海水一泓烟九點, 壯哉此地實天險。 炮臺屹立如虎闞, 紅衣大將威望儼。 下有窪池列巨艦, 晴天雷轟夜電閃。 最高峰頭縱遠覽, 龍旗百丈迎風颭。 長城萬里此爲塹, 鯨鵬相摩圖一啖。 昂頭側睨視眈眈, 伸手欲攫終不敢。 謂海可填山易撼, 萬鬼聚謀無此膽。 一朝瓦解成劫灰, 聞道敵軍蹈背來! |
哀旅順
海水一泓 烟 九點 ,
壯 んなる哉此 の地實 に天險なり。
炮臺 屹立 して 虎の闞 るが如く,
紅衣 大將 威望 儼 かなり。
下に窪池 有りて 巨艦を列 ね,
晴天に雷 轟 き 夜に電 閃 く。
最高峰頭 遠覽 を縱 にし,
龍旗 百丈 風を迎へて颭 ぐ。
長城 萬里 此 に塹 と爲 り,
鯨鵬 相 ひ摩 して一啖 を圖 る。
頭 を昂 げ側 より睨 み視 ること眈眈 として,
手を伸ばし攫 らんと欲 するも終 に敢 てはせず。
謂 へらく:「『海 填 む可 し山 撼 かし易 し』,
萬 鬼 聚 まり謀 るも此 の膽 無からん」と。
一朝 にして瓦解 し劫灰 と成 る,
聞道 く 敵軍背 を蹈 みて來 れりと。
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◎ 私感訳註:
※黄遵憲:清朝末期の外交官。政治改革者。1848年(道光二十八年)〜1905年(光緒三十一年;明治三十八年)。字は公度。別号は人境廬主人(この別号は陶淵明の『飮酒二十首』・其五の「結廬在人境」から取っているのだろうか)。広東嘉応州(現・梅県市)出身。清朝の衰退期に富裕な官僚地主家庭に生まれる。二十歳代末に挙人となり、外交官僚として、明治維新後の日本に渡る。そこで、当時の日本の諸多改革を目の当たりし、日本の近代化や資本主義の発展を具に体験した。そこから生まれた日本の朝野の人士との交流を深めて通じての豊かな日本についての知識、幅広く、歴史から風俗に亘り、大量の資料に基づき、研究を深めた。同時に日本に対して、中国の古代文化の紹介にも努めた。黄遵憲は、近代中国の日中文化交流の巨人である。1885年(光緒十一年)の八月、彼が日本滞在期の資料に基づいた『日本國志』、詩集『日本雜事詩』がある。
※哀旅順:旅順を哀(かな)しむ。 ・哀:かなしむ。悼(いた)み悲しむ。哀れむ。『楚辞・招魂』(宋玉?)の亂に、「朱明承夜兮,時不可以淹。皐蘭被徑兮,斯路漸。湛湛江水兮,上有楓,目極千里兮,傷春心。魂兮歸來哀江南!」とあり、南北朝の信に『哀江南賦』があり、杜甫の『哀江頭』「少陵野老呑聲哭,春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門,細柳新蒲爲誰香B憶昔霓旌下南苑,苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在,血汚遊魂歸不得。清渭東流劍閣深,去住彼此無消息。人生有情涙霑臆,江草江花豈終極。黄昏胡騎塵滿城,欲往城南望城北。」とある。 ・旅順:遼東半島の最南端にある要塞と軍港の都市。満洲旅大(現・東北地区・遼寧省大連市の一地区)にある。黄金山と老虎尾半島に抱かれた海湾に1880年(光緒六年/明治十三年)清の要塞がつくられ、北洋艦隊の軍港となった。1894年(光緒二十年/明治二十七年)金州占領後、旅順を目指した日本軍は十一月二十一日に攻撃をし、旅順要塞を一日で陥落した。(蛇足になるが、戦後の下関条約で、遼東半島は日本に割譲されたが、三国干渉の結果、清に返還された。替わってロシア帝国が清から遼東半島を租借すると、旅順はロシア帝国海軍の太平洋艦隊の基地として使用され、要塞もロシア陸軍の手によって強力な陣地が構築された。日露戦争では再び日本軍の攻撃を受けて激戦地となった。)この詩は、日清戦争で日本軍が旅順を陥落させた1894年(光緒二十年/明治二十七年)の翌年に作られた。
※海水一泓煙九点:海水は一面に清らかで、煙は九箇所から立ち上っており。 ・一泓:一面の(清らかな)水。「泓」:〔わう(?);hong2○〕量詞(助数詞)一面(の)(清水を数える)。また、(水が)深い。淵(ふち)。ここは、前者の意。 ・煙九点:煙が九箇所から立ち上っているさま。李賀詩『夢天』では済州方面の光景。中唐・李賀の『夢天』に「老兔寒蟾泣天色,雲樓半開壁斜白。玉輪軋露溼團光,鸞珮相逢桂香陌。黄塵清水三山下,更變千年如走馬。遙望齊州九點煙,一泓海水杯中瀉。」とある。
※壮哉此地実天険:雄々しいことであるかな、この地(=旅順)はまことに天然の要害である。 ・天険:自然の要害。非常に険しいところ。
※炮台屹立如虎闞:(要塞の)砲台は高くそびえ立って、(そのさまは)虎が勇ましく怒(いか)るさまのようであり。 ・屹立:〔きつりつ;yi4li4●●〕高くそびえ立つ。 ・闞:〔かん;han3●〕虎の声の形容。虎が勇ましく吼(ほ)えるさま。いかるさま。
※紅衣大将威望儼:「紅衣大炮」(=西洋式大砲)の威光は、いかめしくて厳(おごそ)かである。 ・紅衣大将:西洋式大砲のこと。「紅衣大炮」の別称。後金・天聰五年(1631年)に、紅衣大炮が製造され、その砲を天子は「天祐助威大將軍」と名付け、その銘が砲身に彫られたことによる。紅衣=紅夷で「オランダ」。 ・威望:威光と人望。威信。 ・儼:〔げん;yan3●〕いかめしくて厳(おごそ)かである。うやうやしい。つつしむ。いかめし。厳(おごそ)か。
※下有窪池列巨艦:下の方には、港湾があって(清・北洋艦隊の)非常に大きな軍艦が並んでおり。 ・列:つらねる。並べる。つらぬ。動詞。
※晴天雷轟夜電閃:(北洋艦隊の訓練のさまは)(昼間の)晴れた空に雷鳴がとどろき、夜にはいなずまが走る(かのようである)。 *砲撃のさまを詠う。「晴天雷轟夜電閃」は句中の対になっており、「〔晴天・雷轟〕+〔夜・電閃〕」となる。 ・雷轟:雷鳴がとどろく意。 ・電閃:いなずまが走る意。
※最高峰頭縦遠覧:一番高い峰の上から自由に見わたせば。 *詞牌に『最高樓』がある。 ・縦:ほしいまま。 ・縦覧:自由に見せる。
※龍旗百丈迎風颭:(清朝の国旗の)黄龍旗が極めて長く風になびく。そよいでいる。 ・竜旗:龍が描かれた旗。黄龍旗のことで、清朝末期にはじめて採用された清朝の国旗のこと。 ・丈:長さの単位。「尺」の10倍で、〔周〜前漢〕2.25メートル。/〔清〕3.2メートル。/〔現代〕約3.3メートル。/〔日本〕/約3.03メートル。『説文』に「丈丈夫也,周以八寸爲尺,十尺爲丈,人長八尺故曰丈夫」とある。 ・迎風:(向かい)風を受ける。風にあたる。風になびく。風に向かう。 ・颭:〔せん;zhan3●〕風に吹かれて動く(風が吹き動かす)。そよぐ。そよがせる。
※長城万里此為塹:(侵略者は)万里の長城を、ここでは塹壕として。 ・為塹:(天与の)堀と考える。 ・塹:〔ざん;qian4●〕(城の周りの)堀。塹壕。切り通し。
※鯨鵬相摩図一啖:(長城線以北を)鯨(くじら)や鵬(おおとり)(のような列強諸国)が揉みあいながら一呑みに喰らうことを考えている。 ・鯨鵬:くじらやおおとり。ここでは列強諸国を謂う。 ・相摩:こすれあう。 ・図:はかる。 ・一啖:一呑みにする。 ・啖:〔たん;dan4●〕食う。喰らう。
※昂頭側睨視眈眈:(鯨鵬=列強諸国は)頭をもたげて横目の鋭い目つきでじっと見つめて。 ・昂頭:〔かうとう;ang2tou2○○〕頭を上げる。頭をもたげる。 ・側:斜めにして。横から。そばから。 ・睨:〔げい;ni4●〕(横目で)じろりと見る。にらむ。 ・視:見る。よく見る。 ・眈眈:〔たんたん;dan1dan1○○〕鋭い目つきでじっと見つめるさま。見下ろすさま。「虎視眈眈」。
※伸手欲攫終不敢:手を伸ばして、つかみとろうとするが、る結局、あえては(手を下そうとし)ない。 ・伸手:〔しんしゅ;shen1shou3○●〕手を伸ばす。 ・欲:…をしようとする。…したい。 ・攫:〔くゎく;jue2●〕つかむ。つかみとる。 ・終不敢:結局、する勇気がない、の意。 ・終:ついには。とうとう。 ・不敢:…する勇気がない。よう……しない。あえて(は)…せず。
※謂海可填山易撼:(清朝の当局者が)思うことには、「(人は、決意を固めれば)『海は埋めることもできようし、山は揺り動かすことも容易(たやす)い(ものだが)』(といった心意気を表せるものなのだが)…。 ・謂:〔ゐ;wei4●〕思えらく。思う。考えるところでは。考える。また、…という。ここは、前者の意。「謂」の内容は「海可填山易撼,万鬼聚謀無此胆」の部分。 ・海可填:海は埋めることができよう、の意。『精衛填海』。 ・填:埋める。詰める。 ・山易撼:山は揺り動かすことも容易(たやす)い意。『愚公移山』。なお、「海可填山易撼」は、「海可填+山易撼」と句中の対になっている。 ・撼:揺り動かす。揺さぶる。うごかす。揺るがす。
※万鬼聚謀無此胆:…多くの外人の奴(やつ)らが集まってくわだてをしようにも、そんな(=「海可填山易撼」)肝っ玉はあるまい」(と考えた)。 ・鬼:〔き;gui3●〕外国人に対する憎悪の言葉。「洋鬼」「〔国名〕鬼」「鬼子兵」…。 ・聚:あつまる。 ・謀:はかる。 ・此:この。前出「海可填山易撼」を指す。 ・胆:肝っ玉。度胸。胆力。また、(体内の)きも。胆嚢。ここは、前者の意。
※一朝瓦解成劫灰:(しかしながら、旅順の要塞は、)ある日にわかに崩れさって、この世が劫火に焼き尽くされた灰になってしまった。 ・一朝:ある朝。ある日にわかに。ひとたび。=一旦。また、朝早く。…。ここは、前者の意。詩詞での「一朝」と「一日」「一旦」との違いは(ニュアンスの違いは暫くおいて)、「一朝」は詩詞中の「○○」(●○)とすべきところで使い、「一日」「一旦」は「●●」(○●)とすべきところで使う。 ・瓦解:瓦(かわら)がくだけるようにばらばらに分散する。組織や秩序あるものがばらばらに崩れてだめになってしまう。崩れる。 ・劫灰:〔ごふくゎい;ju2hui1●○〕仏教用語で、世界が劫火に焼き尽くされ、その後に残った余燼。災難の余波。また、〔けふくゎい;ju2hui1●○〕兵火。ここは、前者の意。
※聞道敵軍蹈背来:聞くところでは、(日本軍は我が清国軍の)背後を衝いてきたそうだ。 ・聞道:聞くところでは…だそうだ。…と聞いている。…だということだ。聞くならく…。伝聞の表現。 ・蹈背:背後から追尾する意。*日本軍の進攻を「蹈背来」と表現しているが、旅順半島攻略戦の一部を指すのか、どの部分を謂うのか不明。花園口→金州→大連→旅順と南下していったのを謂うのか。
◎ 構成について
2014.12.11 12.12 12.14 12.15 12.16 12.17 |
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