フランス リムーザン・ペリゴール美食の旅(5) 
                                          2016/3/3(木)~3/22(火)

3月 03日(木)          1泊2日  パリ
   04日(金)~ 7日(月)  3泊4日  ブールジュ(友人宅):パリから南へ約100km
   07日(月)~11日(金)  4泊5日  リモージュ:ブールジュから南へ約300km
   11日(金)~14日(月)  3泊4日  ペリグー:リモージュから南西へ約100km
   14日(月)~17日(木)  3泊4日  ブリーヴ ラ ガイヤルド:ペリグーから東へ約100km
   17日(木)~19日(土)  2泊3日  ポアテイエ
   19日(土)~21日(月)  2泊3日  パリ
   22日(火)                 帰国


 昨年11月13日(金)のパリの同時テロで一旦はフランスへの旅行をあきらめていたが、そんなことを言っていたら
これから行けなくなるかもしれないと思い行くことにした。先ずは友人宅にお邪魔し、その後は夫婦2人で気ままに
失敗をしながら美食の旅をした。フランスの田舎の美味しいものをいっぱい食べたが、結局《旅は出会い、旅は人》
であった。思い出を数回に分けて報告をいたします。

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=Poitiers(ポワティエ)= 3月17日(木)~19日(土)2泊3日

3月17日(木) Brive la Gaillard8h27 ==(IC)==9h30Limoges12h10--(bus)--13h25Dorat14h00--(bus)--15h51Poitiers                    
 朝早くブリーヴ・ラ・ガイヤルドを出て、次の目的地ポワテイエへ向かった。途中、リモージュまでは国鉄の特急。
そこで2時間半待ってバスに乗り換え、ポワテイエに着いたのは午後4時前。約7時間半の長旅であった。
 当初は全て国鉄の電車を使って移動できるはずであったが、現地に行って初めてそれが不可能であることが
分かった。リモージュでの2時間半の待ち合わせをどうしようかと考えた。この旅の最初に4泊もしているので、
街を散策する選択肢は最初からなかった。時間的にみて、《駅で昼食をして、それからバスに乗った方が良さそうだ》
という結論に達した。
 私が昼食の買い出し。美味しかった大きなジャガイモパン1つを惣菜屋でゲットし、リモージュ滞在中何回も通った
パン屋さんでクロワッサンとキッシュを買って戻った。家内は駅のカフェで小説でも読んで待つことにしていたのだが、
私が戻って見ると、《隣に座っていた夫婦が話しかけてきて楽しかったワ。》 どうやらダンナさんがペリグー出身の
ミュージシャンで、里帰りしてパリに戻る途中だったとか。《彼のCDを貰ったワ。》と言って見せてくれた。帰国後
聞いてみたが、現代音楽で良く分からなかった。

     
    《ブリーヴ駅:リモージュへ向かう》

 
《リモージュからバス、途中ドラットで乗り換え:中国からの留学生と話す。ドラットは中世の綺麗な町=知らなかった》

  

 ポワテイエに着いて部屋に落ち着くと、何やら外が騒がしい。窓から覗いてみてみると、ストの人の行列。そういえば
10日程前、リモージュでも大きなデモがあった。どうやら、まだ続いている。労働総同盟の労働法改正に対するストライキ。
政府側も労働者側も一歩も引かない。結果、7月になってもまだ続いている。解決はするのだろうか??

3月18日(金) ポワチエ市内散策 《午前10時マダム・エレンと観光案内所前で待ち合わせ》
 マダム・エレンは一昨年私が《フランス巡礼路》を歩いた時に出会った人だ。出発の前ホテルの電話番号を教えておいた
ところ、前日の夜彼女から電話が掛かって来たのだ。約束の午前10時の時間に合わせて夫婦で出かける。待ち合わせ
場所の観光案内所前で待っていると、さっそうとフランス人のマダムが現れた。彼女は日本人の私たち夫婦を見て、直ぐに
分かったらしい。実は、私はというと、《巡礼中のおばさん》のイメージが強くて、一瞬分からなかった。
 《ポワテイエにようこそお出でいただきました。》と丁寧にマダムのご挨拶を受けた。家内は初対面であったが、近くのカフェで
小一時間話をすると、直ぐに打ち解けて、市内を案内してくれた。

 
                                            《旧市街地はいつも賑わっている》

   
《中世の館を改装して営業するブテイック》       《ポワテイエ市役所前広場:5年後のヨーロッパ学生会議のPRモニュメントがある》

 午前中街の中心地をゆっくり案内してくれた。そして、彼女とはまた翌日会うことを約束して、午後は夫婦で市内を散策した。

 
                              《町の旧市街地の中心にあるノートルダム寺院:柱の模様が独特で美しい》

《ノートルダム寺院のすぐ横には常設市場がある:市民の台所としていつも賑わっている》
 

3月19日(土) 午前中マダム・エレンと    Poitiers16h07---(TGV)---17h49ParisMontparnasse
 ポワテイエは中世の巡礼の町である。大きな教会が沢山ある。さすがに大聖堂はとてつもなく大きい。

 
《ポワテイエ大聖堂》                                                           《14世紀のサン・ジャン洗礼堂は開いてなかった》

《サン・ラデゴン教会》

 

 マダム・エレンは嘗て大学でフランス語を教えていた。日本人にも教えたことがあると言っていた。現在は退職して、悠々自適な
生活をしているようだ。村上春樹の本を何冊か読んだことがらしい。日本びいきのマダムである。午前10時に観光案内所で待ち
合わせ、彼女の運転で大聖堂を始めとして大きな教会を案内してくれた。私はクリスチャンではないが教会の雰囲気は好きだ。
彼女はそれを見越して案内してくれたのかもしれない。
 『私の家でお茶でも飲まない?』 突然の彼女の申し出にチョットびっくりしたが、時間的にもまだ余裕があったので、お招きを
受けることにした。『家は川の向こう側なの。高台でポワテイエの町が一望できるワ。』と言いながら、車を駐車場に入れた。
何と!ポワテイエの古い街並みが眼下に広がっていた。すぐ前に行ったサン・ラデゴン教会と大聖堂が目の前に見えた。

   

 
《息子さんがどこやらのガラクタ市で見つけ、彼女にプレゼントしたという【エレン通り】の看板:庭に掛けてある》《彼女が集めたピアスがいっぱい飾ってあった》

                                         《バイオリンを習っていて、先日はコンサートで演奏したとか》

  

 小一時間紅茶を飲みながら談笑。この夏、また巡礼路を歩きたいと言っていた。1年半も前に偶然出会った私を快く迎えてくれた
彼女。2日間に亘ってポワテイエの町を案内してくれた。感謝!感謝!である。
 夕方、予定通りTGVに乗ってパリに戻った。2週間ぶりのパリであった。

【付録】
3月20日(日)
 
 パリ・リヨン駅でJR東日本が駅弁屋を出店。折からの日本食ブームに載って、売り上げは好調。出店期間を1か月延長したとか。
店員さんは、買いもしない野次馬でただ話しかけただけの私に、満面の笑みで応対してくれました。

3月21日(月)    Paris CDG21h20---(JAL)---19h45(22日)名古屋空港
 
《ホテル近くの店先を覗いていたら゛よかったら入って来なさい゛とおじさんが手招きをしてくれた。歯科技工士さん》《パリ名物:ビルの屋上にも落書き》


                                                               完