ミステリ&SF感想vol.101

2005.02.25
『羊の秘』 『造物主の選択』 『海鳴り忍法帖』 『七回死んだ男』 『名探偵群像』



羊の秘  霞流一
 2005年発表 (ノン・ノベル)ネタバレ感想

[紹介]
 鑑定の依頼を受けた古道具屋・露沢邦彦、フリーライターの伊羅水志恵、その弟・世太とともに、依頼人の待つ土蔵へとやってきた。しかしその土蔵の中には、依頼人・仲丸伸之の死体が横たわっていたのだ。しかも、全身に白い紙を巻きつけられ、口の中には矢印形の鉄棒が差し込まれているという奇妙な状況だった。発見者でありながら警察に疑われてしまった露沢は、真犯人を突き止めるため、仲丸が所属していたドリーム・トーキングのサークル〈夢視の玉〉のメンバーに事情を聞いて回る。しかし、やがて第二の事件が……。

[感想]

 もはや“お約束”といえる独特の様式の枠内で趣向を凝らし続ける“ミステリ界の水戸黄門”霞流一の最新刊です。新たな出版社、新たなキャラクターといえども、内容の方は基本的にいつもの通り。なじみのない方のために前作『ウサギの乱』の感想から転載しておくと、“霞流一作品の特徴は(中略)毎回動物をお題として、それに関する蘊蓄と裏テーマへの発展、奇怪な見立て殺人、豪快すぎて無茶ともいえるトリック、そしてロジカルな犯人の特定”といったところです。この“霞流一テイスト”に関して、法月綸太郎氏が本書に寄せた推薦文(カバー袖)は必見です。個人的には“永遠の男子中学生魂{スピリット}というフレーズがツボにはまりました。

 さて、今回のお題は“羊”ですが、あまり特徴もなく比較的なじみも薄い生き物であるために仕方ないとはいえ、見立てがかなり苦しいものになっているのが気になるところです。特に、最後の事件の状況を“羊”の見立てととらえるのはかなり無理があるでしょう。ただし、これは前述のように仕方ない部分もありますし、作中では必ずしも問題があるともいえないようにも思えます。

 霞流一作品といえば無茶で強引なバカトリックがつきものですが、第二の事件のトリックなどは無茶を通り越して完全に無理といわざるを得ません。個人的には面白いと思うのですが、腹を立てる人もいそうです。一方、水戸黄門の印籠にあたるロジカルな解決は、相変わらずの切れ味です。

 中盤以降、ある小道具に焦点が当てられる結果、本筋の殺人事件からやや脱線してしまっているような印象も受けますが、これがなかなか面白く感じられます。そして、事件の謎が解かれた後にまたこちらに話が戻ってくるのですが、こういう使い方であれば個人的には納得。読み終えてみると、主人公が古道具屋だというのもこの小道具を中心に据える意図があったからこそ、と思えてきます。また、ギャグがかなり控えめなのも、このプロットを生かすためなのかもしれません。

2005.02.10読了  [霞 流一]



造物主{ライフメーカー}の選択 The Immortality Option  ジェイムズ・P・ホーガン
 1995年発表 (小隅 黎訳 創元SF文庫663-20)

[紹介]
 心霊術師・ザンベンドルフらの活躍により、タイタンの機械生命体“タロイド”を巻き込んだ一大危機は去った。地球人の協力を受けながら、封建制からの脱却、そして進歩への道を歩み始めた“タロイド”たち。だが、追放された旧支配勢力の残党たちが再び不穏な動きを見せ始める。そして、“タロイド”たちが神と崇め、探し求める造物主、機械生命の生みの親である“ライフメーカー”が、ついにその姿を……。

[感想]

 タイタンの機械生命体“タロイド”とのファーストコンタクトを描いた傑作『造物主の掟』の続編で、前作で未解決のまま残された機械生命の造物主“ライフメーカー”が登場します。実は前作のプロローグには、彼らが母星ごと絶滅したとはっきり書かれているのですが、『ガニメデの優しい巨人』で絶滅したはずの“ガニメアン”を復活させたホーガンのこと、今回も力業で難題を解決しています。

 その異星人“ライフメーカー”ですが、高い知性はともかく、強烈な性格の悪さがくせもので、なかなかインパクトのある造形です。当然ながら、地球人や“タロイド”の思惑など一顧だにせず、タイタンは空前の危機に陥ります。対するは、天才的なインチキ心霊術師・ザンベンドルフ。かくして、非常にスリリングな展開と(ややあっけないとはいえ)意外な結末が待ち受けているわけですが……。

 残念ながら、物語の前半が長すぎるのが珠に傷。前作のプロローグ程度とはいわないまでも、もっと刈り込んでほしかったところです。必要なエピソードだとは思いますし、それなりに面白くはあるのですが、やはり冗長なのは否めません。後半が非常に面白いだけに、もったいなくかんじられるところです。

2005.02.15再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]
【関連】 『造物主の掟』



海鳴り忍法帖  山田風太郎
 1969年発表 (角川文庫 緑356-17・入手困難

[紹介]
 三万人の根来僧を従えて謀反を起こし、京都御所を急襲して十三代将軍・足利義輝を弑した松永弾正久秀。将軍の愛妾・昼顔を強奪し、さらに御台・夕子の方をも狙うものの、御台は堺の商人・納屋助左衛門に救われて密かに落ちのびる。将軍に仕える雑仕・厨子丸は、恋仲であった昼顔の下女・鶯を殺された上に、密かに慕っていた御台までも命を落としたと思い込み、御台の下女・鵯とともに松永弾正への復讐を誓う。虫も殺さぬおとなしい性格の厨子丸だが、銃火器の開発という天賦の才を備えていたのだ。やがて、自由都市・堺をめぐり、厨子丸と根来僧との壮絶な攻防が始まる……。

[感想]

 風太郎忍法帖の中でもかなり後期の作品であるせいか、他の作品と共通する要素が目につきます。松永弾正と根来僧、そして稀代の妖女とくれば『伊賀忍法帖』(弾正の女性に対する妄執は相変わらず)、忍法vs科学(近代)兵器という構図は『銀河忍法帖』『軍艦忍法帖』、数多くの忍者がさほどの見せ場もないままあっけなく死んでいく展開は『外道忍法帖』、さらに忍者を敵にした籠城戦は『風来忍法帖』といった具合です。

 その中にあって特徴的なのはやはり、主人公・厨子丸が次々と開発する銃火器です。ようやく火縄銃が広まり始めた時代(長篠の合戦よりも数年前のようです)にあって、自動発火式の七連発銃や、手榴弾、地雷、ロケット砲に大砲までも発明してしまうという、何とも破天荒なものになっています。しかもその銃火器が、個人と個人の対決ではなく集団と集団の戦い、すなわち戦争の中で使われることで、忍法帖というよりもある種の架空戦記に通じる印象を受けます。実際、作中には根来僧を太平洋戦争時の日本人指揮官になぞらえる記述もあり、作者が多少なりとも太平洋戦争のパロディを意識していることは間違いないでしょう。いずれにしても、奇怪な忍法を操るはずの根来僧たちが、厨子丸の銃火器の威力に翻弄される様子は、痛快であり、滑稽でもあり、また哀れでもあります。

 本書のもう一つの見どころは、主要登場人物である厨子丸・夕子・昼顔・鶯・鵯・助左衛門・松永弾正の七人の間に渦巻く複雑な愛憎です。それぞれの思いが絡み合い、もつれ合うことで、物語は様々な様相を呈していきます。特に、将軍の愛妾から弾正の愛妾へと立場を変えながらも、厨子丸に思いを寄せ、またその裏返しとして憎しみを向けていくという昼顔の心の動きが、物語を動かす原動力となっています。ただし、この昼顔一人が前に出過ぎているようにも思えるところが、難点といえば難点です。

 それ以上に気になるのが、厨子丸の銃火器vs根来僧の戦いが、物語後半にようやく始まるという展開の遅さです。厨子丸が堺にたどり着くまでにはかなりの紆余曲折があり、それはそれで面白いとはいえ、その原因が簡単に訂正できるはずの“勘違い”だということもあって、かなりじれったく感じられてしまいます。かといって、厨子丸をあまり早く堺に入らせてしまうと、史実との整合などの点で別の問題が生じてしまうことになり(本書の発端は1565年、結末は1568年です)、あちらを立てればこちらが立たず、という状態です。このあたりの処理がうまくいっていないのが残念ですが、それを除けばまずまずの作品といったところでしょうか。

2005.02.17読了  [山田風太郎]



七回死んだ男  西澤保彦
 1995年発表 (講談社文庫 に24-3)ネタバレ感想

[紹介]
 高校生・大庭久太郎は、しばしば時間の“反復落とし穴”にはまり込み、同じ一日を九回繰り返すという特異体質の持ち主だった――親族一同が集まった新年会で、莫大な財産を持つ久太郎の祖父・渕上零治郎は遺言状に関する重大発表を行う。翌日、零治郎との酒盛りで泥酔した久太郎だったが、夜中に目覚めると“反復落とし穴”にはまり込んでいた。かくして、“オリジナル”と同じような一日が始まる……はずだったが、なぜか零治郎が殺されてしまう。祖父を救うため、一日がリセットされるたびに手を尽くす久太郎だが、それでも殺人は止まらない……。

[感想]

 本書は、西澤保彦のSFミステリとしては『完全無欠の名探偵』に次いで2作目ですが、事実上の出世作となった作品です。そしてまた、作品数も少なく注目度も低かった国産SFミステリの状況を一変させた、エポックメイキングな作品ともいえます。

 本書が成功した最大の理由は、作者の他の作品と比べても群を抜いてシンプルなSF設定につきるのではないでしょうか。“同じ一日を九回繰り返す”という説明だけで、“最後の一周が“現実”として確定される”ということは自然に予想できますし、“能力”ではなく本人もコントロールできない“体質”だと割り切ることで、かなりすっきりしたものになっていることは間違いありません。

 タイムトラベル/タイムスリップによる過去の改変はSFではおなじみのテーマですし、同じような出来事を繰り返すという作品もある*のですが、実に九回も繰り返すという本書の設定は例を見ないものだと思います。祖父を救おうとする主人公の思惑を越えて繰り返される殺人劇は、回を重ねるごとに不条理なスラップスティック・コメディの色を強めていきますが、その一方で、反復の回数に制限があるためにタイムリミット・サスペンスの様相を呈していくという、何とも不思議な味わいです。また、大筋ではあまり変わらない“一日”の中でも、主人公の行動によって生じるバリエーションの部分が読者を飽きさせませんし、それぞれの登場人物たちに順次スポットが当てられていく結果として性格描写が充実したものになっているなど、九回もの繰り返しが決してくどくなることなく大きな効果を生み出しているところも見逃せません。

 そして、シンプルなSF設定から生み出される謎とその解決もまた、驚くほどにシンプル。それでいて、その効果は実に鮮やかです。もちろん、その陰には様々な工夫が凝らされているのですが、特筆すべきは意表を突いた謎の所在と、謎を成立させるための巧妙な状況設定でしょう。作中に導入したSF設定を、ミステリのために見事に使いこなしたという感のある、必読の傑作です。

*: すぐに思い出せたのは、J.P.ホーガン『未来からのホットライン』と堀晃「過去への声」『地球環』収録)。

2005.02.18再読了  [西澤保彦]



名探偵群像 The Great "Detectives"  シオドー・マシスン
 1960年発表 (吉田誠一訳 創元推理文庫162-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 アレクサンダー大王からフローレンス・ナイチンゲールまで、歴史上の人物たちを探偵役に据えたミステリ10篇を収録した短編集です。時代や場所は様々ですが、いずれも背景はしっかり描かれていると思います。そして、単に有名人を探偵役にしたというだけでなく、一部の作品ではそれぞれの探偵役にちなんだ謎や手がかりが登場するなど、工夫が凝らされた作品集です。

「名探偵アレクサンダー大王」 Alexander The Great, Detective
 アラビア遠征を目前に控えた大王アレクサンダーが、を飲まされてしまった。容疑者はいずれもマケドニアの重鎮ばかり。死を覚悟した大王は、懸命に犯人を探し出そうとするが……。
 被害者であるアレクサンダー大王自身が、自らを“殺した”犯人を探すという異色の作品。トリックはやや微妙ですが、伏線。ラストの語り手の独白が、何ともいえない余韻を残します。

「名探偵ウマル・ハイヤーム」 Omar Khayyam, Detective
 ウマル・ハイヤームの親友にして宰相のネザームが、暗殺を恐れて閉じこもっているという。やがてネザームは、短剣で背中を刺された上に窓から突き落とされ、命を落とすが、現場は密室状況だった……。
 「ルバイヤート」の作者として知られる詩人にして天文学者、ウマル・ハイヤームを探偵役とした作品。密室ものですが、トリックはどちらかといえばつまらないものです。むしろ面白い手がかりやスリリングな展開が見どころです。

「名探偵レオナルド・ダ・ヴィンチ」 Leonard Da Vinci, Detective
 観衆たちが去った後、野外の演技場に残っていた青年貴族が短剣で刺し殺された。だが、被害者に近づいた者は誰一人いなかったのだ。フランス国王は滞在中のレオナルド・ダ・ヴィンチを招き、解決を依頼するが……。
 この作品もトリックはさほどでもありませんが、手がかりが非常に秀逸です。

「名探偵エルナンド・コルテス」 Hernando Cortez, Detective
 メキシコ皇帝モンテスマの演説の最中、群衆からの投石が始まった。エルナンド・コルテスらが駆けつけてみると、皇帝は頭から血を流して倒れていた。しかしコルテスは、警護をしていた部下による殺人だと見抜き……。
 この作品のトリックは今ひとつ。しかも、解決にも穴があるように思えるのですが……。

「名探偵ドン・ミゲール・デ・セルバンテス」 Don Miguel de Cervantes, Detective
 扉の外に、決闘の末に刺された男を発見したドン・ミゲール・デ・セルバンテス。しかし、男は死ぬ間際に、犯人として“ミゲール”の名を言い残したのだ。かくして、殺人犯として捕らえられそうになったミゲールは……。
 『ドン・キホーテ』の作者であるセルバンテスが、何と殺人容疑で追われてしまうという異色の1篇。窮地に追い込まれたセルバンテスがとった行動も面白いのですが、それが真相解明につながるあたりが秀逸です。

「名探偵ダニエル・デフォー」 Daniel Defoe, Detective
 政敵につけ狙われるダニエル・デフォー。地方の宿屋まで追いかけてきた尾行者に辟易とした彼は、ある男に部屋を代わってもらうことにした。ところがその夜、その男が殺されてしまったのだ……。
 探偵役の名前に聞き覚えがありながら、どういう人物だか思い出せなかったのですが、ある意味それが幸いでした。シンプルな手がかりをもとに展開されるロジックが面白いと思います。

「名探偵クック艦長」 Captain Cook, Detective
 厳しい飲酒の禁を犯して酩酊していたところを刺殺された船員。だが、放っておけば苦痛を与えられて処刑されるその男を、誰が、何のために? そして船上から消失した死体の謎。クック艦長の推理は……?
 容疑者の人間性を手がかりとしたクック艦長の推理と、それを検証するための手段がユニークです。そして、思わぬところから明らかになる真相の鮮やかさが光ります。最後のオチも決まっています。

「名探偵ダニエル・ブーン」 Dan'l Boone, Detective
 アメリカ西部の開拓地。相次ぐ殺人は、忍び寄るインディアンの仕業なのか、それともインディアンの仲間が村の中にいるのか? 村の人々を率いるダニエル・ブーンはある日、村の若者が襲われる場面を目撃し……。
 本書の中で唯一、まったく知らなかった人物が主役になっています(詳細はこちらのページを参照)。そのせいというわけではありませんが、個人的には面白味に欠ける作品です。

「名探偵スタンレー、リヴィングストン」 Stanley and Livingston, Detective
 アフリカ奥地を訪れたスタンレーは、行方不明となっていたリヴィングストンを発見し、連れ戻そうとする。だが、リヴィングストンは何者かに命を狙われているというのだ。やがて、キャラバンの中に殺人者の影が……。
 伏線はしっかりしていますが、これは気づかれてしまうのでは?

「名探偵フローレンス・ナイチンゲール」 Florence Nightingale, Detective
 クリミアへと向かうフローレンス・ナイチンゲール一行の前に、怪盗“偶像破壊者”が立ちはだかる。英国に深い恨みを抱いているらしいこの神出鬼没の怪盗は、同行していた従軍記者を殺害し、さらに……。
 ある一点が解決で鮮やかに反転するのが見どころ。また、手がかりも印象的です。

2005.02.21読了  [シオドア・マシスン]


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