Huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye




 
 
              
      擬辭世

                      河上肇

多少波瀾,
六十八年。
聊縱所信,
逆流棹船。
浮沈得失,
任衆目憐。
俯不恥地,
仰無愧天。
病臥已及久,
氣力衰如煙。
此夕風特靜,
願高枕永眠。


           
******

辭世に 擬す
                       
   
多少の 波瀾,
六十八年。
(いささ)か 信ずる所に 縱(したが)ひ,
(ながれ)に 逆(さから)ひ  船に 棹(さを)さす。
浮沈 得失は,
衆目の憐
(あはれ)むに 任(まか)す。
(ふ)して  地に 恥(は)ぢず,
(あふ)ぎて  天に 愧(は)づる無し。
病臥  已
(すで)に 久しきに 及び,
氣力  衰へて 煙の如し。
(こ)の夕(ゆふ)  風 特に 靜かにして,
願はくは  枕を高うして 永眠せん。

*****************


◎ 私感註釈

河上肇:明治十二年(1879年)〜昭和二十一年(1946年)。マルクス主義経済学者。山口県の人。東京帝国大学卒業後、大学教授となり、次第にマルクス主義に近づき、やがて、新労農党、共産党と活動して、治安維持法違反で検挙された。主義のため、信念を貫くために地位と名誉を捨てた。詩作は検挙後に始めたというが、その詩は、作者の専門外とはいうものの、見事なものである。詠物、叙景の詩が文人の作詩の主流となっている現代日本詩では異色で、興味をそそられる慨世の作品群を遺している。謂わば、屈原の慷慨と熱を帯び、陸游の風韻に学んで、陶潜に近づいた、昭和の放翁であろうか。でも何故か、日本の歌『北歸行』「建大一高旅高 追はれ闇をさすらふ………。わが身容るるにせまき 國を去らんとすれば…」を聯想してしまう。富も名誉も捨てる決断……まこと、涙流れてやまず。

※擬辭世:辞世の作として作る。辞世の詩になぞらえる。原詩は、岩波書店の『河上肇詩注』より採録した。 ・擬:なぞらえる。かたどる。まねる。にせる。

※多少波瀾:多くのごたごたのあった波瀾(に満ちた)。 ・多少:多くの。どれほどの。 ・波瀾:騒ぎ。ごたごた。もめごと。小波と大波。

※六十八年:六十八年の人生であった。 ・六十八年:この作品は昭和二十年の十二月なので、作者の年齢。「わたしの一生」の意になる。「擬辭世」と題するが如く、身の衰えを自覚していたのだろう。

※聊縱所信:いささか信ずるところにしたがって。 ・聊:しばらく。かりに。いささか。また、謙遜の感情を伴った、少し、幾らか、の意にもなろう。 ・縱:したがう。 ・所信:信念。信ずるところ。

※逆流棹船:(時代の)流れに逆らって、舟にさおをさし。 ・逆流:流れに遡る。反対の方に流れる。名詞としては、遡る流れ。ここでは、前者の意。 ・棹:〔たう;zhao4〕(舟の)かい。さお。転じて、舟。ここは動詞として、(舟を)こぐ。さおさす。 ・船:ふね。大きなふね。

※浮沈得失:運命の栄えたり衰えたりすることや利害は。栄枯盛衰は。 ・浮沈:浮くことと沈むこと。浮き沈み。運命の栄えたり衰えたりすること。 ・得失:得することと損すること。得ることと失うこと。利害。

※任衆目憐:人々のあわれむところにまかせよう。「浮沈得失,任衆目憐」の意は、信念に従って地位を捨ててしまった行為について「『馬鹿な奴だ』と思うなら思え」ということになる。「任…」といっているが、そこに作者の心の揺れと希望を見ることができる。他のページでも書いたが、文革期、失脚した劉少奇は“好在,歴史是人民寫的。”と言ったと伝えられているが、ちょうどこの「任衆目憐」に該ろうか。杜甫の『贈李十五丈別』に「玄成美價存,子山舊業傳。不聞八尺躯,常受
衆目憐。」とあるが、この作品では填詞の逗のような節奏になっている。 ・任:まかせる。ここは、黒澤忠三郎の『絶命詞』「呼狂呼賊任他評,幾歳妖雲一旦晴。正是櫻花好時節,櫻田門外血如櫻。」の「呼狂呼賊任他評」の部分に基づくことも充分に考えられる。共に回天の大業を志した者同士である。  ・衆目:多くの人の見るところ。多数の批判。 ・憐:あわれむ。気の毒に思う。あわれみ。

※俯不恥地:うつむいても、地(の神)に恥じるところはなく。「俯不恥地,仰無愧天」天地に対して、何ら恥じたり、慙愧の念にかられたりするところはない。言葉通りに受け取ると意気軒昂たるものがあるが、後出の「病臥已及久,氣力衰如煙」を見る限り必ずしもそうとのみ言えない。 ・俯:うつむく。下を向く。ふせる。後出の「仰」の反義語。「俯不恥地」と「仰無愧天」とは、明瞭な対句になっている。 ・不:否定の辞。 ・恥:はじる。 ・地:つち。大地。地祇。後出の「天」の反義語。

※仰無愧天:(天を)仰ぎ見ても、天(の神)に対して遺憾に思うところはない。 ・仰:上を向く。あおぐ。 ・無:否定の辞の「不」の対として使う。 ・愧:はじる。遺憾に思う。後悔している。残念に思う。 ・天:そら。天神。

※病臥已及久:病気で床につくことは、すでに長きに亘っており。 ・病臥:病気で床につく。 ・已:すでに。 ・及:およぶ。 ・久:ひさしい。長い。

※氣力衰如煙:根気も衰えて、煙のように頼りない状態だ。 ・氣力:根気。力。元気。 ・衰:おとろえる。 ・如煙:煙のようにたよりないさまをいう。

※此夕風特靜:この(今日の)夕暮れ時、風はとりわけ静かである。 ・此夕:この夕暮れ時。実際に、一日のうちの夕暮れ時の描写であるが、人生の黄昏時を自覚していた作品なので、その意も含まれていようし、歳暮でもあり、また、強大であった祖国日本の黄昏の時期をも重複して感じていたのかも知れない。それらを「此夕」に凝縮させたのだろう。 ・風:かぜ。無理に意味を見いだせば、いきおい。ようす、の意になり、「此夕風靜」で、「社会情勢が(作者にとっては)落ち着いてきた」になる。 ・特:特に。とりわけ。特別に。 ・靜:しずかである。

※願高枕永眠:願わくは、枕を高くして心安らかに永眠したいものだ。 ・願:…をねがう。ねがわくは。 ・高枕:〔まくらをたくくす、かうちん;gao1zhen3〕恐れることがなく、安心してよく眠ること。杜甫に「是非何處定,
高枕笑浮生。」とある。 ・永眠:永遠の眠り。死ぬこと。





◎ 構成について

韻式は「AAAAAAA」。韻脚は「(瀾)年船憐天煙眠」で、平水韻下平一先(天煙憐年眠船)。次の平仄は、この作品のもの。

○●○◎,
●●●○。(韻)
○○●●,
●○●○。(韻)
○○●●,
●●●○。(韻)
●●●●,
○○●○。(韻)
●●●●●,
●●○○○。(韻)
●●○●●,
●○●●○。(韻)

平成16.5. 5
      5. 6
      5. 7完
      5.11補



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