ミステリ&SF感想vol.127

2006.07.12
『シートン(探偵)動物記』 『いつ死んだのか』 『ヴィンテージ・マーダー』 『帝王の殻』 『肖像画』



シートン(探偵)動物記  柳 広司
 2006年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『シートン動物記』の著者として知られるアーネスト・トンプソン・シートン氏が、訪ねてきた新聞記者に動物絡みの事件の思い出を語るという形式の連作短編集です。
 冒頭から、“長年野生動物に接していたせいか、つい、細かなことを観察する癖がありましてね。(中略)反射的に相手の行動を推理してしまうのです”という台詞とともに、シートン氏がシャーロック・ホームズよろしく記者の行動を言い当てているのはご愛敬というべきか。
 作者にはぜひ『ファーブル(探偵)昆虫記』も書いてほしいところですが、昆虫ネタの方はすでに鳥飼否宇『昆虫探偵』があるので難しいでしょうか。

「カランポーの悪魔」
 船上で知り合った牧場主から、“カランポーの悪魔”もしくは“狼王ロボ”と呼ばれる巨大な灰色オオカミの話を聞いたシートンは、牧場に赴いてオオカミと対決することを約束する。だが現地に到着早々、“ロボ”が人間を襲って殺すという事件が起こり……。
 真相解明には特殊な知識(もしかすると『シートン動物記』を読めばわかるのかもしれませんが)が必要になりますが、ユニークな解決はなかなか面白いと思います。そしてさらに、心を打つ結末が非常に秀逸。本書の中でベストの作品であることは間違いないでしょう。

「銀の星」
 顔に白い斑点のある、年取ったカラス“銀の星{シルバー・スポット}”。リーダーとして群れを率い、無類の賢さを見せながらも、白く光る細々としたものを集めて密かに悦に入るそのカラスと出会ったシートンは、その宝物の中に盗まれたダイヤを発見した……。
 謎解きよりもむしろ“銀の星”の驚くほどの賢さを楽しむべき作品。とはいえ、さりげなく示された手がかりはよくできています。

「森の旗」
 森の外れにある農家で、“旗尾{バナー・テール}”と名付けられたハイイロリスの子供が、猫に育てられているという驚くべき光景を目にしたシートン。だが、やがてその農家が火事で全焼してしまう。どうやら何者かが主人を殺し、家に火を放ったらしい……。
 本書の中で、ミステリとして最もオーソドックスなのはこの作品かもしれません。その分、動物と事件とのつながりはやや弱くなっていますが……。

「ウシ小屋密室とナマズのジョー」
 動物に興味を持つようになったきっかけを尋ねられたシートンは、幼い頃に遭遇した二つの事件の顛末を語る。一つは密室状態のウシ小屋で、シートンの兄が殴られて昏倒した事件。もう一つは、“ナマズのジョー”と呼ばれる男の金時計が盗まれた事件だった……。
 独立した二つのエピソードを盛り込んだ1篇。それぞれの謎は小粒ながらなかなかよくできていますが、やはり強引に感じられてしまうのは否めません。

「ロイヤル・アナロスタン失踪事件」
 シートンを訪ねてきた金持ちのアダムス夫人は、品評会で一等賞を得た血統書付きの高貴な“ロイヤル・アナロスタン”の捜索を依頼してきた。一度いなくなった時には元の飼い主のところへ戻っていたらしいのだが、今度は一体どこに? そしてなぜ……?
 強烈なキャラクターであるアダムス夫人に向けられる、シートンの穏やかながらも皮肉が込められた視線が印象的です。謎解きはさほどでもありませんが、楽しめる作品です。

「三人の秘書官」
 同じ動物好きの友人で副大統領候補のルーズベルト氏が、頭を悩ませているという。三人の秘書官の中に裏切り者のスパイがいるというのだ。話を聞いて彼らをパーティに招待したシートンは、ルーズベルトに頼まれて裏切り者を探し出そうとするのだが……。
 これまでの作品とは違って、何の動物の話なのかが伏せられています(とはいっても、バレバレではあるのですが)。それがわかれば、シートンの作戦を見抜くこともたやすいと思います。しかしこの作品の最大の見どころは、結末の痛烈な皮肉でしょう。

「熊王ジャック」
 とある山中で、二人の若者が中心となった熊狩りの一行と出会ったシートン。若者の一方は、勘当されてはいるものの大金持ちの息子。もう一方は、恋人からの電報を待ちわびるという、いささか変わった二人組だった。そんな彼らがある日、巨大な灰色熊に襲われ……。
 森へ出かけたシートンと記者の様子(現在)と、シートンの回想する熊狩りの事件の顛末(過去)とが、交互に繰り返されるという構成の作品。過去の事件もさることながら、現在のパートの“トリック”が面白いと思います。

2006.06.04読了  [柳 広司]



いつ死んだのか Untimely Death  シリル・ヘアー
 1958年発表 (矢田智佳子訳 論創海外ミステリ33)ネタバレ感想

[紹介]
 妻とともに休暇で故郷のエクスムーアを訪れた元弁護士のペティグルーは、少年の頃、〈暴走馬の茂み〉と呼ばれる場所で死体を発見したことを思い出す。その悪夢のような体験の記憶を振り払うために、単身〈暴走馬の茂み〉を訪れたペティグルーだったが、何とそこで再び死体に遭遇してしまった。しかし、慌てて人を呼びに行ったペティグルーが戻ってきてみると、なぜか死体は消失していたのだ。そして三日後、再び同じ場所に現れた死体は、地元の一族の遺産相続を紛糾させてしまうことになり……。

[感想]

 自ら法廷弁護士や判事として活動しながら、主に法曹界に材を取ったミステリを書き続けた作者の、遺作にあたる作品です。本文200頁足らずの短い作品ですが、さりげなく全編に漂うユーモラスな雰囲気は健在ですし、シリーズ探偵のペティグルー氏とマレット(元)警部の久々の(らしい)共演も見どころです。

 舞台となるのはペティグルー氏の故郷である片田舎。長らく封印されてきたペティグルー氏のトラウマがよみがえる発端も興味深いものがありますが、過去に遭遇した死体が物語に絡んでくるわけではなく、問題となるのはあくまでも現在の死体のみ。そして死体の状況は事故死の様相を呈しており、ミステリとしての興味は題名の通り“被害者はいつ死んだのか?”という一点に絞られます。

 ここで遺産相続の問題を絡め、事件を法廷へと持っていく展開は作者ならではといえますが、残念ながら少々肩すかしの感があります。被害者の死亡日時関連の“真相”はある程度わかりやすいと思いますし、法廷場面は“爆弾発言”(その内容にはさほどの驚きはありませんが)を除けば見応えがなく、盛り上がりに欠けるのは否めません。

 しかし、今ひとつすっきりしないまま進んできた物語は、最後の最後になって予想外の展開をみせ、意表を突いた鮮やかな結末が待ち受けています。前述のように途中でやや物足りなく感じられるところもありましたが、最後まで読み終えてみると、なかなかよくできた佳作といえるのではないかと思います。

2006.06.06読了  [シリル・ヘアー]



ヴィンテージ・マーダー Vintage Murder  ナイオ・マーシュ
 1937年発表 (岩佐薫子訳 論創海外ミステリ28)ネタバレ感想

[紹介]
 休暇でニュージーランドを訪れたアレン主任警部は、同じ列車に乗り合わせた旅回りの劇団一行と知り合いになったが、その劇団では、女優が船上で大金を盗まれ、さらに座長が列車から突き落とされそうになるなど、怪事が相次いでいた。やがて行われた公演が大成功に終わった後、アレン主任警部らも招いて舞台上で打ち上げパーティが開かれ、座長の妻で主演女優のキャロリンが姿を現したところで、彼女の誕生日を祝うための仕掛けが披露されることになった。だが、舞台の天井からゆっくりと降りてくるはずだった巨大なシャンパンボトルがなぜか勢いよく落下し、頭に直撃を受けた座長が即死してしまった……。

[感想]

 ニュージーランド出身ながら英国を舞台にした『アレン警部登場』でデビューした作者が、シリーズキャラクターのアレン主任警部の休暇旅行という形で、初めて故郷に舞台を移した作品です。英国からやってきた劇団に焦点が当てられていることもあって、異国情緒的なものがそれほど前面に出ているわけではありませんが、それでも現地のマオリ族の医師が登場していたり、やはりマオリ族のお守り“ティキ”が重要な小道具となっていたりするところは、なかなか興味深いものがあります。

 旅行中に偶然劇団と知り合って事件に巻き込まれ、行きがかり上そのまま捜査に協力することになったアレン主任警部ですが、その名は現地にも知れ渡っており、担当刑事たちに一目置かれているのにニヤリとさせられます。最初は控えめながらも次第に中心的な役割を果たすようになっていき、最後には稚気たっぷりにトリック実演までやってしまう(「第23章 奇術師アレン」)あたりは魅力的。

 事件は現象こそ派手ですが手段自体は誰にでも可能なもので、捜査は犯行の機会の有無、すなわち容疑者たちのアリバイの解明に重点が置かれることになります。そのためもあって、細部にわたる事情聴取が延々と続く中盤以降がやや退屈に感じられるのは否めません(それでも個性豊かな人物が揃っている分、それなりに楽しめるものではあるのですが)。しかし、得られた膨大な証言から最終的に浮き彫りにされる真相は、非常によくできていると思います。また、先に触れたアレン主任警部のトリック実演は実に鮮やかです。

 一つ残念なのは、先に発表された長編『殺人者登場』(新潮文庫)の内容に再三言及されている点で、未読なので確認できませんがおそらくネタバレだと思われます。

2006.06.10読了  [ナイオ・マーシュ]



帝王の殻  神林長平
 1990年発表 (ハヤカワ文庫JA524)

[紹介]
 火星の秋沙{あいさ}市では、一人一人が一台ずつ、“PAB”と呼ばれる銀色で球状の人工脳を持っている。それには個人の経験が日々蓄積されていき、“もう一人の自分”として機能するのだ。そのPABシステムを作り上げた秋沙能研のトップであり、事実上火星を支配する“帝王”と呼ばれていた秋沙享臣が死去し、幼い孫の真人が後継者に指名される。だが、生まれてから一度も言葉を発することも感情を表現することもなかった真人が、PABの集中管理システム“アイサック”の稼働と時を同じくして、“帝王”その人と同じように振る舞い始めた……。

[感想]

 『あなたの魂に安らぎあれ』・『膚の下』とともに〈火星三部作〉を構成する作品ですが、どうやら内容に直接の関連はあまりないようで、単独で読んでも問題ないのではないかと思われます。また、本書の重要な要素であるPABが登場する短編「兎の夢」『時間蝕』収録)も、本書とそれほど強い関連があるわけではありません。

 まず、“公正な取引をしよう”という一文で始まる巻頭のエピグラフが秀逸。寓話などでもみられるように、この種の取引に裏があるのはお約束といっても過言ではなく、このエピグラフだけでいきなり不吉な雰囲気を漂わせているのがお見事です。

 そしてそのエピグラフで暗示され、さらに本編で展開されていくのは、意識=知性をめぐるスリリングな物語です。人間と機械知性を対比させるのはありがちといえばありがちですが、さらに人間の拡張ユニットとしての機械知性(PAB)、あるいは逆に機械知性の拡張ユニットとしての人間(の肉体)という風に、人間と機械知性の“相互乗り入れ”的なヴィジョンが示されているのが興味深いところです。

 もちろんそれは両者の歩み寄りという形ではなく、真人少年を焦点に据えた“陣取り合戦”のような様相を呈しているのですが、そこに“もう一人の自分”であるPABが絡んでくることで、サイコスリラー的な緊迫感に満ちた物語となっています。しかも真人が“帝王”の後継者であるために、事態は火星全土を揺るがす大事件にまで発展していき、その怒涛の展開からは目が離せません。

 またもう一つの軸として、“帝王”秋沙享臣と息子の恒巧、そして恒巧とその息子・真人という、二組の父親と息子の関係が前面に押し出されているのも興味深いところです。特に本書の主人公ともいえる秋沙恒巧は、長年反発してきた父・享臣の呪縛から懸命に逃れようとする一方で、事件に巻き込まれた息子の真人に対して真の意味での父親となるべく奮闘します。これら二組の親子関係が、時に重ね合わされ、あるいは対比されながら、印象深い結末に向けて物語を牽引しているといえるでしょう。

2006.06.16再読了  [神林長平]



肖像画{ポートレイト}  依井貴裕
 1995年発表 (東京創元社・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 音楽家の初音、ミステリ作家の弥冬、画家の結花――美貌と才能を兼ね備えた片倉三姉妹。彼女たちには、さらに豊かな才能を併せ持った史織という名の妹がいたが、交通事故で下半身不随となった後に車椅子で崖から転落して亡くなっていた。その史織が残した三姉妹の肖像画が飾られている片倉家の別荘に、三姉妹の恋人たちとともに招かれた多根井理と富岡秀之は、そこで奇怪な連続殺人に遭遇する。現場に施された異様な装飾、次々と送り届けられる不可解な贈り物、そしていつの間にか不吉な場面を描き出す肖像画。凄惨な事件の果てに、多根井が解き明かした真相は……。

[感想]

 『記念樹』『歳時記』に続く依井貴裕の長編第3作で、別荘という舞台装置といい、家庭内の事件である点といい、いわゆる“館もの”のミステリという感じの作品に仕上がっています。また、ややエキセントリックな三姉妹が絡んだ見立て殺人となっているあたりは、横溝正史の名作『獄門島』を思わせるものがあり、さらにE.クイーンの有名な某作品に通じる趣向や殺人予告など、盛り沢山の内容です。

 一見すると過剰とも思える装飾が施された事件ですが、それらのガジェットが生み出すいかにも探偵小説的な(?)おどろおどろしい雰囲気はやはり魅力です。そしてそれ以上に、それらが有機的に絡み合って一つの大きなベクトルを形成し、本書の仕掛けの中核となっているところが見逃せません。奇術師でもある作者は、ミステリを“小説の形をとった奇術”と考えている節がありますが、本書はまさに奇術の技法の一つを小説の形にしたというべきではないかと思います。

 本書を読んだ方は、完全に騙されてしまうか、あるいは直感的に犯人がわかってしまうかのどちらかになってしまうのではないかと思われますが、例によって全編にばらまかれた細かい手がかりが積み重ねられていく解決場面は圧巻です。そして最後に浮き彫りにされる犯人の異様な心理も強烈な印象を残します。

 若干気になるところもありますが、意欲的な試みを盛り込んだマニアックな力作であることは間違いないかと思います。

2006.06.18再読了  [依井貴裕]


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