってみると、フランシャム氏が頭を殴られて死んでいたのだ。だが、室内には犯人の姿はおろか凶器らしき物さえなく、外から窓に近づいた者もいなかったという。犯行手段がまったく解明できないまま、最大の容疑者を逮捕することもできずに、事件は迷宮入りするかと思われたのだが、やがて予期せぬ事態が……。

[感想]

 この作品は題名からもわかる通り、フランシャム氏を殺した凶器の謎が中心となっているわけですが、これ自体は現代ではかなり拍子抜けの感があります。ところがこれ以外の部分に意外な面白さがあります。例えば、明らかになった凶器から容疑者を割り出す過程がなかなかユニークですし、終盤に明らかになる事件の構造も面白いと思います。皮肉なことではありますが、凶器の謎に目をつぶればそれなりに楽しめる作品ではないでしょうか。

2001.11.01読了  [ジョン・ロード]



風が吹く時 When the Wind Blows  シリル・ヘアー
 1949年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ・ミステリ178)ネタバレ感想

[紹介]
 地元の素人音楽家たちで結成されたマークシャア管弦楽団。そのシーズン最初のコンサートも何とか無事に始まった。トラブルで急遽手配された代役のクラリネット奏者も何とか間に合い、オルガン奏者の突然の欠席も曲目の変更で切り抜けることができた。そしていよいよ、プロのヴァイオリニスト、ルウシイ・カアレスを迎えてのヴァイオリン協奏曲。ところが、ミス・カアレスを迎えに舞台を降りた指揮者のエヴァンズは、彼女が控室で殺されているのを発見したのだった……。

[感想]

 『法の悲劇』に続いて弁護士ペティグルウ氏が登場し、ヘアーお得意の法律ネタも絡んでいますが、地方のアマチュア楽団を舞台とした音楽ミステリといった方がいいでしょう。マークシャア管弦楽協会監事なる役目を引き受けさせられたペティグルウ氏ですが、彼の視点で描かれるアマチュア楽団コンサートの舞台裏がよくできています。特に、次々と起こるトラブルを乗り切ろうとしていく様子は臨場感に溢れています。そしてようやく開演にこぎ着け、メイン・プログラムが始まるというところで殺人事件が発生するという展開は、なかなか魅力的です。

 “謎のクラリネット奏者”探しを中心とした地道な捜査が暗礁に乗り上げ、ペティグルウ氏の協力も役に立たないまま終わるかと思われた矢先に、驚くほどシンプルな手がかりが爆弾のように投じられ、事件は一挙に解決へと転じます。この終盤の鮮やかさが非常に印象的です。そして、すべてが解決した後の味のあるラストには、思わずニヤリとさせられてしまいます。

2001.11.04読了  [シリル・ヘアー]



マン・プラス Man Plus  フレデリック・ポール
 1976年発表 (矢野 徹訳 ハヤカワ文庫SF833・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 西暦2024年。総人口が80億を越えた世界は、食糧不足と国際緊張にあえいでいた。この危機を乗り切るため、アメリカ合衆国は総力を挙げて〈マン・プラス計画〉に挑む。人間を改造して過酷な環境に耐えることのできるサイボーグを作り上げ、火星に植民しようというのだ。だが、第1号のサイボーグが実験中に死亡し、元宇宙飛行士のロジャー・トラウェイが新たにサイボーグ化されることになった。改良が加えられ、計画は順調に進行していくかに見えたが、やがてロジャーにも危機が訪れる……。

[感想]

 一人の男が火星用サイボーグに改造されていく過程を詳細に描いた作品です。普通の人間とはかけ離れた存在へと変わっていくことの苦しみ、肉体的だけでなく精神的な苦痛、そしてその変容が、どうしても他人事になってしまう周囲の人間たちと対比することでよりはっきりと浮き彫りにされています。特に主人公となるロジャー自身、当初はバックアップ要員(しかも第3候補)だったためにどこか醒めた目で眺めていたのですが、アクシデントによって急に当事者となってしまったことで、なかなか心の準備ができない様子が伝わってきます。

 サイボーグに改造されること自体の苦しみに加えて、ロジャー自身(そして死亡した第1号も)本気で火星に住みたいと思っているわけではないところが悲劇的です。彼を火星に送り込む側の人々にしても、半ば仕方なく計画を進めているわけで、このあたりにポールの描くディストピアの不毛で閉塞的な状況(『JEM』(ハヤカワ文庫SF)もそうでしたが)がよく表れていると思います。

 ある種の“ハッピーエンド”の陰に隠された皮肉。いかにも続編を予感させるラストですが、ようやく1994年に続編『Mars Plus』が刊行されているようです。

2001.11.06再読了  [フレデリック・ポール]



ミステリー・クラブ  霞 流一
 1998年発表 (角川書店・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 中野・淡輪町のアンティーク街〈骨ガラ通り〉。懐かしのグッズを売るアンティークショップにはコレクターたちが集い、目当ての品をめぐってマニアックな戦いを繰り広げていた。だが、街にはいつしか、川で目撃された体長3メートルの“巨蟹”や改造人間めいた“人蟹”など、にまつわる怪しい噂話が流れるようになっていた。そんな中、“巨蟹”のハサミで切られたかのようなバラバラ殺人が発生。しかも現場は密室状態だった。その後も次々と起こり続ける蟹に絡んだ怪事件。酔狂探偵・紅門福助が蟹と都市伝説に挑戦する……!。

[感想]

 『フォックスの死劇』で活躍した紅門福助が再登場。今回の事件は“蟹づくし”ですが、さらにコレクターと都市伝説を通じて“昭和”を回顧するというのが裏テーマになっています。作中登場するコレクターたちはいずれも奇人ばかりで、ここに酔狂探偵・紅門福助が絡んで騒動が繰り広げられています。一方の都市伝説についてもやや強引ではあるもののユニークな考察がなされていて、さらにそこに蟹に関する蘊蓄が加わった上に、全体として昭和を回顧するノスタルジックなムード(と滑りかけのギャグ)に満ちています。雑多な印象はぬぐえませんが、作品に注ぎ込まれたエネルギーは半端ではなく、いかにも霞流一らしい作品といえるでしょう。

 事件の方はバカトリックこそ登場するものの、犯人の指摘に至るロジックなどは意外にすっきりとしていて、なかなかよくできています。謎を詰め込みすぎてプレゼンテーションがうまくいっていない面はありますが、それもまた独特の味というべきでしょうか。

2001.11.08再読了  [霞 流一]


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