旬を味わう部屋(2019年立冬から)
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- 2月2日
- 先週干した切り干し大根は、天気予報の通り28日までずっと天候がすぐれなかったせいで半乾きだったのですが、29日から待望のからっ風がふきはじめたのですぐに乾き、2回目を仕込みました。連日の強風で、なんと2日で切り干し大根が出来上がりました。自然の風の威力のありがたさを感じます。その後も強風は続き、聖護院大根8本分を干し上げました。この後タッパーに、シリカゲルと共に入れて残りの水分を吸わせます。
31日に種里芋の囲いをしました。畑に残った里芋の株を、周りの土を残したまま大きく掘り出し、囲い場所に運んで並べます。各品種3株づつ合計12株を運び土を被せます。その上に刈り取ってあった葦を被せて保温と保湿をします。大根切り干し作りと里芋の囲いは冬の作業の最後になりますが何とか1月のうちに作業が終わりほっとしています。
- 1月26日
- 週初めの20日は教区護持会の研修で三河の三封じ寺三山をお参りしてきました。翌日は学童保育所に炒り豆を届けました。これで公的な仕事は終わったのでさて畑の仕事に戻れるのですが水曜日から曇りか雨の日が続き懸案となっていた切り干し大根作りができません。週間の天気予報を見ると来週はずっと雨、しびれを切らして24日に大根を収穫して平籠に切った大根を広げました。天候がすぐれず風も吹かないため、ガレージ内に干し、ファンで強制送風しました。自然の風には遠く及ばず3日経ってもしんなりした程度です。といって天候の回復を待っていると董立ちが心配なので待っているわけにはいかないのです。今年は暖冬なので董立ちも早くなるのではとヒヤヒヤものです。早く冬型の気圧配置になってからっ風が吹くのを祈るばかりです。
- 1月19日
- 15日は小正月、朝食は今年の無病息災をお願いする小豆粥です。ススキの茎で作った箸でいただきます。今年も相方さんが絶妙の塩加減で作ってくれ、あまりの美味しさについお替わりをしてしまいました。また門松も分解しこれでお正月の行事はすべて終了しました。
翌16日に梅の開花を確認しました。昨年は30日に初めて1輪咲いたので2週間早い開花です。暖冬の影響でしょうか?他の枝の蕾もだいぶ膨らんできています。桜と違い花の咲いている期間が長く、花が終わる頃にはメジロがたくさん飛来し花をついばみます。
この時期に決まって作るのが学童保育の児童の節分行事のための炒り豆作りです。今年は作り方を少し変え、1%塩水に1晩つけてふやかした豆を「レンジで温野菜」トレーに入れて蒸す方法。3分ごとにかき混ぜ計9分蒸した後フライパンに移して水分を飛ばし、ガスオーブンで150度、30分乾燥させるという方法です。従来は最初からフライパンで炒っていたため表面の皮に少し焦げ跡が付いてしまったのですが、この方法だと焦げ跡が付かず、時間と手間が省けます。学童用は袋詰め、保存瓶内は自家消費用です。もう一つの風物詩の大根切り干し作りはからっ風が吹かないため作れずにいます。
- 1月12日
- 6日に畑に出かけ、道端と畑で春の七草を採取してきました。画像左からせり、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな、すずしろです。すずしろ(大根)はお雑煮用と共に種蒔き時期を1ヶ月遅らせて小さく育てたものです。これらの生えている場所は大体決まっているので探すのは易しいのですが、今年はなずなとごぎょうが小さくて見つけるのにちょっと苦労しました。翌7日には相方さんがこれを使って七草粥を作ってくれました。独特の香りがあってとても美味しく頂きました。
9日に種屋さんに出かけて、種じゃが芋を購入しました。2017年は前年秋の台風被害により種じゃが芋の品質が悪かったのですが、今年はその心配はありませんでした。購入したのはメークイン3kg、アンデスレッド2kg、キタアカリ1kgです。早速トレーに移し廊下に並べて日光浴しています。これは緑化催芽といい、芽を丈夫にして低温耐性を付けるためで、真っ黒ないかにも丈夫そうな芽になります。
- 令和2年1月5日
- 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
まずは年末から。30日はお餅つきです。この日は晴れの特異日で平成時代は雨が降ることはなかったのですが、今年は朝から雨、玄関の軒下に臼を設置して餅つきをして、伸すのは室内で行いました。最後の臼は大福餅用で、沢山の手で丸めました。手伝ってくれた子や親戚に鏡餅、伸し餅と共にお持ち帰りいただきました。
翌大晦日は、菩提寺へ付け届け、午前中にお雑煮用の里芋の皮むき、午後は糸蒟蒻の煮込みをして私の役目は終了。相方さんはお節料理つくりで日は暮れました。この日の夕食は出来上がったお節料理の試食会。丸餅の上に餡子を乗せた年ぞなえ(餡子のみを頂く)で1年間の労をねぎらいました。
明けて令和2年元旦は菩提寺への初詣、地区の神社への初詣に続いて区の新年会をつつがなく過ごしました。翌2日は子や親戚が集まっての年始挨拶・昼食会で、5時起きして準備したものは、出汁巻き卵、鮪の刺身、山芋汁で、これに加えて年末に仕込んだお節料理を全て並べました。昼食会は老若男女がワイワイガヤガヤ、特に糸蒟蒻、栗金団、叉焼は好評で、この他も出したお料理はほとんど残りませんで作り甲斐がありました。
お料理を片付けたテーブルの上に並んだのはかるたではありません。集まったお子さん達へのおじさん、おばさんからのお年玉です。賑やかだったお正月もこれで終了し、静かなお正月が戻ってきました。
- 12月29日
- 24日に山に行ってウラジロを取ってきて輪飾りに付け紙垂も付けて玄関に飾りました。また神様のおられる所にも同じように飾りました。画像は水の神様の井戸の飾りです。これで飾り関係の仕事はすべて終了しました。
26日はお雑煮用の里芋の掘り上げをしましたが、ブロッコリーが大きくなっていたので収穫しました。今年は花蕾の下の茎が伸びていて締まりの悪い形です。これも天候の加減でしょうか。週の後半はいよいよお節料理つくりです。明日お餅つきなので同時に作る大福餅の餡子を今朝4時起きで煮込みました。小豆は勿論自家製で、1.3s使いました。次はきんぴらごぼうつくり、牛蒡は大浦です。午後からは糸蒟蒻つくりをしました。板蒟蒻や玉蒟蒻ではなく糸蒟蒻を作る人はあまりいないと思いますが、押出型があるので作れるのです。糸蒟蒻は味が染みて美味しいですよね。
田舎のお節料理なので精進料理のようですが、ただ今叉焼の焼き上げ中の合間に更新作業をしています。本年の更新はこれで最後となります。よいお年をお迎えください。
- 12月22日
- 今年も後10日を切りました。今秋を振り返ると16日は私の誕生日、毎年この日の御馳走は大好物のコロッケでお祝いをしてくれます。相方さんのお手伝いをして作りました。翌17日は注連縄編み、神棚用はごぼう締め、その下の細いものは両端を結んで輪飾りにして神様のおられる各所に飾るもの、少し太い輪飾りは子達の住宅の玄関飾りです。今年は稲が不作だったためわらの量も少なく我が家の玄関飾りは普通の輪飾りで済ませます。
これが終わると次の仕事は門松つくりです。中心となる竹の斜め切りは年季が入っているため、竹伐り用の鋸で苦も無く切れます。21日には仕上げで、神社へ1対奉納しました。丁度この日にお宮当番が注連縄の張り替えに来ていたので共同作業になりました。次は宅用の門松です。斜め切りした竹は上から順に三、五、七巻きで縛り、向かって左側は雄松、右は雌松と一応のしきたりは守っています。田舎住まいで竹藪があり、松も梅も生えていて縄も自製しているため費用は掛からず手間だけでできるのがありがたいです。さて来週はお節料理の準備となります。
- 12月15日
- 9日に先週脱穀した籾を精米しました。たったの1升しか採れませんでした。この糯米でお赤飯を炊き15日に地の神様へのお供えにします。残りはお正月の神様、仏様への鏡餅にします。
地の神様にお供えする際の容器となる桟俵も新藁を使って同日編み上げました。私がまだ幼いころ、この桟俵をお茶椀代わりにしてお赤飯を食べたいと駄々をこね両親を困らせたということです。
先週塩で下漬けした大根を、たくげん麹漬けの素ゴールドで本漬けしました。米糠と塩で漬け込むたくあん漬けと異なり、塩分は少な目で米麹と砂糖で漬け込みます。長期の保存はできませんが2週間先には食べられるため愛用しています。
1昨日玉葱へ肥料を撒きました。鶏糞と過石でこれ1回きりで収穫まで草取りと疫病防除の殺菌剤散布以外は何もしません。これで今年の畑作業はすべて終了しました。来週からは新年を迎える準備になります。一足早く神社用の注連縄は昨日作りました。本殿、拝殿、水屋用の3本です。私は左利きなので神事用の左縄を編むのは何の苦もないのが幸いして5年連続で作っています。
本日夕方は地の神様のお祭りで、先日作った桟俵に、自家製の糯米と小豆で作ったお赤飯をお供えして、五穀の豊穣への感謝と家内の安全を祈念しました。
- 12月8日
- 週の初めの2日に脱穀をしました。収量は昨年の3分の1ほど、箕に半分以下しか籾が採れぬ凶作でした。稲の花が咲く8月上旬に雨ばかり降っていて受粉しなかったのが原因と思われますが稲を作り始めて20年中で最も収穫の少ない年になってしまいました。
5日、6日の2日間を掛け玉葱の定植をしました。OP黄340本、赤玉葱350本、アトン360本、ケル玉145本、新きぬ170本、ネオアース240本を5つの畝に植えつけました。先に定植した早生玉葱を加えると2000本に近いですが、周年自給を目指しており、子達にも分けるので多すぎることはありません。後は年内に鶏糞をばらまいて仕事は終わりです。
今年は白菜、キャベツの生育が遅れていますが、ブロッコリーの花蕾がやっと見えるようになりました。これらの野菜の生育は昨年より約2週間遅れです。白菜はぼちぼち収穫していますが、キャベツ、ブロッコリー共に年内には収穫できるでしょう。
- 12月1日
- 先週後半からこの季節には珍しく曇天か雨で、週の後半にやっと晴れたので大豆の整理ができました。はたき出しを済ませたものからも取り残しがありここからも約1升が取れ、大豆1斗6升6合、黒豆2升3合、黒豆の皮がすだれ状になったB級品8合、傷豆1升5合が今年の収量でした。他の野菜が不作だったことからすると豊作でした。
悪天候が続いたので畑の野菜が心配で見回ったところ、キャベツは青虫に食われ穴だらけ。殺虫剤を散布しましたが穴は元に戻りません。しかしながら30日に初霜が降り気温が下がってきたのでこれ以上の被害は広がらないと思います。
また白菜はといえば玉の締まりが進まず、本来ならば元気が良くここからの栄養が玉に移行する外皮が枯れています。これからの生育が心配です。大根は今のところ特に異常は認められないのが幸いです。
- 11月24日
- 11月20日はえびす講。商売繁盛の祈願として知られていますが、農村では五穀豊穣祈願のお祭りです。今年神宮から配布された福神を掲げ、その前にお供えをします。朝は白菜、大根、甘酒、グラスの中には活き魚の今朝捕ったメダカが泳いでいます。そして夕には焼き魚、けんちん汁、おさくらご飯をお供えします。この習慣は私が物心ついた時から全く変わらず、今は相方さんが受け継いでいます。
同日早生玉葱の浜育を定植しました。11月前半は雨が降らなかったのですが、中旬以降度々雨が降るため土が湿りすぎてとても植えにくかったのですが、例年同様330本を植え付けることができました。その後も時々雨が降るため苗が萎れることがないので助かります。5畝ある植え付け予定地の中央に植えるのは次の作付けがカボチャなので、一番早い玉葱収穫後即カボチャ苗を定植するためです。中生及び晩生玉葱苗はまだ細いので定植は12月に入ってからになります。
畑の大豆は全て収穫しましたが週の後半は天候がすぐれず干し・はたき出しができず、今まで収穫した中で出た傷豆の加工をしました。今年の黒豆は皮が薄く一部が網目になっているものが多いのですがこれで煮豆を作りました。シャトルシェフを使うと弱火でことこと煮る手間が省けるので便利です。網目状になって中の白い身が出ていた部分も不思議と消え売り物のようなきれいな黒豆が出来上がりました。また虫に食われたり、皮が割れたりした傷豆は豆腐にします。カップ3杯の豆から4丁の木綿豆腐ができました。この手作り豆腐も最初の頃はにがりの濃度、入れるタイミングがつかめず、ぼろぼろの豆腐でしたが、何回か作る内にだんだん上手にできるようになりました。なんにしても大豆、黒豆を問わず傷豆を捨てることなく消費できるので助かります。
- 11月17日
- 立冬が過ぎたので冬の部屋に移りました。朝5時に天を見上げるとおおぐま座の北斗七星やオリオン座等典型的な冬の星座が輝いています。さて冬最初の仕事は待ちに待った大豆の収穫です。10日に葉をふるった株を切り取り4束を初収穫しました。天日に干して乾燥させ、莢を棒で叩くと中から大豆が飛び出します。これを箕に集め、風選して千切れた莢やごみを飛ばし大豆だけにします。この大豆を平盆に取って傷豆を取り除きます。この時平盆をゆすると豆が転がり傷豆を発見しやすくなります。
毎日4束づつ収穫でき、連続してこの作業を続け13日にはほぼ箕に一杯の綺麗な大豆がたまりました。横の小さな笊の中は傷豆ですが今年は少なく何よりも紫斑病の豆がほぼ無いので歩留まりが良いです。昨日までこの状態を続け畑に残った大豆はあと2割ほどです。現在迄に綺麗になった大豆は画像の約2倍に達しています。今年はいろいろな作物が不作続きだったのですがここにきてちょっと笑みがもれます。
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