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La confrérie des larmes /
Brotherhood of Tears

Jean-Baptiste Andrea

F/Belgien/Luxemburg 2013 95 Min 劇映画

出演者

Jérémie Renier
(Gabriel Chevalier - 辞職した刑事)

Mélusine Mayance
(Juliette Chevalier - ガブリエルの娘)

Audrey Fleurot
(Claire Foczensky)

Bouli Lanners
(フクロウと呼ばれる男)

Antoine Basler
(Matthias le Gitan)

Fabrice Michel
(Brochard - 刑事)

Denis Jousselin (Frédéric)

Bruno Ricci (Stéphane)

Affif Ben Badra (Omar)

Luc Feit (Lydman)

Marco Lorenzini (Reno)

Vicky Krieps (赤毛の女)

Thomas Morreal (Momo)

Francesca Faiella (ホステス)

Olivier Bony
(ブールージュの運転手)

Philippe Van Kessel (眼鏡の男)

Valérie Dashwood
(マルコの同伴者)

Thomas Coumans
(プールの教授)

Cécile Vangrieken (Elise Brochard)

Gilles Soeder (質屋)

Astrid Whettnall

Jean-Jacques Ruchot

Mustapha Souaidi

Jean-François Wolff

Gilbert Johnston

見た時期:2014年8月

2014年ファンタ参加作品

要注意: ネタばれあり!

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ ありえる〜か、ありえね〜か

私は犯罪映画、スリラー、探偵物、ミステリーなどが大好きなのですが、この種の作品には2種類あるように思います。元から「映画だ、エンターテイメントだ」ということで、現実にはあり得ない事も加えた作品としてまとめるものと、実話であっても絵空事であってもできるだけ《本物臭く》仕上げるものです。

La confrérie des larmes は前者です。ありえね〜といった展開ではありますが、見ていると楽しいです。映画全体で何かメッセージを伝えようとしているのかも知れませんが、難しい事を考えなくても楽しめます。無論事実は小説よりずっとひどい事になっていて、こういう話が本当にあるのかも知れません。

これに似たタイプの作品は去年のファンタに出た天使の印 ミゼレレ。やはりフランスとベルギーが作っています。どうやら両国はこのタイプの話をジャンルとして確立したようです。

La confrérie des larmes には2009年のファンタに出たラルゴ・ウィンチ 宿命と逆襲や2011年の ラルゴ・ウィンチ 裏切りと陰謀のようなフランス特有の活劇的な要素も少し入っています。

★ あらすじ

警察に務めるのが耐え難くなり、辞めた男ガブリエルが主人公。ビルの窓ふきの仕事をしていたものの、そこでもトラブって首。地元のやくざに借金があり、そこでもトラブル。退職前から住んでいた贅沢なアパートに中学生ぐらいの年の娘ジュリエットと住んでいて、生活を維持するのが大変。大急ぎで金を調達する必要が生じます。妻とは死別。

やくざの借金は、その借金を丸ごと引き受けた別の男に引き継がれ、その男はガブリエルに自分がこれまでやっていた仕事を押し付けます。その男は脳腫瘍で余命が限られ、最後の日々をマイアミで過ごしたいとのこと。妙な仕事ではあるが、違法ではないとの言質だけは取ります。

ガブリエルの日常はその日を境にガラッと変わります。金回りは仕事を引き受けるたびに良くなり、口座には約束通り金が振り込まれ、元のやくざは催促もせず、何も言って来なくなります。少なくとも金銭問題は解決。

彼の仕事というのはこんな感じ。

家賃の高そうな高層ビルの中にある、だだっ広い、ほとんど何も置いてない事務所に座り、連絡が入るのを待つ、連絡があったら、そこにあったアタッシュケースを指定の相手の所まで届ける、交通機関の予約、航空券、車などは依頼主が準備するので、ガブリエルの出費は無し。アタッシュケースは絶対に開けては行けない。時間厳守。ジェイソン・ステイサムやテレビ・シリーズになったトランスポーターよく似た仕事です。違うのは毎回必ず片手で運べるアタッシュケース1個だけを運べばいいという点。

1、2度仕事をやらせて見て、依頼主は満足したらしく、その後何度も仕事が入ります。そのたびにお金が入るので、ガブリエルは身なりも整い、娘にも十分物を買い揃えてやれます。ただ、娘の参観日や晴れの舞台に間に合わず、娘からは嫌われてしまいます。また、頭のいい娘は父親の変化に不信感を持っています。

ある日好奇心が抑えられず、アタッシュケースを開けようとしますが、監視がいて、「そんな事はするな」と怖〜い一言。別な時、定刻に遅れて着いた時にはぶんなぐられてしまいます。しかし規則を守る限りは相手も満足で、お金がザックザック入って来ます。

やはり刑事根性が抜けず、法律に引っかからないとしてもこの仕事に不自然な点があることには、娘に一歩遅れはしても気づき、かつて同僚だった女性の刑事と連絡を取り、この裏に何があるのかを探り始めます。

依頼されて行く先は欧州連合だけでなく、中国だったり、トルコだったり、様々な国。持って行く相手はかなり金持ち。自分に毎回ザックザック謝礼を払っても惜しいと思わないような金持ち。結構年配の客ばかり。

そして運んでいる物は特別に貴重なワインだったと分かります。なあ〜んだ、ワインなのか・・・それにしては輸送にここまで気を使い、大金を払う意味が分かりません。いくらなんでも小型ジェット機まで用意されている・・・ちょっと行き過ぎでは・・・?

時々ニューヨークやロンドンで競売にかけられる年代物のワインがありますが、そういうのでもなさそう。

ワインはそんな年代物ではなく、最近できた物。秘密はこのワインの製造方法にあったのです。このあたりから天使の印 ミゼレレマーターズの様相を呈して来ます。で、話はありえね〜という方向に展開。

しかし上に挙げた作品と違い、はっきりしたハッピーエンドが用意されています。だらしない主人公ですが、元はちゃんとしたモラルのある刑事。一度軌道から外れ、最後にまたまともな道を歩き始めるという点では前にご紹介した裏切りの獣たちと似ています。

★ デカダンス

日本ではバブルという言葉が使われていますが、先進国は70年代頃から次第に生産する仕事から離れ、人を使う仕事、サービス業、バーチャルな仕事に移って行きました。肉体的には大した事をしなくても物凄く儲かる人が出るようになり、その人たちが娯楽に大金を払うようになりました。

好景気は永遠には続かず、バブルは世界の先進国ではじけました。 負債を抱え込んだ人、家庭崩壊になった人もおり、結果として借金は無いけれど財産も無いと言う人は、負債を抱えた人に比べれば大金持ちなのだという変な悟りに至りました。私もその1人で、こういう話は普通ならただの負け惜しみですが、周囲が恋人や家族と離れ、生活保護で暮らしている人だらけになってみると、何十年もコンスタントにじり貧だった私と、1度高みに上ってから生活保護に至った人を比べると、どちらが幸せなのかを哲学的に考えてしまいます。

こうなってしまった理由はいくつかあるようです。ドイツ人は割と簡単に政府の言う事を鵜呑みにするか、元から全く政治に関心の無い人が思ったより多く、政治に関心を持っている人も全く効果の無いシンボル的な運動だけをする人がほとんどでした。一時期テロ活動にまで走った若者もいましたが、それはそれで多数の共感を得ることができませんでした。一部はプロの政治の世界に入ったようですが、そこでもまたシンボル的な要求が多かったです。実践的に国民の勤労意欲を盛り立てるとか、世界情勢を知りつつ国の動く方向のハンドルを切る人より、取ってしまった税金の使い道を監視するとか、自然保護の観点から売った店に飲み物の空き缶、空きペットボトルを有料で引き取らせるなど細かい話や消極的な話に熱心な人が多かったです。ドイツの自然保護的な政策については私自身恩恵を被っているので賛成ですが、政治はそれだけではないだろうという気持ちは起きて来ます。 1人、2人マルチに頭の働く政治家が出て来ると対外的な事や経済全体などややこしい事はその人に任せる傾向が強かったです。その間に民間の会社はどんどん少数の大手に飲み込まれ、普通の店、小さな工場などはどんどんつぶれて行きました。大きな会社も人数を絞るようになり、失業者が増えました。

まだドイツの調子が良かった頃は湯水のように税金を使っていました。失業者は以前もバブル崩壊以降も多かったのですが、以前の失業者は自由意思で失業という道を選んだ人が多く、一種の贅沢失業でした。崩壊以降は働きたくても採ってもらえない人がぐっと増えました。その上なぜか生活保護を役所が勧めるという妙な時期もありました。

先進国のバブル崩壊前の様子はデカダンスと表現するとぴったりなのですが、なぜかこの言葉を使うメディアはありません。この時期人はデカダンスにどっぷり浸かっていたと言えます。その中で La confrérie des larmes の顧客や、マーターズの秘密組織が生まれたのでしょう。映画や小説になる話の多くは似たような実話にヒントを得ていると言われます。ただ、中産階級より下の人のデカダンスは、たかが知れていて、この映画の客や妙な秘密結社のような話はやはりそれより桁が上の層の話でしょう。その頃あるパーティーに来るように上の人から言われ、変だと思って行かなかったことがあるのですが、誘われた数日後に警察が踏み込んだらしく、新聞沙汰になっていました。恐らくは学生のどんちゃん騒ぎとは違ったパーティーだったのでしょう。ドイツのあの頃の人たちには「この話ちょっと変だ」と感じるレーダーのような物が欠けていました。911やリーマン・ショック後は、他が破綻しても大富豪でいられる人だけの間でそういう事が続けられているのでしょう。

★ 夢から覚めて

ガブリエルはこの組織にトランスポーターとして組み込まれ、本人がその気なら、ずっとこのまま行けたと思います。大金が支払われるので、娘のためにお手伝いさんを雇う事もできますし、娘が成人すれは今ほど気を遣う事も無く、世界中を駆け回っていれば銀行にどんどんお金が振り込まれて来ます。主人公が改めて刑事根性に目覚め、捜査の方を選んだところにこの作品の意図が感じられます。

ハリウッドと違い欧州の映画はわざとらしいキャンペーンは張りませんが、そろそろ人が「これでは行けない」と気づき始めたのかも知れません。ただちょっと気になるのは出資した国の1つがルクセンブルクなこと。ルクセンブルクは近隣のドイツやオランダと違い、実質的な産業は殆ど無く、本社が置いてあるだけとか、金融などコンピューターと電話で間に合う仕事が大半。たくさんの大金持ちが人目につかず静かに暮らしています。もしかしたら貧乏人はいないのかも知れません。私はある結婚式に顔を出したことがありますが、その時来ていたのは金持ちばかりでした。国を車で横切る時見えて来るのは非常に地味な田園風景。大金持ちでもひけらかしません。ガブリエルの顧客がこんな所にもいるのかなとふと思ったりします。

かつてはハリウッドがハッピーエンド作品ばかり作るので、「たまには悲劇に終わる作品や不条理が通る作品も作れよ」と思っていました。近年は欧州風の、問題が残ったまま終わる作品がハリウッドに出るようになり、悪人が連続殺人を続けるシリーズなども受けるようになりました。あまりにひどい作品が増え、今度はハッピーエンドでない作品にうんざりしていたところなので、この作品のような終わり方でほっとします。ただ今後は最後にちょっと正義が通るようにした、大悪党の言い訳のような作品が増えるのかなと気になります。

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