メルカトルと美袋のための殺人
[紹介と感想]
世に並ぶ者なき“銘探偵”メルカトル鮎と、その友人(?)で推理作家の美袋三条{みなぎさんじょう}のコンビが様々な謎に遭遇する顛末を描いた連作短編集です。
“銘探偵”メルカトル鮎は作中で“哀しいかな、基本的に私は長編には向かない探偵だな”
(83頁)と自らうそぶいていますが、確かに短編ではその切れ味が一層鋭いものに感じられます。と同時に、一つの物語の中の出番が長編よりも多くなっているために、その強烈な“毒”が際立っている感があり、好みの分かれるところかもしれません。
ベストは、「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」。
- 「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」
- とある別荘に招かれ、屋外で転寝をしていた美袋は、目を覚ました瞬間に出会った佑美子に恋をしてしまった。だが次の日の夜中に、佑美子は別荘の主を殺害し、美袋の隣の部屋で“自殺”した。美袋は佑美子が殺されたと主張するが、現場の状況からそれが可能なのは美袋だけだったのだ……。
その昔、初出の『ミステリーの愉しみ5 奇想の復活』(立風書房)で初めて読んだ時には途方に暮れてしまったものでしたが、麻耶雄嵩ならではの“歪み”に慣れたこともあってか、今では実によくできた作品だと思えます。
謎の作り方からして一筋縄ではいきませんが、破壊力のある解決を次々と繰り出すメルカトル鮎の推理も凄まじく、そして最後に示されるこの上なく残酷な真実が圧巻。 - 「化粧した男の冒険」
- メルカトル鮎とともにペンションに泊まっていた美袋は、同宿していた大学生サークルの一人が殺害された事件に遭遇する。だが、被害者は男性だったにもかかわらず、なぜかファンデーションやルージュ、頬紅、アイシャドウから香水に至るまで、しっかりと化粧をしていたのだ……。
“化粧した男”の真相は比較的わかりやすいと思いますが、そこから先が作者の、いやメルカトル鮎の真骨頂。解決を急ぐその姿は島田荘司「疾走する死者」(『御手洗潔の挨拶』収録)の御手洗潔を思い起こさせるものの、その実態は……。
- 「小人閒居為不善{しょうじんかんきょしてふぜんをなす}」
- 興味を引く事件が起こらず退屈しきっているメルカトル鮎は、市内からめぼしい人物を選び、“身辺に危険、不安を感じている方、相談・調査承ります”と記されたチラシを配って事務所で待ち構えていた。と、そこへチラシを見た依頼人が現れ、親族に命を狙われているかもしれないという相談を……。
ミステリとしての“歪み”が“銘探偵”を欲するのか、それとも“銘探偵”が“歪み”を増幅するのか。この作品にしても、推理部分は典型的な名探偵のそれに近いのですが、物語の“枠”が歪んでいる、いや“銘探偵”メルカトル鮎がそれを歪めていることで、独特の印象を残すものになっています。
- 「水難」
- 原稿を書くために訪れた山中の旅館で、何度か奇妙な少女の姿を見かけた美袋。それを聞いた旅館の女中は、修学旅行の女子中学生百人以上の命を奪った十年前の土砂崩れについて話し始める。なぜか一人だけ遺体が見つからなかった少女が、幽霊となって現れているのではないかと……。
後の『名探偵 木更津悠也』でもそうですが、ぬけぬけと物語に幽霊を登場させつつ、あくまでも小道具として扱うというスタンスが印象的です。結果として、手がかりに基づいた(それなりに)ロジカルな推理によって、オカルトな“真相”が紡ぎ出されているのが面白いと思います。
- 「ノスタルジア」
- 正月早々に呼び出され、慌てて実家から駆けつけた美袋を待っていたのは、メルカトル鮎が暇つぶしに書いたという犯人当て小説だった。出された条件を否応なしに呑まされ、犯人当てに挑むことになった美袋。それは雪密室をテーマとした作品だったが、そこにはもちろんメルカトル鮎の“罠”が……。
まず問題の犯人当て小説ですが、辟易させられるほど仰々しい表現が多用されているのが、いかにもメルカトル鮎らしく感じられます。その犯人当て小説に美袋が挑むことになるのですが、小説の中に何重にも仕掛けられた邪悪としかいいようのない“罠”もさることながら、“外枠”部分におけるメルカトル鮎の“口撃”の威力を考えると、勝ち目があろうはずもなく……。
- 「彷徨{さまよ}える美袋」
- 外出の途中で何者かに殴られ、いずことも知れぬ山中の小屋で目を覚ました美袋。山道をさまよってようやくたどり着いたのは、学生時代の友人の弟が営むペンションだった。三日前になぜか美袋のもとに愛用のシガレットケースを送りつけてきたその友人は、十日前から失踪しているのだという……。
少々あざとい気もしますが、手がかりの隠し方が実に巧妙。そして、その手がかりから決め手が掘り起こされるという手順もよくできています。しかし、印象に残るのはやはり、どこまでも倣岸不遜なメルカトル鮎の姿でしょう。恐るべき最後の一行も、心情的には理解できなくはありません。
- 「シベリア急行西へ」
- メルカトル鮎とともにシベリア急行に乗り込んで旅行中の美袋。食堂車で他の日本人乗客と歓談中に突然、事故で列車が急停車するが、しばらく経つと列車は再び動き出した。そしてその翌朝、旅行中ずっと執筆のために個室にこもりっぱなしだった日本人作家が殺害されているのが発見され……。
本書の中で最も“毒”が薄く、オーソドックスなミステリとなっていますが、それだけに少々物足りなく感じられるのは否めません。細かい手がかりをもとにした推理が非常によくできているのは確かですが。
最後の審判の巨匠 Der Meister Des Jungsten Tages
[紹介]
1909年、ウィーン。著名な俳優オイゲン・ビショーフの邸にて、集まった友人たちが楽器演奏や雑談に興じる中、ビショーフが話題にしたのはウィーンの街で続く不可解な自殺事件だった。やがて、ビショーフは席を外して独り庭の四阿にこもるが、しばらくすると突如銃声が鳴り響き、慌てて駆けつけた一同の前には、拳銃を手にして死に瀕するビショーフの姿があった。“最後の審判”という謎の言葉だけを残してビショーフはそのまま息を引き取り、現場の密室状況から自殺に間違いないと思われたのだが、客の一人である技師ゾルグループは、一連の“自殺”と関連する殺人の可能性を口にする……。
[注意]
本書の巻末には訳者・垂野創一郎氏による解説「ペルッツ問答」が付されていますが、その最初の1頁を見ただけで(ミステリとしての)ネタがわかってしまう可能性がありますので、ご注意下さい(*1)。
[感想]
“某有名作品”と共通する“有名なネタ”を使った先行例として、鮎川哲也氏や都筑道夫氏が紹介したという“伝説的な作品”。ですが、本書の魅力は(本格)ミステリとしてのそれとは違ったところにあるように思います(*2)。不可解な事件の真相を最後まで追い続けるという物語の骨格はいかにもミステリでありながら、そこに肉付けされてみるとミステリらしく感じられないあたりは、スタニスワフ・レムの『捜査』や『枯草熱』(*3)などに通じるところがあります。
本書の見どころの一つが、語り手として物語の中心に据えられたフォン・ヨッシュ男爵の造形であることは確かでしょう。自分を捨てて俳優の妻となったかつての恋人、俳優の死に責任ありとして自分を告発する俳優の義弟、ライバルとして常に一歩自分より先んじる技師といった人物たちに囲まれていることもあって、抑圧されて鬱屈した心情がその言動や独白ににじみ出ているとともに、すべての事象がその視点を通して描かれることでどことなく不安定に感じられるところが独特の味わいになっています。
俳優の死をきっかけとして事件の背後に隠れた“怪物”の存在に気づいた技師ゾルグループとフォン・ヨッシュ男爵が、少しずつその正体に迫っていくという物語の形はもちろんのこと、その過程における手がかりを拾い集めてつなぎ合わせるという作業もまたミステリそのままなのですが、それでもどこかにおかしなところがあるせいでミステリとしてはどんどん歪んでいく印象。そしてそのままなだれ込む終盤の怒涛の展開には、圧倒されつつも半ば苦笑を禁じ得ないところです。
伏線がないというわけではないのですが、読者に謎を解かせる/解かせないということをほとんど意識していないかのような印象を与えるあたりが、ミステリらしく感じられない所以かもしれません。前述の“有名なネタ”に関しても、“某有名作品”とはまったく違った、ミステリ的な文脈での使い方とはいえないもので、先行例というよりも平行進化といった方が適切なようにも思えます。いずれにしても、“有名なネタ”の使用例としてだけでなく、色々な意味で非常に面白い作品として一読の価値があるといえるでしょう。
2008.01.02読了
老ヴォールの惑星
[紹介と感想]
気鋭のSF作家・小川一水の第一作品集で、中編四作が収録されています。いずれも、SFならではの特異な状況(しかし決して難しくはない)において“生きる”ということを、真摯に、かつ力強く描いた作品になっており、SFにあまりなじみのない方にもおすすめできる一冊です。
- 「ギャルナフカの迷宮」
- 政治犯を収容するために地下に建設された広大な牢獄、〈ギャルナフカの迷宮〉。囚人はそれぞれ、一つずつの餌場と水場の間を結ぶ経路だけを記した一枚の地図を渡され、死ぬまで迷宮をさまよい続けるのだ。だが、そこに投獄された元教師のテーオは、様々な危険を乗り越えて生き延びていくうちに、大きな変革を……。
松浦晋也氏による解説では堀晃「イカルスの翼」(『太陽風交点』収録)に言及されていますが、地下の閉鎖された空間で形成される社会が描かれている点では、やはり堀晃の「梅田地下オデッセイ」(『梅田地下オデッセイ』収録)を連想させます。
〈迷宮〉の環境そのものもよく考えられていますが、見どころはやはり、ばらばらだった囚人たちが気の遠くなるような時間と血のにじむような努力を経て一つの“社会”を形成していく過程です。特に途中からはややうまくいきすぎのようにも思えますが、収容されたのが政治犯のみというのもポイントの一つかもしれません。 - 「老ヴォールの惑星」
- 熱風の惑星サラーハでは、超臨界水の海面に二本の鰭肢を突き立てて体を支え、暴風を円筒形の体の中に呑み込んでエネルギー源とする生命体が進化していた。その一個体、巨大な体を持つ年老いたヴォールは、空中に水晶体を立てて空を眺め、長年の観察を通じて見出した別の惑星に思いをはせていたが……。
ハル・クレメント『重力の使命』を源流とする、しっかりと構築された異星の環境とそこに住む生命体を主役としたハードSF。どこかロバート・L・フォワード『ロシュワールド』の“フラウウェン”を思わせる、ユニークな生態と一風変わった思考を持った異星の生命体が魅力的です。そして、危機的状況を“生き延びる”ための様々な営みが、“種”の壁を越えて胸を打ちます。
- 「幸せになる箱庭」
- 木星の大赤斑で発見された異星被造物。〈ビーズ〉と名づけられたそれは、木星の質量を削り取って母星へ超光速で送り続けていた。このままではやがて木星の軌道が変化し、地球にも甚大な影響が及ぶことになる。かくして、〈ビーズ〉の母星へ交渉団が送り込まれることになったのだが、行く手には恐るべき陥穽が……。
ファーストコンタクト・テーマの作品ではありますが、物語はやがて思わぬ方向(*1)へ転じます。基本的なプロットは、見方によっては優れた先例(*2)のアップデート版ともいえるのですが、それを成立させるためのディテールは見事に作り込まれていますし、結末における主人公の悲壮ともいえる決断に込められた力強い意志が印象的です。そして、題名が非常に秀逸。
- 「漂った男」
- 偵察機の墜落により、無人の惑星パラーザの海に着水したタテルマ少尉。だが、陸地がなく夜も訪れない惑星の表面積八億平方キロの海原の中で、位置を特定する術がまったくないために、救援要請は徒労に終わってしまった。そのまま海上を漂いながら、通信機の対話だけを頼りに生き抜こうとする少尉だったが……。
SFでしかあり得ない、前代未聞の遭難者の数奇な運命を描いた作品です。少々ご都合主義にも感じられる(*3)もののよく考え抜かれた設定による、通常の“遭難もの”(?)では考えられない“奇妙な味”が漂っています。そしてその、一見すると喜劇であるかのような状況にぴったりはまった言動の裏で、人間として生き続けようと奮闘し続ける主人公の姿に、いつしか完全に引き込まれてしまいます。
“彼が生きるかどうかは誰も口を挟んではいけない。そのことを彼ほど真剣に考えた人間はいないのだから”
という実に印象的な文章を経た結末では、思わず涙がにじみました。(あまりこういう表現は使いたくないのですが)感動的な傑作であることは間違いありません。
*2: ここで想定しているのは、(作者名を伏せ字)岡嶋二人(ここまで)の某作品です。
*3: 特に通信機の特殊な設定に関して。
2008.01.05読了 [小川一水]
ジェシカが駆け抜けた七年間について
[紹介]
長距離を専門としたナショナルクラスの選手が集まる米国の陸上競技クラブ、NAMC。その一員であるエチオピア人のジェシカ・エドルは、仲のよい日本人選手アユミ・ハラダの様子がおかしいことに気づく。体調を崩してから本格的な練習を行っていないアユミは、夜ごと奇妙な服装で宿舎を抜け出し、木の幹に粗末な人形を釘で打ち付けていたのだ。訝ったジェシカの問いかけに、アユミはカントク――ツトム・カナザワに対する恨みを打ち明ける。自分はカントクのせいで走れなくなったのだと……。やがて競技生活にピリオドを打ってNAMCを離れたアユミだったが、その後彼女が自殺したという知らせがジェシカのもとに届く。そして七年後……。
[感想]
女子マラソンの世界を舞台にしたミステリですが、鳥飼否宇『激走 福岡国際マラソン』のようにレースそのものを扱うのではなく、レース以外の部分を中心とした、いわばランナーとしての生き方のようなものに焦点が当てられた作品です。とはいえ、過度にウェットになってはいないのは、作者の持ち味でしょうか。
最初の「七年前」の章で中心となっているのは、日本人選手アユミ・ハラダの口から主人公のジェシカに向けて語られる挫折と失意です。幼い頃からエリートとして頂点を目指してきたアユミと、短い期間で飛躍的に素質を伸ばしているジェシカ――ありがちな構図ではありますが、それだけにアユミの悲壮な“あがき”とその反動としての“心の闇”が、読者に伝わりやすくなっていると思います。さらに、後の「アユミ・ハラダに呪われた男」の章において、そのあたりに関わる事情(*1)が部外者の手で掘り起こされていくことで、より印象深いものになっている感があります。
ミステリとしてはまず、本書の冒頭(「七年前」の章)に置かれた“ねえジェシカ、自分が二人いればいいと思ったことない?”
(5頁)というアユミの台詞が、次の「ハラダアユミを名乗る女」の章で“謎”として結実し、さらに「七年後」の章から「アユミ・ハラダに呪われた男」の章へと展開されていき、最後まで実に効果的に使われているところに感心させられます。このあたりにうかがえる、巧みな技術と優れたアイデアの融合は見事です。
作中で提示される奇怪な謎、手がかりや伏線、ミスディレクションなど、すべては最後の(再びの)「七年後」の章に向けて注意深く組み立てられています。しかしてそこで明かされる真相は……確かにサプライズではあるものの、見方によっては微妙なところもあるのは否めません。しかしながら、それによって本書がある意味で挑戦的な作品となっている(*2)ところに注目すべきではないでしょうか。
↓以下の文章には、本書の性格(?)を暗示するような記述が含まれています。本書を読む前に先入観を持ちたくないという方は、ご注意下さい。
本書は、ミステリにおけるフェアプレイについて大いに考えさせてくれる作品となっています。実際のところ、本書をアンフェアだと評する方も多いようですが、(一応伏せ字)例えば作者のデビュー当時、20年ほど前ならいざ知らず、現在であれば(ここまで)アンフェアとはいえないのではないかと思います。なぜなら、読者が作中の手がかりを見落とすことなく、なおかつ多少の手間を惜しみさえしなければ、本書の(少なくとも最も重要な)謎を解くことは可能だからです(*a)。
本書が(一応伏せ字)一般的にアンフェアとされる作品の類型の一つに該当する(ここまで)のは確かなので、なかなかフェアだといいづらい感覚も理解できなくはありません。しかしながら、それはあくまでも(一応伏せ字)類型(ここまで)にすぎない(*b)のであって、“読者が謎を解くことができるか否か”という原点に立ち返って考えてみると、本書は十分にフェアだというべきではないでしょうか。
なお、上では“謎を解くことは可能”と書きましたが、本書は自力で謎を解こうとしない方が楽しめる作品だと思いますので、謎解きに挑むことはおすすめしません。
↑ここまで
本書のラストには、独特の何ともいえない余韻が残ります。純粋に物語の結末としてのそれもありますが、伏せられてきた真相が最後になって明かされることで、ある種の感慨深さが加わっていることもあります。そして、最初の「七年前」の章で直接的に描かれたアユミとジェシカの対照的な姿が、再びおぼろげに浮かび上がってくることも。
全体的に派手ではなく一見するとおとなしめではありますが、上で注意書きをして述べた点を考えると、どちらかといえばミステリマニア向けの作品かもしれません。いずれにしても非常に興味深い作品だと思います。
2008.01.07読了 [歌野晶午]
乱れからくり
[紹介]
社長の宇内舞子が一人で切り回す小さな調査会社に就職した勝敏夫は、舞子とともに玩具会社の部長・馬割朋浩に依頼された妻・真棹の素行調査に赴く。朋浩の従兄弟・宗児との浮気を経て帰宅した真棹は、朋浩とともに車で空港へ向かうが、尾行する敏夫と舞子の目の前で隕石の落下により車が炎上。真棹は敏夫に救出されたものの、朋浩は焼死してしまう。そしてその葬儀の晩、馬割家では二人の幼い息子が誤って睡眠薬を飲んで急死する。馬割一族の住む、五角形の迷路を擁する奇妙な建物“ねじ屋敷”では、さらに事件が続き……。
[感想]
長編第二作にして、日本推理作家協会賞を受賞するとともに直木賞の候補となり(*1)、さらに松田優作主演で映画化までされた、泡坂妻夫初期の代表作の一つです。
第一長編『11枚のとらんぷ』は“奇術づくし”のミステリでしたが、本書で前面に押し出されているのは“からくり趣味”。伝統ある玩具会社の一族が住む屋敷が舞台となっていることもあって、からくり玩具やからくり人形、からくり仕掛けなどについての様々な薀蓄(*2)が盛り込まれています。さらに、舞台となる“ねじ屋敷”にちなんだ奇妙な建築物や迷路に関する話題も充実している上に、中盤以降の展開に絡んでまた別方面の情報が披露されるなど、実に衒学的な作品となっています。
とはいえ、全体的に決して小難しく感じられることはなく、謎解きとロマンスが融合したようなプロットで読ませるのは作者ならでは、といったところでしょうか。何の変哲もない素行調査に始まりながら、隕石の落下という空前の奇禍をきっかけとして一気に読者を非日常の“からくりの世界”へと引き込む手際も見事です。
その“からくりの世界”で起こる事件は、インパクトのある発端の割には派手なものではなく、思いのほか静かに、しかし着実に進行していきます。結果として、“一族皆殺し”的な展開でありながらもあまり陰惨なものにならず、それでいてどこか得体の知れないものを感じさせるところがよくできていると思いますし、次第にはっきりと表れてくるある種の“歪み”が、解決への手がかりとなっていくあたりも巧妙というべきでしょう。
事件の背後に思わぬ秘密が浮かび上がってくるのと並行して、作者らしいロマンスが物語を動かす原動力となっていき、すべてが収束していく終盤は圧巻。そして明らかになる事件の真相は、前代未聞とまではいえないものの、読者を十分驚かすに足る意外性を備えています。最後のオチもまた非常に秀逸で、ミステリファンなら必読の傑作といえるのではないでしょうか。
2008.01.09再読了 [泡坂妻夫]