李商隠聞歌　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 LiShangyin

                    　　　
      聞歌　

      　　　　　　　　　　　李商隱

斂笑凝眸意欲歌，
高雲不動碧嵯峨。
銅臺罷望歸何處，
玉輦忘還事幾多。
靑冢路邊南雁盡，
細腰宮裏北人過。
此聲腸斷非今日，
香灺燈光奈爾何。

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歌を聞く

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
笑（わらひ）を斂（をさ）め　眸（ひとみ）を凝（こ）らして　　意　歌はんと欲し，
高雲　動かず　　碧　嵯峨（さが）たり。
銅臺　望むを罷めて　　　何處にか歸り，
玉輦（ぎょくれん）　還（かへ）るを忘るる事　幾多（いくばく）ぞ。
靑冢（せいちょう）の路邊　　南雁　盡き，
細腰宮裏　　北人　過（よぎ）る。
此の聲の腸（はらわた）斷つは　　今日のみに　非ず，
香　灺（き）え　燈　光り　　爾（なんぢ）を　奈何（いかん）せん。

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◎　私感註釈

※李商隠：晩唐の詩人。杜牧、温庭らとの同時代人。８１２年（元和七年）～８５６年（大中十年）。字は義山。河内（現・河南省）の人。玉溪生とも号した。独自の世界を開いた。

※聞歌：歌を聞く。元の宮女など、歌うことを仕事としている女性の歌を聞いて、女性の儚い運命を詠った詩。「漂淪憔悴，轉徙於江湖間」とした感じを持つ歌声である。白居易の『琵琶行』「潯陽江頭夜送客，楓葉荻花秋瑟瑟。……忽聞水上琵琶聲，主人忘歸客不發。尋聲闇問彈者誰，琵琶聲停欲語遲。移船相近邀相見，添酒迴燈重開宴。千呼萬喚始出來，猶抱琵琶半遮面。」、『琵琶行』の序「聞舟船中夜彈琵琶者。聽其音，錚錚然有京都聲。問其人，本長安倡女，嘗學琵琶於穆・曹二善才，年長色衰，委身爲賈人婦。遂命酒，使快彈數曲。」、唐・杜牧『泊秦淮』「煙籠寒水月籠沙，夜泊秦淮近酒家。商女不知亡國恨，隔江猶唱後庭花。」や、後世、宋・王安石の『桂枝香』「金陵懷古」「登臨送目，正故國晩秋，天氣初肅。千里澄江似練，翠峰如簇。歸帆去棹殘陽裡，背西風酒旗斜矗。彩舟雲淡，星河鷺起，畫圖難足。念往昔，繁華競逐。嘆門外樓頭，悲恨相續。千古憑高，對此漫嗟榮辱。六朝舊事隨流水，但寒煙衰草凝綠。至今商女，時時猶唱，後庭遺曲。」を聯想する。

※斂笑凝眸意欲歌：笑顔（えがお）を止めて顔を引き締め、瞳を凝らして集中し、気持ちは歌おうとしている。　・斂：〔れん；lian3●〕おさめる。ひきしめる。かくす。　・笑：えみ。わらい。笑い顔。名詞。　・凝：〔ぎょう；ning2○〕こらす。定める。固まる。　・眸：〔ぼう；mou2○〕ひとみ。目の黒い部分。　・意：こころ。思い。　・欲：…たい。…う。

※高雲不動碧嵯峨：（秦青の悲しげな歌声は）高い空の雲の動きを（歎きで）止（とど）めて、緑の山脈（やまなみ）に（響いていった）。　・高雲不動：高い空の雲の動きを（歎きで）止（とど）める。『列子・湯問』「薛譚學謳於秦青，遂辭歸。秦青弗止，餞於郊衢，撫節悲歌，聲振林木，響遏行雲。」に拠る。　・碧：〔へき；bi4●〕みどり。　・嵯峨：〔さが；cuo2e2○○〕山の嶮しく石のごつごつしているさま。

※銅臺罷望歸何處：（曹操の）銅雀台での、礼拝の望みが終わった後、宮女たちはどこへ行ったのだろうか。　・銅臺：銅雀臺のことで、魏・曹操の宮殿。『三國志・魏書・武帝紀第一』に「十五年…冬，作銅雀臺。」とある。唐の杜牧は、『赤壁』で「折戟沈沙鐵未銷，自將磨洗認前朝。東風不與周郞便，銅雀春深鎖二喬。」とする。李白の『玉階怨』「玉階生白露，夜久侵羅襪。却下水精簾，玲瓏望秋月。」では、月を眺めながら、帝のおなりをも待ち望んでいるさまをいう。　・罷：おわる。やむ。　・望：曹操を祭った陵を望み拝すること。曹操の天下統一という野望。正史『三国志・魏書』には書かれていないが『三國演義・第七十八回』に曹操の遺言として、侍妾に自活の方法を教え、銅雀臺に残って毎日祭りを執り行い、女の楽人たちに音楽を奏させて、供物を捧げるように命じたこと「操令近侍取平日所藏名香，分賜諸妾。且嘱曰：『吾死之後，汝等須勤習女工，多造絲履，賣之可以得錢自給。』又命諸妾多居銅雀臺中，毎日設祭，必令女伎奏樂上食。…嘱畢，長歎一聲，涙如雨下。須臾，氣絶而死。」と語られている。当時、『三國演義』の作者、明・羅貫中はまだ生まれていないが、唐・李商隱は他の詩でも三国時代の人物を採りあげるように、当時（晩唐）、既に説話人によって、その原形が作られていた。そのことに因る。　・歸：本来居るべき所（自宅・故郷・墓地）などへ帰っていく。劉禹錫の『楊柳枝詞』「煬帝行宮水濱，數枝楊柳不勝春。晩來風起花如雪，飛入宮牆不見人。」がある。　・何處：どこ（に）。

※玉輦忘還事幾多：（隋・煬帝（ようだい））の鳳輦（れん）が宮廷に帰還することを忘れて、遊蕩に耽った出来事はどれほど多かったことだったろうか。　・玉輦：〔ぎょくれん；yu4nian3●●〕天子の鳳輦（れん）。天子の乗り物。ここでは､隋・煬帝を指している｡煬帝〔やうだい；yang2（4）di4◎●〕５６９年（陳・太建元年？）～６１８年（義寧二年）隋の第二代皇帝。楊広。英。宮殿の造営や大運河の建設、また、外征のため、莫大な国費を費やし、やがては、隋末農民叛乱を招き、軍内の叛乱で縊（くび）り殺された。劉禹錫に『楊柳枝詞』「煬帝行宮水濱，數枝楊柳不勝春。晩來風起花如雪，飛入宮牆不見人。」がある。　・忘還事：宮廷に帰還することを忘れて遊蕩に耽った出来事。煬帝の悪政と自身の頽廃した生活が史書に残されている。『隋書・帝紀・煬帝下』に「六軍不息，百役繁興，行者不歸，居者失業。人飢相食，邑落爲墟，上不之恤也。東西遊幸，靡有定居，毎以供費不給，逆收數年之賦。所至唯與後宮流連耽湎，惟日不足，招迎姥媼，朝夕共肆醜言，又引少年，令與宮人穢亂，不軌不遜，以爲娯樂。」（皇帝の軍隊は、休む閑が無く、数多くの仕事が次から次に起こり、出て行った者は帰ってくることがなく、留まっている者は失業している。（煬帝は）各地を遊び回り、定まった住所が無く、お金を渡すことはなく、逆に数年分の税金を取り立てる。ただ、後宮の女性の所に居続け、それでもの足らないときは、熟年の老女を呼び込み、朝夕に亘って、醜い言葉をほしいままにしていた。その上、若者に対して宮人に穢らわしいことをさせて、むちゃくちゃなことをさせ、それを楽しみとしていた。）とある。　・幾多：どれほど。どれほどの多数。

※靑冢路邊南雁盡：（王昭君の陵墓である）青冢（せいちょう）の辺りにいた南の方（の郷里である漢の地に飛んで帰る）カリの姿も無くなった。　・盡：姿がつきる。無くなる。　・青冢：〔せいちょう；qing1zhong3○●〕青い草の生えている塚で、王昭君の陵墓をいう。王昭君の墓所には、冬でも青々と草が生えていた故事に因る。現・呼和浩特（フホホト）沙爾泌間の呼和浩特の南九キロメートルの大黒河の畔にある。杜甫の『詠懷古跡五首』之三「羣山萬壑赴荊門，生長明妃（明妃＝王昭君）尚有村。一去紫臺連朔漠，獨留靑塚向黄昏。畫圖省識春風面，環珮空歸月下魂。千載琵琶作胡語，分明怨恨曲中論。」とある。常建の『塞下曲』「北海陰風動地來，明君祠上望龍堆。髑髏皆是長城卒，日暮沙場飛作灰。」とある。王昭君自身は、『昭君怨』（『怨詩』）「秋木萋萋，其葉萎黄。有鳥處山，集于苞桑。養育羽毛，形容生光。既得升雲，上遊曲房。離宮絶曠，身體摧藏。志念抑沈，不得頡頏。雖得委食，心有徊徨。我獨伊何，來往變常。翩翩之燕，遠集西羌。高山峨峨，河水泱泱。父兮母兮，道里悠長。嗚呼哀哉，憂心惻傷。」を遺す。　・路邊：道端の。　・南雁：南の方の郷里である漢の地に飛んで帰るカリ。故郷への雁信。　・盡：姿がつきる。無くなる。

※細腰宮裏北人過：（春秋・楚の宮殿である）細腰宮の跡は、（今は）征服者の北方人が通り過ぎている。　・細腰宮：（春秋）楚の宮殿。『漢書・馬寥伝』の「呉王好劍客，百姓多瘡瘢。楚王好細腰，宮中多餓死。」からきている。劉希夷（劉廷芝）の『公子行』に「傾國傾城漢武帝，爲雲爲雨楚襄王。古來容光人所羨，況復今日遙相見。願作輕羅著細腰，願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親，與君雙棲共一身。願作貞松千歳古，誰論芳槿一朝新。百年同謝西山日，千秋萬古北塵。」とある。　　・細腰：温庭には『楊柳枝』「蘇小門前柳萬條，金線拂平橋。黄鶯不語東風起，深閉朱門伴細腰。」と詠われる美女の形容でもある。　・北人：北方人。春秋・楚は、長江流域にあった中国南部の大国。漢民族の故地である黄河流域の中原とは、『楚辭』に象徴されるように、異なった文明を持つ。その後漢は黄河流域に栄えるが、三国、五胡十六国、南北朝と、原・漢民族は南下し、その間、前秦北魏などが北方を制し、突厥が北方を伺った。（その後も金（女真人）、元（モンゴル人）清（女真→満洲人）という流れ）。「南風不競」という通り、「北人」には「征服者」という感じが籠もる。現・漢民族の外見的な特徴は、（「南人」と比べてのイメージとしてだが）背が高く、大柄（「南人」は小柄）。目が切れ長でつり上がっている（「南人」はぱっちりとした二重まぶたの目）。　・過：よぎる。通り過ぎる。

※此聲腸斷非今日：（悲しい前歴のある彼女らの）歌声が、非常な悲しみを帯びているのは、（何も）今日だけのことではない。　・此聲：元、しかるべき地位にあった女性の淪落後の歌声。　・腸斷：非常な悲しみを謂う。　・非今日：今日だけではない。

※香灺燈光奈爾何：香が燃え尽きようとしている人生の（あなた＝歌う女性）、ともしびが輝いているうちに、あなたをどのようにしようか。　・香灺：香が燃え尽きる。　・灺：〔しゃ；xie4●〕ともしびの燃え残り。蝋燭の余燼。　・燈光：ともしびが輝く。ここは、「燈殘」ともする。　・奈爾何：あなたをどうしようか。　・奈何：どのようにしようか。　・爾：なんぢ。女性を指すか。香を指すのか。「奈何」に代名詞「爾」を加えて表現するときは「奈何」を分けて「奈＋［代名詞］＋何」⇒「奈爾何」とする。項羽の『垓下歌』に「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何，虞兮虞兮奈若何。」とある。漢・武帝（劉徹）の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛，草木黄落兮雁南歸。蘭有秀兮菊有芳，懷佳人兮不能忘。汎樓船兮濟汾河，橫中流兮揚素波。簫鼓鳴兮發櫂歌，歡樂極兮哀情多。少壯幾時兮奈老何。」とある。

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◎　構成について

韻式は、「AAAAA」。韻脚は「歌峨多過何」で、平水韻下平五歌。次の平仄はこの作品のもの。

●●○○●●○，（韻）
○○●●●○○。（韻）
○○●◎○○●，
●●○○●●○。（韻）
○●●○○●●，
●○○●●○◎。（韻）
●○○●○○●，
○●○○●●○。（韻）