ミステリ&SF感想vol.91

2004.09.19
『死者は黄泉が得る』 『精霊がいっぱい!』 『月の扉』 『ディファレンス・エンジン』



死者は黄泉が得る  西澤保彦
 1997年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
〈死後〉
 周囲から隔絶された場所に建つ館で、ひっそりと暮らす6人の死者たち――メアリ、サラ、ジェシカ、スザンヌ、“ミス・スマイル”、そして“お嬢ちゃん”こと私。“SUBRE”“MESS”という怪しげな機械によって、死からよみがえり、記憶が白紙に戻るとともに擬似記憶を植え付けられるというプロセスを繰り返す彼女たちの前に、生きた人間がさまよい込んできたのだが……。
〈生前〉
 クリスティンの結婚祝いと留学するジュディの送別会を兼ねて、マーカス、タッド、スタンリーという高校の同級生が一堂に会した夜。クリスティンの弟・フレッドが、クリスティンの自宅で何者かに殺害されてしまうという事件が起きる。そしてさらに……。

[感想]
 アメリカの田舎町で起きる連続殺人を描いた〈生前〉のパートと、死者の復活というSF設定を扱った〈死後〉のパートからなる特殊な構成の、作者お得意のSFミステリです。とはいっても、山口雅也『生ける屍の死』のように連続殺人の被害者たちが次々と生き返ってくるというわけではなく、二つのパートはほぼ独立した形で交互に語られていきます。

 〈生前〉のパートでは、高校の同級生たちを巻き込む連続殺人事件が扱われています。高校時代にその美貌で“女王”として君臨し、今もなお男たちに影響力を及ぼすクリスティンを中心とした、ややドロドロとしたものさえ感じられる人間模様が印象的ですが、正直なところ、ミステリとしての出来はあまりよくないといわざるを得ないでしょう。ただし、それが本書のメインというわけではありません。

 一方、〈死後〉のパートは、分量も少ない上に似たような内容の繰り返しになっていますが、〈生前〉のパートと対照的な淡々とした雰囲気(いかにも“生ける屍”らしい、というべきかもしれません)がいいアクセントになっています。SF設定は最初の章でほぼすべて説明されており、設定そのものは比較的わかりやすいのではないかと思います。

 交互に語られてきた〈生前〉と〈死後〉が、終盤の〈クロスオーヴァー〉においてついに交差することになります。ここからは怒濤の展開で、スリリングな“対決”を通じて次々と真相が明らかになるクライマックスは圧巻です。ただし……エピローグに用意された“最後の一撃”は、あまりに意外すぎて困惑を招いてしまうという困ったもの。一応の伏線はあるのですが、整合していないように受け取れる部分もあり、パズラーとしてはやや問題があるように思えます。意欲的で面白い作品であるだけに、もったいないところです。


2004.08.30再読了  [西澤保彦]




精霊がいっぱい!(上下) The Case of the Toxic Spell Dump  ハリイ・タートルダヴ
 1993年発表 (佐田千織訳 ハヤカワ文庫FT259,260・入手困難

[紹介]
 エンジェルズ・シティ環境保全局のフィッシャー調査官は、早朝に上司からの電話でたたき起こされ、デヴォンシャーの魔法処理場から有害な魔法が漏洩しているという疑惑に関して、極秘に調査を行うよう命じられる。早速処理場の周辺地域を調べてみると、処理場の周辺地域で過去1年の間に、吸血鬼の赤ん坊が3人、狼憑きの赤ん坊が2人、そして魂を持たない“アプシュキア”の赤ん坊が3人も生まれるという、重大な被害が発生していたのだ。直ちに処理場へ、そしてそこに魔法廃棄物を投棄している企業へと乗り込み、調査を進めるフィッシャーだったが……。

[感想]
 “ファンタジー版・真保裕一”といいましょうか。ポール・アンダースン『大魔王作戦』やランドル・ギャレット〈ダーシー卿シリーズ〉などと同じく、魔法が科学技術の代わりに発達した世界を舞台にしていますが、そこで真保裕一の(特に初期の)作品のようにごく普通の公務員である主人公が事件に巻き込まれていくという作品です。

 舞台はロサンゼルスならぬエンジェルズ・シティ。フリーウェイの交通渋滞(ただし魔法の絨毯の)あり、ハリウッドのライト&マジック・ショーあり、魔法グッズを扱う〈スペルザ“ら”ス〉ありと、コテコテの(?)ファンタジー世界ではなく現代社会の中に魔法が根を下ろした感じがうまく出ています。特に、ファンタジーではおなじみの“類似の法則”や“感染の法則”を駆使して作り上げた電話システムなどは非常に秀逸です。

 魔法のベースとなっているのは、人々の信仰心に支えられた様々な神々の力で、信者が少なくなった神々は必然的に“こちら側”への影響力を失っていくという設定がなかなか面白いと思います。これによって、いわば神々の“生態系”が形成され、環境問題というテーマへとつながっていくところも見事です。

 そして、主人公・フィッシャー調査官の肩に降りかかってくる様々な問題が、少しずつ一つにまとまっていき、クライマックスにつながるというプロットも巧妙です。やや長すぎる(特に上巻)ようにも感じられるところが難点ですが、よくできた作品であることは間違いありません。


2004.09.03 / 09.05読了  [ハリイ・タートルダヴ]




グール(上下) Ghoul  マイケル・スレイド

 〈スペシャルXシリーズ〉へ移動しました。




月の扉  石持浅海
 2003年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 国際会議を間近に控え、厳重な警備体制が敷かれた沖縄。その那覇空港で、琉球航空の20時発羽田行きの航空機が、離陸直前にハイジャックされてしまった。チェックをかいくぐって機内にナイフを持ち込んだ三人組の犯人たちは、目をつけておいた赤ん坊を人質に取り、機内の制圧に成功したのだ。犯人たちの要求はただ一つ、数日前から警察に勾留されている彼らの“師匠”・石嶺孝志を滑走路まで連れてくることだった。ところが、いつの間にか機内のトイレの中で、乗客の一人が血まみれの死体となっていた……。

[感想]
 ハイジャックされた飛行機の中で起きた不可能犯罪という、これ以上ないほど奇抜な状況を描いた本格ミステリの快作です。

 機内への武器の持ち込みなどはよく考えられているものの、ハイジャック小説としては決して出来がいいとはいえません。例えば、乗客や乗員たちの大部分が犯人に抵抗する様子を見せることなく、“ただそこにいる”だけの存在となっている結果、機内にハイジャック事件らしい緊迫感がほとんど感じられないところなどは、大きな問題であるように思えます。しかしながら、問題と思われる点の多くが特殊な犯人像に起因していること、そしてまた、本書におけるハイジャック事件があくまでも本格ミステリとして必要とされた要素だという点は、見逃すべきではないでしょう。

 ハイジャックされた飛行機の中が、いわゆる“嵐の山荘”に代表される“クローズドサークル”の特殊な例に該当することはいうまでもありません。しかしさらに、ハイジャック犯がその中で“神”として振舞うことができるというところも重要です。内部の人物は、単に外部への移動を制限されるというだけでなく、内部におけるその行動自体が厳しく制限されているため、事件の不可能性が一層強いものになっています。また、ハイジャック犯が機内の人物に謎解き役を命じるのも面白いところです。

 機内の不可能犯罪のトリックそのものはさほどのものではありませんが、ハイジャック事件と絡み合ったその真相は非常によくできています。また、結末はほぼ予想通りなのですが、そこへ至るプロセスに工夫が凝らされているのも見事です。

 個人的には、中心人物である“師匠”を取り巻く人々の考え方に、少なくとも全面的には共感しがたい部分があるのが、難点といえば難点でしょうか(“癒し”という言葉も好きではありませんし)。それ以外は文句なしの、傑作です。


2004.09.07読了  [石持浅海]

【関連】 『心臓と左手』 『玩具店の英雄』



ディファレンス・エンジン Difference Engine  ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング
 1990年発表 (黒丸 尚訳 角川書店・入手困難

[紹介]
 1855年、ロンドン。急進派を率いて政権を取ったバイロン卿は総理大臣の座につき、“機関{エンジン}の生みの親であるバベッジ卿らとともに、急速な産業の発展と蒸気機関による文明化を押し進めていた。そんなある日、ダービイで偶然出会った“機関{エンジン}の女王”エイダ・バイロンから、あるものを託された古生物学者マロリーは、ならず者につけ狙われるようになっていく。やがて、ロンドン全体を未曾有の“大悪臭”が包み込み、環境と治安が悪化して行く中……。

[感想]
 サイバーパンクの大御所二人の合作による、スチームパンク/歴史改変SFです。題名にもなっている“ディファレンス・エンジン”――差分機関――は、鬼才チャールズ・バベッジが作り上げた機械式計算機で、続いて設計されながら完成に至らなかった“解析機関{アナリティカル・エンジン}”とともにコンピュータの元祖とされているようですが、本書ではその“解析機関”が完成されたもう一つの19世紀が描かれています。

 他の技術は(おそらく)ほぼそのまま、蒸気コンピュータと関連の技術のみが突出して発達した世界は、現代の視点から眺めてみると少々いびつにも感じられますが、それだけに興味深いものであるのは間違いありません。その中で展開される、断片的ともいえる5つ(+α)のエピソードによって物語は構成されています。ギブスンの作品は読んだことがありませんが、少なくともスターリングの方は『蝉の女王』などで独自の未来史を展開しており、エピソードの積み重ねによって“歴史”を描くのはお手のものといえるのかもしれません。

 世界の様子がだいぶ違っており、またそれだけで十分に面白いとはいえ、物語そのものはおおむね19世紀ロンドンを舞台にした冒険活劇の域を出ないともいえます。しかし、なぜそれが語られるのかという理由が、本書に用意されたSF的な仕掛け(序盤からわかりやすいように書かれていますし、巽孝之氏による解説でははっきりと示されています)につながっているあたりは、非常によくできていると思います。

 英国史の知識に自信がない(私自身もそうですが)方にはとっつきにくく感じられるかもしれませんが、巻末には詳細な「差分事典」が付されており、さほど問題はないでしょう。


2004.09.14読了  [ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング]



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