ミステリ&SF感想vol.166 |
2008.10.22 |
『ウォリス家の殺人』 『凶宅』 『容疑者Xの献身』 『沈黙のフライバイ』 『バベル消滅』 |
ウォリス家の殺人 This is Your Death D.M.ディヴァイン | |
1981年発表 (中村有希訳 創元推理文庫240-04) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『悪魔はすぐそこに』に続いて刊行された、創元推理文庫のD.M.ディヴァイン第2弾。『悪魔はすぐそこに』巻末の法月綸太郎氏の解説によれば、作者の死後に出版された遺作ながら、デビュー作『兄の殺人者』とほぼ同時期に書かれたものではないかと推測されているようです。
本書の最大の特徴にして見どころとなるのはやはり、ウォリス家とそれを取り巻く人々の、ほとんどどこをとってみてもいやな感じの人間模様でしょう。他の作品を読む限りでは、丹念に描いた人間関係の陰から隠された悪意を取り出してくる手法を得意とする作家だという印象があり、最初からここまで負の感情が読者の前に並べられている本書は、ディヴァインの作品の中でもやや異質な部類に入るように思われます。 一人称の語り手であるモーリス自身も、妻と息子に半ば不当な形で見捨てられている――しかしその不当な仕打ちに正面から向き合おうとしない――という境遇ですが、その分(?)ジョフリーに向ける視線は厳しく、兄弟同然に育てられた少年時代から培われてきたコンプレックスが語りの端々ににじみ出ています。それが端的に表れた、というよりも、あくまで“人格攻撃”ではないということでつい油断してしまった感のある、“作家ジョフリー・ウォリス”に対する容赦なく辛辣な評価が何ともいえません。 そのモーリスが中盤以降、ジョフリーの伝記の執筆という依頼を受けた結果として、事件の真相を探る探偵活動に乗り出すという経緯もなかなか巧妙です。素人探偵、しかもあまり活動的でなさそうな歴史学者という立場でありながら実に精力的で、いわば大義名分を与えられてジョフリーの秘密――脅迫のネタも含めて――を掘り起こすことに密かな愉悦を感じているようにさえ見えてしまうのは、作者の筆力の故か、あるいは序盤から描かれている陰湿な人間関係にこちらが引きずられてしまったのか。いずれにしても、ジョフリーの隠された一面が少しずつ明らかになっていく過程は、十分に見ごたえがあります。 例によって全般的に地味ながら、犯人を周到に隠蔽しつつ、解決につながる細かな手がかりをあちらこちらに埋め込んでいく手際はやはり巧妙。ただ、クライマックスの演出――犯人が明らかにされてから手がかりが指摘されるという手順は、物語としてはともかくミステリ的には少々残念なところで、“コロンブスの卵”ともいえるシンプルで大胆な決め手が用意されているだけに、非常にもったいなく感じられてしまいます。 とはいえ、総じて水準以上の出来になっているのはいうまでもないところで、『悪魔はすぐそこに』に比べるとやや落ちる感はあるものの、佳作といっていいのではないでしょうか。 2008.09.06読了 [D.M.ディヴァイン] |
凶宅 三津田信三 | |
2008年発表 (光文社文庫 み25-2) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] デビュー作の『忌館 ホラー作家の棲む家』、そして本書と同じく光文社文庫書き下ろしの『禍家』に続く、幽霊屋敷ものの系統に属する作品です。『禍家』と同様、シリーズものではない単発の作品ですが、舞台となっているのは〈三津田信三シリーズ〉でおなじみの(架空の)土地“杏羅”(*1)で、他の作品との微妙なリンク(*2)も盛り込まれています。
一連の作品においては、“少年の視点による幽霊屋敷もの”という趣向の枠内で目先を変えるためか、怪異に挑むのが少年一人(『忌館 ホラー作家の棲む家』の作中作「忌む家」)から、少年と少女(『禍家』)と続き、本書では主人公の翔太と友人の幸平という少年二人となっています。結果として本書は、いわゆる“バディもの”に通じる形となり、物語の吸引力が高まっているようにも思えます。 幽霊屋敷もののホラーとしては、家の中に現れる怪異――〈ヒヒノ〉と“人影”が、どちらも得体の知れない存在であるとはいえ、さほど怖いという印象を与えないのが難点といえるかもしれません。家が建っている“山”そのものの不気味さ(57頁〜61頁など)はさておき、“廃墟屋敷”の住人である老婆や、幸平と同じアパートに住む女子大生など、狂気を帯びた(ように見える)人間の方がよほど怖いのは、悪くはないのですがどうもちぐはぐに感じられてしまうところではあります。 “ホラーとミステリの融合”を持ち味としている作者ですが、本書ではミステリ色は控えめ。ホラー的な“狂気の論理”によって“真相”が導き出される点が目を引いた『禍家』に対して、本書ではどちらかといえば、“真相”を隠蔽するために翔太を、ひいては読者をいかにミスリードするかという点に工夫が凝らされている感があります。手がかりが十分に示されているとはいえませんし、どちらかといえば脱力を招く部分もあるのですが、“真相”はまずまずといえるのではないでしょうか。 緊張感の高まったクライマックスに比して、「終章」に至る直前の部分がややあっけなく感じられてしまうのが少々残念ではありますが、“真相”をうまく生かして鮮やかに締めてみせる最後の一行はお見事です。
*1: 『忌館 ホラー作家の棲む家』と『禍家』の舞台である“武蔵名護池”が武蔵小金井のアナグラムであることからすると、こちらはやはり奈良のアナグラムでしょうか。
*2: 例えば、ある人物の “うちはな、百巳の本家に次ぐ家柄け。他にもタツミと呼ばれる家はようけあるけど”(126頁)という台詞など。 2008.09.14読了 [三津田信三] | |
【関連】 『禍家』 『災園』 |
容疑者Xの献身 東野圭吾 | |
2005年発表 (文春文庫 ひ13-7) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『探偵ガリレオ』・『予知夢』に続く、天才物理学者・湯川学を探偵役とした〈探偵ガリレオ〉シリーズの第3作にして、シリーズ初の長編。各種ランキングの1位を独占し、第6回本格ミステリ大賞や第134回直木賞を受賞するなど、高く評価された作品です。が、しかし……。
『探偵ガリレオ』では捜査側の視点を中心としたオーソドックスなスタイルであったかと思います(*1)が、本書は殺人を犯した靖子と偽装工作を行う石神という“犯人”側からの描写に重点を置いた倒叙形式となっているのが異色です。とはいえ、“犯人”側の心理や行動を描いてサスペンスを高める倒叙形式ならではの効果を追求しつつも、偽装工作の枝葉の部分だけを小出しにして肝心な部分を伏せておくことで、シリーズで一貫して重視されているハウダニットを成立させているあたりには、作者の確かな手腕がうかがえます。 そして、“犯人”側の動向の中で当初から示されている特異な共犯関係、さらには探偵役である湯川との友人関係を通じて、本書の主役となる石神という稀代の人物――その天才的な頭脳、冷静で論理的な思考、そして無私とも独善ともいえる独特の“愛情”――が余すところなく、しかも説得力をもって浮き彫りにされていく過程が圧巻。本書の倒叙形式というスタイルも、単にサスペンスを狙っただけではなく、石神の人物像を描き出すために最も効果的な手法として採用されたものといえるでしょう。 湯川と石神――“捜査”側と“犯人”側に分かれて相まみえることになった旧友同士が繰り広げる頭脳戦は、スリリングでありながらも静かで切ないものさえ感じさせ、本書の大きな見どころの一つとなっています。その一方で、石神と靖子の共犯関係には微妙なかげりが生じ、それが石神による完全犯罪計画にも影響を与えていくという展開が巧妙で、物語からはまったく目が離せなくなっていきます。 やがて訪れるクライマックスで明かされるのは、シンプルにして斬新なトリック。原理としてはある程度近い前例もないではないのですが、細部に至るまで考え抜かれた計画にしっかり支えられているところがよくできていますし、何より物語の中で説得力をもって使われ、また同時に物語に大きな効果をもたらしているところが非常に秀逸です。しかしその反面、物語の根幹に関わる要素の一つが原因で、トリックの要となる部分がかなり早い段階で見えやすくなるという、ミステリとしては大きな弱点を抱えている(*2)のが難しいところ。加えて本書の場合、トリックが明かされることによるサプライズが物語終盤の人間ドラマにがっちりと組み込まれているため、早すぎるタイミングでトリックが露見してしまうことはやはり、看過できない瑕疵というべきではないでしょうか。 最後に待ち受ける結末の重さは確かに強く心に残るものではあるのですが、そこへ持っていこうと作者が狙いすぎて終盤の展開がいびつなものになっている感があるのも残念なところです。例えば、ヒロインである靖子の態度や言動には釈然としないものを覚えますし、探偵役が湯川であること(*3)――草薙刑事がセットになってくること――の弊害も見受けられるように思います。また、事件の限られた部分にのみ焦点が当てられ、そこから漏れた部分についてのフォローがなさすぎるのもいただけないところです。 前述のようによくできている部分はありますし、何だかんだいっても終盤近くまではすっかり引き込まれたのですが、読み終えてみるとあまり評価できない作品です。もちろん、好みの問題もあるかもしれませんが……。
*1: 『予知夢』は未読。『探偵ガリレオ』もずいぶん前に読んだきりで、今ひとつ定かではありません。
*2: したがって、本書が(直木賞はともかく)本格ミステリ大賞を受賞するなどミステリとして高く評価されている点には、個人的には大いに疑問を禁じ得ません(もちろん、本書が本格ミステリでないと主張しているわけではありません。念のため)。 *3: 探偵役が“石神と同レベルの頭脳を持つ友人”であるという設定は非常に効果的ですが、それが“物理学者・湯川学”である必要性は感じられません。すでに“実績”のある湯川を向こうに回して渡り合うことで、石神の頭の良さに多少の説得力が付与されるということはあるかもしれませんが、それは作中の描写だけで十分ではないでしょうか。 2008.09.22読了 [東野圭吾] |
沈黙のフライバイ 野尻抱介 |
2007年発表 (ハヤカワ文庫JA879) |
[紹介と感想]
*1: ただし、本書の中で最も古い「沈黙のフライバイ」の初出は1998年。
*2: 野田篤司氏のサイト内の「研究報告2 恒星間 鮭の卵計画」を参照。 *3: 本書59頁にも引用されているこの画像は、「NEAR image of the day for 2001 Feb 12 (F)」に掲載されています。 *4: 同じく軌道エレベーターを扱ったA.C.クラーク『楽園の泉』に言及しつつ、 “みんなクラークに騙されていたのだと思う。”(71頁)と大胆なことが書かれているのが印象的です。 2008.09.24読了 [野尻抱介] |
バベル消滅 飛鳥部勝則 | |
1999年発表 (角川書店・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『殉教カテリナ車輪』に続く第2長編で、作中の美術教師が描いたという設定の、作者自身による絵画が巻頭に配されているのは前作と同様です。“バベルの塔”というキーワードで貫かれた物語には、後のいくつかの作品にも見受けられる要素がちりばめられ、デビュー作以上に作者の“原点”という印象を与えています。
島の小さな版画館を舞台とした「序章」では、コルネリス・アントニスゾーンの版画『バベルの塔の崩壊』を間に挟み、警備員・風見国彦と不思議系美少女・藤川志乃がかみ合わない会話を続け、読者としても“当惑”を余儀なくされます。続く「一章」では舞台が島の中学校へと移りますが、荒れた学校をはじめとする周囲の環境に苛立つ教師・田村正義の、少しずつ歪みを生じていく心理(*1)を克明に描いた物語は、こちらも読んでいて少々辛いものがあります。 殺された美術教師の死体を発見し、さらに続く事件でも第一発見者となった田村正義は、自身が推理小説マニアだということもあり、現場に見出した“バベルの塔”というミッシングリンクをきっかけに事件の真相を推理し始めますが、その推理を含めた内面描写が中心となった本書の前半は、かなり異様な雰囲気に満ちています。“探偵役”が頭の中で行う推理の試行錯誤が読者に披露されること自体が異色だと思いますが、その推理がともすれば“現実を推理小説に当てはめる”方向へ進んでいくことで、事件の様相が一層混沌としたものになっているところが何ともいえません。 それでも、「バベル陶酔――殺人犯人の告白」と題されたいわくありげな「間章」を挟み、本書の主役である風見国彦、藤川志乃、田村正義が版画館主催の陶芸教室という場で一堂に会する物語後半になると、ようやくオーソドックスなミステリらしい展開がみられます。少しずつ心を開いていく藤川志乃の姿にほっとさせられつつも、新たな事件の発生を示唆する田村正義の推理が物語に不吉な影を落とし、ついにはカタストロフともいうべき事件が起きるべくして起きることになります。 もともと“狂気”の方向に流れやすいミッシングリンク・テーマ(*2)だけに、解決で明らかにされる犯人の心理はなかなか強烈ですが、さらに強烈なのが「終章」で明らかになる『バベル消滅』という題名に込められた意味。このあたりになってくるともはや面白いといえるのかどうか微妙なところで、狙いすぎて外している感がないでもないのですが、少なくとも人を食った企みであることは間違いありません。そしてまた、フェアであるように気を配られた記述や、細かい手がかりの配置なども見逃せないところです。 個人的には、後の作品を先に読んで作者の“作風”が多少はわかっていたことで、作者の企みのある程度まで読めたのが残念でもあるのですが、逆にそれを受け入れる心の準備ができていたという風にも思えます。というわけで本書は、かなり好みの分かれそうな作品であり、比較的心の広い方にのみおすすめしておきます。
*1: しかもそんな状態でJ.ケッチャム『隣の家の少女』を買ってきたりするところが、実に危ういものを感じさせます。
*2: ミッシングリンク――“見えない連鎖”――にはしばしば、“通常の思考では認識できない”ために“見えない”場合、すなわち“常軌を逸した発想によって見出される連鎖”があり、それは往々にして犯人の“狂気”へとつながっていきます。 2008.10.02読了 [飛鳥部勝則] |
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