ミステリ&SF感想vol.245

2025.12.02

兇人邸の殺人  今村昌弘

ネタバレ感想 2021年発表 (東京創元社)

[紹介]
 “廃墟テーマパーク”にそびえる奇怪な屋敷〈兇人邸〉。葉村譲と剣崎比留子は、〈斑目機関〉の研究資料を探し求めるグループとともに、深夜その屋敷に侵入するが、そこに待ち構えていたのは無慈悲な首斬り殺人鬼だった。同行者たちが次々と首のない死体となって発見され、混乱の中で比留子は行方不明になってしまう。様々な思惑を抱えた生存者たちは、容易に屋敷からの脱出の道を選べない。さらに、屋敷内に別の殺人者が存在する可能性が浮上し、事態は混迷を極めていく。葉村は比留子を見つけ出し、謎を解いてともに生き延びることができるのか……?

[感想]
 『屍人荘の殺人』『魔眼の匣の殺人』に続くシリーズ第三弾となる本書は、前二作と同様の“特殊設定+クローズドサークル”という骨格ですが、目に見える具体的な脅威がクローズドサークルの内側に存在することで、これまでよりさらにパニックホラー色の強い一作となっています。その分、(これは作中でも言及されていますが)謎解きの重要性が低下している感があるのが、まず好みの分かれるところかもしれません。

 漠然とした予言の謎を解く必要のある『魔眼の匣の殺人』はもちろんのこと、『屍人荘の殺人』でも終盤まで“籠城戦”の様相を呈していた――籠城する“余裕”があった――ことで、事件の謎解きにも注力できる状況だったわけですが、本書の場合は“内なる脅威”への対処を早々に迫られてそちらの優先順位が高くなる*1上に、事件の謎を解こうとする行為がその障害となりかねず*2、結果としてパニックホラーと謎解きがバッティングする形になっているのが難しいところです。

 とはいえ、石持浅海の初期作品に通じるところのある、登場人物たち自身が内部にとどまることを選択する“自発的なクローズドサークル”や、倒叙ミステリ風の展開、さらには探偵と助手が分断された結果としての安楽椅子探偵形式*3など、細かいユニークな趣向は目を引きますし、ハウダニットにはうならされる部分もあります。何より、事件の謎がすべて解き明かされた後の“最後の仕掛け”が非常に秀逸で、強烈なインパクトとともに胸を打つ結末になっているのがお見事です。

 しかし一方で、よくよく読んでみると色々な問題があるように思われてなりません。まず、謎解きの細かい部分を考えてみると、“実行できるのか”という点でだいぶ怪しいところがあり、特に“ある部分”については“別解”を考える方が妥当ではないか、とも思えてしまうのが難点。また犯人の行動全般も大きな問題で、不必要に大きなリスクを冒しすぎているところが気になりますし、“ある部分”の動機はなかなか理解しがたいものがあります。ついでにいえば、“〈斑目機関〉の遺産”という来歴があるにもかかわらず、“たった今ここに出現した”といわんばかりに舞台設定に奥行きが感じられない*4のもいただけないところです。

 ……ということで、個人的にはやや大きめの不満がいくつかあり、しかもその大半は作者の都合による(ことをうまく隠せていない)、というのが困りものですが、前述のように面白い部分があるのも確かですし、パニックホラーの勢いに乗ってさらりと読めば十分に楽しめる作品ではあると思います。

*1: これは、“俺たちの敵は“ジェイソン”だ。“モリアーティ”じゃない。”という登場人物の台詞に端的に表れています。
*2: このあたりを逆手に取ったような比留子の策略は見逃せないところですが。
*3: “安楽椅子探偵”への比留子の言及(256頁)は、“天然”なのか安楽椅子探偵ものの“お約束”への皮肉なのか、ちょっとよくわかりません。
*4: 〈兇人邸〉での“日常”もなかなか想像しがたいものがありますが、発端の“四十年前”(56頁)から〈兇人邸〉へやって来た“十五年前”(33頁)までの間に至っては、どのようにしていたのかさっぱり見当もつきません。

2021.08.04読了  [今村昌弘]
【関連】 『屍人荘の殺人』 『魔眼の匣の殺人』

忌名{いな}の如き贄{にえ}るもの  三津田信三

ネタバレ感想 2021年発表 (講談社)

[紹介]
 生名鳴{いななぎ}地方の虫絰{むしくびり}村に伝わる“忌名の儀礼”。自らに降りかかる災厄をすべて実体のない“忌名”に託す儀式の最中に、村の有力者・尼耳{あまがみ}家の長女である七歳の李千子は恐るべき体験をする。そして十四歳での二度目の儀式の際にも……。
 ――そして八年後。刀城言耶が、大学時代の先輩と交際する李千子から儀式の話を聞き終えたところへ、尼耳家の跡継ぎである市糸郎少年が、儀式の最中に右目を刺されて命を落としたという知らせが届く。しかも時を同じくして、村では異形のもの、“角目”が目撃されたというのだ。李千子らととともに村を訪れた刀城言耶は、事件の謎に挑むが……。

[感想]
 前作『碆霊の如き祀るもの』から三年ぶりに発表された〈刀城言耶シリーズ〉の第八長編です。どちらかといえば怪異よりも“忌名の儀礼”という儀式そのものが主役となっている作品で、まず冒頭から三章にわたって尼耳李千子による“忌名の儀礼”での奇怪な体験談が語られていきます。問題の“忌名”は、誰にも明かしてはならないという点でいわゆる“真名”*1にも通じるところがありますが、“生贄”として災厄を肩代わりするという役割が独特ですし、呼ばれても振り返ってはいけないというあたりは、それ自体が一つの怪異といっても過言ではありません。

 李千子の長い語りの後、李千子との婚約のために虫絰村へ向かう先輩・発条福太に求められて言耶も同行します*2が、到着早々に警察の捜査に協力することになります。実をいえば、言耶が現地を訪れる前に市糸郎少年が殺された後、終盤近くまでほぼ事件に動きがないままで、“忌名の儀礼”だけでなく葬儀も含めた民俗学的な要素や、時おり顔を出すホラー要素などもあるものの、基本的に地道な捜査が続く展開はやや盛り上がりを欠いている感もあり、好みの分かれるところではありそうです。

 恒例の“謎の箇条書き”もないまま*3、警察の無茶ぶり(?)で謎解きを始めることになる言耶ですが、それでも“一人多重解決”を始めれば存分に本領発揮。というか、今回は事件の状況のせいもあってか、推理の迷走っぷりに拍車がかかっている*4といってもいいほど、示される“解決”の“振れ幅”が大きくなっている(ように思われる)のが見どころで、今ひとつすっきりしないところもないではないものの、そのインパクトに圧倒されて細部はどうでもよくなってしまう感がなきにしもあらず。

 そして、「虫絰村の秘密」と題された「終章」が圧巻。少ない頁数ながら密度の濃い謎解きで明らかになる、最後の真相の破壊力が何とも強烈。それが巧みに隠されていたことにもうならされますが、ある意味で戦慄させられる真相は、ホラーミステリにふさわしいといえるかもしれません。物語の幕を引く“最後の一行”もまた、衝撃とともに納得をもたらすもので、実に見事です。終盤近くまでの地味な展開にはやや難があるようにも思われますが、最後まで読み終えてみるとやはり傑作といわざるを得ない、期待に違わぬ一作です。

*1: 「真の名 - Wikipedia」を参照。
*2: 編集者の祖父江偲は今回同行しませんが、代わりに(?)福太の母・香月子がなかなかいいキャラクターとして登場しています。
*3: 言耶自身が“まだ今回はできていません”としています。
*4: もともと福太にも“迷う方の迷探偵”と評される有様ではあるのですが……(苦笑)。

2021.08.18読了  [三津田信三]

運命の証人 The Sleeping Tiger  D.M.ディヴァイン

ネタバレ感想 1968年発表 (中村有希訳 創元推理文庫240-12)

[紹介]
 今まさに法廷で審理が始まった刑事裁判を、被告人席から他人事のように眺める男。六年前と数か月前に起きた二件の殺人について、自分が無罪だと誰一人信じていないのは明らかで、もはやあきらめるよりほかなかったのだ。被告人ジョン・プレスコットは、駆け出しの事務弁護士だった六年前に、友人ピーター・リースの屋敷で紹介された美女ノラ・ブラウンとの出会いによって、その運命を狂わされてしまった……。そして審理は進み、陪審員による評決が近づく中、法廷に立った一人の証人が……。

[感想]
 本書はディヴァインの第七長編で、法廷ものの要素が取り入れられているのがこれまでにない大きな特徴です。

 冒頭で主人公が二件の殺人の被告人となっている様子が描かれますが、そこで明かされるのはほぼそれだけで、本書の前半までは裁判の様子は幕間程度の扱いにとどまり、主人公の回想という形で読者に示されていく事件の経緯がメインとなっています。“誰が殺されたのか”を伏せておいて読者の興味を引く狙いもさることながら、主人公が訴追される“未来”を先に明かしておくことで、主人公が陥穽にはまっていく過程に注目させる手際が光ります。

 その主人公ジョン・プレスコットは友人から“眠れる虎”*1と評される、何事にも――特に女性相手には自己主張の苦手な人物で、傍からみると若干イライラさせられる部分もないではないのですが、美女ノラ・ブラウンとの出会いから絵に描いたように運命を狂わされていく様子にはやはり引き込まれます。そして、二人が出会う「第一部」から五年が過ぎた「第二部」では、年月の経過に応じた人間関係の変化が目を引くとともに、いわば“青天の霹靂”だった「第一部」とは違って少しずつ事件に近づいていく展開で読ませます。

 後半の「第三部」では、いよいよ本格的に法廷劇が始まります。冒頭の時点ではあきらめきって冷めていたジョンですが、“運命の証人”の証言をきっかけに“眠れる虎”が目を覚まし、戦う姿勢を取り戻していく様子が大きな見どころ。巻末の解説で大山誠一郎氏が、ディヴァイン作品の特徴の一つとして“失意の、あるいは窮地にある主人公の自己発見と再生を挙げていますが、その点で、勝ち目のない裁判の被告という絶体絶命の窮地から脱出しようとする主人公の姿は、ディヴァイン作品の中でも随一の魅力を備えているといえます。

 その反面、ミステリとしては若干物足りない部分があるのは否めないところで、最後に明らかになる真犯人は“意外”を通り越していささか唐突に感じられますし、いつも以上に謎解きが駆け足になっているのも気になるところです。このあたり、誤解を恐れずにいえば、ディヴァイン作品の謎解きが法廷と相性がよくないところに起因している節があり*2、難しいところではあります。とはいえ、真相がよくできているのは他の作品同様で、全体としてはディヴァインの“味”がしっかり発揮されて十分に楽しめる作品といえるのではないでしょうか。

*1: 原題の『The Sleeping Tiger』はここから採られていますが、どちらかといえばやはり邦題の『運命の証人』の方がいいように思います。
*2: 例えば、犯人が唐突な印象を与えるのは、警察の捜査を経て裁判にまで持ち込む必要があることから、主人公(読者)が手がかり(伏線)にたやすく気づかないよう強固に隠されているためだと考えられます。

2021.08.28読了  [D.M.ディヴァイン]

君が護りたい人は  石持浅海

ネタバレ感想 2021年発表 (ノン・ノベル)

[紹介]
 中学生だった成宮歩夏が両親を亡くして十年。歩夏は、二十も年上の相手――後見人を務めてきた奥津悠斗と婚約した。歩夏に想いを寄せていた三原一輝は、歩夏の高校時代から二人が関係を持っていたらしいことを知って、奥津を殺して彼女を救い出すことを決意し、奥津の友人で弁護士の芳野友晴に自らの殺意を明かして、事態を見届けることを依頼する。かくして、奥津や芳野ら仲間たちとやってきたキャンプ場で、三原は事故に見せかけるべく周到な罠を仕掛けていくが、完璧に思えた計画は、ゲストとして参加した碓氷優佳によって狂い始める……。

[感想]
 本書はおなじみ〈碓氷優佳シリーズ〉の第五長編で、第二作『君の望む死に方』と同様に、犯人と探偵役・碓氷優佳の事件発生前の攻防が主題となっていますが、事前に殺意を伝えられ、犯行を最後まで見届けることを依頼された“見届け人”の視点で描かれているのが大きな特徴です*1。視点人物の芳野は事件の当事者でこそないものの、犯人と標的の双方をよく知る人物――特に命を狙われる側の奥津は旧友であるだけに、その心境はかなり複雑なはずですが、感情描写が抑制的なのが作者らしいところといえるかもしれません*2

 犯行の舞台となるのはキャンプ場で、三原はキャンプ中の事故に見せかけた殺人を企てることになります。目次でおわかりのように、犯行に何が使われるのかは章題で明かされているのですが、それがどのように使われるのかが本書の大きな見どころです。加えて、三原の計画の詳細までは知らされていない“見届け人”の芳野が、単に見届けるだけでなく三原の企みを自力で解き明かそうとすることで、“もう一人の探偵”のような立場になっているのが面白いところ。結果として芳野は終始、優佳のさりげない対策まで含めて推理を重ね、読者に解説する役割を担っています。

 かくして、“囚われた姫君”を解放する“騎士”と“悪逆の王”――と芳野が表現する三原と奥津の対決が、“王”に代わる“探偵”との攻防を経てついに決着を迎えた後、“探偵”と“もう一人の探偵”を中心とした“感想戦”が展開されるのがもう一つの見どころです。優佳の側から見た事態の推移もなかなか興味深いものがありますが、芳野の“防御”を軽々と突き崩す優佳の鋭い“攻撃”は見ごたえ十分ですし、両者の“対決”を通じて関係者の隠された思惑が明らかになっていくところがよくできています。

 さらに“感想戦”の後の「終章」での、優佳の“ある指摘”から始まる一幕がお見事。ある程度までは見当がつく方もいらっしゃるかもしれません*3が、それを踏まえての“そこから先”、そして一見すると何の変哲もない“最後の一言”が絶妙で、結末には作者らしさの感じられる何ともいえない後味が残ります。毎回違った趣向で楽しませてくれるこのシリーズですが、本書もまた満足のいく一冊です。

*1: 前作『賛美せよ、と成功は言った』も犯人ではなく“立会人”の視点で描かれていますが、そちらでは事件は終結しており、その後のディスカッションにおける“攻防”を見届ける役割となっています。
*2: 後述するように、“心”よりも“頭”を動かすのが忙しいこともありますが。
*3: (一応伏せ字)題名の意味(ここまで)を考えれば、それがどのように使われるのか、というところまでは予想できるのではないでしょうか。

2021.09.28読了  [石持浅海]