銀座幽霊
[紹介と感想]
『とむらい機関車』とともに刊行された大阪圭吉ベスト・コレクションで、水産試験所の東屋三郎や弁護士の大月対次を探偵役とした作品など、11篇が収録されています。
- 「三狂人」
- 絶えず足を踏み鳴らし続ける“トントン”、女の着物を着てソプラノで歌う“歌姫”、意味もなく顔中に包帯を巻きつけた“怪我人”――三人の患者たちが精神病院から逃げ出した後には、頭を割られ脳味噌を抜き取られた院長の死体が……。
- いきなり凄惨な事件で始まりますが、逃げ出した“歌姫”の捕らえ方には笑ってしまいました。親切すぎるために真相が見えてしまうのが残念ですが、巧みな伏線やミスディレクションが光る佳作です。
- 「銀座幽霊」
- 銀座の煙草屋の二階で、若い女店員が殺された。向かいのカフェから目撃していた女給たちの証言によれば、煙草屋の女主人が犯人らしい。ところがその女主人は、事件よりも前に命を落としていたのだ。犯人は幽霊なのか……?
- もう少し分量があれば、というところでしょうか。二転三転するプロットは面白いのですが、やや駆け足にすぎる印象です。
- 「寒の夜晴れ」
- 雪のクリスマス・イブ。単身赴任中の夫を待つ妻とその従弟が何者かに惨殺され、幼い息子が行方不明になってしまった。現場から逃げた犯人のものと思われるスキー跡は、しかし、野原の真ん中で消失していた……。
- 犯人は見え見えですし、動機もありきたりといえばありきたりです。が、鮮やかな現象を演出するための、シンプルでいてよく考えられたトリックが秀逸です。ただ、結末は心情的に釈然としませんが……。
- 「燈台鬼」
- 以前から不気味な噂のある燈台で、ついに怪事が起きた。窓から放り込まれた巨大な岩の下敷きになって看守が命を落とし、水に濡れてぐにゃぐにゃの赤い蛸のような幽霊が目撃されたのだ……。
- 東屋三郎もの。“蛸のような幽霊”の正体には思わず脱力してしまいますが、豪快なトリックはインパクトがあります。
- 「動かぬ鯨群」
- 沈没した捕鯨船に乗っていたはずの砲手が、妻の元に戻ってきた。喜ぶ妻をよそに、砲手はおびえた様子で一緒に逃げようと妻を誘う。だがその直後、砲手は何者かに襲われ、捕鯨用の銛で殺害されてしまった……。
- 東屋三郎もの。これ以上ないほど直接的なダイイングメッセージが残されますが、もちろんそれで簡単に決着するはずはなく、謎が謎を呼ぶ展開。真相はわかりやすいですが、なかなかよくできていると思います。
- 「花束の虫」
- 資産家の男が崖から転落死した。妻と地元の百姓の目撃証言によれば、細身の小柄な男と格闘の末に突き落とされたのだという。現場には、争った足跡と、“花束の虫”と記された紙片、そして林檎の皮が残されていた……。
- 大月対次もの。意外な方向へ向かう捜査と、思わず苦笑を余儀なくされる怪トリックが見どころです。
- 「闖入者」
- 富士山麓の別荘を訪れた洋画家が、その一室で変死した。現場には、洋画家が描いた富士山の絵が残されていたが、窓から見える風景はまったく違っていた。その部屋からは富士山が見えるはずはなかったのだ……。
- 大月対次もの。本来はシンプルな謎のはずなのですが、あれやこれやと付け加えられた要素が邪魔をして、ややすっきりしない印象。しかも、解決には説得力を欠いている部分があります。
- 「白妖」
- 有料道路で起きた轢き逃げ事件。直ちに出口の料金所が封鎖されるが、どうしたわけか、轢き逃げ車は有料道路の途中で煙のように消え失せてしまったのだ。そして車の持ち主の別荘では、客がナイフで刺殺されていた……。
- 大月対次もの。最終的には車の消失が浮いてしまっているのが気になりますが、結末の演出効果には不可欠なので、難しいところです。
- 「大百貨注文者」
- 鉄砲屋に荒物屋、弁護士にマネキン、ポマード屋に割烹の女将、そして靴屋――電話注文を受けて社長宅に集まった七人の客。だが、やがて帰宅した社長は困惑する。事件に巻き込まれてそれどころではないというのに……。
- 大月対次もの。“日常の謎”の先祖かとも思えるユニークな発端が魅力的です。真相は面白いのですが、状況からしてかなり無理があると思います。解決の後の、エピローグ的な結末のとぼけた味が印象に残ります。
- 「人間燈台」
- 息子一人を離れ小島の燈台に残して町に出ていた老看守が、嵐の過ぎ去った翌朝に島に戻ってみると、燈台のランプは点されたままで、息子の姿はどこにもなかった。一体何が起こったのか……?
- ホラーめいた人間消失もの。真相は予想できますが、待ち受ける結末はひたすら凄絶です。
- 「幽霊妻」
- よくできた妻をなぜか離縁した偏屈な夫。妻は離縁を苦にして自殺してしまったが、夫は葬式にも行かない。だがある日、夫は自宅で怪死を遂げ、現場には妻の幽霊が現れたかのような痕跡が……。
- 怪異としか思えない現象が、見方によって身も蓋もない真相へと姿を変える、その落差がたまりません。
シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック The Last Sherlock Holmes Story
[紹介]
ワトスン医師が亡くなってから五十年、その遺言により銀行に保管されてきた書類箱がついに開かれた。その中にあった手記はしかし、驚くべき内容を含んでいた。ワトスンはなぜ、同じ時代に世間を騒がせた殺人鬼、切り裂きジャックについてまったく言及していないのか?――五十年間書類箱の中で眠っていたワトスンの手記には、名探偵シャーロック・ホームズと切り裂きジャックとの息詰まる戦いと、その壮絶な結末とが記されていたのだ……。
[感想]
マイケル・ディブディンのデビュー長編にして、シャーロック・ホームズ・パロディ史上に燦然と輝く(らしい)異色の問題作で、熱心なシャーロッキアンにとっての衝撃は強烈なものではないかと思われます。が、純粋に謎解きを期待して読むと肩すかしを食らうことになってしまうでしょう。
ワトスン医師による未発表の手記という体裁は(今となっては)ありがちといえばありがちですが、ワトスンとアーサー・コナン・ドイル(作中では“A・C・D”と表記されています)との関係、さらにはいわゆる“聖典”との関係がうまく設定されているところなどは、シャーロッキアンならずとも興味深いものがあります。
しかしながら、ミステリとしてはかなり難があるといわざるを得ないのが残念なところです。問題は“真相”があまりにも見えやすいことで、肝心の切り裂きジャックの正体にも、さらにもう一つの“仕掛け”にも、ほとんど驚きは感じられません。作者自身もこのネタで引っ張るのは無理だと考えたのか、思いのほか早い段階で“真相”が示されていますが、これは正解だと思います。
本書の最大の見どころはむしろ、その“真相”が読者に示された後の異様な展開でしょう。最終的な対決を予感させながら緊張感が高まっていくと同時に、物語に少しずつ混沌が忍び寄ってきます。それが臨界を超えてクライマックスとなる第5章の後半はまさに圧巻。そして、最後に待ち受ける結末は実に見事です。
純然たるミステリとして読むのはおすすめできませんし、人によって評価が大きくわかれるのも間違いないと思われますが、シャーロック・ホームズに多少なりとも思い入れのある方ならば、一読の価値はあるのではないでしょうか。
その死者の名は Give a Corpse a Bad Name
[紹介]
イギリスの片田舎。深夜、車で人を轢いてしまったと、ミルン夫人が警察署に飛び込んできた。現場に駆けつけた警官は、道の真ん中に横たわっている男の死体を発見するが、顔が轢き潰されていて、どこの誰だかまったくわからない。男は泥酔していたらしいのだが、どこの酒場にも寄った形跡がなく、酒壜も持っていなかった。かくして、酒壜探しを命じられた警官が現場付近の川底をさらっていると、風変わりなよそ者が現れて勝手に手伝い始めた。それが、犯罪ジャーナリストのトビーと相棒のジョージだった……。
[感想]
エリザベス・フェラーズのユーモラスな本格ミステリ、〈トビー&ジョージ・シリーズ〉の第一作。『猿来たりなば』でみられるこのコンビ探偵のとぼけた雰囲気は、この時点ですでに完成されています。川底をさらっている警官をいきなり勝手に手伝い始める(しかも、何を探しているかも聞かずに!)という初登場シーンからして、二人のおとぼけが全開です。
事件の方は、徹底してとらえどころのない印象。事故死した謎の男の身元探しかと思えば消えた酒壜が焦点となり、そうこうしているうちに何者かが脅迫状を送りつけてくるなど、あちらこちらへぐるぐると振り回されてしまいます。結果としては、途中で振り回されすぎたせいで、何だかよくわからないまま終わってしまった感があるのが残念です。物語が面白く読みやすいのでストレスになることはないのですが、このあたりが難点といえば難点でしょうか。
拾い集めた手がかりをつなげ合わせて解き明かされる真相は、なかなかよくできていると思います。しかしそれ以上に、浮かび上がってくる事件の背景が、印象深い結末へとつながっているところが秀逸です。『猿来たりなば』よりもやや落ちるのは否めませんが、味わい深い佳作といったところではないでしょうか。
【関連】 『細工は流々』 『自殺の殺人』 『猿来たりなば』 『ひよこはなぜ道を渡る』
地球からの贈り物 A Gift from Earth
[紹介]
地表の大部分が有毒ガスで覆われ、唯一の高峰“山頂平原{プラトー}”のみが居住可能な植民星〈マウント・ルッキッザット〉。そこでは、移民船の乗員の子孫が移民の子孫たちを支配し、一方的な臓器移植を行っていた。そんな中、地球から送られてきたラムロボットの積荷が、この世界の状況を一変させる。そして、移民階級の解放グループ“地球の子ら”と当局との抗争に巻き込まれた移民の若者マット・ケラーは……。
[感想]
ラリイ・ニーヴンの未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の一作で、時代は25世紀、舞台となるのはノウンスペースの中でもかなり特異な惑星であるマウント・ルッキッザットです。上にも書きましたが、地表を濃密で有毒な大気が覆うこの惑星で人類が居住可能なのは、はるか高みに突出した“プラトー”のごくわずかな領域のみ。この箱庭的な舞台の上に、さほど数の多くない人々による人工的な社会が築かれています。
支配者が富とテクノロジーを手にするのは常道ですが、“プラトー”では臓器移植が支配力の中で大きな役割を果たしています。支配者である乗員階級は、移民階級の犯罪者を臓器バンクに送り込んで解体し、移植用臓器を確保します。臓器が乗員階級に優先的に回されるのはもちろんですが、余裕があれば移民階級にも提供されるため、移民階級は乗員階級に文字通り生殺与奪権を握られていることになります。このような強固な管理社会に対して、大きな福音であるはずの“地球からの贈り物”が、社会構造に致命的な打撃を与えかねない諸刃の剣となってしまうところが面白く感じられます。
そしてもう一つ物語の中で重要なのが、主人公であるマット・ケラーの特異な能力である“マット・ケラーの幸運”です。効果がかなり限定されていることもあって本人も気づかなかったほどの、一見するとあまり役に立たなさそうな能力が、レジスタンスと結びついた時に非常に強力な武器になるという逆説的な状況が魅力的です。
様々な立場の様々な人々、そして様々な思惑が複雑に絡み合う物語は、息をもつかせぬほどスリリングです。そしてまた、箱庭的な舞台であるがゆえに、一つの積荷、あるいは一個人の能力によって、社会が大きく変動することになるという設定が秀逸です。きっちりと構成されているあまり、時にご都合主義に感じられる部分があるのが難といえば難ですが、傑作といっていいのではないでしょうか。
ストレート・チェイサー
[紹介]
バーで出会った名前も素性もわからぬ二人の女性と意気投合したリンズィは、酔った勢いで“トリプル交換殺人”の約束をしてしまう。冗談のつもりで標的に指名したのは、日頃反りの合わない上司のウェイン・タナカ。ところがその翌日、当のタナカ邸で、しかも内側から閂とチェーンのかかった密室の中で、他殺死体が発見されたのだ。昨夜の女性たちが冗談を真に受けてしまったのか? 動揺するリンズィをよそに、まったく同じ密室状況で第二の殺人が……。
[感想]
『人格転移の殺人』や『死者は黄泉が得る』などと同様、西澤保彦お得意のアメリカを舞台にした愛憎渦巻くミステリです。正直なところ、刊行直後に読んだ時にはさほどよくできているとは思わなかったのですが、あらためてじっくり読んでみると、伏線やミスディレクションなど細かい工夫が見て取れて、大幅に印象がアップしました。
とはいえ、やはり本書が弱点を抱えていることには違いありません。まず、とある理由でネタが見えやすくなっていること(これはかなり仕方ない部分もあるのですが)。そしてもう一つ、手段はまったく新しく、また演出も非常に鮮やかではあるものの、現象そのものには既視感が感じられること(似たような前例があります)。後者については、例えばストレートな密室もののようなハウダニットであれば問題はないのでしょうが、本書のようなネタの場合には物足りなく感じられるのは否めません。
ただ、前述のように色々と細かい工夫がなされていますし、ストーリーや演出は非常によくできていて、面白い物語に仕上がっているとは思います。特に、ミステリネタとして使われている“アレ”が、(一応伏せ字)恋愛小説(ここまで)としての流れの中でも重要な役割を果たしているところには感心させられます。