ミステリ&SF感想vol.218

2015.08.05

絶望的 寄生クラブ  鳥飼否宇

ネタバレ感想 2015年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)

[紹介]
 変態的フィールドワークで名をはせる綾鹿科学大学大学院准教授・増田米尊は、ある異変に気づきつつあった。何者かに監視されているようだったり、突然女性たちに言い寄られるようになったりと、何かがおかしい。そんな中、増田が準備していた学会発表用の原稿が、誰が書いたのかわからない小説――バカミスにすり替わる事件が起きる。不可解な事件の真相を探る増田をあざ笑うかのように、原稿は何度もすり替わってしまい……。

「処女作」
 ミステリ研の機関誌の締め切りに悩んでいた横田ルミは、自身の奇妙な体験をミステリに仕立てることにした。ルミは処女であるにもかかわらず、なぜか妊娠させられてしまったのだ。その犯人は、男性部員のうち一体誰なのか。かくして、「処女の密室」と題された原稿が完成し……。

「問題作」
 祭りの日に町を歩いていた大堀健作は、思わぬ形で顔見知りの男の姿を目にする。そして、デパートで柳刃包丁を買い込んだ大堀は、携帯電話ショップを訪れて、店員を人質に立てこもり事件を起こしてしまう――膨大な脚注を付して描かれた事件は、壮絶な結末を迎えるが……。

「出世作」
 上司の文芸部長が出張している間に、その妻と高級ホテルで情事にふける男。妻の浮気を疑いつつ、出張先に愛人の女性編集者を呼び寄せた文芸部長。カリスマ編集者である一方、一回りも年下の部下に手を出す編集局長。三つの不倫の末に読者を待ち受ける“挑戦状”は……?

「失敗作」
 届いたばかりの『どのミステリがすげえ?』というムックを早速開いた碇有人は、自身が書いた「完膚なきまでの失敗作」と題するコラムが無事に掲載されているのを確認して、大いに満足していた。だが、そこへ背後から殺人者の影が迫り、渾身の力で凶器を振り下ろしたのだ……。

[感想]
 『本格的 死人と狂人たち』『官能的 四つの狂気』でおなじみの、“変態学者”増田米尊を主役に据えたシリーズの新作です。その大半がバカミスといっても過言ではない〈綾鹿市シリーズ〉の中でも、ひときわ異彩を放つこのシリーズですが、今回は特にエログロナンセンスの度合いが強いので、そのような要素が苦手な方は少々注意が必要かもしれません

 さて本書は、増田が書いていた原稿がいつの間にかすり替わるという形で、以前に独立して発表された短編(「処女作」「問題作」「失敗作」*1と書き下ろしの「出世作」を、作中作として取り込んだユニークな構成となっています。作中作は、いずれ劣らぬバカさ加減もさることながら、器用に幅広い作風をみせる作者らしく、それぞれに方向の異なるバカミスになっているのが見どころです。

 まず「処女作」は、“処女懐胎”を題材にした珍妙な犯人当て「処女の密室」が“作中作中作”として登場し、それが“現実の事件”をもとにしたものであるために、“現実”との二重構造の犯人探し*2になっているのが目を引きます。とはいえ、とてもこの内容で犯人が当てられるようには思えないのですが(苦笑)、かの〈ノックスの十戒〉(→Wikipedia)を思わぬ形で扱った謎解きがなかなか強烈で、特に最後に指摘される伏線にはうならされます。

 続く「問題作」はここだけ上下二段組で、上段では事件を起こす犯人の視点で物語が進行し、下段では“神の視点”から過剰なまでの脚注が付される、何とも奇妙な構成。犯罪小説風の物語は、今ひとつ意味がわからないまま壮絶な結末を迎え、最後の“読者への挑戦状”には思わず困惑を覚えますが、それを受けた“枠”部分での謎解き*3で示される異様な真相には圧倒されます。そして、脚注を手がかりにした“さらなる推理”も面白いところです。

 書き下ろしの「出世作」は、ほとんど官能小説のノリで立て続けに三つの不倫が描かれたかと思えば、唐突な“読者への挑戦状”――しかも普通のミステリとはかけ離れた“問い”の――が出てくる怪作。もっとも、ある種の知識があれば読み進めながら手がかりを見出すのも難しくはなく、“挑戦状”よりも前に作者の狙いをある程度予想できる方も多いかもしれません。それでも仕掛けはよくできていると思いますし、“枠”部分での愉快かつ鮮やかな謎解きも秀逸です。

 最後の「失敗作」は、〈綾鹿市シリーズ〉でおなじみの谷村警部補と南巡査部長のコンビが登場する作品で、作中で殺人事件も発生するものの、見どころはもちろん作中のコラム「完膚なきまでの失敗作」。ネタは比較的わかりやすいと思いますが、思いのほか手の込んだ企みになっているところに感服……させられつつも、やはり脱力を禁じ得ません。
 ところで、この作品だけは小山正・編『バカミスじゃない!?』*4で既読だったのですが、作中作として本書に組み込まれることで、その企みがより効果的になっている感があります。裏を返せば、作中作の中で最初に発表されたこの「失敗作」を発展させる形で、本書全体が組み立てられている、と考えることもできるかもしれません。

 というわけで、「失敗作」まで読み進めてくると、本書に仕掛けられた趣向もおおよそ見当がつくと思いますが、それでも最後まで油断がならない本書のすごいところで、真相の一端に気づいた増田米尊を凄まじい○○が襲うクライマックス(?)の果てには、題名のとおり(ある意味で)“絶望的”な結末が用意されています。そして最後の最後には、開き直ったようなラストで幕が引かれるのも印象的。好みが分かれる作品なのは間違いないところでしょうが、バカミス好きにはぜひともおすすめしたい一冊です。

*1: しかも、「処女作」が雑誌「ハヤカワミステリマガジン」、「問題作」が雑誌「ジャーロ」、「失敗作」がアンソロジー『バカミスじゃない!?』と、見事にバラバラです。
*2: さらにその後、作中作の“枠”にあたる部分での、原稿すり替えの犯人探しまでもがここに重なってきて、三重構造の犯人探しともいえる状況になっているのが圧巻というか。
*3: 本書には“問題編”のみが作中作として収録されていますが、雑誌掲載時には当然“解決編”も掲載されていたはずで、それがどのようなものだったのか気になるところです。
*4: 後に、『天地驚愕のミステリー』「失敗作」を収録)と『奇想天外のミステリー』に分冊して文庫化されています(いずれも宝島社文庫)。

2015.03.13読了  [鳥飼否宇]
【関連】 『本格的 死人と狂人たち』 『官能的 四つの狂気』 / その他〈綾鹿市シリーズ〉

玩具店の英雄 座間味くんの推理  石持浅海

ネタバレ感想 2012年発表 (光文社文庫 い35-13)

[紹介と感想]
 科学警察研究所の職員・津久井操は、実際に起きた事例をもとにして、事件を未然に防ぐことができるかを研究している。ある日、難題を前に行き詰まった津久井に、大先輩の大迫警視正が友人の“座間味くん”を紹介し、三人で酒を酌み交わすことに。そして“座間味くん”は、津久井の研究する事例の話を聞いて、その裏に隠されていた真相を次々と掘り起こしていく……。

 『心臓と左手』に続いて、かつて『月の扉』で事件を解決した“座間味くん”が、安楽椅子探偵をつとめる連作短編集で、おなじみの大迫警視正*1に加えて、科学警察研究所の津久井操が新キャラとして登場し、語り手をつとめています。
 安楽椅子探偵の形式を生かして、公式にはすでに決着のついた事件に新たな光を当てる、というスタイルは前作『心臓と左手』と同様ですが、本書で扱われるのは津久井が持ち出す研究事例――主に警察による警備の失敗例。一口に失敗例といっても、バラエティに富んだ状況設定で飽きさせないのがうまいところで、題材そのものの面白さがまず目を引きます。また、事件が公式に(表面的に)決着しているだけでなく、語り手の津久井がすでに検討した事例だというのも興味深いところで、津久井の考察とはまったく異なる“座間味くん”の推理がより際立つようになっています。
 (最後の「警察の幸運」を除く)各篇の冒頭では事件の場面が主に警察官の視点で描かれ、さらに津久井が前後の状況を補足説明する形ですが、その中に巧みに隠された不自然さ(謎)の“発見”――“気づき”が重要なポイントとなっており、そこから“座間味くん”のロジックで事件関係者の思わぬ心理があぶり出されていくあたりは、(内容はまったく違いますが)いわゆる“日常の謎”に通じるところがあるように思います。
 その心理や、各篇の結末の処理など、随所に石持浅海らしい“倫理のアクロバット”も見受けられるので、少々好みの分かれるところもあるかもしれませんが、作者の持ち味が存分に発揮された一冊といっていいのではないでしょうか。

「傘の花」
 対人地雷に関する失言が大きな問題となっていた国会議員が、地元出身の画家のギャラリーから出てきたところを、漁具のヤスで刺殺された。犯人はたたんだ傘の中に凶器を隠して近づき、警護の警官の阻止を免れたのだ。雨が上がったばかりのタイミングが災いした事件だったが……。
 対人地雷が発端となっているところにニヤリ(?)とさせられます*2が、細かい“気づき”をもとにした謎解きが鮮やかで、成功と失敗の“分かれ目”を探るという設定が最もうまく生かされているところも含めて、ミステリとしては本書の中でベストといってもいいかもしれません。

「最強の盾」
 外国企業のビルを狙った過激派の男が、ベビーカーを押して通りかかった女性を襲い、赤ん坊を人質に取ってビルに侵入しようとしたが、たまたま赤ん坊に注目していた警備の警官のスタンドプレーによって阻止される。事件を未然に防ぐことができた、この事例から得られる教訓は……?
 状況の不自然な点がかなりわかりやすく、おおよそ見当をつけることは難しくないと思います。ある意味“変な”真相は面白くはあるのですが……。“座間味くん”の辛辣な一言が印象的。

「襲撃の準備」
 スポーツに力を入れる高校で起きた凄惨な事件。怪我で野球部を退部して非行に走り、交番相談員との出会いで立ち直りかけていた生徒が、街で野球部員を刺して逃走した後、野球部への復讐のために学校に潜入し、パニックに陥った部員たちに返り討ちにされてしまったのだ……。
 冒頭で描かれた事件の凄惨さもさることながら、“座間味くん”が解き明かすとんでもない真相、そして居心地の悪い結末と、なかなか強烈な印象を残す作品です。

「玩具店の英雄」
 非番の警察官が幼い娘と玩具店を訪れるが、そこに包丁を持った男が現れる。警察官は男に立ち向かおうとしたものの恐怖にすくみ、犯人に襲われる寸前、顔見知りの民間人の男性客に突き飛ばされて命を救われるが、男性客はそのまま過剰防衛で犯人を殺害してしまうことに……。
 作中でも“警察の恥”と評されているように、警察官が苦しい立場に追い込まれた事件で、それゆえに予想しやすい部分もあるのですが、真相は非常によくできています。解明につながる手がかりが秀逸です。

「住宅街の迷惑」
 新興宗教団体のトップが建てた邸宅の外壁には、何と巨大な仏像が。住宅街の真ん中だけに周辺住民の反発も大きかったが、警察が念のために警備をする中で行われた新築祝いの最中、爆発物を抱えた男が現れる。男はそのまま邸宅に押し入り、仏像を爆破しようとしたのだが……。
 謎解きの端緒となる状況の不自然さが、実に巧妙に隠されているのがお見事。真相そのものはややインパクトに欠けるきらいもありますが、これまた巧妙といっていいでしょう。

「警察官の選択」
 休日に魚釣りをしにきた二人組の警察官の目の前で、トラックと自転車の交通事故が発生。衝撃で呼吸が停止した自転車の少年を、二人で懸命に蘇生させようとしていたところ、トラックがゆっくりと坂道を下り始めた。その先にある顔なじみの釣具店には、病気で寝たきりの老人が……。
 常軌を逸したといっても過言ではない真相の凄まじさと、それを受けた結末の処理とが相まって、決して忘れようのない作品に仕上がっています。前述のようにベストは「傘の花」だと思いますが、本書から一篇選ぶならこの作品ではないでしょうか。

「警察の幸運」
 日本から新幹線を売り込む商談が進んでいる新興国。その国の担当大臣が来日した際に、デモも兼ねて新幹線で東京から名古屋まで新幹線で移動してもらうことになった。当然、これ以上ないほど厳重な警備が敷かれたのだが、思わぬ形で大臣に対するテロが実行されそうになり……。
 真相の隠し方がよく考えられている一方で、推理の障害となる“逃げ道”をきっちりふさいであるのがうまいところです。ミステリ的な意味ではないものの、連作としての“締め”にも好印象。

*1: 前作では警視でしたが。
*2: 地雷ミステリ集『顔のない敵』を参照。

2015.03.19読了  [石持浅海]
【関連】 『月の扉』 『心臓と左手』

星読島に星は流れた  久住四季

ネタバレ感想 2015年発表 (ミステリ・フロンティア)

[紹介]
 天文学者サラ・ディライト・ローウェル博士は、毎年ネット上の天文フォーラムで参加者を募り、自分の住む大西洋沖の孤島で天体観測の集いを開いていた。自身はさほど天文に興味はないながら参加の申し込みをした、マサチューセッツ州の小さな町に住む家庭訪問医・加藤盤を含めて、凄まじい倍率をくぐり抜けて選ばれた七人の招待客が孤島に上陸するが、毎回応募が殺到するのには“ある理由”があったのだ。和気藹々とした様子の招待客たちの間にも、その“理由”をめぐって静かに緊張が走る中、滞在三日目に一人が他殺死体となって海に浮かぶ。この中の誰が、そして一体なぜ……?

[感想]
 〈トリックスターズ〉シリーズや〈ミステリクロノ〉シリーズなど電撃文庫で活躍していた久住四季の、『七花、時跳び!』以来となる実に五年ぶりの新作長編です。これまでの電撃文庫では、主にファンタジー設定のミステリを発表してきた作者ですが、本書はやや趣を変えてストレートなミステリ――今日では定番の一つともいえる*1孤島での殺人を正面から扱った、決して派手ではないながらも手堅い作品となっています。

 ライトノベル出身の作者らしく、というべきか、登場人物たちはいずれもキャラが立っています*2し、“ボーイ・ミーツ・ガール”(というよりは“ガール・ミーツ・ボーイ”か)的な要素も盛り込まれるなど、読者を物語に引き込む力は十分。また、舞台となる孤島・“星読島”の特異な舞台設定も目を引きます。そこに天体観測所が建てられることになった過去の経緯に始まり、上の[紹介]にも書いた“ある理由”*3にも関わる孤島の“伝説”が、(ファンタジー設定の作品ではないにもかかわらず)物語に謎めいた幻想的な雰囲気を与えているのが魅力的です。

 そしてその“伝説”が、殺人事件と組み合わされて不可解な謎を生み出しているのが本書の大きな見どころ。“それ”が犯行の動機に関わることは誰しも考えるところでしょうが、そうだとすれば、犯行のタイミングなど色々と辻褄の合わない点が出てくることになり、事件全体がつかみどころのない様相を呈するところがよくできています。その後の思わぬ急展開を経て、ある程度の部分は明らかになったかと思いきや、ある種の不可能状況まで浮上してきてさらに混迷が深まるのもうまいところで、謎の作り方と見せ方がなかなか巧妙といえるでしょう。

 本書の帯にも“謎を解く鍵は、最初から目の前にあったんだ”とあるように、真相解明の手がかりが実に大胆に提示されているのも秀逸です。実のところ、その存在自体にはかなり気づきやすいと思いますが、その意味――“それが謎解きの中でどのように使われるのか”を見抜くのは、なかなか難しいのではないでしょうか。その手がかりをもとにした終盤の鮮やかな謎解きは、十分にカタルシスを味わわせてくれる、非常によくできたものだと思います。

 真相の一部はかなり見えやすくなっているきらいもありますが、それでも最後に描き出される“ある構図”が実に美しく、鮮烈な印象を残します。事件の影響を受けてある者は変わり、またある者は変わらずにいる、登場人物たちの“その後”をしっかりと描いた幕切れに至るまで、丁寧に綴られた佳作といった感じの一冊。おすすめです。

*1: 少なくとも新本格ミステリの隆盛以前は、あまり多くはなかったように思います。
*2: 特に、“タフでアクティヴなニート”の造形は反則でしょう(苦笑)。
*3: 出版社のあらすじでは伏せてあるので、ここでも一応伏せておきますが、物語が始まって10頁ほどで明らかになります。

2015.03.22読了  [久住四季]

シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎  円居 挽

ネタバレ感想 2015年発表 (新潮文庫nex ま45-1)

[紹介]
 日本に二つしかない探偵養成学校の一つ、東京は三鷹にある鷹司高校に入学した剣峰成{つるみねなる}は、凡庸なクラスメイトたちに退屈していた。しかし、そんな成の前に現れた少女・太刀杜{たちもり}からんとの出会いをきっかけに、成は鷹司高校の真の姿を目の当たりにして、名探偵への道を歩み始める。まずは、生徒会が主催する新入生歓迎行事〈七寮祭〉で行われる、学年で101人目の特別な生徒〈特究生〉が誰なのかをめぐる裁判ゲーム〈星覧仕合〉――生徒会長・大神五条を向こうに回した勝負から……。

[感想]
 新レーベル〈新潮文庫nex〉で刊行された、円居挽の新シリーズ第一作で、山口雅也の〈キッド・ピストルズ・シリーズ〉を思い起こさせる“探偵士”たちの存在――さらには探偵たちが所属する現衛庁や日本探偵公社といった組織、そして将来の探偵士を育てる探偵養成学校と、パラレルワールド風の設定*1が目を引きます。その探偵養成学校に入学した少年・剣峰成を主人公とする本書では、探偵活動が一種の“勝負”として扱われているのが作者らしいところで、“勝負”を通じた成長に重きが置かれた物語は、(いい意味で)少年漫画にも通じる魅力を備えています。

 「プロローグ」「エピローグ」に挟まれた三つの章で構成されている本書ですが、各章ではそれぞれ別個の“勝負”が描かれており、連作短編のようにある程度独立したエピソードとなっています。とはいえ、その背景には一貫して(次巻以降へと続く)“探偵の卵”たちを巻き込む大事件が影を落としていますし、少しずつ読者に明かされる事実がその後の物語に深く関わっていくなど、長編としての流れも用意されています。そのため、内容を紹介しづらい部分もあります*2が、ご了承くださいませ。

 まず第一章、「学園裁判と名探偵」は裁判形式のゲームが題材となっているだけに、一見すると、私的裁判〈双龍会〉を中心に据えた〈ルヴォワール・シリーズ〉“変奏曲”といった印象もあります。しかし実際に始まってみるとこの〈星覧仕合〉がよく考えられていて、勝つための筋道がさっぱり見えない状況を作り出してあるのがまず巧妙。そこから、思いもよらない鮮やかな逆転を演出してみせる手際もまたお見事です。

 第二章の「暗号と名探偵」では一転して、発生したばかりの殺人事件を間に挟んだ“犯人vs探偵”の頭脳戦。逃亡を図る犯人と追いすがる探偵、それぞれの視点から交互に描かれることで俯瞰できる、“暗号”を含めた手がかりをめぐる激しい“読み合い”は実に見ごたえがあります。そして終盤、探偵が犯人を追い詰めるロジカルな推理によって浮かび上がる、強力なミスディレクションが秀逸。三つのエピソードの中では間違いなくこれがベストでしょう。

 最後の第三章、「密室と名探偵」では進行中の事件が扱われ、第二章に引き続いて“犯人vs探偵”の勝負が繰り広げられますが、若干変則的な図式になっているのが見逃せないところでしょう。また、犯人が逃げるのではなく探偵を標的とするのもユニークで、題名の“密室”も探偵への“罠”として扱われています。密室トリックはさほどでもない……ようでいて、一風変わった目的の密室ならではのものになっているのが面白いところです。そして結末のやり取りも印象的。

 主要な登場人物たちはいずれも魅力的ですし、世界の設定にも興味深いものがあります。そしてもちろん、“何が起きているのか”は大いに気になるところで、主人公らがどのように成長していくのかも含めて、今後の展開が楽しみです。

*1: デビュー作『丸太町ルヴォワール』に始まる〈ルヴォワール・シリーズ〉のパラレルワールドでもあるようで、本書にも名前が登場する“キングレオ”こと天親獅子丸を主役とした最新作『キングレオの冒険』では、そのあたりがよりはっきり表れています。
*2: 上の[紹介]でも、最初の「学園裁判と名探偵」のみの紹介になっています。

2015.04.03読了  [円居 挽]
【関連】 『シャーロック・ノートII 試験と古典と探偵殺し』

火星の人 The Martian  アンディ・ウィアー

2011年/2014年発表 (小野田和子訳 ハヤカワ文庫SF1971)

[紹介]
 有人火星探査の三度目のミッション〈アレス3〉は、予想を超える猛烈な砂嵐のためにわずか六日目にして中止を余儀なくされた。チームは急遽火星を離脱することになったが、その寸前、暴風で折れたアンテナの直撃を受けて、クルーのマーク・ワトニーが命を落とした――と思われた。だが、マークは奇跡的に生存していたのだ。かくして、地球との連絡も取れないまま、不毛な赤い惑星にたった一人で取り残されたマークは、限られた物資と自らの知識を駆使して、救援が来るまで生き延びようと奮闘するのだが、その前途は多難だった……。

[感想]
 刊行されるやいなや好評を博し、映画化も進行している*1傑作ハードSFで、探査ミッション中のアクシデントによりただ一人取り残されることになった主人公の、火星でのサバイバルが緻密なディテールでじっくりと丁寧に描かれています。“いかにして救援が来るまで生き延びるか”だけに焦点が当てられた、これ以上ないほどシンプルなプロットは非常に読みやすく、普段あまりSFを読まない方にもぜひ読んでいただきたい一冊です。

 九死に一生を得た主人公・マークですが、その生存を地球に知らせる術はなく、そのままでは実に四年後となる次のミッション〈アレス4〉を待つしかない状況で、それまで生き延びるためには、絶望的なまでの食料不足をはじめ次々と降りかかる障害を乗り越えなければなりません。解説で引用されている作者の言葉にもあるように*2、それらの障害は――些細なミスによるトラブルも含めて――ほぼ必然といってもいいもので、ご都合主義ではない説得力のある物語になっていると同時に、火星の苛酷な環境*3を改めて浮き彫りにしている感があります。

 マークの前途に立ちはだかる数々の難題が、一つ一つ地道に解決されていく過程が、本書の大きな見どころの一つであることは間違いありません。しかも、それら解決策の多くが具体性をもって描かれている――例えば不足する食料を“作り出す”ことにしても、どのような材料がどの程度必要なのか、どのような作業をどの程度行うのか、そして最終的にどの程度の食料が期待できるのか、といったあたりまでしっかりと検討された、ハードSFらしい“ハードな問題解決”*4となっており、それが真に迫った物語を豊かに支えているのが秀逸です。

 本書の大半は、マークが――読まれるあてもなく――日々記録していくログ、すなわち一人称の“手記”の体裁を取っています。地球から遠く離れた火星に一人取り残されるという壮絶な体験であるにもかかわらず、物語が悲壮になりすぎていない印象を受ける*5のは、“手記”として記述されることでいわば“ワンクッション”置かれているのも一因であるように思われます*6が、やはりマーク自身の造形が最大の要因なのは確かで、随所に独特のユーモア感覚を発揮しながら、あくまでも前向きに生き延びる手段を模索する姿は、生き生きとした魅力を備えています。

 とはいえ、まったくの独力で地球へ生還できるはずもないわけで、やがてNASAの側もマークの生存に気づいて、マークを無事に連れ戻すためのプロジェクトがスタートすることになります。マークを助けようとする人々は、そのためにあらゆる努力を惜しまず、マークに負けず劣らずの奮闘をみせていく様子がまた胸を打ちます。その結果がどうなるかは誰の目にも明らかでしょうが、それでも最後までどのような事態が起こるのか目が離せませんし、マークの最後のログが呼び起こす深い感慨は心に残ります。文句なしの傑作です。

*1: 日本では『オデッセイ』の題名で2016年2月に公開予定(「オデッセイ (映画) - Wikipedia」を参照)。しかしこの邦題は、個人的には微妙な印象です。
*2: 例えば、“およそありそうにない悲惨な偶然がつぎつぎと主人公の身に降りかかるようにはしたくない”(578頁)など。
*3: あの「月をなめるな」(冬樹蛉氏の「[間歇日記] 2000年10月下旬」より)を思い出してしまいました。
*4: 堀晃『梅田地下オデッセイ』巻末の、石原藤夫氏による解説より。
*5: このあたりは、小川一水「漂った男」『老ヴォールの惑星』収録)に通じる味わいがあります。
*6: 「第14章」の“音声ログ書き起こし”の部分にみられるパニックとそこからの回復が印象的です。

2015.04.20読了  [アンディ・ウィアー]