ミステリ&SF感想vol.235

2020.05.24
『ドロシイ殺し』 『隠蔽人類』 『碆霊の如き祀るもの』 『牧神の影』 『パズラクション』



ドロシイ殺し  小林泰三
 2018年発表 (創元クライム・クラブ)ネタバレ感想

[紹介]
 大学院生・井森健は夢の中で、間抜けな蜥蜴のビルになっていた。故郷の不思議の国に戻れないまま、どことも知れぬ砂漠をさまよっていたビルは、干からびる寸前に、案山子とブリキの樵とライオンを連れたドロシイと名乗る少女に助けられる。オズマ女王が支配するオズの国に住むというドロシイは、ビルをエメラルドの都へと連れて行くが、そこでも不思議の国の手がかりはつかめない。やがて、オズマ女王の誕生パーティーでにぎわう宮殿の奥で殺人事件が発生し、井森が暮らす現実世界でも相似形の死亡事故が起きてしまった……。

[感想]
 『アリス殺し』『クララ殺し』に続く〈メルヘン殺しシリーズ〉*1第三弾で、今回はライマン・フランク・ボームの児童書……というよりもミュージカルなどで有名な『オズの魔法使い』の世界*2――オズの国を含む〈フェアリイランド〉を一方の舞台として、〈現実世界〉と並行しながら事件の顛末が描かれていきます。〈現実世界〉の側に“小林泰三ワールド”の人物が登場するのもこれまでと同様です*3

 物語は、前作での〈ホフマン宇宙〉から〈フェアリイランド〉に迷い込んだ蜥蜴のビルがドロシイに助けられるところから始まり、次いで井森も〈現実世界〉でドロシイと出会うことで、両方の世界でいつもの微妙にかみ合わない会話*4を通じて〈フェアリイランド〉の様相が明らかになっていきます。『オズの魔法使い』でのドロシイの冒険は終わった後で、現在はオズマ女王に統治されているオズの国は、一見すると夢のような国ではありますが、ビルの空気を読まない発言によって“影”の部分が見え隠れするのが面白いところです。

 やがて〈フェアリイランド〉で(小林泰三らしく)何とも凄惨な殺人事件が起こると同時に、〈現実世界〉の側でもそれに対応した死者が発生し、例によってビル/井森が事件の捜査に関わることになりますが、〈フェアリイランド〉の側ではなかなか捜査が進まない一方、〈現実世界〉の側では井森らの前に“犯人”が堂々と登場してくるのが大きな見どころ。もちろん、“その“犯人”が〈フェアリイランド〉では誰なのか”が次の焦点となっていく*5わけですが、そこまで含めてこのシリーズの設定ならではのユニークな展開といえるでしょう。

 そして謎解きでは、思わぬところからやってくる不意打ちの“第一段”が読者を困惑に突き落としたところで、満を持して放たれる“第二段”で完全にしてやられたことが判明する、二段階の真相提示がお見事。さらにその後、犯人が語る犯行の動機も実に凄まじいものがありますし、最後に待ち受けている豪快な事件の幕引きもなかなか強烈な印象を残すものとなっています。前二作とはまた趣の違った、比較的シンプルながら効果的な企みが鮮やかに決まった快作です。

*1: シリーズ名は本書の帯より。
*2: 正確には、『オズの魔法使い』に始まるシリーズの世界が舞台となっています。
*3: 本書については、先に『玩具修理者』を読んでおくと、より楽しめるのではないかと思います。
*4: 例によってきちんと“原典”を読んでいないのでアレですが、〈フェアリイランド〉の住人たちにはどの程度アレンジが加わっているのでしょうか。
*5: シリーズをお読みの方はお分かりのように、“夢”の世界(本書では〈フェアリイランド〉)での罪は〈現実世界〉で裁くことができない――〈現実世界〉での“犯人”は犯人その人ではないので、そこで解決というわけにはいきません。

2018.05.17読了  [小林泰三]
【関連】 『アリス殺し』 『クララ殺し』



碆霊{はえだま}の如き祀るもの  三津田信三
 2018年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 一人で漁に出た少年が、海に浮かぶ白い生首に遭遇する……「海原の首」
 物見櫓で瞑想する若き僧侶に、海からの怪異が忍び寄る……「物見の幻」
 村を訪れた薬売りの女が、竹林の迷宮から出られなくなる……「竹林の魔」
 自動車での帰路、先回りするように何度も怪異が出現する……「蛇道の怪」
 ――江戸時代から戦後までの四つの怪談が伝わる、断崖に閉ざされた海辺の村。怪談に興味を持った刀城言耶らが村を訪ねてみると、滞在中の民俗学者が竹林の迷宮で餓死した奇怪な事件を皮切りに、怪談をなぞるような連続殺人事件が発生する。事件の真相は村に隠された秘密につながるのか。なかなか説明のつかない無数の謎が渦巻く中、刀城言耶が最後にたどり着いた真相は……?

[感想]
 『幽女の如き怨むもの』から実に六年ぶりとなる〈刀城言耶シリーズ〉の最新長編で、今回は断崖に閉ざされた漁村*1を舞台に、現地に伝わる怪談さながらの事件を扱った作品となっています。ということで、冒頭から100頁以上を割いて語られる四つの怪談がまず見どころで、それぞれに趣の違う内容で飽きさせることなく、しかしいずれもしっかりと恐怖を残すのがさすがです。最後の「蛇道の怪」が現在進行中なのも目を引くところですが、海から遠く山道にまで至る怪異がすべて題名の“碆霊”に由来する*2と考えてみると、その巨大さ/手強さがうかがえます。

 怪談に続く本篇は一転して、言耶と担当編集・祖父江偲に地元出身の編集者*3・大垣秀継を案内役とした三人の愉快な“珍道中”から始まります。最初の事件が発生(というより発覚)するのは200頁を過ぎてからとかなりスローペースで、一晩の野宿を挟んで険しい道を二日がかりで踏破し、ようやく到着した村の神社で歓待を受けるあたりまで、比較的ゆるい雰囲気で描かれていきますが、その中で、現地を訪れるに至った経緯や村を取り巻く事情なども説明されていくので、事件の前にある程度の分量が必要になるのも理解できるところです。

 そしてついに起きる事件は、ロナルド・A・ノックス「密室の行者」*4へのオマージュ*5風の〈竹林宮事件〉をはじめ、なぜか怪談をなぞったような状況が不可解さを漂わせるとともに、密室状況下での消失や“足跡のない殺人”など不可能犯罪の様相を呈するもので、いずれもそれぞれに魅力的です。また、事件の背景に横たわる村の秘密が容易にその正体を見せることなく、謎が増えていくのと相まって、事件が起きるたびにとらえどころのなさが強まっていくのが本書の特徴です。

 それでも終盤までくると、言耶が実に70項目もの謎を挙げてから恒例の“一人多重解決”に突入します……が、正直なところ、今回はやや“風呂敷を広げすぎた”感がなきにしもあらず。個々の事件のトリックなどには面白い部分もある――とりわけ〈竹林宮事件〉のトリックは出色の出来――のですが、“一人多重解決”を経て行き着いた真相が、どうにも力不足で面白味に欠けるのは否めません*6し、謎解きの中で“犯罪史上、希に見る狂った動機とされている点にも納得しがたいものがあります。

 しかしそれらの真相から、怪談に通じる雰囲気を読み取ることもできるのも確かで、ミステリがホラーに奉仕しているという見方もできるかもしれません。そして謎が解かれた後、完全にホラーに舵を切った結末は何とも凄まじく、また物語の幕引きとしても実に見事です。ということで、ミステリ部分はこのシリーズにしてはやや微妙な印象が残ってしまうのですが、ホラー部分と合わせてみれば十分に満足のいく作品です。

*1: 正確には、犢幽{とくゆう}村・塩飽{しあく}村・石糊村・磯見村・閖揚{ゆりあげ}村の五つからなる強羅地方の中で、「蛇道の怪」(閖揚村で現在起きている)を除いた三つの怪談が伝わる犢幽村が、本書の主な舞台となっています。
*2: 「物見の幻」の中にも、“もしかすると様々な怪異の正体は、全て同じなのではないか。”(36頁)とあります。
*3: ただし、勤めているのは祖父江偲とは別の出版社です。
*4: 江戸川乱歩・編『世界短編傑作集4【新版】』(旧版では『世界短編傑作集3』)などに収録されています。
*5: 他には、荒巻義雄「無窮の滝の殺人」『エッシャー宇宙の殺人』収録)や柄刀一『マスグレイヴ館の島』などがあります。
*6: 70項目もの謎が挙げられている割には謎解きが短いあたりにも、その一端が表れているように思います。

2018.07.04読了  [三津田信三]
【関連】 〈刀城言耶シリーズ〉


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.235