七哀詩

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　曹植

明月照高樓， 流光正徘徊。 上有愁思婦， 悲歎有餘哀。 借問歎者誰， 言是客子妻。 君行踰十年， 孤妾常獨棲。 君若�C路塵， 妾若濁水泥。 浮沈各異勢， 會合何時諧。 願爲西南風， 長逝入君懷。 君懷良不開， 賤妾當何依。

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　　　　　　　 七哀詩

明月　　高樓を　照らし，
流光　　正に　徘徊す。
上に　　愁思の婦　有り，
悲歎して　　餘哀　有り。
借問す　　歎ずる者は　誰ぞと，
言ふ　是（こ）れ　　客子の妻と。
君　行きて　　十年を　踰（こ）え，
孤妾（こせふ）　　常に 獨（ひと）り 棲（す）む。
君は　�C路の塵の 若（ごと）く，
妾は　　濁水の泥の 若（ごと）し。
浮沈　　各ゝ（おのおの）　勢を　異（こと）にし，
會合　　何（いづ）れの時にか　諧（かな）はん。
願はくば　　西南の風と　爲（な）り，
長逝して　　君が懷（ふところ）に　入らんことを。
君が懷（ふところ）　　良（まこと）に　開かずんば，
賤妾（せんせふ）　　當（まさ）に　何（いづ）れにか　依るべき。

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◎　私感訳註：

※曹植：１９２年（初平三年）〜２３２年（太和六年）三国の詩人。曹操（魏・武帝）の第三子。字は子建。曹丕（文帝）の同母弟。兄曹丕との間に王位継承の抗争で、不遇な後半生を送る。兄との関係は『七歩詩』「煮豆燃豆，豆在釜中泣。本是同根生，相煎何太急。」によく表されている。この作品も不遇な思いを詠っている。
※七哀詩：旅だった男性を慕い、思いを馳せる妻の心を詠う。曹丕、曹植の兄弟仲を暗示しているか。楽府詩の古題。この作品は『文選』、『玉台新詠』、『楽府詩集』、『古詩源』にある。これは『文選』のもの。
※明月照高樓：明るく清らかな月が（女性の居る）高どのを照らして。　・明月：清らかな月。　・照：てらす。　・高樓：たかどの。
※流光正徘徊：移り行く月光はちょうど、ためらうが如く行き悩み。また、過ぎゆく年月に（わたし＝女性）は、ちょうど行きつ戻りつしている。　・流光：過ぎゆく年月。移り行く月光。*古来、「流光正徘徊」を月の様子と解することが多いようだが、「流光」「正」「徘徊」は、女性の心情を反映した光景でもあるのではないのか。　・正：ちょうど。まさに。　・徘徊：行ったり来たりする。ぶらぶらする。普通は月光のさまととる。ただ「徘徊」の語のイメージと結びつけるのは、苦しいが…。
※上有愁思婦：（たかどのの）上には、夫を思い偲んでつらい思いをしている婦人がいる。　・上有：（たかどのの）上には…がいる。　・愁思婦：つらい思いをしている婦人。　・愁思：つらい思い。うれえる心。　・思婦：夫を思い偲んでいる妻女。
※悲歎有餘哀：（彼女の）悲しみ歎くのは、なぐさめきれないものがある。　・悲歎：悲しみなげくこと。　・餘哀：なぐさめきれない悲しさ。
※借問歎者誰：試みに問うてみるが、歎いている者は、一体誰なのだ。　・借問：試みに問う。問うてみる。　・歎者：歎いている者。
※言是客子妻：言うのは、旅だった男性の妻である。　・言是：言うのは…だ。いう これ…。ここに これ。「是」は「客子妻」の代詞ではない。　・客子：旅だった者。旅人。『玉臺新詠』、『楽府詩集』、『古詩源』では「宕子」とする。「宕子」は「蕩子」のことで、女性の許を離れて旅だった者。旅人。　・妻：男性が旅立って去り、後に残された妻女のことで、高楼の上で（月を見て、物思いに沈みながら眺めて）いる女性のことになる。
※君行踰十年：（彼女が言うことには、）あなた（男性）が旅だってから十年を越した。　・君行：あなた（男性）が旅だつ。　・踰：〔ゆ；yu2○〕越える。越す。すぎる。
※孤妾常獨棲：ひとりぼっちのわたし（女性）は、ずっとひとりで過ごしている。　・孤妾：ひとりぼっちのわたし（女性）。　・常：ずっと。いつも。つねに。　・獨棲：ひとりだけで住む。　・孤：〔こ；gu1○〕形容詞：単独の。ひとりぼっちの。寂しい。　・獨：〔どく；du2●〕副詞：ただひとりだけで。
※君若�C路塵：あなた（男性）は、きれいな道に（軽やかに舞い上がる）塵のように（飛び去ってしまった）。　・若：…のようだ。如し。≒如。　・�C路：りっぱな道。きれいな道。　・塵：ちり。軽やかに舞い上がる物として使う。
※妾若濁水泥：わたし（女性）は濁った水の泥のように（重く沈んでしまった）。　・濁水：にごった水。　・泥：どろ。沈澱する物としての意で使う。
※浮沈各異勢：人生の栄枯盛衰は、おのおの趨勢を別なものとしている（が）。　・浮沈：人生の栄えることと衰えること。浮き沈み。浮いたり沈んだりすること。盛衰。ここでは、塵や泥のことを言うことで、人生の移り変わりを謂う。　・各：おのおの。それぞれ。　・異：異なったものとなる。異（こと）にする。動詞。　・勢：いきおい。人生の趨勢。運命。
※會合何時諧：（二人の）出会いは、いつ、かなうことになるのか。　・會合：出会い。　・何時：いつ。　・諧：〔かい；xie2○〕かなう。なごむ。やわらぐ。和合する。たわむれる。
※願爲西南風：願わくば、西南の風となって。　・願爲：ねがわくば…となりたい。願望の表現。　・西南風：西南から吹いてくる風。
※長逝入君懷：遠く、あなたのふところにまで（吹いて）行きたい。（そして、あなたにいだかれたい）。　・長逝：遠くにまで（吹いて）行く。永久に行って帰らない。　・君懷：あなた（男性側）のふところ。あなたの胸の内。
※君懷良不開：あなたのふところが、まことに開かれない（のならば）。　・君懷：あなたのふところ。　・良：まことに。本当に。副詞。　・不開：開けようとしない。
※賤妾當何依：わたしめは、一体、何に頼っていけばよいのか。　・賤妾：わたくしめ。妻の自称。秦末の虞美人の「漢兵已略地，四方楚歌聲。大王意氣盡，

生。」に同じ。 　・當：当然…すべきである。まさに…べし。　・當何…：一体どうすべきか。　・何依：何に頼っていこうか。前出の青字部分の意に同じ。

◎　構成について

２００４．１０．１６ 　　　　　１０．１７ 　　　　　１０．１８ 　　　　　１０．１９

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