「貴族探偵」はいかに改造されたか?

2017.08.07 by SAKATAM

はじめに

 2017年春。“独特の世界観と手法的アプローチに強いこだわりを持った癖のある作風で、マニアックかつカルト的な支持を得ている”*1とされるミステリ作家・麻耶雄嵩の作品、『貴族探偵』『貴族探偵対女探偵』が、まさかのテレビドラマ化――しかも、嵐の相葉雅紀主演でフジテレビの「月9」枠*230周年記念作品として放映される事態となりました(「貴族探偵 | オフィシャルページ - フジテレビ」)。

 羽鳥健一プロデューサーによれば、“次は相葉さんの“カッコよさ”を前面に出したドラマをぜひ制作したいと思っていたのですが、そんな中で出会ったのが「貴族探偵」というミステリー小説でした。”*3とのことで、相葉雅紀主演ありきのドラマ化だったようです。麻耶雄嵩の一ファンとしては、よりによってなぜこんなマイナーな(失礼)作品を……と困惑したものの、放映が始まってみると、予想をはるかに超えるほどミステリ部分にも力が入れられており、原作ファンと相葉ファン(嵐ファン)を中心としたtwitterでの盛り上がりもあって、最後まで楽しく視聴することができました。

 特筆すべきは、小説を映像化するにあたって行われた原作からの数々の改変が、私見では何一つ“改悪”になっていない――軒並み効果的な改変になっていることで、(かなり偏見が混じっているかもしれませんが)小説などの実写映像化では稀有な例ではないかと思われます。結果として、原作未読者を驚かすのはもちろんのこと、原作既読者にも挑戦するかのように容易に先を読ませない内容に仕上がっているなど、ミステリ(小説)の実写映像化としては大成功といっていいのではないでしょうか。ドラマの放映は終了しましたが、「貴族探偵 - FOD - フジテレビの動画配信サービス」(ただし有料)で配信されていますので、見逃してしまったけれど興味のある方は、ぜひご覧になってみてください。

 さてここでは、主に原作とドラマを比較しながら、ドラマ「貴族探偵」について色々と書いてみたいと思います。当然ながら、原作『貴族探偵』『貴族探偵対女探偵』とドラマ「貴族探偵」ネタバレが含まれることになりますので、未読・未視聴の方はご注意ください






ドラマ「貴族探偵」の世界

○推理しない探偵

 貴族探偵の最大の特徴といえば、探偵であるにもかかわらず“推理などという雑事”は使用人たちに任せてしまう、“推理しない探偵”という異色の設定で、ドラマ化に際して原作者・麻耶雄嵩が唯一その設定を守るよう注文をつけた*1というのもうなずけます。

 かの「水戸黄門」にヒントを得て*2“『物語を終わらせる』のが探偵の使命、と云う考えを突き詰めた結果出来たのが貴族探偵”*3というこの設定は、デビュー作『翼ある闇』以来ほぼ一貫して“探偵とは”というテーマを追究している麻耶雄嵩の作品を読んでいれば、比較的受け入れられやすいでしょう。特に、原則として“不可謬”であることを作者に保証された銘探偵・メルカトル鮎が登場し、その“一言がすべてを解決する”*4とされる――推理が長々と披露されない――『夏と冬の奏鳴曲』や、最低限の真相(犯人)だけを告げて、“どうしてそうなるのか”(=推理)は他者に委ねる神様・鈴木くんが登場する『神様ゲーム』『さよなら神様』などは、貴族探偵シリーズの“推理しない”探偵像に近いところがあります。

 しかしながら、圧倒的多数であるはずの一般の視聴者――少なくとも麻耶雄嵩作品に触れたことのない視聴者にとっては、“推理しない探偵”など単に自己矛盾した冗談のような存在でしかないだろうと考えられます。そこでドラマでは、まず、後述の“貴族設定”を大幅にデフォルメするとともに全体的にコメディ色を強調して、“ありえないことがいっぱいのファンタジードラマ”*5に仕立ててあるのがうまいところで、リアリズムに背を向けた*6“冗談”が成立する世界を構築することにより、“推理しない探偵”という冗談のような設定が浮いてしまうのを防いであります。

 一方で、“自身では推理しない”貴族探偵が、にもかかわらずあくまでも“探偵”である――ということを視聴者にしっかり伝えるために、ドラマ第1話から入念に工夫が凝らされているのも見逃すべきではないでしょう。

 一つには、ドラマを原作『貴族探偵対女探偵』の第1話(「白きを見れば」)でスタートさせ、原作ラストの名台詞“探偵とは何ですか? 事件を解決出来ない者は探偵ではないですよね、女探偵さん”で締めることで、事件を解決できなかった女探偵・高徳愛香との対比によって、事件を解決した貴族探偵こそが“探偵”である、と印象づけてある点です。原作では『貴族探偵対女探偵』収録作(ドラマでは第1話、第4話、第8話、第10・11話)にのみ登場する愛香が、ドラマではそのまま最後までレギュラーとして登場し、“貴族探偵対女探偵”の構図が毎回繰り返されることで、“事件を解決した者が探偵”という定義(?)が強調されることになっています。

 もう一つ、(「春の声」を除く)原作と違って、毎回使用人たちが三人揃って登場するのも効果的。ドラマ第1話の原作「白きを見れば」では、執事・山本だけが登場して推理を披露しますが、これをそのままドラマにすると一般の視聴者には“執事が探偵”*7と受け止められかねない*8ところ、メイド・田中と運転手・佐藤が山本の謎解きに協力することで、山本だけが突出することなく“チーム貴族探偵”として事件を解決する形になり、貴族探偵がチームリーダー――“探偵”であることがより明確になっています。また、女探偵・愛香が駆使するスマホが、貴族探偵の“道具”である使用人のアナロジーになっているのも巧妙です。

 またドラマでは、貴族探偵が自身では推理をしない代わりに、謎解き後の女性のケアが解決場面での見せ場として盛り込まれているのもうまいところで、真相が解明された後に事件を決着させる幕引きとなることで、“推理はしなくとも事件は解決する”という貴族探偵の立場を原作よりも補強する、よく考えられた趣向といえるでしょう。

 このように、“推理しない探偵”が視聴者にわかりやすく伝わるよう、ドラマ独自の設定や演出が盛り込まれているのですが、さらに、“推理しない貴族探偵も自力で真相に到達しているのではないか”と視聴者に思わせる演出――誰よりも早く重要な手がかりを暗示するかのような言動――まで用意されているのに脱帽。貴族探偵の隠された有能さを匂わせるだけでなく、真相につながる“メタ手がかり”としてその言動から目が離せなくなる、実に見事なアイディアだと思います。

 実のところ、原作から改変されたドラマ独自の推理合戦のフォーマットを考えると、少なくともドラマ第2話〜第6話・第9話については、(推理までしているかはさておき)貴族探偵自身が真相を見抜いていない限り――あるいは愛香の推理が間違っていることを確信していない限り、使用人に推理を披露するよう指示を出す理由がないことになる*9ので、そういう理解でいいのかもしれません……いや、原作と違って解決前に時間の余裕もありそうなので、使用人の推理を事前に聞いていた可能性もありますが(笑)

*1: 「ダ・ヴィンチ」2017年5月号「『貴族探偵』麻耶雄嵩インタビュー」
*2: 「小説すばる」2017年5月号の「対談 麻耶雄嵩×相葉雅紀『世界一エレガントな探偵へ――』」など。
*3: 「麻耶雄嵩読書会 に参加してきました - はてな使ったら負けだと思っている」より。
*4: 『夏と冬の奏鳴曲』講談社文庫カバーより。
*5: ドラマ第1話から第10話のエンディングでは、“このドラマはフィクションです。ありえないことがいっぱいのファンタジードラマですので、適度にツッコミながらお楽しみください。”というテロップが出されました。
*6: 誤解を恐れずにいえば、名探偵が登場する本格ミステリはもともと“反リアリズム”を指向する部分がありますし、主に過剰さゆえに“バカミス”(→Wikipedia)と称される作品もあるので、そのような世界設定との相性は悪くないと思われます。
*7: 下手をすると、先にドラマ化された東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』の“二番煎じ”と思われてしまう危険もあります(ちなみに、『謎解きはディナーのあとで』第1作「殺人現場では靴をお脱ぎください」「文芸ポスト」2007年冬号に掲載されたのに対して、『貴族探偵』第1作「ウィーンの森の物語」「小説すばる」2001年2月号が初出です)。
*8: 原作の小説の場合には、すぐに次のエピソードを読めば“執事=探偵”でないことがわかりますが、ドラマの場合には次の放送まで一週間空くので、その間に“執事=探偵”のイメージが固定されてしまうおそれもあるでしょう。
*9: 原作の『貴族探偵対女探偵』(の「幣もとりあへず」まで)では、愛香が貴族探偵を犯人と指摘することにより、当の貴族探偵には愛香の推理が誤っていることがわかるので、それが使用人に推理を披露させる根拠となるのですが、ドラマでは改変された結果、それが通用しなくなっています(第1話・第7話・第8話・第10・11話を除外した理由は、ご覧になった方はおわかりかと思います)。

○貴族のしるし

 “推理しない探偵っていうのを考えたときに、その設定が一番うまくはまるのが、貴族のような存在ではないかなと思ったんです。”*10と、“推理しない探偵”の背景としてひねり出された貴族設定ですが、冷静に考えてみるとかなり無茶(苦笑)。もっとも、小説の場合には極端な話、“貴族”と書かれただけでもそれを受け入れざるを得ないところがあるので、外見の描写については“皇室御用達で有名な常盤洋服店のスーツ”*11や、現代の日本の若者には珍しい“口髭”といった程度の“貴族らしさ”でも、あとは読者の想像力に任せて何とかなるところが多々あるかと思われます。

 また、貴族探偵の本名が明かされないのも効果的。というのも、小説において登場人物のアイデンティティは第一に呼称(名前)で読者に認識されるからで、本名が明かされることなく終始“貴族探偵”と呼ばれることにより、貴族探偵が文中に登場するたびに読者の意識には、その呼称に含まれる“身分+役割”が強制的に刷り込まれることになるのではないでしょうか。

 しかしドラマの場合には、そう簡単にはいかないのが難しいところ。映像では小説よりも情報量が多い分、俳優(アニメであれば作画)のイメージが支配的になりますし、登場人物のアイデンティティは(名前よりも)第一に顔などの外見で視聴者に認識されることになり、呼称による刷り込み効果は小説ほどには期待できません。しかし、この作品の貴族設定は物語の“味付け”程度ではなく、“使用人に推理をさせる探偵”という奇抜な造形を視聴者に受け入れさせるための裏付けとなるべきものですから、原作そのままの高級スーツや“口髭”などでは不十分で、(俳優個人のイメージ以前に)それこそ「水戸黄門」のような一目瞭然の“記号”が用意されている方が望ましいことは明らかでしょう。

 おそらくはそのような意図により、ドラマでは(口髭こそなくなったものの)原作の貴族設定をより強調するように、高級スーツに代えてクラシックな様式の(アイドルである相葉雅紀が“その格好を普通に着たまま外出なんて出来ないレベルですよ(笑)”*12というほどに)ゴージャスな衣装(←特にファッションに関しては語彙力がなくてすみません)を用意して、庶民とはかけ離れた存在であることが一目でわかるように工夫されています。その効果は、ドラマ開始前の2017年3月1日から放映されていた5秒スポットCMでの、高級スーツ*13姿の“貴族探偵”(相葉雅紀)を思い返して比べてみれば、わかりやすいのではないでしょうか。もちろん使用人たちにも主人に合わせた衣装が用意され、統一された“貴族感”が醸成されています。

 もう一つドラマ独自の見事なアイディアが、毎回用意される“移動式簡易サルーン”です。これは、関係者を集めて事件の解決を演出するための舞台装置であり、綾辻行人と有栖川有栖による推理ドラマ「安楽椅子探偵シリーズ」*14に登場する“純粋推理空間”へのオマージュであることは間違いないのでしょうが、同時に、内部にこれでもかと豪華で贅沢な調度品の数々*15をしつらえてあるのが注目すべきところ。原作での舞台の制約などもあって、貴族探偵の豪邸を毎回登場させるようなことは不可能な中、限定された空間内で“貴族ワールド”を展開してあるのが実に巧妙で、前述の“解決のための舞台装置”もあわせて、サルーンが外界から隔離された“貴族+探偵”のホームグラウンド*16となっています。

 このサルーンの移動と建築はもちろんのこと、使用人たちによる再現ビデオの制作なども含めて、貴族探偵の“探偵活動”が原作よりも貴族の趣味らしく、無駄に金と手間のかかったものとなっているところもよくできています。また、ややマニア向けのドラマの内容は深夜枠向けではないかという声もありましたが、オリジナルのゴージャスな衣装もあわせて、“チープな貴族”になることなくここまで豪華な映像が実現できたのは、(おそらくは)予算が潤沢な「月9」枠ならではといえるでしょう。

*10: 「貴族探偵|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー」より。
*11: 「ウィーンの森の物語」『貴族探偵』)より。
*12: 「インタビュー 01 | 貴族探偵 | オフィシャルページ - フジテレビ」より。
*13: Diorの“上着だけで¥290,000!!”というダルメシアン柄のスーツです(「貴族探偵 | 相葉雅紀の衣装を調査。貴族役の相葉ちゃんの服は?ネプリーグ出演時の衣装も紹介♪ - Fashion Express」より)。
*14: 「安楽椅子探偵 (テレビドラマ) - Wikipedia」
*15: 「夢織ブログ | ギャラリー夢織 | 上質の西洋アンティーク家具・照明・小物類と手織り絨毯を扱うお店」2017年4月などを参照。
*16: ドラマ第1話での、サルーンで一同を迎えた貴族探偵の台詞“ようこそ、わが家へ”は、もちろん相葉雅紀が以前に主演したドラマ「ようこそ、わが家へ」(→Wikipedia)を意識したものでしょうが、サルーンが唯一ドラマに登場した貴族探偵の“ホームグラウンド”であることを踏まえると、思いのほかしっくりきます。

○貴族探偵を演じる

 ドラマ放映開始当初は特に、主役の貴族探偵を演じる相葉雅紀に否定的な意見もあったようですが、それらは(身も蓋もない表現をすれば)“貴族らしくない”“棒演技”におおよそ大別できるように思います。とりわけ原作を知らない一般視聴者からすると仕方ない部分もあるかもしれませんが、これらの否定的な意見に対してはまず、“貴族探偵”がどのような役柄なのか考えてみる必要があるのではないかと思われます。

 “貴族探偵”といった場合、一般的には(例えば“富豪刑事”*17のように)“貴族でもあり探偵でもある”人物を想像するのではないでしょうか。しかし貴族探偵の場合には、当初から“推理しない探偵”であることが前面に出されているように、“推理”というわかりやすい“探偵らしさ”を捨てる形で造形されているわけですから、決してストレートな“貴族でもあり探偵でもある”ではないことは明らかです。むしろ、既存の貴族像や探偵像からは外れた、“貴族探偵”という独特の――唯一無二のキャラクターと考えるのが適切ではないかと考えられます。

 もう一つ、『貴族探偵』単行本(初版)の帯に引用されている巽昌章の評*18でいわれる麻耶雄嵩作品の“抽象性の魅力”を踏まえてみると、山本・田中・佐藤(・高橋*19)といったありふれた名字しか与えられない上に、推理の役割も相互に代替可能な使用人たちもさることながら、本名が明かされないどころか、原則として偽名や仮名すらない*20――“機能”に基づく肩書きだけを名乗る貴族探偵は、いわば人間性を剥奪されて“機能”がむき出しになった抽象性の極致です。

 しかしてその“機能”とは、他の麻耶雄嵩作品における探偵と同様に“事件解決のための装置”ではあるものの、事件に関わることと女性を口説くこと以外には、自発的な行動としてはほとんど何もしないわけですから、“機能”を表現しようとしても苦労させられる、主役としては非常に難しい役柄といえるのではないかと思います。

 そのような貴族探偵の役を相葉雅紀が演じたわけですが、まず、自身が推理をしなくてもその場にいるだけで、ヴィジュアルによって主役としての存在感を放つという点で、(若すぎない)男性アイドルはうってつけですし、派手なステージ衣装を着慣れているだけあって、貴族としての“記号”である前述のゴージャスな衣装が板についている感もあります。そして、原作者・麻耶雄嵩もいう“爽やかで好青年なイメージ”*21に、原作の貴族探偵よりも柔らかい物腰を組み合わせることで育ちのよさを演出し、“上に立つ者の威厳”ではなく“上に立つ者の余裕”*22を前面に出す方向へ舵を切ってあるのが効果的。

 貴族探偵の役作りに関しては、“ちょっとカジュアルな一面”も加えつつ、基本は“品があってゆとりがあって、何が起きても動じない、喜怒哀楽を出さない、そんな貴族像”を目指したとのことですが、(演技の上手下手は正直よくわからないのでさておいて)そのような姿勢が“育ちの差に裏打ちされた余裕”を感じさせるものになっていますし、とりわけ“何が起きても動じない、喜怒哀楽を出さない”態度は、人間味を抑えて“機能”に徹している印象につながり、巽昌章がいうところの“人形芝居のような抽象性の魅力”――麻耶雄嵩作品らしさを生み出していると思います。

 何より、相葉雅紀の爽やかな笑顔と(ごく一部の例外箇所を除いて)徹底されている柔らかい物腰とが相まって、原作の貴族探偵による傲岸不遜な台詞が、一見すると悪意のなさそうなナチュラルな煽りに転じているのが見逃せないところ。例えば、ドラマ第1話での貴族探偵の最後の台詞、“探偵とは何ですか? 事件を解決出来ない者は探偵ではないですよね、女探偵さん”なども、原作より破壊力を増しているように感じられるのですが、そこには、それが相手に対する煽りになっていることなどまったく気づきもしない、圧倒的な立場の差に基づく無邪気な無神経さがうかがえます。

 このような、原作の貴族探偵とは異なる相葉貴族探偵の造形は、ドラマ第1話での以下の場面――原作にはないフライフィッシング談義の場面での愛香とのやり取りに、端的に表れているように思います。

愛香 「その話いつまで続きます?」
貴族 「失礼。やはり女性はテンカラ釣りよりも、リールを使った方が楽しめますしね」
愛香 「だからそういうことじゃなくて(ため息)。あなたは事件の捜査をしているんじゃないんですか」
貴族 「言っている意味がわからないのですが」
  (ドラマ第1話)

 原作の貴族探偵であれば、愛香に話を遮られた時点で最低限の空気を読んで釣りの話をやめ、“事件の捜査をしないのか”と問われれば“使用人に任せる”と答える*23のではないかと思われます。しかし相葉貴族探偵の場合、前段は――愛香をからかっているような表情でもないので――(反射的に?)“失礼”と応じながらもまったく空気を読まない発言であり*24、(少なくとも庶民を相手には)空気を読む必要もなく生きてきたことを匂わせている、ともいえます。そして後段の反応からは、“推理などという雑事”は使用人に任せる意識が一応はあるのに対して、“捜査などという雑事”はもはや眼中にすらない*25ことが読み取れるでしょう。このあたりは、一見穏やかな姿の陰に隠れた貴族探偵の異質さを垣間見せる一幕といえます。

 また、毎回の見せ場である謎解き後の女性のケアにしても、多くの場合、推理を超えた“メタ推理”とでもいいたくなるような断定口調による(心理などの)“解明”を伴うこともあって、対等の立場からの共感ベースによるものというよりも、“神の視点”から俯瞰しているような印象を与えるところがあるのですが、これも一般庶民と隔絶した貴族探偵の立場の表れであるように思われます。

 ドラマ第1話から第4話にかけて、そのような方向で確立されてきた相葉貴族探偵ですが、桜川伯爵家を舞台にしたドラマ第5・6話(「春の声」)になると、成り上がり者たる花婿候補たちへのシビアな態度など、一味違った“貴族(に近い)世界での貴族探偵”がうかがえます。さらに、ドラマ第6話の終盤からは裏に秘めた企みをのぞかせ始め、“善”とも“悪”ともつかず得体の知れない印象が強まっていき、ついにドラマ第10話(「なほあまりある」前編)ではタメにタメた末のわずかな出番で、昏倒した愛香を抱きかかえてラスボス級の迫力を漂わせる姿まで披露しているのが圧巻です。

 結論としては、ジャニーズにも詳しいミステリ書評家・大矢博子の“最初から貴族イメージに近い俳優では、普通に貴族になってしまう。それではダメなのだ。麻耶雄嵩の狂った世界を象徴する美しき装置として、相葉くんの貴族探偵は大正解なのである。”*26という評に大いに賛同するところで、原作の貴族探偵像を尊重しながらもドラマならでは魅力的な貴族探偵像が完成されており、もはや他の俳優など考えられないほどの“大正解”だと思います。

*17: テレビドラマ化もされている筒井康隆『富豪刑事』(→Wikipedia)。
*18: “人形芝居がただ人の所作の模倣にすぎないのなら、そんなものはとうに滅びていただろう。私たちがいまなお人形たちの動きに惹きつけられるのは、彼らの「人間そっくり」な演技につきまとうカクカクしたぎこちなさが、そこで描かれている悲喜劇をいったん突き放し、抽象化してしまう力を秘めていればこそである。麻耶雄嵩の小説にはいつも、そんな人形芝居を思わせる抽象性の魅力が横溢している。”
*19: ドラマ化されなかった「色に出でにけり」『貴族探偵対女探偵』)で推理を披露する料理人です。
*20: 原作の「白きを見れば」『貴族探偵対女探偵』)で一度だけ、物語の前半で“亀井”を名乗っています。
*21: 「小説すばる」2017年5月号の「対談 麻耶雄嵩×相葉雅紀『世界一エレガントな探偵へ――』」より。また次段落の貴族探偵の役作りについても、同対談から引用しています。
*22: 上の「小説すばる」の対談で、原作者・麻耶雄嵩も“貴族探偵に絶対不可欠なものといえば「余裕」”と述べていますが、これは当の相葉雅紀を念頭に置いたところもあるのかもしれません。
*23: 実際、原作の「ウィーンの森の物語」では捜査について“そんな労働をこの私がする必要はない。雑用は家人に任せればいいことだ。”と、また「加速度円舞曲」では“つまらない作業は佐藤に任せておけばいいんですよ。私の出番はもっと後に控えていますから。”と返答しています。
*24: この部分、貴族探偵の“オタク気質”がにじみ出ているように感じられるのも面白いところです。
*25: といいつつ、ドラマ第3話(「トリッチ・トラッチ・ポルカ」)では自ら捜査めいたことも行っている――美容院のアレ――のですが、そこは貴族の気まぐれということで。
*26: 「「貴族探偵」に相葉雅紀が最適だったワケ[ジャニ読みブックガイド第1回] | ドラマ | 大矢博子 ジャニ読みブックガイド | Book Bang −ブックバン−」より。

○女探偵と師匠と多重解決

 原作の『貴族探偵』『貴族探偵対女探偵』は一話完結の事件を扱った短編集ですが、『貴族探偵対女探偵』の方には連作としての趣向――“貴族探偵対女探偵”の勝負を繰り返した末に最終話「なほあまりある」“あの結末”で締める展開が用意されているので、それを全体に拡大することでドラマの連続性を打ち出すこと、すなわち女探偵・高徳愛香(武井咲)をレギュラーとして登場させるという改変は、原作既読者の誰しも納得しやすいところではないでしょうか*27

 愛香が毎回登場することで、前述のように貴族探偵との“探偵としてのあり方”の違いが明確になるだけでなく、原作よりも感情表現の振幅が大きくなっている*28ドラマ版の愛香は、(貴族らしさを演出するために)これでもかというほど余裕ある態度の相葉貴族探偵と対照的で、互いを際立たせる主役コンビとなっています。いかにも「月9」ドラマ的なヒロインとは少々違うかもしれませんが、物語の視点として、また貴族に対する庶民代表として視聴者の側に立ち、ドラマ終盤から最後には……ということで、愛香は立派なヒロインといえるでしょう。

 ほぼ事件の部分だけを切り出してきた形の原作とは違って、ドラマでは――もう一方の主役である貴族探偵の背景が明かされないこともあって――事件現場から離れた愛香の姿にも焦点が当てられるのも当然。ということで、ドラマの導入部は愛香のホームグラウンドである愛香の師匠の探偵事務所から始まります。原作での師匠は(名前も明かされない)男性で病死していますが、ドラマでは女探偵・喜多見切子(井川遥)に改変されて第1話冒頭から登場……したはずが、オフィシャルページでは“過去に貴族探偵との推理対決に敗れ、その後謎の死を迎えた……というミステリアスな人物”*29と紹介され、師匠に関する愛香の言動にも(“信頼できない語り手”*30さながらに)おかしなところが見受けられるようになっていくなど、師匠その人を謎めいた存在に仕立ててあるのが油断ならないところです。

 そのような師匠の存在と過去にまつわる謎、さらにはそこに関わる貴族探偵自身の謎が、愛香と貴族探偵の間に“因縁”として横たわり、(原作では基本的に偶然顔を合わせるだけの)二人の関係性を補強しているのも見逃せないところですが、最終話に向けて次第にクローズアップされていくことで(毎回完結する事件の謎解きとは別に)サスペンス的な興味を生み出し、連続ドラマらしい全エピソードを貫く軸となっているのがやはりよくできています。そしてその中で、第6話で視聴者の興味を過去へと引きつけておいて、第7話(「ウィーンの森の物語」)を過去エピソードとしてまさかの“貴族探偵対師匠”――愛香相手とは一味違った“対女探偵”を見せてくれるのがお見事です。

 さて、愛香がレギュラーとして登場することによって、必然的に毎回展開されることになる推理合戦――多重解決が、ミステリとしての大きな見どころとなっているのは確かでしょう。特にミステリ慣れしていない視聴者の中には、“間違いだとわかっている推理を聞かされても面白くない”という向きもあったかもしれませんし、厳しいことをいえば原作の『貴族探偵対女探偵』からして多重解決にやや不満の残る箇所もないではない*31のですが、それでも、連続ドラマで多重解決形式を最後までやりきって、その魅力――同じ材料*32から複数の(それなりに)筋の通った“解決”を引き出す面白さや、“誤った解決”が“どこで、どのようにひっくり返されるのか”というどんでん返し的な興味――を視聴者に示したのは、一つの“偉業”といえるかもしれません。

 原作で多重解決形式が採用されている『貴族探偵対女探偵』収録作(ドラマ第1話・第4話・第8話・第10・11話)でも、原作そのままではなく色々な改変を加えてある*33のですが、やはり原作で愛香が登場しない『貴族探偵』収録作(ドラマ第2話・第3話・第5・6話・第7話・第9話)を多重解決形式に改変してあるのが注目すべきところで、原作の内容がもともと多重解決に近いところがある「トリッチ・トラッチ・ポルカ」(ドラマ第3話)などはまだしも、根本的に改変しない限り“もう一つの解決”を仕込む余地がないはず*34「こうもり」(ドラマ第9話)までも、アクロバティックな手法で多重解決形式に仕立ててあるのが非常に秀逸で、脚本を担当した黒岩勉の巧みな手腕が光ります。

*27: 一方で、愛香が毎回“貴族探偵が犯人”と推理する趣向の方はドラマで放棄されていますが、『貴族探偵対女探偵』収録作のみで継続すると中途半端な印象になりますし、全エピソードで徹底すると愛香があまりにも無能に映ってしまうので、この改変も妥当なところでしょう。
*28: 事件の解決に失敗するたびに、貴族探偵が妙にマニアックな動物にたとえるような(苦笑)、放映できない“ものすごい顔”になるほどに。
*29: 「貴族探偵 | オフィシャルページ - フジテレビ:相関図」より。
*30: 「信頼できない語り手 - Wikipedia」
*31: 主に“誤った解決”について、あからさまに重要な手がかりの見落としや、手がかりの強引な解釈が気になる箇所が若干あります。
*32: 多重解決には、新たな情報が追加されることで新たな“解決”が生み出される形式(いわば“不完全情報型”)もありますが、ドラマ「貴族探偵」は原則として、複数の探偵役が同等の情報を手にした状態で異なる“解決”を示す形式(いわば“完全情報型”)となっています。
*33: “誤った解決”の手順に改変を加える(第1話「白きを見れば」)、“誤った解決”による犯人を変更する(ドラマ第4話「幣もとりあへず」)、“誤った解決”を披露する人物を変更する(第8話「むべ山風を」と第10・11話「なほあまりある」)――といった具合です。
*34: 具体的な理由はいずれドラマ第9話のところで書く予定なので、興味がおありの方はそれまでお考えになってみてください(原作で“事件がどのように解決されたか”がポイントです)。

○有能すぎる使用人たち

 貴族探偵と女探偵・高徳愛香の脇を固め、貴族探偵の“手足+頭脳”となって働く使用人たちが、主役の二人にも負けず劣らず重要な役割を果たしていることは、いうまでもないでしょう。ドラマでは、執事・山本に松重豊、メイド・田中に中山美穂、運転手・佐藤に滝藤賢一、そして原作には登場しない秘書・鈴木に仲間由紀恵と、豪華な俳優陣が起用されています。

 ドラマ独自の秘書・鈴木は別として、一人一人を原作での描写と比べてみると、原作では“小柄な女性”“二十歳くらい”*35のメイド・田中の役が47歳の中山美穂になっているのがまず目を引きますが、これはヒロイン・愛香との“かぶり”を避ける意図もあるでしょうし、他の使用人たちと年代をある程度揃える*36ことで“チーム貴族探偵”の一体感を高める狙いもあったのかもしれません。また、“背も同様に低いが、体躯はがっしりしている”*37とされている執事・山本を背の高い松重豊が、そして“プロレスラーのような、二メートル近い巨漢”*38という運転手・佐藤を中肉中背(?)の滝藤賢一が演じるあたりも、厳密にいえば原作のイメージと違っているのは確かです。

 とはいえ、原作では使用人たちの外見の描写に力が入れられていないのは明らかで、このあたりは貴族探偵の“髭”と同様に瑣末な改変といっていいでしょう。一方で、長い話を貴族探偵に遮られる執事・山本*39、意外にミーハー(?)な一面を見せるメイド・田中*40、そして貴族探偵と場違いな趣味談義を交わす運転手・佐藤*41と、原作でごくわずかに表れたものをふくらませる形で使用人たちの個性を演出してあるところは、原作がしっかり尊重されているといえます。また、運転手・佐藤がしばしば謎解き後に暴れる犯人を取り押さえるのも、原作で“合気道の経験もあるので、ボディーガード代わりにも使っている”*42とされているのを踏まえたものでしょう。

 逆に、原作から逸脱した使用人たちの個性もいくつかあって、例えば執事・山本は後述する事件の再現ビデオでの女装姿、メイド・田中は出過ぎた真似を*43という決め台詞(?)、そして運転手・佐藤の、貴族探偵のマニアックな動物でのたとえに笑いをこらえきれない顔といったところは、完全にドラマ独自のものです。が、原作とイメージが違って気になるというよりも、原作よりコメディ色が強調されたドラマの雰囲気に合致している感がありますし、使用人たちの人間味が強まることによって、愛香や鼻形警部補ら庶民と貴族探偵との間の橋渡しがより自然になる効果もあるのではないでしょうか。

 いずれにしても、使用人たちも貴族探偵と同様に、最も重要なのは“機能”――事件解決に果たす役割ということになるでしょう。その点ではまず、ドラマでも使用人たちが貴族探偵に代わって推理を披露するのは当然ですが、毎回三人揃って登場するからといって共同で行うのではなく*44、基本的には一人だけが最初から最後まで推理を述べる形で、“推理当番”*45が完全に代替可能な“貴族探偵システム”がしっかりと再現されているといえます。そしてその上で、使用人たちに新たな役割を付与してあるのが、ドラマの大きな見どころです。

 まず一つは、解決場面ではなく捜査段階での*46見せ場となっている、メイド・田中による捜査情報のまとめ。事件のポイントをわかりやすく視聴者に示すとともに、退屈にもなりかねない事情聴取の場面を大胆に省略できる*47という点で効果的ですが、毎回の趣向を凝らした見せ方も欠かせない魅力となっています。そして、メイドらしく“整理整頓するのが仕事”という田中が情報整理の役割を担当するところがよくできていますし、手早く情報をきれいにまとめる田中の有能さはもちろんのこと、(いい意味で)無駄に立派に作られているところには貴族らしさも表れているといえます。

 もう一つはいうまでもなく、解決場面での使用人たちによる事件の再現ビデオで、まずは“推理当番”でない使用人にも活躍の場を与えることにより、毎回三人揃って登場することに必然性を持たせてあるのが巧妙ですし、(前述した捜査情報のまとめ以上に)使用人たちの並外れた能力と貴族探偵の財力とを鮮やかに見せつける、貴族探偵ならではのプレゼンテーションとなっています。その意味で、何が起こったのか映像によりわかりやすく伝えられる効果だけでなく――というのは、愛香の推理も視聴者に対しては一般的なカットバック風の“再現”映像とともに示されるからですが――わざわざ“劇中劇”の形で制作されること自体に意義がある、といえるでしょう。

 そして、執事・山本の女装も含めて使用人たちがコミカルな演技を見せるその内容は、殺人事件の再現であるにもかかわらず実に愉快なものになっている*48のですが、そこに、前述の巽昌章による評にある“人形芝居のような抽象性の魅力”、すなわち“彼らの「人間そっくり」な演技につきまとうカクカクしたぎこちなさが、そこで描かれている悲喜劇をいったん突き放し、抽象化してしまう”という作用を見出すのは、一概にうがち過ぎともいえないように思われます*49。つまるところ、使用人たちによる再現ビデオそのものが、麻耶雄嵩らしさを体現するのに一役買っている*50といえるのではないでしょうか。

 いずれにしても、推理を披露するのみならず、捜査情報を手早く適切にまとめ、ごく短時間で再現ビデオを制作し、もしかするとサルーンの移動と設置までこなしているかもしれない*51――そのような三人の使用人たちの卓越した能力は一目瞭然。一方、ドラマにのみ登場するもう一人の使用人、秘書の鈴木については、愛香や視聴者の目から隠された貴族探偵の“裏の活動”を担っているため、視聴者の想像力に委ねられる部分が大きくなっているのですが、政宗是正への対処、喜多見切子の“抹消”、そして愛香の“監視”といった“裏の活動”を一手に任されているというだけでも、その能力は疑うべくもないでしょう。

 ドラマ第7話の予告までその存在が伏せられ、秘書・鈴木としての実際の出番も少ないとはいえ、第7話本編で登場するやいなや、スマホアプリ“ギリ”の“中の人”として一年前から愛香の動向を見張っていたことを示唆し、一部で“仲間由紀恵の無駄遣い”ともいわれていた“ギリ”の印象をがらりと一変させる仕掛け*52が強烈。また、第7話の予告で名前を明かすだけで、『神様ゲーム』の“神様”を連想せずにはいられない麻耶雄嵩ファンを震撼させた演出も見事で、(原作への配慮もあってか)限られた出番の割に、十分すぎるほどの存在感を示しています。

 そして忘れてはならないのがもう一人――いやもう一匹、原作では名前だけ登場する貴族探偵の猟犬・シュピーゲルです。初登場のドラマ第3話(「トリッチ・トラッチ・ポルカ」)では愛香が投じたディスクを華麗にスルーする名演技(?)を見せ、第9話(「こうもり」)ではいち早く死体を発見する(ことで、事件の展開を左右している)など大活躍ですが、最も印象的なのは第4話(「幣もとりあへず」)。吊り橋が落とされて孤立した現場に、使用人たちに先駆けて到着して(どうやって運んだのかは不明ですが)貴族探偵が腰掛ける籐椅子まで届けたあたり、“ありえないことがいっぱいのファンタジードラマ”ならではの働きぶりです。

 このようにいずれ劣らぬ優れた能力を発揮する使用人たちですが、同時に、桜川伯爵家の執事・愛知川(ドラマ第5・6話)や具同家の使用人・平田(ドラマ第10・11話)などと比べても明らかに洗練された振る舞いを(基本的には)見せているのも注目すべきところで、そのような使用人たちを従える貴族探偵の“格”の違いがしっかりと表れています。

*35: 初登場の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」『貴族探偵』)より。
*36: 他は、松重豊が54歳、滝藤賢一が40歳、仲間由紀恵が37歳となっています(年齢はいずれも2017年7月現在)。
*37: 初登場の「ウィーンの森の物語」『貴族探偵』)より。
*38: 初登場の「加速度円舞曲」『貴族探偵』)より。
*39: 「ウィーンの森の物語」『貴族探偵』)で推理を披露する際の前置きと、「白きを見れば」『貴族探偵対女探偵』)での推理の途中(ちなみにこちらでは、推理の披露を始める前に“ただし手短にな”と釘を刺されています)。
*40: 「むべ山風を」『貴族探偵対女探偵』)での、愛香とのバンド談義。
*41: ドラマ第2話でも再現された、「加速度円舞曲」『貴族探偵』)でのハンティング談義のみ。
*42: 「春の声」『貴族探偵』)より。
*43: 原作のメイド・田中は、「むべ山風を」『貴族探偵対女探偵』)で“差し出がましいとは存じますが”と口にする程度で、“出過ぎた真似”などあまりしそうにない印象ではあります。
*44: 被害者ごとに分担するよう命じられたドラマ第5・6話(「春の声」)と、内容からして全員が口を出さずにはいられない第10・11話(「なほあまりある」)は別として、執事・山本の推理に運転手・佐藤とメイド・田中が補足を加える第1話が例外的ですが、これは初回ということもあって他の二人にも見せ場を用意する――というよりも、“執事・山本だけが推理担当ではない”ことを原作未読の視聴者にはっきり伝える狙いがあったのではないかと考えられます。
*45: ドラマ第2話(「加速度円舞曲」)序盤の愛香の台詞より。
*46: 原作では、解決の段階で初めて使用人が登場するエピソードもありました(「白きを見れば」「幣もとりあへず」;いずれも『貴族探偵対女探偵』)が、ドラマでは毎回――貴族探偵が一人で事件に遭遇する第4話(「幣もとりあへず」)でさえも――使用人たちが捜査段階から事件に関わる形になっています。
*47: ドラマ第1話では普通に事情聴取が行われていたのが、第2話では事情聴取の場面が“早送り”されているのが象徴的です。
*48: この再現ビデオは、前述の推理ドラマ「安楽椅子探偵シリーズ」の“純粋推理空間”に登場する、数々の推理(仮説)の再現映像を意識したところもありそうですが、そちらでは登場人物たちが(被害者も“生き返る”形で)そのまま推理を再現し、時には推理にツッコミを入れたり自ら推理を披露したりするなど、メタフィクション的な面白さが強調されている感があります。
*49: 使用人たちが揃いの黒ジャージを着て演技をしているのも、抽象化の一環とも受け取れるでしょう。
*50: 麻耶雄嵩ファンの中には、「九州旅行」『メルカトルかく語りき』収録)での小芝居を連想した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
*51: まったく現実的でないのはもちろんですが、それをいうならビデオの制作なども現実的には無理ですし、第4話でのシュピーゲルの活躍などもあることから、“ありえないことがいっぱいのファンタジードラマ”においては決して“ありえないこと”とはいえないでしょう。
*52: そもそも、ドラマも半ば過ぎまで進んできたところで突然、原作に存在しない使用人が新たに登場するとは想定しがたい、ということもあります。が、ドラマ放映前にはオフィシャルページでも仲間由紀恵の役をとしておいて、ドラマが始まったところで“ギリ”の声の役だと(一部の)視聴者に気づかせ、エンドロールで種明かしする趣向……と見せかけた仕掛けが凝っています。ドラマ第6話までのエンドロールで、仲間由紀恵の役名が“ギリ”だけなのは当然ですが、ご丁寧に特別出演と表示されていることで、最後まで“特別出演”だと思い込まされてしまうところもよくできています。

○愉快な(準)レギュラーたち

 原作では、女探偵・高徳愛香を含むレギュラー以外に複数回登場している人物として、愛香の友人・平野紗知(「白きを見れば」「幣もとりあへず」)と、貴族探偵と関係のある玉村依子(「色に出でにけり」「なほあまりある」;以上の四篇はいずれも『貴族探偵対女探偵』)の二人が存在しますが、ドラマでは両者を統合した立場の玉村依子(木南晴夏)が、準レギュラーとして登場しています。まずは、この改変の理由について考えてみます。

 愛香が事件の第一発見者となる「白きを見れば」(ドラマ第1話)と、いわゆる“吹雪の山荘”*53に近い状況で愛香が事件に遭遇する「幣もとりあへず」(ドラマ第4話)では、愛香が友人に誘われる形で現地を訪れる導入を変更するのは難しいところがあります。一方、「なほあまりある」(ドラマ第10・11話)冒頭の依頼に関する“トリック”は、単なる友人というわけにはいかないでしょうし、そもそも愛香が貴族探偵の正体を探るというドラマのストーリーを考えると、そのための足がかりとして貴族探偵に近しい人物が不可欠なのは明らかでしょう。

 しかるに、原作そのままに紗知と依子を別々に登場させようとすると、依子の出番に問題が生じます。というのも、原作での依子の初登場作「色に出でにけり」には、トリックではなく状況設定に関してこのドラマでは少々難しい部分があり*54、ドラマ化されなかったのは当初からの既定路線とも考えられるからで、そうなるとドラマで最終話となるべき「なほあまりある」でようやく依子が初登場する羽目になりかねず、愛香が貴族探偵の正体を探る足がかりとすることもできなくなってしまいます。そのような事態を避けるために、「白きを見れば」(ドラマ第1話)と「幣もとりあへず」(ドラマ第4話)で紗知の代わりに依子を登場させることになったのではないでしょうか。

 ということで、準レギュラーとしてドラマ第1話・第4話・第5話・第10話・第11話に登場する依子ですが、原作での恋愛に奔放な性格に、愛香の友人という立場ゆえの気安さも加わって、まさに天真爛漫*55なキャラクターとなっています。第1話と第4話で事件に巻き込まれた際もさることながら、第5話(「春の声」)ではプライベートジェットでドバイへ買い物に行って愛香との約束をすっぽかしてみたり、第10話(「なほあまりある」)では――原作既読者の誰しもが驚いたことに――愛香を残してまさかの“途中退場”*56をしてみたりと、常に天然かつ自由すぎる言動でドラマに欠かせない魅力を放っていたのが印象的です。

*

 さらに、原作には存在しない通称“マル貴”――神奈川県警の警部補・鼻形雷雨(生瀬勝久)、刑事・常見慎吾(岡山天音)、鑑識係員・冬樹和泉(田中道子)の三人が、ドラマ独自のレギュラー陣として登場します。ドラマ第1話(「白きを見れば」)では所轄の捜査員として登場した三人ですが、第2話(「加速度円舞曲」)では貴族探偵への対処に慣れているという理由で管轄を越えて捜査に加わり、第3話(「トリッチ・トラッチ・ポルカ」)では正式に“マル貴”こと貴族担当捜査官に任命され、揃いの腕章まで用意される運びとなっています。

 連続ドラマとしては、警察の側にもおなじみの人物が出てくる方が望ましいでしょうし、貴族探偵の権力をもってすれば不可能ではないのですから、これは地味(?)ながら巧みな改変といえるでしょう。特にドラマ第2話と第3話では、貴族慣れしていない所轄の刑事と“チーム貴族探偵”の間で調整役を果たす姿もみられますが、第4話(「幣もとりあへず」)以降は――第8話(「むべ山風を」)を例外として*57――“マル貴”が警察側での捜査を主導しているようなところもあります。

 その中にあって、常見は第2話でたびたび所轄の若手刑事と仲良く話す場面が、また和泉は物語が進むにつれて貴族探偵の運転手・佐藤に熱い視線を向けるようになるところが目を引くものの、正直なところ、“マル貴”の中では鼻形の活躍に“食われて”しまっている感もあり、少々もったいない印象もないではない……のですが、それだけこのドラマにおいて鼻形が重要な役割を果たしているのは確かなので、やむをえないところかもしれません。

 鼻形の役割としてはまず、生瀬勝久が人気を博したテレビ朝日系列のドラマ「トリック」*58の矢部謙三警部補役のイメージも借用したような、刑事らしからぬコミカルな演技とアドリブのギャグによって、第1話の序盤からコメディミステリ路線を明確に打ち出していることが挙げられます。そこで路線がはっきりしているがゆえに、その後の(“冗談”のような存在である)貴族探偵の登場がスムーズに受け入れられやすくなっているのは明らかで、ドラマ「貴族探偵」の世界をいち早く構築するのに大きく貢献しています。

 また、鼻形といえば“マル貴”の中でただ一人積極的に(表現は悪いですが)貴族探偵に媚びへつらい、メイド・田中をはじめ使用人たちにも(これも表現は悪いですが)取り入ろうとする一方で、愛香に対しても気安く声をかけて、二人だけの時には貴族探偵への“叛意”を口にしたりもするといった具合に、両者の間で何とも調子よく立ち回る(ただし憎めない)姿が目につきます。これが、事件の解決をめぐって対立する立場にある愛香と貴族探偵の間の――探偵対決の“緩衝材”となって、ドラマが殺伐とした雰囲気に陥るのを回避する効果を生じているのも見逃せないところです。

 改めて考えてみるまでもなく、“貴族探偵対女探偵”の結果は愛香の連戦連敗であるわけで、原作では比較的さらりと流されている感がありますが、ドラマでは登場人物の“顔”が見える――愛香の“変顔”は見えませんが――だけに、敗北の屈辱もよりストレートに伝わりやすくなる部分があると思われます。ましてや、ドラマでは原作の『貴族探偵対女探偵』よりも“負け”が増えている*59のですから、視聴者からみた“探偵としての愛香”はかなり悲惨なことになるはずですが、それがさほどでもない印象になっているのは、やはり鼻形の活躍に負うところが大きいのではないでしょうか。

 時に探偵対決に先立ってあからさまな“はずれ推理”を披露することで、探偵(たち)の“露払い”をするとともに、愛香の“誤った解決”さえも“惜しかった”という印象を与えるまでに相対的に持ち上げているところがありますし、捜査段階から愛香に情報を提供するなど協力し、愛香が披露する推理にも(その場でほぼ唯一)納得した様子を見せるあたりなど、原作にはまったくといっていいほど存在しない愛香の味方*60、どころか、もはや愛香のワトソン役というべきでしょう。原作からすると“異物”であるにもかかわらず、鼻形が原作ファンにも比較的すんなりと/好感をもって受け入れられたのは、原作で(おそらく意図的に)欠けていた*61ワトソン役が“補完”されたことが一因といえるかもしれません。

 さらにドラマ第8話(「むべ山風を」)に至って、愛香にかけられた殺人の容疑を晴らすために鼻形が奔走し、ついには愛香の代わりに“貴族探偵対鼻形”に臨む、熱すぎる展開まで用意されているのに脱帽。そして、今までになく毅然とした態度で見事な推理を披露して、恐れることなく堂々と貴族探偵を告発し、一敗地にまみれた後にその手帳に残った懸命の努力の跡をじっと見つめる鼻形の姿は、ドラマの中でも屈指の名場面といえるでしょう。

 ところで、一年前の事件であるドラマ第7話の時点でも師匠・喜多見切子が“貴族探偵”の名を知っていた――貴族探偵はすでに探偵活動をしていたということですから、“貴族慣れした刑事”は鼻形たち以前にも存在していたはずですが、第7話や第1話には貴族担当捜査官が登場しません。そうすると、“マル貴”は警察上層部の意図したものというよりも貴族探偵の差し金であって、第1話の事件の際の様子から*62、鼻形が警察側での愛香のサポート役として選ばれた、ということではないでしょうか。

*53: 「クローズド・サークル - Wikipedia」を参照。
*54: 以下、ドラマ化されていない「色に出でにけり」の内容にある程度触れますので、未読の方はご注意ください(一部伏せ字にしておきます)。
 問題は、玉村家の身内の集まりで起きた、家庭内の事件であることです。原作では犯人が明かされたところで大胆にカットしてありますが、ドラマではその後(に起きるはずの騒動)まである程度描かざるを得ないと思われるので、何事もなかったかのように依子を再登場させるのが難しくなります。
 そこで、舞台を玉村家から別の家に変更することも考えられますが、事件の性質上、原作での被害者の立場を変更しづらいのがネック。というのも、被害者は家の主人と赤ん坊の運勢を(比較的カジュアルに)占う程度には主人から身内として扱われる一方で、家庭内の事情に通じておらず、また以前に主人の運勢を占う機会もなかったこと、つまりは(少なくとも近年では)ほぼ初対面に近いことが必要となるからで、原作の“初めて家に招かれた娘の恋人”という設定は絶妙なのですが、この設定を玉村家でなく別の家でそのまま使った場合には当然、完全に部外者である依子を登場させることができなくなってしまいます。
*55: ドラマ第5話(「春の声」)での豊郷皐月の台詞より。
*56: これは、事件の状況と真相が原作「なほあまりある」から大きく改変された結果、(原作どおりに事件に関わると)依子一人だけが“蚊帳の外”になってしまうためではないかと考えられます。
*57: 第2話はともかく、第3話と第8話では物語の展開上、“敵役”となる刑事が必要なので、“マル貴”が捜査の主担当となるわけにはいかない、ということでしょう。
*58: 「トリック (テレビドラマ) - Wikipedia」
*59: 原作『貴族探偵対女探偵』では、「なほあまりある」を除いて愛香の0勝4敗ですが、ドラマでは第1話〜第6話・第9話で愛香の0勝6敗となっています。
*60: しいていえば、愛香の友人である紗知(「白きを見れば」「幣もとりあへず」)くらいで、依子(「色に出でにけり」「なほあまりある」)は愛香に好意を示してはいるものの、推理の際には“味方”といえるような態度ではありません。
*61: 『貴族探偵対女探偵』(文春文庫)の大矢博子による解説では、最終話「なほあまりある」“愛香にワトソン役がいない理由がわかる仕掛けになっている”とされています。これは、解説の冒頭に“ワトソンたちが推理も含めてまるごと探偵の面倒を見ている”とあるように使用人たちを“貴族探偵のワトソン役”ととらえた上で、最終話で愛香もまた執事・山本らと同じ一使用人にすぎなかった――愛香自身が“ワトソン役”だったことが判明する、という趣旨でしょう。
 これを踏まえると、ドラマで愛香にワトソン役が付いているのは、一見すると原作の意図から逸脱しているようにも思えるのですが、鼻形自身が“マル貴”のメンバーとして限りなく使用人に近い立場にあり、なおかつ原作にはない使用人たちの協力関係(三人の使用人が登場する「春の声」でも、“協力”ではなく“分担”であることに注意)が描かれていることによって、“愛香のワトソン役”と“愛香自身が使用人”が両立しているのが巧妙です。
*62: ドラマ第1話で、人物相関図の愛香と鼻形の間に“仲良し”と書き込んだ、メイド・田中のご注進もあったかもしれません。

○(ひとまず)終わりに

 以上のように、ドラマ「貴族探偵」は設定など基本的な部分だけでも、原作の重要な要素を損ねることなく、それでいてドラマとして面白いものにするために大胆な改変もいとわず、様々な工夫を凝らして作り上げられていることがうかがえます。

 さらに各エピソードのミステリ部分についても同じように、(やや意見の分かれる部分もないではないですが)原作を尊重しながら効果的な改変を加えてあり、原作付きのドラマであるにもかかわらず原作既読者もまったく油断のできない、実に優れたミステリドラマに仕上がっています。

 次のページからは、ドラマの各エピソードを原作と比較しながら、ミステリ部分がどのように改変されているかを詳しく検討していきたいと思います。

 (ただし、いつ書き上げられるか定かではありませんので、気長にお待ちくださいませ)





目次

第1話 「白きを見れば」2017年4月17日放映(2017.08.22)
第2話 「加速度円舞曲」2017年4月24日放映(2017.09.03)
第3話 「トリッチ・トラッチ・ポルカ」2017年5月1日放映(2017.09.21)
第4話 「幣もとりあへず」2017年5月8日放映(2017.10.03)
第5・6話 「春の声」2017年5月15日・22日放映(2017.10.20)

 順次追加していく予定です。




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