心臓と左手 座間味くんの推理
[紹介と感想]
警視庁の大迫警視は、かつて沖縄で起きたハイジャック事件の際に知り合った“座間味くん”と再会し、親交を深める。酒を酌み交わしながら話題にするのは、すでに“終わった”様々な事件の顛末。ところが話を聞いた“座間味くん”は、思いもよらなかった事件の別の姿を次々とあらわにしていく……。
『月の扉』でハイジャック事件とその最中の殺人に巻き込まれ、不本意ながらも探偵役をつとめた“座間味くん”が、安楽椅子探偵として再登場する連作短編集です。安楽椅子探偵とはいえ、話をする相手が警視庁の人間であることもあって、扱われているのは“日常の謎”ではなく(決着済みとはいえ)犯罪事件ばかり。ただしそれが過激派やテロリストといったやや特殊な方面に絡んだ事件であるために、ある意味では『顔のない敵』にも通じる独特の“色”が連作として表れているのが興味深いところです。
また、オーソドックスな謎解きではなく、すでに決着した事件に別の角度から光を当てるという図式で統一されているのも面白いところで、探偵役がリアルタイムで事件に関わることがないという安楽椅子探偵形式の特徴を生かしたものといえます。“座間味くん”が示す“真相”が“そう解釈することもできる”という程度にとどまっているのも瑕疵とはいえない(*1)と思いますし、何より反転の鮮やかさは特筆ものといえるでしょう。
- 「貧者の軍隊」
- 地位に隠れて悪事を行う人物だけを、手作りの武器で鮮やかに仕留めることから、“現代の仕置き人”とも評される過激派〈貧者の軍隊〉。ある交通事故をきっかけにそのアジトを突き止めた警察だったが、いざそこに踏み込んでみると、メンバーの一人が密室の中で死んでいたのだ……。
- 過激派絡みの事件が密室ものへ姿を変え、さらに異色の推理が展開されるという、一筋縄ではいかない作品。推理の端緒となる着眼点が秀逸です。
- 「心臓と左手」
- 心臓から左手を通じて念波を送り、奇蹟を起こす――そう公言していた新興宗教の教祖が急死した。残された幹部たちは、教祖の遺言によってその心臓の争奪戦を演じた挙げ句、殺し合いで全滅してしまったという。心臓ではなく、実際に奇蹟を演じた左手の方を求めた一人を除いて……。
- 新興宗教を題材に、何とも異様な事件を描いた作品です。事件と“真相”の落差、そしてそれを演出する巧みなミスディレクションが光る傑作。
- 「罠の名前」
- ある過激派の内部抗争がエスカレートし、ついに武闘派の一人が穏健派の顧問弁護士を拉致するという事態に。警察の特殊部隊が現場に突入するが、犯人は窓から脱出しようとして転落死。そして拉致された弁護士は、犯人が現場に仕掛けた巧妙な罠によって死亡してしまう……。
- (主に)警察による決着とは別の構図を描き出すという構成ゆえに、本書では総じて警察とは反対側からの視点が“座間味くん”によって提示されることになるのですが、それが顕著に表れているのがこの作品でしょう。罠を仕掛けた犯人の心理をきっちりトレースしてみせる“座間味くん”の思考、そして示される何ともいえない“真相”が印象に残ります。
それにしても、「『心臓と左手 座間味くんの推理』(石持浅海/カッパ・ノベルス) - 三軒茶屋 別館」にてアイヨシさんが指摘していらっしゃるように、「罠の名前」という題名は意味ありげなもので、その意図が気になるところです。
- 「水際で防ぐ」
- 過激な手法で外来種の危険を訴えていた環境保護団体。そのメンバーの一人が、別のメンバーに殺害される。昆虫飼育が趣味だった被害者は、密かに外来種を飼育しており、それが犯人の逆鱗に触れたらしいのだ。逃走した犯人も逮捕され、事件は解決したかに思えたのだが……。
- これも“座間味くん”の着眼点がユニークに感じられますが、そこからの推理のプロセスもなかなかよくできています。“座間味くん”の最後の一言も鮮やか。
- 「地下のビール工場」
- 今から数年前のこと。外為法に違反した不正輸出を企てている――そう密告された貿易会社の社長が、趣味のビール醸造キットを所狭しと並べた地下室で殺害されているのが発見された。事件は間もなく犯人の自殺で解決し、問題の不正輸出も未然に防がれた――はずだった……。
- すでに決着した事件ばかりが扱われている本書ですが、とりわけこの作品では数年前に終わった事件であるため、大迫警視にとってはすでに風化しつつあることが想像されます。それが実は“座間味くん”の示唆する“真相”との絡みで大きな意味を持ってくるわけで、“真相”の提示をより効果的なものにするために設定がよく考えられているといえるのではないでしょうか。
- 「沖縄心中」
- 沖縄で、米兵と日本人女性との心中事件が起きた。その直前、平和的な反戦団体とも交流を持っていた米兵が、酔った勢いの口論の果てに、もみ合いになった団体のメンバーを死なせてしまったという。恋人の日本人女性も口論に絡んでいたことで、心中につながったらしいのだが……。
- この作品は、単独でみればあるいは……とも思いますが、本書の中にあってはやや微妙。もちろん、沖縄という舞台の背景には考えさせられるものがありますし、関係者の心理の綾は印象に残るものではあるのですが……。
- 「再会」
- 小学六年生の玉城聖子は、十一年前に沖縄で起きたハイジャック事件の際に、人質となった過去を持っていた。従姉の勧めで沖縄にある進学校の見学に訪れた聖子は、ハイジャック事件の現場となった那覇空港で、“命の恩人”との再会を果たす。そこで“恩人”の口から語られるのは……?
- 『月の扉』の事件から十一年後の再会が描かれた、他の作品とはだいぶ趣の違うボーナストラック的な作品です。が、あくまでも“石持浅海流の「いい話」”というか、読んでいるこちらが居心地の悪くなるような独特の雰囲気(*2)が全開です。この作品でも、ある人物の心理に着目したロジックの展開が面白くはあるのですが……。
*2: taipeimonochromeさんはこのあたりを
“石持ワールドらしい「毒」”(「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » 心臓と左手 座間味くんの推理 / 石持 浅海」より)と表現していらっしゃいますが、あるいはそうとらえてしまった方が居心地の悪さも軽減されるかもしれません。
2007.10.02読了 [石持浅海]
【関連】 『月の扉』 『玩具店の英雄』
悪魔はすぐそこに Devil at Your Elbow
[紹介]
若き数学者ピーター・ブリームは、世界的な数学者だった亡父デズモンドが教授をつとめたハードゲート大学で、講師として働いていた。そんな中、亡父の友人である経済学科の講師ハクストンが、横領容疑で免職の危機に陥ってピーターに助力を求めてくる。しかしハクストンは、教授たちによる審問の場で脅迫めいた言葉を口にした後、自宅で変死してしまった。やがて大学の図書館で殺人が起こり、さらには名誉学長暗殺をほのめかす手紙が届く。大学を揺るがし続ける事件の背後にあるのは、ピーターの父を死に追いやった八年前の醜聞なのか……?
[感想]
アガサ・クリスティの賞賛を受けてデビューし、日本では現代教養文庫〈ミステリ・ボックス〉で初めて紹介され、人気を博したD.M.ディヴァイン。〈ミステリ・ボックス〉の刊行が停止されたこともあって、しばらく邦訳も途絶えていましたが、本書の刊行を機に創元推理文庫から他の未訳作品も刊行されることになりそうで、喜ばしい限りです。
さて本書は、『こわされた少年』と『五番目のコード』の間に発表された第五長編で、大学内部を舞台にした事件が描かれています。ある意味では閉鎖的な環境である大学を舞台にすることで、内部の人間関係が深く複雑な部分まであらわになるようにじっくりと描き出されるとともに、事件の関係者となる――ひいては容疑者となる――範囲がかなり限定されているところがよくできています。特に、関係者の大半が八年前に大学で起きたスキャンダルを経験しているために、閉鎖性の度合いが高くなっているところも見逃すべきではないでしょう。
事件は、その八年前のスキャンダルについて何かを知っているらしいハクストン講師が、脅迫めいた言葉を口にした直後に変死してしまうところから始まります。一旦は事故死ということで決着するものの、スキャンダルで傷ついた大学関係者の間に波紋を生じる一石としては十分で、疑心暗鬼は人々を動かし、やがては殺人事件へと発展していきます。
このあたりの様子が、三人称多視点の描写で少しずつ積み重ねられていくところがよくできていて、事件が主要登場人物それぞれの視点から多角的に語られるとともに、それぞれの人物の内面も明かされていきます。結果として、読者は主要登場人物の外面(他の人物の視点から)と内面の両方をとらえることができるため、それぞれの人物の性格がしっかりと伝わってくることになります。それが読者を物語に強く引き込むだけでなく、事件の真相を見えにくくするミスディレクションとして機能しているところが秀逸です。
決して大トリックが仕掛けられているというわけではないのですが、作者の優れた技巧によって最後まで真相は巧妙に隠されており、読者は結末で驚きを味わうことになるでしょう。作者の他の作品と比べても頭一つ抜けている感があり、(現時点では)最高傑作といっても過言ではないのではないでしょうか。法月綸太郎氏の解説もまた絶品です。
そばかすのフィギュア
[紹介と感想]
かつて刊行された第一短編集『雨の檻』に、新たに「月かげの古謡」を追加して改題した短編集です。独特の美しさを感じさせる叙情的な作品が並んでいます。
個人的ベストは「雨の檻」か「セピアの迷彩」。
- 「雨の檻」
- 地球を離れて新しい惑星を目指す恒星間宇宙船。その窓には宇宙空間の代わりに、もう何年もの間ひたすら雨の風景だけが映し出されていた。無菌室から出られないシノは、家族からも隔離されてロボットのフィーと二人きりで暮らしていたが、そのフィーの様子が少しずつ……。
- 隔離された無菌室で暮らすシノにとって、フィーはその孤独を多少なりとも癒してくれる唯一の“家族”です。そのフィーの様子がおかしくなったとき、シノの孤独は最高潮に達します。そして何ともいえない後味を残す結末。傑作です。
- 「カーマイン・レッド」
- 山奥の美術専門学校に入学した“僕”は、級友たちにとけ込めず、いじめられ続ける毎日を過ごしていた。そんなある日、教授が教室に連れてきたロボット“ピイ”と出会った僕は、彼に親しみを感じるようになっていく。そして……。
- 人間以外の存在との心の交流というのはSFでよく描かれるモチーフですが、この作品ではカーマイン・レッドという色をキーにすることで独特の印象を与えています。
- 「セピアの迷彩」
- ついに“私”のもとに彼女がやってくる。亜光速船での長い航海から戻ってきた彼女は、記憶を失っていたのだ。自分のクローン体として私を生み出し、私の人生を縛ってきた彼女――もう一人の“私”が。私は彼女を許さない……。
- 双子よりも近い存在、クローン体とオリジナル。二人の“私”の間に渦巻く複雑な感情を鮮やかに描き出した作品です。クローンとして生まれた悲しみ、オリジナルの意思に縛られているという思い。人間のクローンが実現可能となりつつある今、より重要な意味を持つ作品といえるでしょう。
- 「そばかすのフィギュア」
- 靖子のもとに送られてきた試作品のフィギュア。それは、彼女がデザインしたキャラクターをもとに、最新の技術で製造されたものだった。擬似神経を持ち、動くこともしゃべることも自由自在にできるそのフィギュア、彼女自身の分身ともいうべきキャラクター“アーダ”が目覚めたとき……。
- 主人公は、自分の写し身“アーダ”の恋の行方を見守ることで、ちょうど鏡を見つめるように自分自身の心の奥底に踏み込んでいきます。物語が幕を閉じるとき、成長を遂げた主人公の姿が印象に残ります。
- 「カトレアの真実」
- 猥雑な街、ビョーキの巣窟で出会った男は、頬にカトレアの入れ墨をしていた。その日から、死病に取りつかれた“私”と彼の暮らしが始まった。私は彼がすっかり自分のものになったと思っていた。彼は私に殺されたがっているのだ、と……。
- 皮肉なプロット。胸を打つ叫び。重いテーマを淡々とした語り口で描いた作品です。
- 「お夏 清十郎」
- その時遡能力によって日本舞踊・白扇流の家元に抜擢された奈月。彼女は自分の身を削りながら時間をさかのぼり、今では廃れてしまった伝統芸能を発掘してくるのだ。時遡の夢の中で、失われた恋人・芙月に出会うこと。それが彼女を駆り立てていたのだった……。
- 日本舞踊の名取りでもある作者の深い造詣が十分に生かされた作品です。時遡能力によって失われた恋人との逢瀬を重ねる家元・奈月と、その姿を見つめ続ける、いまだ恋を知らない若き次期家元・夢月を対比させることで、単なる踊りの技術を越えた何かを描き出そうとしています。
- 「ブルー・フライト」
- 試験管ベビーとして生まれ、エリートとして航宙士を目指してきたアヤ。彼女の支えとなるのは、まだ見ぬ母親の“遺志”を伝える青いガラスのペガサス像だった。“翔びなさい、アヤ”――その言葉に導かれてきたアヤだったが、最終試験が近づくにつれて重いプレッシャーに耐えられなくなっていく……。
- 作者が高校生の時に発表されたデビュー作。宇宙を目指すのは自分の意思なのか、それとも母親の“遺志”に縛られたものなのか。母親に会えないことがその葛藤に輪をかけています。青いペガサスのイメージが鮮烈です。
- 「月かげの古謡」
- 領主の息子は、先祖伝来の宝剣と黄金の笛を携え、西の果ての森に赴いた。そこには、音楽好きの番人に守られた財宝が眠っているという。自らの力を領主である父に示すため、森の奥へと踏み込んだ彼の耳に、池の底から立ち昇る笛の音が……。
- ファンタジー、というよりも寓話めいた一篇。 当初の思惑を超え、主人公は番人との対面を通じて自らの内面を深く掘り下げていくことになります。あまりにも切ない成長物語。傑作です。
作者不詳(上下) ミステリ作家の読む本
[紹介]
三津田信三が散歩の途中でふと立ち寄った古書店〈古本堂〉。三津田とともにそこに入り浸るようになった友人の飛鳥信一郎は、店主から一冊の本を購入する。革装ながら稚拙な作りの同人誌らしい、『迷宮草子』と題されたその本には、七つの物語が収録されていた。それを読み始めた信一郎と三津田は、やがて様々な怪異に襲われ始める。どうやら、それぞれの物語に含まれた“謎”を解かなければ、怪異から逃れることはできないらしいのだ……。
- 「霧の館」
- 山の中で道に迷い、霧に包まれた洋館にたどり着いた“僕”は、老婆の世話を受けてそこで暮らす少女・沙霧に出会った。滞在を許された“僕”は沙霧と親交を深めるが、彼女のドッペルゲンガーらしきものが館を徘徊する中、ついに不可解な事件が……。
- 「子喰鬼縁起」
- 妻と息子を相次いで失った“私”は、十九年前の夏に起きた出来事に思いを馳せる。それは身重の妻と二人で訪れた、〈子供を襲う鬼〉の伝説が残る土地のわびしい見世物小屋の中で、同行した夫婦が連れていた赤ん坊がさらわれた事件だった……。
- 「娯楽としての殺人」
- 五人の大学生が住む下宿。その一人が謎の毒死を遂げた後、下宿のゴミ置き場で拾った無記名の原稿を読んだ“私”は、残る下宿人の誰かがそこに書いてある“娯楽としての殺人”――親友殺しを実行したのだと確信し、その犯人を探そうとするが……。
- 「陰画の中の毒殺者」
- 山小屋で出会った老人が語ってくれた、戦時中に起きたという事件。一人の娘を囲む五人の男たちの集まりの最中、男の一人が毒入りワインを飲まされたのだ。だが、その場の状況を検討してみると、被害者を狙った犯行は不可能なはずだった……。
- 「朱雀の化物」
- “私”が偶然入手したノートには、十年前にとある山荘で起きた大量殺人事件の経緯が克明に記されていた。山荘で一泊した高校生グループの前に姿を現し、次から次へと全員を惨殺していった〈朱雀の化物〉とは、一体何者だったのだろうか……?
- 「時計塔の謎」
- 伯母と養女の千砂が二人で住む時計塔のある屋敷を“僕”が久々に訪ねたその日、千砂が時計塔の見晴らし台から転落死してしまう。事故にしては不審な点もあったが、転落直前に“僕”が時計塔を見た時には千砂の近くには誰一人いなかった……。
- 「首の館」
- “私”の目の前で、“彼女”の首は皮一枚残して無残に切断された――とあるウェブサイト上の活動を通じて知り合った面々が、合宿を行うために狗鼻{くび}島を訪れた。だが、〈狗鼻の館〉に到着した一行を待ち受けていたのは、恐るべき惨劇だった……。
[感想]
デビュー作『忌館 ホラー作家の棲む家』に続く〈三津田信三シリーズ〉(?)の第2弾で、文庫化に際して上下二分冊となっただけでなく、初出のノベルス版から全面改稿されており(*1)、特に結末はまったくの別物といっても過言ではありません。また、小口部分に浮かび上がる“UNKNOWN”
の文字や、要所要所の禍々しい手書き文字風の書体といったノベルス版での趣向がなくなったのは残念ですが、代わりに文庫版では作中作『迷宮草子』の装丁が凝っている――表紙がノベルス版よりもそれらしく作られ(*2)、各話の扉にイラストが新たに付されている――のが目を引きます。
さて内容は、前作『忌館 ホラー作家の棲む家』で大変な目に遭った三津田信三が、それをきっかけに思い出した十数年前の出来事――『迷宮草子』という奇怪な同人誌をめぐる恐怖と謎解きの物語で、後の作品にみられる“ホラーとミステリの融合”というコンセプトが明確に打ち出された作品となっています。
作中作の『迷宮草子』は単独で“奇譚集”として成立しているのですが、それをいわば“問題篇”だけのミステリ短編集として、それぞれの物語の後に飛鳥信一郎と三津田信三の二人による“解決篇”が配されるという構成が面白いところ。その一方で、この『迷宮草子』を読み始めると様々な怪奇現象が発生し、“謎を解かなければ怪異から逃れることができない”という設定が秀逸で、恐るべき怪異が二人の身に迫ってくる中で推理が展開される“解決篇”は実にスリリング。しかもその怪異が、結果的に推理の正誤を判定する――筋の通った推理であっても、怪異が収まらなければ“真相”とはいえない――機能を担っているところが非常にユニークです。
まず『迷宮草子』の第一話「霧の館」は、鮎川哲也編『本格推理3』に収録された作品に加筆修正したもの。山中の洋館を舞台にした作品で、その幻想的な雰囲気が大きな魅力になっています。そして不可解な事件の謎そのものもさることながら、その組み立て方が実に見事です。
続く第二話の「子喰鬼縁起」では、不可能とも思える状況下での赤ん坊の誘拐――というよりも消失事件が扱われており、読んでいてやや状況が把握しにくいところがないでもないとはいえ、“解決篇”はなかなかよくできていると思います。とりわけ、怪異を絡めた演出がお見事。
誰が書いたかわからない原稿から始まる第三話「娯楽としての殺人」では、事件の起こった同じ下宿に住む女子大生が素人探偵に乗り出すものの、なかなか思うようにはいかない顛末が描かれており、結果として『迷宮草子』の中では異色のとぼけた味わいになっているのが愉快。しかしそれに反して、怪異が襲いくる“解決篇”は何とも凄まじいことになっています(*3)。
第四話の「陰画の中の毒殺者」ではかなり限定された状況での毒殺が扱われており、それゆえに“解決篇”もロジックを(ある程度)前面に押し出したものになっています。加えて“推理合戦”風の趣向も盛り込まれ、本書の中では最も“推理”に重点が置かれているといえるかもしれません。なお、ノベルス版では一点気になる箇所があったのですが、文庫版では加筆によってその点がフォローされています。
山荘を舞台にした大量殺人事件の顛末が描かれた第五話の「朱雀の化物」は、『迷宮草子』の中での個人的ベスト。“解決篇”で〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉
と指摘されているように“アレ”の系譜に連なる作品ですが、短編であるがゆえに殺人が矢継ぎ早に起こり、その残虐さも相まってスプラッタ・ホラーに通じる味わいになっているのが非常に面白く感じられます。“解決篇”における〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉に関する考察もよくできていますし、真相が明かされてなお不気味なものが残るところが秀逸です。
第六話の「時計塔の謎」では、一人で時計塔に登ったはずの娘が謎の転落死を遂げた事件が扱われていますが、トリックは小粒な上に既視感があったりと、ミステリとしてはさほどのものとはいえません。結末で浮かび上がってくる登場人物の心理が、(スリラー的な意味で)この作品の見どころといえそうです。
そして第七話の「首の館」は……詳しくは書けませんが、最後の一篇にふさわしく“問題篇”も“解決篇”もともに実に凄まじいものになっており、「朱雀の化物」と並んで本書の白眉といっていいでしょう。
『迷宮草子』の“問題篇”をすべて解き終えた飛鳥信一郎と三津田信三にさらなる怪異が迫りくる中、『迷宮草子』そのものの謎が俎上に上る結末は、各篇の謎解きがおおむね合理的なミステリらしいそれだったのに対して、“怪異に筋道をつける”というホラーミステリならではのものといえます。前述のように文庫版では結末が大幅に変更され、わかりやすく効果的なものになっているのが目を引きますが、一方でノベルス版の混沌と迫力に満ちた結末も捨てがたいところで、気になる方は両方の版をそろえて読み比べることをおすすめします。
2007.10.13 ノベルス版読了
2010.12.20 / 12.22 文庫版読了 (2010.12.27改稿) [三津田信三]
【関連】 『忌館 ホラー作家の棲む家』 『蛇棺葬』 『百蛇堂 怪談作家の語る話』 / 『シェルター 終末の殺人』
消失!
[紹介]
なぜか赤毛の人々が多く住む奇妙な街・高塔市で、主婦と女子中学生が襲われて負傷するという事件が発生した。被害者の共通点はその見事な赤毛。やがて――バンドのメンバーたちは、マリーが頭を殴られて死んでいるのを発見したものの、いつの間にか死体は消失する――遊びに出かけたまま帰ってこない裕二を心配して探し回っていた同道堂裕子は、首を絞められた裕二の変わり果てた姿を目にするが、犯人らしき人物を追っている間に死体は消失――そして純は、突然ブティック「ランディ」から姿を消してしまう――マリーも裕二も純も、美しい赤毛の持ち主だった。事件解決の依頼を受けた名探偵・新寺仁は……。
[感想]
講談社ノベルス25周年を記念して復刊された作品の一つで、中西智明の(現時点での)唯一の長編です。その強烈なインパクトで発表当時はかなり話題になったのではないかと思います(*)が、文庫版ともども長らく入手困難だったこともあって、ある意味伝説的な作品となりつつあったところ、今回の復刊を心待ちにした方も多かったのではないでしょうか(←言い過ぎか)。
目次には「第一章 三つの死」・「第二章 三つの消失」・「第三章 三つの接近」・「第四章 ひとつの解決」と記されており、“三つの死”に対して“ひとつの解決”が与えられることから想像できるように、本書は一見するとバラバラに見えた事件が一つにまとまるという、無差別殺人とは切っても切れない“ミッシング・リンク”をテーマとした作品です。もちろん、カバー裏の紹介文にも明記されているように、被害者には“赤毛”という共通点があるのですが、当然ながらそれだけで終わるわけではありませんのでご安心を。
“ミッシング・リンク”テーマであるだけに、発端は相互に接点のない三つの視点から描かれ、随所に“犯人”の独白を挟みつつ、物語が進むにつれてそれぞれの視点が接近していきます。作者と同名の人物が率いるバンドのメンバー、一人暮らしとなって孤独をかこつ未亡人とその義弟、そして癖のある名探偵と周辺の人物たち――三つの視点が接近することで、名探偵のもとに事件の情報が集まってくることになりますが、そこでもう一つ、題名通りの密室状況からの消失もクローズアップされていきます。
どういうわけか、ネタの一部だけが取り沙汰されることが多い本書ですが、確かにそれ自体は強烈ではあるものの、本書の眼目はやはりそこではないでしょう。そのネタが明かされた後、結末に至るまで連鎖反応のように次から次へと崩れ、動いていく事件の様相こそが、本書の最大の見どころといえるのではないでしょうか。
巻末の「自作解説」にて、作者自身が“人間消失テーマ、ならびに無差別殺人テーマを語るうえで、これははずせない一作だと思います。”
と記していますが、これはまったく過大評価ではありません。たった一作で中西智明の名を日本ミステリ史に刻みつけたといっても過言ではない、唯一無二の傑作です。
2007.10.16再読了