ミステリ&SF感想vol.42

2002.08.06
『ジョン・ブラウンの死体』 『魔界の紋章』 『チベットから来た男』 『首断ち六地蔵』 『超生命ヴァイトン』


ジョン・ブラウンの死体 John Brown's Body  E.C.R.ロラック
 1938年発表 (桐藤ゆき子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集18)ネタバレ感想

[紹介]
 人気作家ヴェルラムの盗作疑惑を追うジャーナリストのヴァーノンと、浮浪者が残した奇妙な話に興味を持ったマクドナルド主任警部の二人は、連れ立ってデヴォンシャーへと調査に向かった――深夜、大きな袋を運ぶ怪しい男に出会い、襲われて命を落とした浮浪者ジョン・ブラウンの足取りを追ったマクドナルド主任警部は、やがて完全犯罪を掘り起こす。一方、ヴェルラムを訪ねたヴァーノンは、足を滑らせて石切場に転落し、命を落としかける。複雑な様相を呈する事件の真相は……。

[感想]

 イングランド西部の荒地を舞台に奇妙な事件を描いたミステリです。ヴァーノンとマクドナルドが追いかける謎はどちらも漠然とした、とらえどころのないものから出発していますが、それが次第に複雑に絡み合っていく展開は秀逸です。同時に、調査の過程で二人が出会う地元の人々の人柄が、物語に牧歌的な雰囲気を与えています。

 終盤、マクドナルドが容疑者に罠を仕掛ける場面はスリリングですし、ラストの犯人の告白も強く印象に残ります。派手さはないものの、まずまずの佳作といっていいでしょう。

2002.07.25読了  [E.C.R.ロラック]



魔界の紋章 Three Hearts and Three Lions  ポール・アンダースン
 1961年発表 (豊田有恒訳 ハヤカワ・SF・シリーズ3253・入手困難

[紹介]
 ナチスとの激しい銃撃戦の最中、デンマーク人ホルガー・カールセンは剣と魔法の世界へと転移してしまった。彼は〈三個の心臓と三頭の獅子〉の紋章を描いた騎士“ホルガー卿”となり、白鳥に変身する乙女アリアノラ、森の小人ヒューギらとともに、元の世界へと戻る道を探し続ける。だが、仕掛けられた罠、襲いくる強敵をかいくぐりながら冒険を続ける彼は、いつしか〈混沌〉と〈秩序〉の戦いに巻き込まれていったのだ……。

[感想]

 現代人がファンタジー世界に放り込まれ、現代人としての知識を生かして冒険するという設定は、ディ・キャンプ&プラット〈ハロルド・シェイ〉などにも通じるものですが、この作品では主人公のホルガーがエンジニアであることもあって、ややSF寄りの“サイエンス・ファンタジー”に仕上がっています。特に、火を吹くドラゴンとの対決の場面や、巨人との知恵比べの果てに待っていた危機から脱出する場面などは秀逸です。また、四人の容疑者の中から人狼を探し出す場面は、鮮やかな論理に基づいたパズラーといってもいいものです。

 それでもやはり、ベースとなるのはあくまでもオーソドックスな“剣と魔法”の物語で、それぞれに味わい深いキャラクターたちとともに繰り広げられる冒険は、シリアスでありながらどこかユーモラスな雰囲気も漂い、読者を飽きさせない十分な魅力を備えています。現在品切れとなっているのが非常に残念な傑作です。

2002.07.26読了  [ポール・アンダースン]



チベットから来た男 The Man From Tibet  クライド・B・クレイスン
 1938年発表 (門倉洸太郎訳 国書刊行会 世界探偵小説全集22)ネタバレ感想

[紹介]
 チベット美術品の収集家として知られる大富豪メリウェザーは、東洋帰りの日系人からチベットの秘伝書を買い取った。その聖典には、神秘の力を得る奥義が記されているという。だが、日系人はその夜ホテルで絞殺され、犯人と目されるあご髭の男は煙のように消え失せてしまった。一方、メリウェザーのもとには、失われた秘伝書を探し求めて世界を半周してきたラマ僧が到着し、秘伝書の返還を求める。やがて、秘伝書の消失、謎の“卍”の出現と不可解な事件が相次ぎ、ついに雷雨の夜、密室状態の美術室で事件が起こった……。

[感想]

 全編、チベットに関する薀蓄が前面に押し出された異色のミステリです。正直なところ、ミステリ部分よりも目立っているようにも感じられますが、その知識は深く、興味深いものです。謎解き役のウェストボローが歴史学者であることもあって、うまく作品にはまっているといえるのではないでしょうか。

 ミステリ部分はややバカミス的といえるかもしれません。メインの美術室での事件で使われたトリックもさることながら、犯人と思われる男が残した白い粉に関する真相には、唖然とさせられます。また、マック警部補が謎解き役のウェストボローをメリウェザーの邸に滞在させようとする場面など、あまりの強引さに笑ってしまいます。真相の一部がわかりやすくなっている面もありますが、なかなかよくできた作品だと思います。

2002.07.29読了  [クライド・B・クレイスン]



首断ち六地蔵  霞 流一
 2002年発表 (カッパノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 豪凡寺にある六地蔵の首が何者かに切断されてしまった。〈寺社捜査局〉の魚間岳士は、顔なじみの霧間警部、そして豪凡寺の住職・風峰とともに首の行方を追い求めるが、地蔵の首が一つ現れるたびに奇怪な殺人事件が起こる。事件の背後には、カルト教団〈浄夢の和院〉の教祖・日羅薙月獏の影が……。

「第一首 地獄院長は燃えた」
 火事で焼け落ちた病院跡地で起きた、奇怪な殺人事件。被害者の死体は密室の窓から転落していた……。
 密室トリックというより、脱出トリックというべきでしょうか。一部の小道具を除けば、意外にオーソドックスな印象です。

「第二首 餓鬼の使いは帰らない」
 うどん屋の厨房で、大鍋で茹でられた老婆の死体が発見された。さらに赤ん坊誘拐の疑惑も絡んできて……。
 インパクトのある事件ですが、赤ん坊誘拐疑惑の真相にはさらに唖然。しかし、解決は鮮やかです。

「第三首 畜生は桜樹に散る」
 花見の場所取りをしていた男が腹を刺されて殺された。そして、なぜか胃には死んだウナギが……。
 (個人的にはいい意味で)無茶苦茶な作品です。バカトリック。爆笑。

「第四首 修羅の首が笑った」
 大工の棟梁だった老人が、密室状態の仕事場で殺された。被害者のは地蔵と同じく切り落とされて……。
 生首の一風変わった扱い方がよくできていると思います。

「第五首 人の死に行く道は」
 被害者は、不可能としか思えないわずかな時間の間に、礼拝堂の屋根から取り外した十字架に磔にされていた……。
 推理が少しずつ完成に近づいていく過程は、なかなか面白いと思います。やや無理が感じられる部分もありますが……。

「第六首 天は風を見すてたか」
 今までの事件を扱った舞台の稽古中に、風峰役の俳優が密室で殺された。凶器は最後の地蔵の首だった……。
 正直なところ、偽の解決の方が面白く感じられます。が、伏線は秀逸。

「第無々首 奈落の底の底」
 長く続いてきた事件も、ついに解決したかに思えたのだが……。

[感想]

 『赤き死の炎馬」『屍島』に登場したワトスン役・魚間岳士が復活するなど、霞流一ファンにはうれしい作品ですが、A.バークリー『毒入りチョコレート事件』に挑戦し、徹底的に“多重解決”にこだわった内容となっているのが特徴です。連作短編形式となっていますが、「第一首」から「第六首」まで、それぞれ4,5通りほどの“解決”が盛り込まれています。霞流一の作品では以前から、ワトスン役の人物が探偵役に対抗して積極的に推理を披露し、結果として“多重解決”風になる傾向がみられていたのですが、一つ一つの解決には無理が感じられるものもあるとはいえ、さすがにこれだけ多数並べられると壮観です。同時に、推理を外しまくるワトスン役・魚間岳士の心理状態には、ついつい笑いがこみ上げてきてしまいます。

 個々の事件にはユニークな見立ても盛り込まれていますし、ラストには連作短編ならではのどんでん返しも待ち構えています。さらに、数々の伏線も非常によくできています。本格ミステリの要素を贅沢に詰め込んだ傑作です。

 ただ、霞流一ファンとしてはギャグが少ないのが残念ですが……。

2002.07.30読了  [霞 流一]



超生命ヴァイトン Sinister Barrier  エリック・フランク・ラッセル
 1943年発表 (矢野 徹訳 ハヤカワ・SF・シリーズ3064)

[紹介]
 スウェーデンの著名な科学者ビヨルンセン教授が心臓病で急死したのを始めに、世界でトップクラスの科学者たちが時を同じくして次々と奇怪な死を遂げていた。しかも、犠牲者たちは一様にメスカリンとメチレン・ブルーを飲み、ヨードチンキを体に塗っていたのだ。この怪事に気づいたアメリカ政府の渉外係官ビル・グレアムは、警察の手を借りて捜査を開始する。だが、やがてカメラ会社の工場が大爆発を起こし、町ごと壊滅するという大惨事が発生した。唯一の原因と考えられたのは、特殊な写真に写し出された正体不明の光球だった……。

[感想]

 “人類家畜テーマ”の古典です。相次ぐ科学者の怪死という不可解な事件に始まり、次第に明らかになっていく〈ヴァイトン〉という存在、そして人類の存亡を賭けた戦いの中で、無敵と思われた〈ヴァイトン〉の弱点が発見されるという、ミステリ的な要素を含んだプロットは、大きな魅力を備えています。また、あまりにも重い真相を突きつけられた主人公の心理は、非常に印象的です。

 唯一の不満は、中盤、(ヴァイトンによる)“フォート現象”(超常現象)を報じる過去の新聞記事が羅列されているあたりがやや鬱陶しく感じられる点ですが、“フォート現象”に取りつかれた作家・ラッセルとしては仕方ないところかもしれません。

2002.08.02読了  [エリック・フランク・ラッセル]


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