ミステリ&SF感想vol.64

2003.06.17
『暗闇の薔薇』 『血のついたエッグ・コージイ』 『シティ5からの脱出』 『蓬莱洞の研究』 『囚われの世界』


暗闇の薔薇 The Rose in Darkness  クリスチアナ・ブランド
 1979年発表 (高田恵子訳 創元推理文庫262-02)ネタバレ感想

[紹介]
 かつて自分が出演した映画のリバイバル上映を観た帰り道、サリーは一台の車があとをつけてくるのに気づいた。途中で追っ手をやり過ごせたかと思えたものの、嵐で倒れた巨木に道をふさがれてしまう。焦った彼女は、倒木の反対側で同じく行く手を阻まれた男性と車を交換し、何とか窮地を脱することができた。ところが翌日、車の中に知り合いの女性の死体が発見されたことから、彼女と〈八人の親友たち〉は事件に巻き込まれていく……。

[感想]

 まず、見知らぬ男性と交換した車の中に発見された死体という冒頭の状況が非常に魅力的です。しかも、死体の主が主人公・サリーの知人ということで、その衝撃は一層強烈なものとなっています。そして、警察の捜査によって車の交換自体にも疑義が投げかけられると同時に、関係者のアリバイもあまりはっきりしないことが明らかになり、さらにサリーを狙うマフィアの影までも加わって、事態は混迷を深めていきます。

 このような、かなり曖昧な状況が、終盤の多重解決風の展開へとつながっています。次々と提示される仮説自体はそれほど厳密なものではなく、やや説得力を欠いている部分も見受けられるのですが、その“仮説の提示”という行為そのものによってもたらされる状況の変化が非常に秀逸で、まさに圧巻というべきでしょう。そして、そのまま鮮やかなラストへとなだれ込む展開も見事です。

 主人公のサリーがかなりエキセントリックな人物であることもあって、感情移入が難しく、途中までは読み進めるのに少々苦労したのですが、そのキャラクターが終盤の展開をひときわ印象深いものにしているところは見逃せません。全体的にみて、非常によくできた作品といえるのではないでしょうか。

2003.06.09読了  [クリスチアナ・ブランド]



血のついたエッグ・コージイ The Affair of the Blood-Stained Egg Cosy  ジェームズ・アンダースン
 1975年発表 (宇野利泰訳 文春文庫275-86・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 週末、バーフォード伯爵家の荘園屋敷で開かれるパーティに集まったのは、閣外相をつとめる伯爵の弟、某大公国の特使、銃器マニアのアメリカ人の富豪、そして自動車事故がきっかけで屋敷に滞在することになった男爵夫人ら、11人の客たちだった。だが、彼らはそれぞれの思惑を抱えており、さらに暗躍するスパイ宝石泥棒の影も見え隠れする。やがて、おりからの嵐で雷鳴の轟く深夜、客たちがこっそりと屋敷内をうろつきまわる中、ついに事件が起こった……。

[感想]

 1975年に発表されながら、黄金時代の探偵小説を思わせる作品です。1930年代英国の貴族の屋敷(しかも秘密の通路あり)を舞台に繰り広げられる、どこかのんびりした登場人物たちのやり取り、名刺を残していく不敵な怪盗と、その(いい意味で)時代錯誤的ともいえる雰囲気が魅力的です。

 事件の方はかなり複雑に感じられますが、その最たる要因は、登場人物たちの大部分がそれぞれの思惑で夜中に屋敷内をうろついている点にあります。これによって、誰がどこにいたのかがわかりにくくなり、ほとんどの人物が容疑者となってしまっています。さらに、スパイ活動や盗難事件までも絡んでくるため、事件の様相そのものがやや雑然としたものになっています。しかし、味のある謎解き役が細かい手がかりと論理を駆使し、登場人物一人一人の思惑を、ひいては複雑な事件の全体像を少しずつ解き明かしていく過程は、(少々気になる点もあるとはいえ)実に見事です。指摘される犯人もなかなか意外ですし、非常に強力なバカトリックのおまけもついて、十分満足できる作品に仕上がっています。

 なお、本書は扶桑社文庫で復刊された際に、『血染めのエッグ・コージイ事件』と改題されています。

2003.06.11読了  [ジェームズ・アンダースン]
【関連】 『切り裂かれたミンクコート事件』



シティ5からの脱出 The Knights of the Limits  バリントン・J・ベイリー
 1978年発表 (浅倉久志 他訳 ハヤカワ文庫SF632・入手困難

[紹介と感想]
 奇天烈なアイデアに基づく哲学的/観念的な作品を書き続ける鬼才・ベイリーの短編集です。
 ベイリーのすごさは、普通の作家ならば思いついても捨ててしまうような変なアイデアを、大まじめに、しかも作品としてそれなりの形に仕上げてしまうところにあると思うのですが、本書に収録された作品もその例に漏れず、いかにもベイリーらしい怪作ぞろいです。
 個人的ベストは「ドミヌスの惑星」

「宇宙の探究」 The Exploration of Space
 チェス盤を前にして、阿片を吸いながら思索にふけっていたわたし。突然そこへ現れたのは、空間の連続性が存在しない宇宙からやってきた探検者だった。その世界には無限の“位置”のみが存在し、チェスの駒のようにそれぞれの位置の間を即時に移動するというのだが……。
 チェス盤のような宇宙の住人が示す世界観は斬新で、非常に魅力的です。主人公とのやり取りは深遠な哲学問答を思わせる興味深いものですが、ただのチェス盤からそれをひねり出したベイリーの特異な才能に感心させられます。

「知識の蜜蜂」 The Bees of Knowledge
 宇宙船の事故により惑星ハンドレアに不時着したわたしは、巨大な蜜蜂のような土着生物に捕らえられ、その巣の中に閉じ込められてしまった。わたしは生き延びるために、様々な生物が住み着いたの中を探検し続けたが、やがて……。
 B.スターリングの短編「巣」『蝉の女王』収録)に先行する作品ですが、この作品では蜜蜂たちの徹底した異質さと、結末の救いのなさが際立っています。

「シティ5からの脱出」 Exit from City 5
 収縮を続け、直径数キロになってしまった宇宙の中を漂うドーム都市〈シティ5〉。そこでは、ひたすら現状維持を目的とする体制派と、閉塞的な状況を打破しようとする反体制派との対立が深まっていた。そして、反体制派がロケットを奪い宇宙に飛び出したのだが……。
 収縮してしまった宇宙には何があるのか。空間とは何なのか。シティを飛び出してその答を得た主人公を待ち受ける結末が何ともいえません。

「洞察鏡奇譚」 Me and My Antronoscope
 岩盤を通して内部の空洞を観察できる洞察鏡によって観察されたのは、惑星内部の空洞に住み着き、外部の空間の存在を知らずに暮らしている人間たちの、新たな空洞を求める冒険の様子だった……。
 空間と物質とを入れ換えた“コロンブスの卵”的な舞台設定が秀逸ですが、さらにベイリーはラストでこれをもう一度ひっくり返しています。相対化された宇宙観が見事です。

「王様の家来がみんな寄っても」 All the King's Men
 異星人の国王に支配された英国。その国王と人民との間を仲介していた有能な政治家が死んでしまった。後に残された国王と人民たちにとって、相互理解はほとんど不可能だった。やがて、ついに開戦の時が……。
 まったく異質な異星人との相互理解の困難さを描いた作品です。ファースト・コンタクト時ではなく、両者を仲介する能力を持っていた人物が死んだことによって問題が浮き上がってくるという展開が、非常に効果的に機能していると思います。

「過負荷」 An Overload
 世界経済を支配する強大なシンジケート。その支配者たちは、イプセイック・ホロカム装置――単なる映像だけでなく、存在感やカリスマ性までも送信できる装置――を駆使して、有権者たちにアピールし、実権を握り続けていた。しかし、その背後には秘密が……。
 登場人物の名前が不可解に感じられますが、真相が明らかになると納得。ある意味、先進的な作品といえるのではないかと思います。

「ドミヌスの惑星」 Mutation Planet
 地球人と異星人からなる調査隊が降り立った惑星〈ファイブ〉。そこは、〈ドミヌス〉と名づけられた巨大な生物に支配された世界だった。〈ドミヌス〉は、他の生物の進化を自在に操る能力を備えていたのだ。その秘密を探ろうとした調査隊は……。
 セントラル・ドグマを豪快にひっくり返した設定が非常に魅力的で、進化/遺伝子テーマの一つの頂点といっていいのではないでしょうか。そしてまた、ここでも異星人の異質さが強調されています。傑作です。

「モーリーの放射の実験」 The Problem of Morley's Emission
 高名な哲学者アイザック・モーリーの指導により南極に建造された、一辺5マイルもの巨大なピラミッド。その正体は、強力なUHF送信機だったのだ。そして、それはただ一度だけ作動した。その“実験”の背後に隠された秘密とは……?
 一歩間違うとオカルトになりかねない、とんでもない理論が展開されていますが、これもまたベイリーらしいというべきでしょう。

「オリヴァー・ネイラーの内世界」 The Cabinet of Oliver Naylor
 宇宙空間を超光速で移動する特殊推進住宅に住むオリヴァー・ネイラーは、ヒッチハイカーのワトスン=スマイズの依頼を受けて、“虚無の湖”の岸辺に住む芸術家・コーンゴールドのもとへと向かっていたのだが、そこで事件が……。
 まず、特殊推進住宅の叩き出す“C186(光速の186乗)”という無茶苦茶なスピードが笑えます。しかも、“一八六以上だと目的地を見過ごして、通り越してしまうおそれがある”というからただごとではありません。
 しかし、物語の中心はあくまでもアイデンティティの問題。またまたすごい理論が登場していますが、その結末は……。

2003.06.13読了  [バリントン・J・ベイリー]



蓬莱洞の研究 私立伝奇学園高等学校民俗学研究会 その1  田中啓文
 2002年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 私立田中喜八{でんなかきはち}学園高等学校、通称“田喜{でんき}学園”に入学したばかりの女子高生・諸星比夏留は、勘違いがもとで民俗学研究会に入部することになった。だが、民俗学研究会の面々はなぜか次々と怪事件に遭遇する。比夏留は得意の古武道の技を駆使し、高校生ながら民俗学の天才・保志野春信と力を合わせて、事件を解決していくが……。

 作者いわく“本格伝奇と学園小説の融合実験”とのことですが、荒唐無稽な伝奇小説の要素とどこか懐かしく感じられる学園小説の要素とがうまくミックスされた上に、例によってダジャレが加わって、非常にユニークな世界が構築されています。
 主人公の少女・諸星比夏留(その体重には思わず爆笑)をはじめ、登場人物たちは変わり者ばかりですし、その面々が次々と遭遇する事件は、これまた(ダジャレには支配されているように感じられるものの)リアリティに束縛されない奇怪なものばかり。また、民俗学とダジャレという組み合わせも、かなり相性がいいように思えます。好みは分かれるかもしれませんが、作者の資質が十分に発揮されたシリーズといえるのではないでしょうか。

「蓬莱洞の研究」
 学園に隣接する校長の私有地“常世の森”では、生徒たちの失踪事件が相次いでいた。彼らは、常世の森の中にある蓬莱洞へ、を探しに行くと言い残して姿を消してしまったのだ。民俗学研究会の面々は、早速森の奥へと潜入するのだが……。
 登場人物たちや舞台背景の説明に筆が割かれ、やや冗長になっているのが難点でしょうか。しかし伝奇部分は、かなり強引に感じられるものの、なかなかよくできていると思います。また、シリーズ全体の中心になっていくと思われる構図が示唆されているのも、興味深いところです。

「大南無阿弥洞の研究」
 一風変わった学園祭“蛭女山祭”の最中に事件は起こった。常世の森に潜り込んだ生徒たちが、巨大な怪物に遭遇したのだ。逃げ帰ってきた生徒は、“オオナム”という言葉を残して意識を失ってしまった。事件の裏には、オオナムチ伝説が……?
 無茶苦茶な学園祭にとんでもない事件と、前作に続いてやりたい放題の感がありますが、後半の展開はまったく予想外でした。

「黒洞の研究」
 新歓合宿のために、東北の黄頭村へとやってきた民俗学研究会の面々。だが、国宝級の壷を所持し、オシラサマを祀るといういわくありげな旅館で、連続殺人事件が発生した。しかも、その最中に、比夏留が何かに取り憑かれてしまう……。
 合宿先で事件に遭遇するという番外編的な作品ですが、前の2篇でやや抑え気味だったダジャレが、これでもかといわんばかりに炸裂しています。連続殺人事件が中心となっているため、一見ミステリ風ではありますが、当然のように解決はダジャレ(しかもかなりの脱力もの)。ある登場人物の使い方が秀逸です。

 なお、続編の『邪馬台洞の研究』・『天岩屋戸の研究』の感想も併せて、〈私立伝奇学園高等学校民俗学研究会〉にまとめてあります。

2003.06.13読了  [田中啓文]  〈私立伝奇学園高等学校民俗学研究会〉



囚われの世界 Captive Universe  ハリイ・ハリスン
 1969年発表 (島岡潤平訳 サンリオSF文庫9-B・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 巨大な丸石で外への道をふさがれた谷で暮らすアステカ人たち。谷を出ようとした者は、二つの蛇の首と大きな鋏を持つ恐るべき女神・コアトリクェに殺されてしまうのが常だった。その中にあって、谷での暮らしに耐えられなくなった青年・チマルは、村の掟を破り、首席僧侶と口論したあげく、谷から脱走しようとする。村からの追手をかいくぐり、コアトリクェからも逃れ、ようやく谷からの出口を発見したチマル。その向こうに彼が見たものは……?

[感想]

 序盤は、外部から隔離された谷で、厳しい掟に縛られた生活を営むアステカ人の様子が描かれていますが、その苛酷で閉塞的な暮らしぶりが強調されることによって、主人公・チマルの抱く不満や絶望が鮮やかに浮き彫りにされています。そして、ついに命がけで谷からの脱出を図るチマル。しかし、谷の外の世界はまさに想像を絶するもので、真実を知ったチマルの受ける衝撃は計り知れません。この、二つの世界が生み出す強烈なコントラストが秀逸です。

 谷の中と外、二つの世界に隠された大きな欺瞞に気づいてしまったチマルは、ただ一人どちらの世界からもはみ出してしまい、苦悩を抱え込みます。誰一人理解してくれる者のいない、いわばアウトサイダーとしての孤独の果てに、訪れるクライマックス。そして、救いのあるようなないような、何ともいえないラスト。入手困難なのが非常に残念な、印象深い作品です。

2003.06.14読了  [ハリイ・ハリスン]


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