竹枝詞とは
竹枝詞とは、民間の歌謡のことで、千余年前に、楚(四川東部(=巴)・湖北西部)に興ったものといわれている。唐代、楚の国は、北方人にとっては、蛮地でもあり、長安の文人には珍しく新鮮に映ったようだ。そこで、それらを採録し、修正したものが劉禹錫や、白居易によって広められた。それらは竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。現在も「□□竹枝」として、頭に地名を冠して残っている。
竹枝詞をうたうことは、「唱竹枝」といわれ、「唱」が充てられた。白居易に「怪來調苦縁詞苦,多是通州司馬詩。」 とうたわれたが、ここからも、当時の詩歌の実態が生き生きと伝わってくる。後世、詩をうたいあげることを「賦、吟、詠」等というのと大きく異なる。
竹枝詞という呼称は、詩題に似ているが違うものである。強いて言えば、形式を表す点では詞牌に列するものであり、実際にその扱いを受けているものである。
竹枝詞の形式
竹枝詞の形式は、七言絶句と似ているものがほとんどである。しかし、中には僅かに二句だけの二句体や、六言のものなどがある。
竹枝を七絶と比較して見てみると、七絶との違いは、平仄が七絶より緩やかであって、あまり気にしていない。謡ったときのリズム感を重視するためか、同じことば(詩でいえば「字」)が
繰り返してでてくることが屡々ある。また、一句が一文となっている場合が多く、近体詩の名詞句のみでの句構成などというものはあまりない。聞いていてよく分かるようになっている。これらが文字言語としての詩作とは、大きく異なるところである。また、白話が入ってくることを排除しない。皇甫松や孫光憲のものには、「檳榔花發竹枝鷓鴣啼女兒」のように、「竹枝」「女兒」という「あいのて」があるのも大きな特徴である。
共通する点は、節奏は、七絶のそれと同じで、押韻も第一、二、四句でふむ三韻。この形式での作詞は根強く、現代でも広く作られている。現代の作品は、生活をうたった、典故を用いない、気軽な七絶という雰囲気である。
竹枝詞の表現内容
竹枝詞の内容は、男女間の愛情をうたうものが多く、やがて風土、人情もうたうようになる。用語は、伝統的な詩詞に比べ、単純で野鄙であり、典故を踏まえたものは少ない。その分、民間の生活を踏まえた歌辞(語句)や、伝承は出てくる。対句も比較的多い。男女関係を唱うものは、表面の歌詞の意味とは別に裏の意味が隠されている。似たフレーズを繰り返した、言葉のリズム、言葉の遊びというようなものが感じられる。また、(近現代の作品を除き)中国語で読んだときにすらっとしたなめらかな感じがある。なお、似たものに『楊柳枝』 があるが、こちらは『竹枝』のように田舎を詠うのではなくて、柳を詠じて都ぶりや女性をうたいあげる洛陽の新声になる。
これらの特徴は、太鼓のリズムに合わせ、楽器の音曲にのり、踊りながら唱うということからきていよう。
底本について
本サイトは、竹枝詞史上、古典的なものは「尊前集」 から採り、各種の本からも採取し、歴代のものは「中華竹枝詞」 から取り出した。なお、本サイトのこのページでは「尊前集」にある全ての竹枝を取り上げた。
近代の竹枝詞は、『扶桑櫻花讚』 のページで、清の黄遵憲「日本雜事詩 扶桑日本(立國扶桑近日邊)」 をはじめとした一連の作や同じく清代の陳道華「日京竹枝詞百首」 について、取り上げています。それらは、『扶桑櫻花讚』 のページでご覧下さい。
それでは、民歌の世界へどうぞ。
東邊日出西邊雨, 道是無晴却有晴。
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