「貴族探偵」はいかに改造されたか?
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2017.09.03 by SAKATAM |
ドラマ「貴族探偵:第2話」と、原作「加速度円舞曲」(『貴族探偵』収録)のネタバレがありますので、未読・未視聴の方はご注意ください。 |
第2話 「加速度円舞曲」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
放送日:2017年4月24日 ○あらすじ
高徳愛香は編集者・日岡美咲の車に同乗し、人気ミステリー作家・厄神春柾の別荘に向かっていた。探偵に取材したいという厄神の依頼で、愛香が招かれることになったのだ。しかし途中の山道で、車の前に巨大な石が転がり落ちてくる椿事が発生。愛香が現場の安全を確保し、警察に通報して戻ってみると、美咲は車を離れて、いつの間にか現れた貴族探偵一行とお茶を楽しんでいた……。 ○登場人物・舞台・事件の概要
ドラマでは、原作「加速度円舞曲」には登場しない女探偵・高徳愛香はもちろんのこと、久下村刑事の部下・星川刑事が常見刑事のパートナー(?)として捜査陣に追加されていますが、ミステリとして重要なのは新たな容疑者として追加された編集者・松尾早織でしょう。事件関係者がごく限られた原作そのままでは、容疑者が少なすぎて“誤った解決”がほぼ不可能となってしまう(*1)ので、多重解決を成立させるために必要不可欠な改変といえます。 さらに“誤った解決”にそれらしい動機を用意するために、日岡美咲と厄神春柾の間に、原作にはない不倫関係が導入されています。 また、原作に登場して推理を披露する使用人は運転手・佐藤でしたが、ドラマでは厄神の熱心なファンという設定のメイド・田中が、佐藤に代わって推理を担当しています。 *
現場となった富士見荘の位置づけ(厄神が富士山を眺めながら執筆するための仕事場)は原作と同様ですが、建物の周囲の様子や間取りは少々異なっています。これは――そもそも原作のトリックを細部まで忠実に再現する意図はなかったのかもしれませんが――温室や物置の配置なども含めて原作そのままの建物を見つけるのは難しいでしょうから、当然ともいえる改変で、トリックもそれに合わせて改変されている部分があります。 その他、厄神の趣味でドローンがいくつかあること、美咲が原作と違って(*2)富士見荘を何度も訪れていたこと、そして縁起を担いで玄関ではなく勝手口から出入りする厄神の習慣(*3)が知られていたこと、といったあたりが富士見荘に関するドラマ独自の設定です。 *
原作では、“泣きっ面に蜂”でやけになり、車を飛ばして別荘地(富士見荘ではない)から帰ろうとしていた美咲が、一人で落石に遭遇したところへ貴族探偵と運転手・佐藤が通りかかるという発端から、石が落ちてきた別荘がたまたま美咲の担当作家・厄神のものだったという展開ですが、この偶然があんまりといえばあんまりなこともあってか、ドラマの発端は、厄神の依頼で美咲が愛香を富士見荘へ連れて行く形に変更されています。 事件の状況はおおむね原作どおりといえますが、その中にあって注目すべきは[犯行時刻の変更]――より正確にいえば[殺害と落石の間隔の変更]でしょう。原作では、殺害が午後1時前後で落石は1時間20分ほど後の出来事となっていますが、ドラマでは殺害が午前5時から7時で落石は午前10時と、約4時間の間隔をとってあります。
これはトリックの改変にも関わるので、
いずれにしても、原作ではほぼ一連の出来事とされていた殺人と落石が、ドラマでは二つに切り離された上で、それぞれについて容疑者たちのアリバイが検討されてポイントとなる――つまりは、原作と違ってアリバイものに転じていることが、ドラマの最大の特徴であることは間違いありません。この改変で、落石にアリバイ工作というもう一つの効果が加わっているところがよくできていますが、しかし一方では、原作既読者からみて意見の分かれそうな部分を生じる要因ともなっています(後述)。
*1: 推理に間違いがあってもそれなりの理屈で犯人が“当たり”だった場合、“誤った解決”と“正しい解決”が大差ない印象となってしまい、面白味が薄くなるのは否めません。
*2: 原作では、美咲が富士見荘を訪れたのは一度きりで、道も覚えていない状態です。 *3: 原作では、 “先に美咲たちを玄関の前で降ろしたあと、玄関が内側から開けられて、厄神が出迎えた”という記述で、裏から出入りできたことが示されています。 *4: ドラマ第6話(「春の声」後編)での鼻形警部補の台詞より。 ○原作のトリックと解決原作では、貴族探偵が美咲とディナーの約束を取り付けていることもあって、ドラマと比べてスピーディな解決が目を引きます。というのも、落石に遭遇した美咲に犯行が不可能な以上、実質的な容疑者は令子と滝野の二人だけで、しかもその二人が“一緒にいた”というアリバイを主張しているのですから、二人の共犯であることまで見え見えとなります。 運転手・佐藤の推理が、犯人が石を落とした理由を出発地点としてほぼ一本道で進んでいくことも、スピーディな解決に貢献しています。ただし、その一本道の途中の“ステップ”が多いために、どのようにして最終地点(犯人)に到達するのか、出発地点から予測するのが困難になっているのがポイントです。
佐藤の推理は上に書いたように、“風が吹いたら桶屋が儲かる”を逆転させて“桶屋が儲かったのはなぜか?”から“風が吹いたから”に至るような手順で、推理の“ステップ”の多さと明らかになっていく物品移動のイメージとが相まって、実にダイナミックな印象を与えます。そしてこの怒濤の推理の果てに、書斎に変化がないと証言し、犯行時刻に本宅にいたと主張する令子と滝野が、犯人であることが明らかになります。 〈ステップ6.ベッドの向きを変えると、位置関係で犯行が不可能〉のところでは、枕の向きを変えるという“逃げ道”もあるのですが、そうすると厄神が忌避する“北枕”になってしまう(*5)ため、ベッドの向きを変えざるを得なかったという“オチ”も面白いところです。 さて、犯人の令子と滝野は、久下村刑事にアリバイを尋ねられて“二人で本宅にいた”と主張しているのですが、そのアリバイが問題にされるまでもなく事件が解決されているように、原作はドラマと違ってアリバイものではなく、トリックも犯行現場を誤認させるための死体移動トリックであって、必ずしもアリバイトリックではない(*6)ことを念頭に置くと、ドラマの大胆な改変がよくわかるのではないでしょうか。
*5: 作中に挿入されている図面に、さりげなく描かれた方位記号が効果的です。
*6: 死体を移動したことで、本宅でのアリバイを主張できるようになったのは確かですが、アリバイトリックとしての中核となるのは“ずっと本宅にいた”という偽証の方でしょう。 ○ドラマのトリックと解決前述のように、ドラマは原作と違ってアリバイものに変更されているため、愛香の推理も、殺害と落石についての容疑者たちのアリバイの検討から始まります。富士見荘に出入り可能な四人の容疑者たちのアリバイは、(メイド・田中による捜査情報のまとめを参考に)下の表のようになっています。
ちなみにドラマでは、事情聴取の様子が 閑話休題。上の表のように、殺害と落石の双方でアリバイのない容疑者がいない中で、愛香は殺害と落石の片方だけにそれぞれアリバイのある二人の容疑者(美咲・早織組)の組み合わせによって、“困難は分割せよ”を地で行くような(あるいは交換殺人風の)推理を示しています(*8)。 分業によるアリバイ工作そのものは定番ではありますが、原作と比べてみると、新たな容疑者の追加(*9)と[殺害と落石の間隔の変更]によって“誤った解決”を、しかも原作ではどうやっても犯行が不可能な美咲を“犯人”に仕立てる“解決”を作り出してあるのが、原作既読者としては非常に面白いところです。また、原作でも(レッドヘリングとして)滝野が持ち出していた厄神の愛人疑惑を、“嘘から出た実{まこと}”として(二人も!)“誤った解決”の動機に据えてあるところもよくできています。 さらにいえば、[殺害と落石の間隔の変更]によって落石に新たな意味が与えられたことで、愛香が“誤った解決”の中で“犯人が石を落とした理由”を説明できるようになっているのも重要なところです。さもなければ、(“美咲の車を狙った”は無理があるとされている以上)“邪魔だから落とした”以外に納得できる説明がつけられるとは考えにくいので、落石については説明を放棄せざるを得なかったかもしれません(*10)。その意味でも、[殺害と落石の間隔の変更]とアリバイものへの改変は、多重解決に不可欠だったといえるでしょう。 このような愛香の推理に対してメイド・田中は、落石がアリバイ工作という点には同意しつつも、残りの二人の容疑者、本宅にいた令子・滝野組に実行可能な遠隔操作トリック――車止めを使って斜面のやや手前に車を停めた後、本宅から操作するドローンで車止めを取り去ることで、車に斜面を下らせて石を落とすトリックを示します。富士見荘と本宅の直線距離が1キロ弱でドローンが操作可能という情報が、視聴者にはっきり示されていないところはややアンフェア気味といえるかもしれませんが、今回の〈御前ヒント〉の一つになっているドローンが“使える”ことは、十分に予想できるのではないでしょうか。 ちなみに、再現ビデオの中でドローンによって外された車止めは、石を落とした後の車止めよりも軽量ではあるものの、車輪が“踏む”ことで、つまり車の荷重がある程度かかることで車を止めるタイプですから、ドローンで引き抜くのはおそらく無理で、このトリックは実際にはうまくいかないと思われます……が、まあ、そこはそれ。映像ではうまくいったように見せてありますし、個人的には許容範囲です。 もう一つ、アリバイ工作とするならば落石のタイミングが重要になってくるのですが、そのあたりの説明がなかったのは少々残念。いつ落石があったのか不明ならばアリバイ工作の用をなさないので、美咲らが目撃できるタイミングか、もしくは美咲の車が通り過ぎた後でなければならないわけですが、美咲らの訪問の予定を厄神から聞いていたとしても、車がいつ問題の箇所を通るかまではわからないはずです(*11)。もっとも、宅配業者の配達時刻にも左右されるでしょうし、そもそも令子・滝野組の場合、落石によって得られるアリバイは“ついで”のようなものなので、さして問題はないでしょう。 さて、続いて問題になる殺害時の令子と滝野のアリバイについては、原作とほぼ同様の死体の移動/犯行現場の誤認トリックを、アリバイトリックに転用してあります。後述する理由で本棚の移動が割愛され、その結果として(*12)死体をベッドごと移動する形に改変されているのが原作との大きな違いで、そのために少々苦しいところが生じているのも確かです(*13)が、それでも落石のもう一つの理由へとうまくつなげてあります。
描くのが面倒だったので上の図では省略していますが、書斎の壁は本棚でほぼ埋め尽くされているため、ベッドを入れる場所は勝手口の前しかなく、そちらをふさいでしまうと、キッチンの勝手口から出入りできるように車を前に出さざるを得ない――という具合に、石を落とさなければならなくなる状況がうまく作られています。特に、キッチンの勝手口まで車を進めてようやくドアが開けられるように、絶妙な位置まで続いている柵が地味ながら効果的です。 原作と比べると、ベッドの向きを変えるための本棚の移動が省略されたこともあって、“風が吹いたら桶屋が儲かる”がだいぶコンパクトになった印象がありますが、本棚の移動が無理なのは映像で一目瞭然でしょう。ベストセラー作家の仕事場ともなれば、やはりあのくらいの大きな本棚がある方が自然で、そうなると本棚を移動する作業――本を取り出してから本棚を動かし、また本を棚に並べ、床に残った痕跡をきれいに掃除する――に相当な時間を要するのは明らかです。つまりは前述の[犯人の作業量]の問題で、本棚の移動がカットされたのは致し方ないところだと思われます。 かくして、(共犯関係が想定されるがゆえのこととはいえ)容疑者たち全員のアリバイが崩れるという、アリバイものにしては珍しい状況になっているのが面白いところです。実のところ、ドラマ第1話「白きを見れば」とは違って愛香の推理を否定する材料はなく、どちらの推理がよりもっともらしいか(*14)ということになるのですが、前述したドローンのトリックの問題を別にすれば、落石にもう一つの理由が用意されている点(*15)で田中の推理に軍配が上がるでしょう。さらにそれを補強するために、謎解きの途中で久下村刑事が星川刑事に指示を出し、推理の裏付けとなる車止めとドローンを発見する演出が用意されているのが周到です。 さて、ドラマでは“風が吹いたら桶屋が儲かる”のコンパクト化の一環として、原作のオチになっている“北枕”のロジックも削除されています。これは、厄神がベッドに倒れ込んだ後は殴らないように犯行の様子が変更され(*16)、犯行の位置関係が問題にならなくなったことによるものですが、余った“北枕”を最後に貴族探偵が“リサイクル”しているのが思わぬサプライズ(*17)。“死体の移動が露見しないように北枕を避けた”原作から“被害者のために北枕を避けた”へと、逆方向の意味を持つように改変してあるのがお見事です。
*7: 厄神の死亡推定時刻が早朝(午前5時から7時)なのも苦しいところですが、さらに本宅と富士見荘の間が直線距離にして1キロ弱しかなく、実際の経路が曲がりくねっているとしても、一時間程度の空白があればアリバイが成立しなくなると考えられるので、死亡推定時刻の間に何度か目撃される必要があります。それでいて、(田中の推理が正しければ)本宅からベッドを運び出す作業や、厄神の帰宅(厄神の車も)が目撃されていないのは、あまりにも都合がよすぎるといわざるを得ません。
とはいえ、これはもうそのような“設問”と受け取るべきだと思いますし、 “アリバイ確認中”の演出によって無理のあるところをうまく隠した手腕をほめるべきでしょう。 *8: 余談ですが、原作『貴族探偵対女探偵』を既読だった方の中には、この推理をみて「幣もとりあへず」での謎解き直前の愛香の独白(それまで解決に失敗してきた理由の自己分析)を思い浮かべた方もいらっしゃるのではないでしょうか。それを踏まえるとやはり、「色に出でにけり」がドラマ化されないのは早くから決まっていたと考えられます。 *9: 前述の[現場からの脱出]の問題に関して、早織が富士見荘周辺に形成される“密室”の内側でアリバイのない状態となるよう設定されているところも、(少々あざといものの)よく考えられています。 *10: ドラマ第1話「白きを見れば」でも愛香は“謎の物音”をスルーしていましたが、第2話の落石は物語のより中心に位置する謎なので、その説明を放棄すれば謎解きとして致命的なことになったと思います。 *11: 再現ビデオには、犯人役の山本と佐藤が本宅から落石――というよりもドローンの方でしょうか――を確認する場面がありましたが、山道を通る車は(映像で見る限り)木々に遮られて本宅からは見えないでしょう。 *12: 本棚を移動しないのであれば、当然ベッドで勝手口をふさぐことになりますが、原作のようにすでに書斎にあるベッドの向きを変える場合、もともとベッドが置かれていた壁が空くことになり、ベッドの置き方が見るからに不自然になってしまいます。 *13: トラックで何とか運べたとしても、カバーをかけても目立ってしまうおそれがありますし、本宅を捜査されると寝室にベッドが一つしかないことに不審を抱かれそうな気が……。 *14: アリバイものにおける真相解明は一般的に、ドラマ第1話「白きを見れば」のような消去法ではなく、“犯行が不可能な状況”(アリバイ)を打破するトリックの解明を介して犯人を“確定”させる手順となるので、有栖川有栖が提起した“別のトリック問題”―― “作中で別のトリックが使われた可能性を消去する方法がない”(『江神二郎の洞察』収録の「除夜を歩く」より)――を内在しています。そのため、実行可能なトリックが複数示され、それぞれを導く推理に明らかな誤りがない場合には、最終的に蓋然性の勝負にならざるを得ません。 *15: 落石がアリバイ工作になり得るのは確かですが、落石でなければならない理由はないので、“兼用”している方が説得力が高いのは確かでしょう。 *16: この改変によって原作よりも殺意が薄くなり、最後の貴族探偵による“女性のケア”が成立することになっています。 *17: 原作と違って方角が明示されていないので油断していましたが、事件が山梨県警の管轄ということで、富士山の見える側――書斎の窓があり、厄神の頭が向けられていた側は、おおよそ南にあたることがわかります。 ○風が吹いたら桶屋が儲かる……か?ドラマ化に際しての改変のうち、原作の“風が吹いたら桶屋が儲かる”部分に関するものは、原作既読者の間でも意見が分かれる――というよりも、どちらかといえば評価しがたいところではないかと思われるので、その部分について少し考えてみます。 ベッドを九十度回転させ、邪魔な本棚を移動させ、その結果扉を潰してしまうことになり、急遽裏への出入り口として勝手口が必要になり、邪魔な車を移動させるために富士の石をどかしたのです。 原作での佐藤の説明にドラマの内容を当てはめてみると、前述のように本棚の移動は作業量に無理があるので割愛もやむを得ず、ベッドの回転は削除ではなくベッドの搬入に変更されており、あとはここで挙げられていない“北枕”を含めても、原作の“風が吹いたら桶屋が儲かる”手順が現象の分量としては思いのほか再現されている、といえるのではないでしょうか。 しかしながら、その割には全体として再現度が低い印象が生じているのもまた事実です。その原因を考えてみると、一つ一つのステップの問題というよりも、原作との解決の手順の違いによるところが大きいように思います。原作での佐藤の推理は、“なぜ石が落とされたのか?”から始まって(*18)死体移動トリック、さらに犯人に至るまで一本道を突き進んでいく形になっていますが、ドラマの田中の推理では落石のアリバイトリックがまず解明され、死体の移動と犯人が確定した状態でベッドの搬入から落石に至るという具合に、“未知のゴールへ向かって一直線”とはとてもいえない手順で、原作とはかなり趣が違っています。 それならば、原作と同じような手順で解決をすればよかったのではないか――と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、これは存外に根が深い問題で、以下に示すようにそう簡単にはいきません。
少々強引にまとめたので補足しておくと、〈ステップ4.分業によって“困難を分割”するトリックが可能となる〉から〈ステップ5.落石をアリバイ工作に使える〉のあたりは飛躍しているように思われるかもしれませんが、“誤った解決”のために落石の理由が必要となること、そして原作での落石の(まったく目立たない)もう一つの効果――落石に遭遇した美咲が容疑を免れていることを踏まえると、アリバイ工作という方向へ進んでいくのはごく自然でしょう。一方で、犯人が実行した死体移動トリックも、アリバイと相性がいいことは明らかですから、ドラマがアリバイものに転じているのは必然の結果といえるでしょう。 また〈ステップ6.犯人にも落石のアリバイトリックが必要となる〉は、“誤った解決”で落石をアリバイに使うための[殺害と落石の間隔の変更]の結果ですが、ここにトリックが用意されたことによって(*19)、田中の推理も原作の“風が吹いたら桶屋が儲かる”とは無関係な落石トリックの解明から始まらざるを得なくなり、しかもアリバイ崩しの性質からここで犯人が明らかになってしまうため、最後は〈ステップ8.〈死体の移動→……→石を落とす〉の順序で説明される〉ということになります。 このように考えると、原作にいない愛香を登場させるところから始まって(*20)、合理的な改変の積み重ねの結果としてドラマができあがっている、といっても過言ではないように思います。合理的であるがゆえに、もし使用人並みの推理力があれば放映前に改変の内容を予測できたかもしれないとさえ思えてきますが、いずれにしてもドラマの中とは別に、視聴者からは直接見えないところで密かに“風が吹いて桶屋が儲かっていた”のだ、ということになるのではないでしょうか。
*18: しかも原作ではこの部分、佐藤がまず石のあった場所に立ち、実地検分を兼ねるように移動しながら推理が披露されるのが印象的ですが、ドラマではサルーン内で推理が披露される“お約束”もあって、再現不可能なのが苦しいところです。
*19: 愛香の推理で落石がアリバイ工作であることが示され、それを受けて田中が推理を披露するのですから、落石のアリバイの検討から始まるのは避けられないのですが。 *20: 愛香を登場させなければいいかといえばそうでもなく、ミステリマニアではない一般視聴者からすると容疑者が少なすぎて犯人が見え見えなのは面白くないでしょうから、ドラマ化に際して〈ステップ3.新たな容疑者が追加される〉は不可避でしょう。そして、追加された容疑者をそれなりに疑わしく思わせようとすれば、結果として多重解決に近づいていくことになるので、ある程度似たような改変にならざるを得ないように思います。 ○まとめ「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」(『メルカトルと美袋のための殺人』収録)を思い起こさせるルリビタキが冒頭に登場し、原作の題名になっているヨハン・シュトラウス2世「加速度円舞曲」が富士見荘の前で演奏されるなど、原作ファンに向けたと思しき小ネタが目を引く一方、原作の“風が吹いたら桶屋が儲かる”部分の改変についてはやはり意見が分かれるところでしょう。 しかし上で検討したように、原作から出発して合理的な改変を一つ一つ、それこそこの事件の犯人ばりに積み重ねていくことで作り上げられたドラマ第2話は、これ以外の“解決”を想定しづらい最善のドラマ化といっていいように思います。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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