ミステリ&SF感想vol.113

2005.10.23
『真っ暗な夜明け』 『鉤爪の収穫』 『法廷外裁判』 『細工は流々』 『星からの帰還』



真っ暗な夜明け  氷川 透
 2000年発表 (講談社ノベルス・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 学生時代のバンド仲間が、久々に一堂に会した飲み会。集まったのは、ドラムの和泉と同僚の藤、ヴォーカルの冴子、サックスの久我と婚約者の果寿美、ギターの松原、ベースの池上、シンセサイザーの詩緒理、そしてピアノの氷川という総勢9名だった。盛り上がった宴会もやがてお開きとなり、近所に住む和泉と藤を除く一同は、他に乗客もいない地下鉄の駅構内で終電を待つ。だが、改札口で別れたはずの和泉がいつの間にか駅のトイレの中で、構内に飾られていたブロンズ像の台座で撲殺されていたのだ。そして現場の状況からは、仲間たちの中に犯人がいるとしか考えられなかった……。

[感想]

 第15回メフィスト賞を受賞した氷川透のデビュー作で、事件は少々地味ながら、その分ロジックに力を注いだフーダニットになっています。まず面白いのが状況設定で、ある時点以降、探偵役である氷川自身が改札口を監視する形になっていたため、容疑者は早々に絞り込まれます。ロジカルなフーダニットに不可欠な容疑者の限定を、駅の構内という一風変わった殺人現場によって達成しているところが巧妙です。また一方で、構内での人の動きはかなり自由度が高く、シンプルな凶行も相まって多くの仮説を構築し得る状況となっているところもよくできています。

 一般的に、ロジックによって“唯一無二の真相”を導き出すためには、仮説の構築はもちろんのこと、誤った仮説の廃棄というプロセスが必要になります。したがって、ロジックに重点を置いたミステリではこの仮説の構築と廃棄の比重が大きくなるわけですが、本書ではそれが偏執的ともいえる域に達しています。本気ではない、“わかりにくい冗談”も混じっているとはいえ、探偵役の氷川が細かく積み重ねては捨てていく仮説の数々には圧倒されます。が、その反面、やや度が過ぎるために満腹感のようなものを生じてしまうきらいもあり、人によっては受け付けにくいかもしれません。

 しかしその中で、奇妙な凶器にまつわるロジック、ことにその“飛躍”はこれ以上ないほど魅力的。そしてそこからの“連鎖”も、若干の“穴”(ただし、致命的なものではありません)を除けば実によくできていて、これだけでも間違いなく一読の価値があると思います。事件の決着には釈然としない部分がありますし、結末はどうとらえたらいいのかよくわかりませんが……。

 バンド仲間の間での事件ということで、全体的に青春小説的な味わいが感じられるところも悪くないと思います。より正確には、学生時代と変わらない部分と、同じではいられない部分とが微妙に入り混じったような感覚というべきか。氷川のわかりにくい冗談や回りくどい台詞が鼻につく部分もありますが、それもまた若気の至りとして許せるような気もするのは、自分がある程度年を取ったからかもしれません。

2005.09.13読了  [氷川 透]



鉤爪の収穫 Hot and Sweaty Rex  エリック・ガルシア
 2003年発表 (酒井昭伸訳 ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックスF-カ1-3)

[紹介]
 恐竜探偵ヴィンセント・ルビオは、同じヴェロキラプトルのマフィアのボスからの依頼を受けてある男の尾行を続けるうち、マイアミまで出かけてヴェロキラプトル・ファミリーとハドロサウルス・ファミリーとの抗争に巻き込まれることになってしまう。ところが、雇い主と対立するハドロサウルスのボスは、幼い頃に苦楽を共にした旧友のジャックだったのだ。しかも、ジャックの妹ノリーンとはわけありの仲。義理と友情の板挟みになって途方に暮れるルビオだったが、そうこうするうちに抗争は激化していき……。

[感想]

 『さらば、愛しき鉤爪』『鉤爪プレイバック』に続く恐竜ハードボイルドの第3弾です。作中の時系列としては『さらば、愛しき鉤爪』の直後の話で、今回ルビオは、マイアミを舞台にした恐竜マフィアの抗争に巻き込まれることになります。

 そもそもこのシリーズは、様々な種類の恐竜たちが人類に紛れて暮らしているという、冷静に考えれば無茶苦茶な設定になっているわけですが、人類はその存在を知ることなく、表だった対立もありません。しかし、恐竜社会の内部が一枚岩であるはずもなく、人種間の対立よりもさらに深刻な種間の対立があることは、ある意味当然といえるかもしれません。本書ではそのような種間の対立を、ヴェロキラプトル・ファミリーとハドロサウルス・ファミリーの激しい抗争という形で描きながら、その一方でヴェロキラプトルのルビオとハドロサウルスのジャックやノリーンとの、種の壁を越えた交流に重点を置くことでバランスを取っているところがよくできていると思います。

 シリーズのファンとしては、旧友のジャックらとの絡みで言及されるルビオの過去が興味深いところです。その悪ガキぶりには微笑ましいものがありますが、青年時代の結末の苦さは何ともいえません。しかしその回想の中でも、恐竜社会の一端がうまく説明されているところは、作者のしっかりした筆力の表れといえるでしょう。

 序盤から中盤あたりまでは、二つのファミリーの間で板挟みになったルビオの右往左往ぶりが楽しめますが、それ以降は次第に血なまぐさい展開になっていきます。テーマがテーマだけに仕方ないともいえますが、メインの抗争と二重スパイ探しだけでなく、サブである恐竜SFならではの謎解き部分もまた、読んでいて少々辛いものがあるのが残念です。もっとも、この殺伐とした雰囲気も見方によっては、恐竜らしいといえるのかもしれませんが。

2005.09.20読了  [エリック・ガルシア]
【関連】 『さらば、愛しき鉤爪』 『鉤爪プレイバック』



法廷外裁判 Settled Out of Court  ヘンリイ・セシル
 1959年発表 (吉田誠一訳 ハヤカワ文庫HM56-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 ロンズデイルは、幼い頃からというものを病的に嫌悪する、決して嘘のつけない男だった。その彼が、よりによって商売敵を殺害した容疑で告訴され、終身刑の判決を受けてしまったのだ。それが証人たちの偽証のせいだと考えたロンズデイルは、不屈の意志と周到な準備でまんまと脱獄した挙げ句、かねてから目星をつけていた名判事や弁護士、さらに事件の関係者一同を一カ所に監禁し、法廷外で裁判のやり直しを要求する。ロンズデイルの蛮行に反感を隠せなかった判事も、裁判が進むにつれて彼の言い分に耳を傾けるようになっていく。そして、最後に下される判決は……?

[感想]

 全編にどこかユーモラスな雰囲気の漂う、かなり風変わりなリーガル・ミステリです。嘘のつけないはずの主人公がよりによって殺人容疑で有罪判決を受けてしまうという発端も面白く感じられますが、刑務所から脱獄した上に判事や関係者を監禁し、法廷外での裁判を要求してしまうという無茶苦茶な展開が笑えます。しかし、そのやり方は強引とはいえなかなかスマートで、自然とロンズデイルや協力者に肩入れしたくなってしまうところが巧妙です。

 登場人物たちもそれぞれに味がありますが、特に被害者の妻だったバーンウェル夫人のロンズデイルに対する強烈なライバル意識が印象的で、火花が飛び散るかのような二人の関係が、ユーモラスな物語を引き締める緊張感を生み出しているところが見逃せません。

 やがて下される法廷外の判決を経て、最後に待ち受ける結末の一部は予想できないこともないのですが、その処理はかなりしゃれていて、思わずニヤリとさせられます。ミステリとしての仕掛けはさほど凝ったものではありませんが、よくできていて読みやすく、間違いなく楽しめる傑作です。

2005.09.22読了  [ヘンリイ・セシル]



細工は流々 Remove the Bodies  エリザベス・フェラーズ
 1940年発表 (中村有希訳 創元推理文庫159-18)

[紹介]
 ある晩トビーのもとを訪ねてきた友人のルーは、事情も話さずに15ポンドの借金を申し込み、小切手を受け取るとそのまま去っていった。だが翌日、何者かがかけてよこした電話で、ルーが殺されたことをトビーは知らされる。彼女が使っていた薬の中に、毒薬が混入されていたのだ。無類のお人好しの彼女が、なぜ殺されなければならなかったのか? 現場となった屋敷に乗り込んだトビーとジョージだったが、彼らがそこで発見したのは推理小説に登場するような奇妙な仕掛けの数々。どうやら何者かが、殺人トリックのテストをしているらしい。やがて、ついにその犠牲者が……。

[感想]

 『猿来たりなば』『その死者の名は』、そして『自殺の殺人』と読んできた〈トビー&ジョージ・シリーズ〉も、本書で4冊目。作風にもだいぶ慣れてきたといいたいところですが、他の作品と違って冒頭からはっきりした事件が起きるにもかかわらず、本書のとらえどころのなさはシリーズ中随一ではないでしょうか。メインの殺人事件や屋敷に仕掛けられた殺人トリックもさることながら、登場人物たちの誰もかれもが何を考えているのかよくわからないところが、事件の不透明さに拍車をかけています。

 腹に一物抱えている登場人物たちですが、他の作品でも光っていた作者の人物造形の巧みさもあって、それぞれに個性豊かです。しかもそれが単に“人間を描く”というだけでなく、ミステリ部分としっかり結びついているのが秀逸です。“人間を描いたミステリ”のお手本のような作品といってもいいのではないでしょうか。

 その中にあって、友人を殺されてしまったトビーはいつになくシリアスな雰囲気を漂わせていますが、ジョージの方は相変わらずの自由奔放で、二人のコントラストがより鮮やかなものに感じられます。そして、物語の中盤でジョージの身に起きる異変とその結末は、色々な意味でよくできていると思います。

 『細工は流々』という題名はおそらく屋敷に仕掛けられた殺人トリックからとられたものだと思いますが(原題の“Remove the Bodies”は意味がよくわかりません)、作者が本書に仕掛けた“細工”もまた見事。幾重にも重なって真相を包み隠した“幕”を一枚ずつ取り払っていき、最後に一刀両断するかのような解決は、実に鮮やかです。決して派手ではありませんが、非常によくできた作品といえるでしょう。

2005.09.29読了  [エリザベス・フェラーズ]



星からの帰還 Powrot Z Gwiazd  スタニスワフ・レム
 1961年発表 (吉上昭三訳 ハヤカワ文庫SF244・入手困難

[紹介]
 10年にわたる調査探索の旅を終え、ついに地球へと帰還した宇宙探査船〈プロメテウス号〉。だが、ウラシマ効果により127年が経過した地球では、あらゆるものが変貌を遂げていた。高度に発展した様々な機械、あまりにも複雑化した社会機構、見慣れぬ都市の風景……そして何よりも変わっていたのは、人々の心だった。“ベトリゼーション”と呼ばれる処置により、闘争心と冒険心が失われてしまったのだ。地球に降り立った宇宙飛行士ブレッグは……。

[感想]

 『エデン』などの作品で異質な存在との遭遇を描いているレムですが、本書では127年ぶりに故郷に戻ってきた宇宙飛行士の視点を通じて、変貌した地球と異質な人類の姿を描き出しています。

 主人公のブレッグと地球の人々との間にあるのは、ウラシマ効果による127年という年月と、“ベトリゼーション”処置という二重の断絶で、その深刻さは読者にもしっかりと伝わってきます。特に、ブレッグが宇宙飛行士という、いわば冒険心の塊のような存在であるのに対し、地球の人々は冒険心をすっかり失ってしまった状態で、彼の立場を理解できる人間は皆無といっても過言ではありません。そのような中でブレッグの感じる疎外感は強烈です。

 中盤以降、同じように地球に戻ってきた別の宇宙飛行士と再会し、余裕を取り戻したかにみえるブレッグですが、それも根本的な問題の解決になるわけではなく、ブレッグの孤独感は高まっていきます。しかし、最後に一人でさまようブレッグを迎えるものは……。レムらしからぬ(?)、何とも印象深いラストシーンが、深い感慨をもたらしてくれる作品です。

2005.10.07読了  [スタニスワフ・レム]


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