ミステリ&SF感想vol.85

2004.06.14
『忍法剣士伝』 『スモールボーン氏は不在』 『ホムンクルス』 『暗号ミステリ傑作選』 『秘戯書争奪』



忍法剣士伝  山田風太郎
 1968年発表 (角川文庫 緑356-38)ネタバレ感想

[紹介]
 織田信長の勢力拡大により、伊勢の北畠家に迫る存亡の危機。当主・北畠具教のもとには当代有数の剣士たち十二人がはせ参じ、信長といえども容易に手出しはできない。そこで信長は、暗愚な息子を具教の一人娘・旗姫に婿入りさせることを要求してきた。判断をゆだねられた北畠家の忍者・木造京馬は、信長の要求を受け入れることを進言するが、それをよしとしない京馬の兄弟子・飯綱七郎太は、果心居士直伝の“幻法びるしゃな如来”を旗姫に施した。その結果、旗姫は、近づく男たちを欲望に狂った野獣に変え、精を漏らさせてしまうという魔性の存在に変じてしまったのだ。かくして京馬は、今や恐るべき敵と化した十二人の剣士たちから旗姫を守るため、放浪の旅に出る……。

[感想]

 “忍法……”という題名であり、忍者を主人公としてはいるのですが、その主人公・木造京馬はさしたる忍法を使うわけでもなく、その目的も旗姫を守り抜くという、ただそれだけ。物語の中心となるのはあくまでも、旗姫をめぐって繰り広げられる剣士たちのバトルロイヤルなのです。しかも登場する剣士たちは、剣聖・塚原卜伝をはじめ、『信玄忍法帖』にも登場する上泉伊勢守、その弟子にあたる柳生石舟斎、あるいは宮本武蔵の父・宮本無二斎や吉岡一門の創始者・吉岡拳法など、名だたる剣豪ばかり。中にはなじみの薄い名前がないでもないですが、それぞれに背景となるエピソードが付されていることで、“剣豪”としての存在感がしっかりと伝わってきます。

 もっとも、あくまでも史実の隙間に虚構を展開するスタイルの風太郎忍法帖ですから、剣豪たちの“夢の対決”も当然ながら史実の縛りを受けることになります。それぞれの勝負には工夫が凝らされ、また十分な迫力が感じられはするものの、剣豪たちをむやみに死なせてしまうわけにはいかないという制限が課せられるために、剣豪小説としては今ひとつすっきりしない結果となっているきらいがあります。

 むしろ本書の最大の見どころは、史実の枠組みの中でこれだけの大勝負を実現し、さらにその縛りを逆手に取ったかのような物語を作り上げた作者の手腕にあるというべきではないでしょうか。そもそも、当代有数の剣士たちが一堂に会するきっかけからしてよくできていますし、バトルロイヤルの引き金となる“幻法びるしゃな如来”の使い方もまた巧妙。さらに、史実に反することなく、しかも物語として望ましい結末へといかにしてもっていくか、というプロセスが実にうまく組み立てられているところは、決して見逃すべきではありません。また、勝負そのものには直接関与しない忍者たち、すなわち飯綱七郎太と木造京馬が、このプロセスをうまく進行させる役割を果たしているところも秀逸です。

 そして、さらに物語に彩りを添えているのが、ヒロインである旗姫を中心とした恋愛模様です。旗姫を誰にも渡したくないという想いから暴挙に走る飯綱七郎太。想いを寄せる木造京馬と旅する機会を得ながらも、事情を知らされないためにわけがわからないまま(もちろん“幻法びるしゃな如来”のせいですが)敬遠され、思い悩む旗姫。そして旗姫の想いを知りつつも、主命と“幻法びるしゃな如来”、さらには迫り来る剣豪たちという“障害”を抱えて苦悩する木造京馬。この、三者三様の状況が錯綜し、物語を味わい深いものにしています。

 風太郎忍法帖の代表作として挙げるには難がありますが、豪華な登場人物を擁する伝奇小説として、また特異な状況の恋愛小説として、独特の面白さを備えた作品といえるのではないでしょうか。

2004.05.30読了  [山田風太郎]



スモールボーン氏は不在 Smallbone Deceased  マイケル・ギルバート
 1950年発表 (浅羽莢子訳 小学館)ネタバレ感想

[紹介]
 ホーニマン・バーリィ&クレイン法律事務所の所長・ホーニマン氏が病死し、故人と共同で管財人をつとめていたスモールボーン氏に連絡を取る必要が生じたのだが、どうやらスモールボーン氏は海外に行っているらしく、事務所ではとりあえず書類を調査することになった。徹底した資料管理で知られる事務所のこと、この件に関連する書類も巨大な書類保管箱に収められていたが、今度はなぜか保管箱の鍵が見つからない。仕方なく錠を叩き壊してみると……書類の代わりに箱から出てきたのは、当のスモールボーン氏の遺体だったのだ!

[感想]

 書類保管箱の中から死体が登場するという、インパクトのある発端に比べて、その後はかなり地味な展開ですが、決して退屈なわけではありません。くせのある登場人物たちが繰り広げる興味深い人間模様に、さりげなく上品なユーモアが散りばめられ、しゃれた味わいのある物語に仕上がっています。このあたりは、いかにも英国らしいというべきなのかもしれません。

 死体が発見された状況から、法律事務所の関係者の中に犯人がいることは間違いないのですが、一体誰が、しかもなぜスモールボーン氏を殺害したのかは五里霧中。この謎を解き明かすために、警察は地道な捜査を続けることになるのですが、捜査陣の主役であるヘイズルリグ主席警部に協力するのが、事務所の新参者にして超不眠症という特異体質のブーン弁護士。半ばアウトサイダーである彼の視点から描き出される事務所内の人間模様は、地味ながら読者の興味をひき続けます。

 ミステリとして最も面白かったのは終盤に仕掛けられたあるギミックで、もしかすると現代の日本人であれば見破るのは難しくないのかもしれませんが、作者の狙いがわかるだけに思わずニヤリとさせられます。

 あくまでも物語全体のトーンから逸脱しない結末も申し分なし。劇的な盛り上がりこそないものの、きっちりとまとまった佳作です。

2004.06.01読了  [マイケル・ギルバート]



ホムンクルス Homunculus  ジェイムズ・P・ブレイロック
 1986年発表 (友枝康子訳 ハヤカワ文庫FT123・入手困難

[紹介]
 ヴィクトリア朝のロンドン。異端の科学者や芸術家などが集う<トリスメギストス・クラブ>は、怪人物に狙われていた。敵は、エントロピーを逆転させる力を持つ、“箱”に閉じ込められた小人・ホムンクルスを探し求めているらしい。しかし、すでに亡くなったメンバーがかつて持っていたその箱は、どこへ消えたのかわからない。やがて、暗黒街の黒幕やマッド・サイエンティスト、狂信的な伝道師、さらには次々と生み出されるゾンビまでも巻き込んだ、“箱”の争奪戦が始まった……。

[感想]

 『リバイアサン』の100年前の物語で(書かれたのはこちらが後のようですが)、ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に繰り広げられる大騒動を描いたスチームパンク(マッド・ヴィクトリアン・ファンタジー)です。本書でも『リバイアサン』と同様に徹頭徹尾ドタバタ劇が続いていくのですが、ホムンクルスの入った“箱”の争奪戦ということが明確になっていることで、『リバイアサン』よりもだいぶ読みやすくなっています。相変わらず登場人物たちは奇人変人揃いですが、善玉悪玉がはっきりしているため、さほど混乱することもありません。

 ドタバタ劇のポイントは、似たような“箱”が複数存在することで、どれにホムンクルスが入っているのかわからない登場人物たちによって“箱”が錯綜する結果、当人たちにとっては真剣な争奪戦が、読者にとってはまぎれもない喜劇の様相を呈します。

 スチームパンクならではともいえる、錬金術/オカルト寄りの怪しげなテクノロジーも、フランケンシュタインを思わせる死者の復活をはじめ、着陸しないまま何年間も飛び続ける飛行船、果ては密かに隠された異星人の宇宙船まで、盛りだくさんですが、これらはあくまでも独特の雰囲気を盛り上げるにとどまっています。本書はやはり、深く考えることなく、派手な騒動の末に悪役たちがこっぴどくやっつけられる様子をひたすら楽しむべき、痛快な作品といえるでしょう。

2004.06.06読了  [ジェイムズ・P・ブレイロック]



暗号ミステリ傑作選 Famous Stories of Code and Cipher  レイモンド・T・ボンド編
 1947年発表 (宇野利泰・他訳 創元推理文庫169-02・入手困難

[紹介と感想]
 様々な形で暗号を扱った短編ミステリ13篇を収録した作品集です。
 個人的ベストは、「QL 696. C9」。次いで「大暗号」「救いの天使」でしょうか。

「文字合わせ錠」 The Puzzle Lock (R.オースチン・フリーマン)
 宝石泥棒が暗躍する中、自宅に巨大な金庫室を備え付け、宝石と骨董を商うラットレル老人が失踪してしまった。警察は金庫室の中身を調べようとするが、その錠前は15個のアルファベットを組み合わせたもので、開くのは不可能と思われた……。
 ソーンダイク博士を謎解き役とした1篇。オーソドックスともいえる暗号そのものよりも、扉が開いた後の展開が面白いと思います。

「大暗号」 The Great Cipher (メルヴィル・D・ポースト)
 南アフリカを探検中に命を落とした冒険家・ショーヴァンヌ。彼が残した日記には、気が狂ったとしか思えない奇怪な出来事がつづられていた。しかし、実はそこには、彼が発見した巨大なエメラルドの隠し場所が示されていたのだ……。
 探検家の残した日記の怪奇SF的な展開が面白く、思わず暗号小説であることを忘れてしまいます。最後に明かされる真相は鮮やか。

「救いの天使」 The Ministering Angel (E.C.ベントリー)
 妻の尻に敷かれて晩年を送った資産家は、亡くなる前に一度だけ不審な行動を見せた。大した用もないのに弁護士を呼び出した上に、病のために自身は顔を見せることもなく、妻に相手をさせたのだ。弁護士から詳しい話を聞き出したトレントは……。
 もちろん暗号が登場するわけですが、この作品ではその隠し方が秀逸です。

「トマス僧院長の宝」 The Treasure of Abbot Thomas (M.R.ジェイムズ)
 古文書に記された暗号をもとに、隠されたトマス僧院長のを探し求めるサマトン氏。だが、やがて旅に出たサマトン氏から地元の牧師に宛てて、救いを求める手紙が送られてきたのだ。一体何が起こったのか……?
 この作品でも暗号が中心になっていますが、あまりにもややこしすぎて閉口させられます。むしろ、暗号が解けた後の怪奇小説的な真相が印象に残ります。

「QL 696. C9」 QL 696. C9 (アントニー・バウチャー)
 公共図書館で、司書が何者かに殺害される事件が起きた。図書リストをタイプで打っていた被害者は、最後に“QL 696. C9”という謎の1行を残していたのだ。それは、犯人を指し示すダイイングメッセージなのか……?
 ダイイングメッセージもまた、暗号の一種と考えることができます。I.アシモフが〈黒後家蜘蛛の会〉で使っていてもおかしくないような類のネタですが、鮮やかな解決が見事です。

「ミカエルの鍵」 The Key in Michael (エルザ・バーカー)
 革命下のロシアから脱出してきた老王女が、謎の言葉を残して急逝した。その言葉に従って部屋を探してみたところ、暗号文を記した紙切れが見つかったのだが、手がかりが欠けているらしく、なかなか解読できない……。
 暗号を解読する鍵が非常にユニークです。

「キャロウェイの暗号」 Calloway's Code (O.ヘンリー)
 日露戦争の最中。日本軍に従軍中のニューヨークの新聞記者・キャロウェイは、とある会戦に関する特ダネをつかんだ。だが、厳しい検閲のために情報をそのまま送ることはできない。キャロウェイがひねり出した暗号は……。
 日本語の読者にとっては厳しいところですが、なかなか面白い暗号です。

「比類なき暗号の秘密」 The Secret of the Singular Cipher (F.A.M.ウェブスター)
 とあるアパートに転がった男の死体。部屋の住人は姿を消してしまい、被害者の正体は皆目見当がつかない。さらにテーブルに散らばったトランプのカードは、一体何を意味するのか……?
 暗号そのものが作中に示されないのはどうかと思いますが、これは致し方ないところかもしれません。解読の手順はよくできているのですが、前書きがネタバレ気味なのが難点。

「龍頭の秘密の学究的解明」 The Learned Adventure of the Dragon's Head (ドロシイ・L・セイヤーズ)
 ピーター卿の甥が手に入れた古書。ところが、何としてもそれを譲ってほしいという人物が現れた。どうやら、その本には何か秘密が隠されているらしい。ピーター卿は、古書の元の持ち主に会いに行くが……。
 暗号といえば暗号ですが、解読の面白さとは一味違った魅力を備えた作品です。

「恐喝団の暗号書」 The Blackmailers (ハーヴィ・オヒギンズ)
 探偵事務所に雇ってもらおうともくろむバーニー少年は、持ち前の機転を利かせて探偵の仕事に首を突っ込み、恐喝者に暗号の電報を届けてその様子を確認するという大役を命じられる。だが、暗号書の存在に気づいたバーニー少年は……。
 探偵志望の少年の冒険譚。暗号はかなり単純で面白味は少ないですが、バーニー少年の機転と感情の動きが印象的です。

「屑屋お払い」 The White Elephant (マージェリー・アリンガム)
 廃品を集めて恵まれない人々に与えるという慈善事業を営む伯爵未亡人。ところがその周辺に、宝石泥棒の影が浮かび上がってきた。容疑者の奇怪な行動に隠された真相とは、一体何なのか……?
 暗号というには少々単純すぎ。やや面白味に欠ける作品です。

「ヒヤシンス伯父さん」 Uncle Hyacinth (アルフレッド・ノイズ)
 スペインへ向かう客船・ヒスパニオラ号に乗り込んだ、ドイツの諜報部員・クラウス氏。ところが、彼が受け取った暗号の電報によれば、ドイツのUボートがこのヒスパニオラ号(暗号名“ヒヤシンス伯父さん”)を撃沈しようとしているというのだ……。
 第一次大戦時の諜報員の活動を描いた作品です。ミステリではありませんが、暗号をめぐるドタバタが、実にユーモラスな雰囲気をかもし出しています。

「盗まれたクリスマス・プレゼント」 The Stolen Christmas Box (リリアン・デ・ラ・トーレ)
 ファニー・プラム嬢が父親から贈られたクリスマス・プレゼント、高価なダイヤモンドがいつの間にか消え失せてしまったのだ。さらに、アルファベットのaとbの2文字だけでつづられた、不可解な手紙が見つかって……。
 暗号の解き方に工夫が凝らされた作品です。2つの暗号が登場しますが、どちらも非常に面白いものになっています。

2004.06.09読了  [レイモンド・T・ボンド 編]



秘戯書争奪  山田風太郎
 1968年発表 (角川文庫 緑356-39・入手困難

[紹介]
 徳川十三代将軍・家定には、いまだ世継ぎがなかった。家定は子供の作り方を知らず、また精力を欠いていたのだ。事態を憂慮した目付の伊勢守と奥医師の多紀法印は、宮中に伝わる門外不出の医学書『医心方』の『房内編』に目をつけ、法印の甥で蘭医にして剣の達人・丹波陽馬に、七人の甲賀くノ一を率いてそれを盗み出すことを命じる。しかし、その企みを察知し、『医心方 房内編』を守るべく陽馬たち一行の前に立ちはだかるのは、陽馬の恋人・雪羽と七人の伊賀忍者。ここに、秘書をめぐる激しい争奪戦の火蓋が切って落とされた……。

[感想]

 伊賀忍者と甲賀忍者による代理戦争というだけでなく、それぞれを率いて対決するのが恋人同士であるところも含めて、風太郎忍法帖の原点である『甲賀忍法帖』の影が透けてみえます。そしてまた、男女の対決という意味では『くノ一忍法帖』などが思い起こされます。しかし、本書を特徴づけているのはやはり、戦いの中心となる秘書『医心方 房内編』の存在です。

 まず、将軍・家定の精力増強のために、性愛の秘伝書ともいうべき『医心方 房内編』を求めるという発端からしてユニークですが、その後の展開もまた強烈。『医心方』を守らねばならないという使命と、陽馬への想いとの板挟みになった雪羽が、苦悩の末にひねり出した苦肉の策。それが伊賀忍者の一人・木ノ目軍記の妄念と結びついた結果、『医心方』の記述に沿った、伊賀対甲賀の壮絶な交合忍術合戦が繰り広げられることになります。このあたりの発想は、何というか、いい意味で常軌を逸しているように思えます。

 その交合忍術合戦そのものは、それぞれの決着も含めて、ややマンネリ気味か……と思いきや、異性恐怖症の忍者が登場するなどひねりも加えられ、なかなか面白いものになっています。ただ、物語の大枠は最後まで崩されることなく、結末にも物足りなさが残り(決して悪くはないのですが)、もう一工夫ほしかったと思わされるのが残念なところです。奇想天外な怪作として、ファンならば楽しめるとは思うのですが、一連の傑作には及ばない、といったところでしょうか。

2004.06.10読了  [山田風太郎]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.85