ミステリ&SF感想vol.127 |
2006.07.12 |
『シートン(探偵)動物記』 『いつ死んだのか』 『ヴィンテージ・マーダー』 『帝王の殻』 『肖像画』 |
シートン(探偵)動物記 柳 広司 | |
2006年発表 (光文社) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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いつ死んだのか Untimely Death シリル・ヘアー | |
1958年発表 (矢田智佳子訳 論創海外ミステリ33) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 自ら法廷弁護士や判事として活動しながら、主に法曹界に材を取ったミステリを書き続けた作者の、遺作にあたる作品です。本文200頁足らずの短い作品ですが、さりげなく全編に漂うユーモラスな雰囲気は健在ですし、シリーズ探偵のペティグルー氏とマレット(元)警部の久々の(らしい)共演も見どころです。
舞台となるのはペティグルー氏の故郷である片田舎。長らく封印されてきたペティグルー氏のトラウマがよみがえる発端も興味深いものがありますが、過去に遭遇した死体が物語に絡んでくるわけではなく、問題となるのはあくまでも現在の死体のみ。そして死体の状況は事故死の様相を呈しており、ミステリとしての興味は題名の通り“被害者はいつ死んだのか?”という一点に絞られます。 ここで遺産相続の問題を絡め、事件を法廷へと持っていく展開は作者ならではといえますが、残念ながら少々肩すかしの感があります。被害者の死亡日時関連の“真相”はある程度わかりやすいと思いますし、法廷場面は“爆弾発言”(その内容にはさほどの驚きはありませんが)を除けば見応えがなく、盛り上がりに欠けるのは否めません。 しかし、今ひとつすっきりしないまま進んできた物語は、最後の最後になって予想外の展開をみせ、意表を突いた鮮やかな結末が待ち受けています。前述のように途中でやや物足りなく感じられるところもありましたが、最後まで読み終えてみると、なかなかよくできた佳作といえるのではないかと思います。 2006.06.06読了 [シリル・ヘアー] |
ヴィンテージ・マーダー Vintage Murder ナイオ・マーシュ | |
1937年発表 (岩佐薫子訳 論創海外ミステリ28) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] ニュージーランド出身ながら英国を舞台にした『アレン警部登場』でデビューした作者が、シリーズキャラクターのアレン主任警部の休暇旅行という形で、初めて故郷に舞台を移した作品です。英国からやってきた劇団に焦点が当てられていることもあって、異国情緒的なものがそれほど前面に出ているわけではありませんが、それでも現地のマオリ族の医師が登場していたり、やはりマオリ族のお守り“ティキ”が重要な小道具となっていたりするところは、なかなか興味深いものがあります。
旅行中に偶然劇団と知り合って事件に巻き込まれ、行きがかり上そのまま捜査に協力することになったアレン主任警部ですが、その名は現地にも知れ渡っており、担当刑事たちに一目置かれているのにニヤリとさせられます。最初は控えめながらも次第に中心的な役割を果たすようになっていき、最後には稚気たっぷりにトリック実演までやってしまう(「第23章 奇術師アレン」)あたりは魅力的。 事件は現象こそ派手ですが手段自体は誰にでも可能なもので、捜査は犯行の機会の有無、すなわち容疑者たちのアリバイの解明に重点が置かれることになります。そのためもあって、細部にわたる事情聴取が延々と続く中盤以降がやや退屈に感じられるのは否めません(それでも個性豊かな人物が揃っている分、それなりに楽しめるものではあるのですが)。しかし、得られた膨大な証言から最終的に浮き彫りにされる真相は、非常によくできていると思います。また、先に触れたアレン主任警部のトリック実演は実に鮮やかです。 一つ残念なのは、先に発表された長編『殺人者登場』(新潮文庫)の内容に再三言及されている点で、未読なので確認できませんがおそらくネタバレだと思われます。 2006.06.10読了 [ナイオ・マーシュ] |
帝王の殻 神林長平 | |
1990年発表 (ハヤカワ文庫JA524) | |
[紹介] [感想] 『あなたの魂に安らぎあれ』・『膚の下』とともに〈火星三部作〉を構成する作品ですが、どうやら内容に直接の関連はあまりないようで、単独で読んでも問題ないのではないかと思われます。また、本書の重要な要素であるPABが登場する短編「兎の夢」(『時間蝕』収録)も、本書とそれほど強い関連があるわけではありません。
まず、“公正な取引をしよう”という一文で始まる巻頭のエピグラフが秀逸。寓話などでもみられるように、この種の取引に裏があるのはお約束といっても過言ではなく、このエピグラフだけでいきなり不吉な雰囲気を漂わせているのがお見事です。 そしてそのエピグラフで暗示され、さらに本編で展開されていくのは、意識=知性をめぐるスリリングな物語です。人間と機械知性を対比させるのはありがちといえばありがちですが、さらに人間の拡張ユニットとしての機械知性(PAB)、あるいは逆に機械知性の拡張ユニットとしての人間(の肉体)という風に、人間と機械知性の“相互乗り入れ”的なヴィジョンが示されているのが興味深いところです。 もちろんそれは両者の歩み寄りという形ではなく、真人少年を焦点に据えた“陣取り合戦”のような様相を呈しているのですが、そこに“もう一人の自分”であるPABが絡んでくることで、サイコスリラー的な緊迫感に満ちた物語となっています。しかも真人が“帝王”の後継者であるために、事態は火星全土を揺るがす大事件にまで発展していき、その怒涛の展開からは目が離せません。 またもう一つの軸として、“帝王”秋沙享臣と息子の恒巧、そして恒巧とその息子・真人という、二組の父親と息子の関係が前面に押し出されているのも興味深いところです。特に本書の主人公ともいえる秋沙恒巧は、長年反発してきた父・享臣の呪縛から懸命に逃れようとする一方で、事件に巻き込まれた息子の真人に対して真の意味での父親となるべく奮闘します。これら二組の親子関係が、時に重ね合わされ、あるいは対比されながら、印象深い結末に向けて物語を牽引しているといえるでしょう。 2006.06.16再読了 [神林長平] |
肖像画{ポートレイト} 依井貴裕 | |
1995年発表 (東京創元社・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『記念樹』・『歳時記』に続く依井貴裕の長編第3作で、別荘という舞台装置といい、家庭内の事件である点といい、いわゆる“館もの”のミステリという感じの作品に仕上がっています。また、ややエキセントリックな三姉妹が絡んだ見立て殺人となっているあたりは、横溝正史の名作『獄門島』を思わせるものがあり、さらにE.クイーンの有名な某作品に通じる趣向や殺人予告など、盛り沢山の内容です。
一見すると過剰とも思える装飾が施された事件ですが、それらのガジェットが生み出すいかにも探偵小説的な(?)おどろおどろしい雰囲気はやはり魅力です。そしてそれ以上に、それらが有機的に絡み合って一つの大きなベクトルを形成し、本書の仕掛けの中核となっているところが見逃せません。奇術師でもある作者は、ミステリを“小説の形をとった奇術”と考えている節がありますが、本書はまさに奇術の技法の一つを小説の形にしたというべきではないかと思います。 本書を読んだ方は、完全に騙されてしまうか、あるいは直感的に犯人がわかってしまうかのどちらかになってしまうのではないかと思われますが、例によって全編にばらまかれた細かい手がかりが積み重ねられていく解決場面は圧巻です。そして最後に浮き彫りにされる犯人の異様な心理も強烈な印象を残します。 若干気になるところもありますが、意欲的な試みを盛り込んだマニアックな力作であることは間違いないかと思います。 2006.06.18再読了 [依井貴裕] |
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