壯士篇
　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　張華

天地相震蕩， 回薄不知窮。 人物稟常格， 有始必有終。 年時俯仰過， 功名宜速崇。 壯士懷憤激， 安能守虚沖。 乘我大宛馬， 撫我繁弱弓。 長劍��九野， 高冠拂玄穹。 慷慨成素霓， 嘯咤起�C風。 震響駭八荒， 奮威曜四戎。 濯鱗滄海畔， 馳騁大漠中。 獨歩聖明世， 四海稱英雄。

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　　　　　　　　　　　壯士篇
　　　　　　　　　　

天地　　相ひ　震蕩（めぐ）り，
回薄　　窮まるを　知らず。
人物は　　常格を　稟（う）け，
始め有れば　　必ず　終る有り。
年時は　　俯仰（たちまち）に　過ぐれば，
功名　　宜（よろし）く　速崇すべし。
壯士　　憤激を　懷（おも）へば，
安（いづく）んぞ能（よ）く　　虚沖を　守らんや。
我は乘る　　大宛の馬，
我は撫す　　繁弱の弓。
長劍　　九野に　��（かま）へ，
高冠　　玄穹を　拂ふ。
慷慨　　素霓を　成し，
嘯咤　　�C風を　起す。
震響　　八荒を　駭（おどろか）して，
奮威　　四戎に　曜（かがや）かす。
鱗を濯す　　滄海の　畔，
騁を馳（は）す　　大漠の中。
獨歩たり　　聖明の世，
四海　　英雄と　稱（たた）ふ。

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◎　私感訳註：

※張華：２３２年（建康十年）〜３００年（永康元年）。魏〜西晋の文人。字は茂先。範陽方城(現・河北省固安県)の人。魏の時に、太常博士になる。呉を晋の武帝が滅ぼした時、戦功があって要職に就く。やがて、恵帝の時に殺された。『博物志』 で有名。張華の詩は、現在数十首伝えられている。出生は不遇な環境で、羊を飼うことを生業としていたという。後、阮籍に作品を認められた。

※壯士篇：自分自身の壮懐、発憤の精神をうたいあげている。時代の影響で、対句が多く見られる。陸游の『客從城中來』「客從城中來，相視慘不悦。引盃撫長劍，慨歎胡未滅。我亦爲悲憤，共論到明發。向來酣鬪時，人情願少歇。及今敷十秋，復謂須歳月。�ｩ將爾何心，安坐望旄節。」を始め、後世の豪放詞に影響を与えた。

※天地相震蕩：天地は動き巡り。　・天地：天と地。　・震蕩：震わす。ここでは動く、の意。この聯の語句は賈誼の『鵬鳥賦』「萬物回薄，震蕩相傳。」からきておりその意で使われている。毛澤東もこの表現が好きで『滿江紅・和郭沫若同志』では、「四海翻騰雲水怒，五洲震盪風雷激。」 として使っている。ただ、両者の使用上の意味は違う。　

※回薄不知窮：めぐりせまる（という天地の運行が、いつ）きわまるのか分からない。　・回薄：めぐりせまる。回薄＝回迫。薄＝迫。　・不知：分からない。　・窮：きわまる。おわる。

※人物稟常格：（この世の）万物は、通常の規范（の命令と制約を）受けており。　・人物：人と物。万物。　・稟：〔ひん；bing3〕受ける。（命令を）受ける。　・常格：常軌。通常の規范。

※有始必有終：始めがあれば、必ず終わりがある。　・有A（必）有B：因果関係の表現に使う文型。Aがあれば、（必ず）Bになる。ここは東晉の陶潛が『挽歌詩』其一で「

死，早終非命促。」という形で使っている。

※年時俯仰過：年月は、たちまちの間に過ぎ去ってしまい。　・年時：歳月。時間の流れ。　・俯仰：うつむいたり、あおいだり。ここでは、「俯仰之間」の意で、たちまちの間、少しの間、という短時間を表す。阮籍の『詠懷詩』に「朝陽不再盛，白日忽西幽。去此若

，如何似九秋。」とある。 　・過：過ぎ去る。

※功名宜速崇：てがらを立てて、すみやかに尊ばれる身分となるのがよい。　・功名：てがら。功績を遂げて、名誉を揚げる。　・宜：したほうがいい、という認定を表す。よろしく……べし。・速崇：すみやかに人の尊崇を受ける身と出世する。

※壯士懷憤激：・壯士：勇壮な志をもった人物。必ずしも燕の荊軻をのみ指しはしないが、後出の「慷慨成素霓」からみると、荊軻を指すとも見られる。　・懷：心に思う。いだく。　・憤激：慷慨。心の昂まり。ふんげき。

※安能守虚沖：どうして安穏としておられようか。　・安能：どうして……できようか。いづくんぞよく。　・守：維持する。まもる。　・虚沖：気にかかることがなく、おだやかなこと。わだかまりのないこと。

※乘我大宛馬：（愛馬の）大宛国産の名馬に乗って。　・乘我：わたしを乗せる。　・大宛馬：大宛国産の名馬。　・大宛：〔だいゑん；da4wan3●●〕西域にあるシル河中上流域、フェルガナ地方に対してよんだ名称で、『史記』には『大宛列伝』があり、『漢書』では『西域傳』にあり、『後漢書』では消えている。大宛国のことで、汗血馬などの名馬を産する。「乘我」「撫我」と、「我乘」「我撫」との細かい差異が不明。普通は、前者は、動詞が他動詞か使役の動詞で、後者は自動詞になると見てもよいが「撫我」は苦しい。現代語の“愛我祖國”と“我愛祖國”との差とは違うだろう。“辱我民族精神，滅我國家尊厳。”の用法とは異なる。現在、上代漢語語法を調べている真っ最中。ここは「乘・我大宛馬」「撫・我繁弱弓」とは、考えられない。やはり「乘我＋大宛馬」「撫我＋繁弱弓」になろう。

※撫我繁弱弓：（愛用の）繁弱の名弓を携えて。　・撫我：わたしの愛用の…を携えて。　・繁弱弓：古代の名弓の名。地名に由来するか。傅玄や劉等、西晉の詩人が、「軍事に従事した」の意で、よく使った。

※長劍��九野：武器である長剣を構えて各地を転戦し。・長劍：長い剣。大剣。　・��：（腰にぶら下げていた）剣の鞘を握る。（腰にぶら下げていた）剣の鞘を持つ。構える。（武器を）水平に構えて（敵に向ける）。（尖を敵のいる）正面の方に向けて。明の戚繼光『馬上作』「南北驅馳報主情，江花邊草笑平生。一年三百六十日，�ｷ是

馬上行。」 　・九野：方々の戦野。　・九：多数を表す。

※高冠拂玄穹：意気高らかに振る舞う。　・高冠：背の高いかんむり。「長剣」とともに、意気軒昂としているさま。　・拂：ぬぐう。はらう。　・玄穹：大空。

※慷慨成素霓：慷慨は、意気軒昂として白い虹となって。　・慷慨：気持ちのたかぶり。気持ちがたかぶる。　・成：…となる。　・素霓：白い虹。本来は『戰國策・卷二十五』の「魏策四・秦王使人謂安陵君」に「唐且曰：『此庸夫之怒也，非士之怒也。夫專�ｩ之刺王僚也，彗星襲月；聶政之刺韓傀也，

；要離之刺慶忌也，蒼鷹撃於殿上。』」に出てきており、白い虹が日をつらぬくことで、精誠が天に感応して現れることや兵乱の予兆を謂う。屡々荊軻の義挙を詠うときに使われる。もしも曹丕の『黎陽作』の「白旄若

，丹旗發朱光。」から来ているとすれば、意気軒昂としているさま。

※嘯咤起�C風：威勢のいい大きな声は、清らかな風を起こしている。　・嘯咤：大きな声で叫ぶ。しかる。≒叱咤。ここでは、威勢のいいさまをいう。　・�C風：気持ちのよい清らかな風。清らかな風格。

※震響駭八荒：震え響く（勢威は、）国の八方の遠いはてにまで響き渡り。　・震響：ふるえひびく。　・駭：おどろく。おどろかす。ちらす。　・八荒：八方の遠いはて。国のはて。≒八極、八垠、八垓。後世、宋・陸游は、『金錯刀行』で「黄金錯刀白玉裝，夜穿窗扉出光芒。丈夫五十功未立，提刀獨立顧八荒。京華結交盡奇士，意氣相期共生死。千年史冊恥無名，一片丹心報天子。爾來從軍天漢濱，南山曉雪玉。嗚呼，楚雖三戸能亡秦，豈有堂堂中國空無人。」と使う。

※奮威曜四戎：勢威を四方の異民族に輝かす。　・奮威：勢威をふるわす。前出の「震響」と同義で使われている。　・曜：てらす。かがやかす。　・四戎：四方の異民族。東夷、西戎、南蛮、北狄。＝四夷。蛇足だが、「戎夷蛮狄」などは、漢民族以外から見ればあまりいい意味の文字ではないので、現代での使用には注意を要する。

※濯鱗滄海畔：魚が青い海原のほとりを遊弋する（が如く）。　・濯鱗：魚が遊弋する。　・滄海：青い海原。

※馳騁大漠中：広い砂漠の中を駆け回る。　・馳騁：〔ちてい：chi2cheng3○●〕馬や馬車を走らせる。狩りをする。戦場を駆け回る。活躍すること。　・大漠中：広い砂漠の中で。

※獨歩聖明世：他に比べるものがなく、すぐれている英明な天子の御代は。　・獨歩：他に比べるものがなく、すぐれている。　・聖明世：英明な天子の御代。

※四海稱英雄：周りの国々は英雄と讃えている。周りの国々から英雄と讃えられてているということ。　・四海：周りの国々。世界。　・稱：讃える。称讃する。

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