千聲簷鐵百淋鈴, 雨風狂暫一停。 正望雞鳴天下白, 又驚鵝擊海東。 沉陰噎噎何多日, 殘月暉暉尚幾星。 斗室蒼茫吾獨立, 萬家酣睡幾人醒? |
夜起
千聲の簷鐵 百の淋鈴 ,
雨にして 風 狂 せしも暫 く一停 す。
正 に望む雞 は鳴き 天下白 むを,
又 た驚く鵝 は擊 つ海東青 を。
沉陰 噎噎 何 ぞ 多くの日,
殘月 暉暉 尚 ほ幾 くの星。
斗室 蒼茫 として吾 獨 り立てば,
萬家 酣睡 して幾人 か醒 むる?
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◎ 私感訳註:
※黄遵憲:清朝末期の外交官。政治改革者。1848年(道光二十八年)〜1905年(光緒三十一年;明治三十八年)。字は公度。別号は人境廬主人(この別号は陶淵明の『飮酒二十首』・其五の「結廬在人境」から取っているのだろうか)。広東嘉応州(現・梅県市)出身。清朝の衰退期に富裕な官僚地主家庭に生まれる。二十歳代末に挙人となり、外交官僚として、明治維新後の日本に渡る。そこで、当時の日本の諸多改革を目の当たりし、日本の近代化や資本主義の発展を具に体験した。そこから生まれた日本の朝野の人士との交流を深めて通じての豊かな日本についての知識、幅広く、歴史から風俗に亘り、大量の資料に基づき、研究を深めた。同時に日本に対して、中国の古代文化の紹介にも努めた。黄遵憲は、近代中国の日中文化交流の巨人である。1885年(光緒十一年)の八月、彼が日本滞在期の資料に基づいた『日本國志』、詩集『日本雜事詩』がある。
※夜起:よるに寝ずにおきる。 *詩中、多くの語が両義で使われ、政治的な諷刺を身辺描写で韜晦している。 *この詩は光緒二十七年(1901年)、義和団事件に際し、ロシアは大軍を出兵させて満洲を占領した、緊迫した情勢を詠う。(蛇足になるが、このロシア軍の満洲への出兵と占領が、日露戦争へと繋がっていく…。)
※千声簷鉄百淋鈴:極めて多くの軒端の鉄製の風鈴の音に、多くの雨の音がして。 ・簷鉄:軒端の鉄製の風鈴。「簷」〔えん;yan2○〕ひさし。のき。 ・淋鈴:〔りんれい;lin2ling2○○〕雨の音を謂う。蛇足になるが、風鈴の「チリンチリン」といった擬声語ではない。
※雨横風狂暫一停:雨は粗暴に(/横ざまに)(降って)、風は狂おしげであったが、しばらくは少し止(や)んだ。 ・横:〔heng2○〕横にする。横様になる。よこ。〔heng4●〕横暴である。粗暴である。威張って人をないがしろにする。 *「雨横」で「雨が横様に(降る)」と見れば自然だが、格律正しいこの詩は、「雨横風狂暫一停」のところでは「●●○○●●○」となるべきところ。二字目の「」のところは、「雨横」で「雨が横様である」ととれば自然。ただし、その場合の平仄は○(平)で不都合。●(仄)の意の「横暴である。粗暴である。威張って人をないがしろにする。」では平仄上都合がよいものの、「雨が横暴である」の意は、そのままでは通りにくい。ここでは、両者の意で使われており、「(義和団事件以降の清を取り巻く国際)情勢は横暴である」の意と「雨が横様に(降る)」との意がある。 ・風:自然現象として吹く「かぜ」の外に、社会現象としての「時代の傾向」の意があり、ここでは両者の意。 ・一停:ちょっととどまる。 ・一…:ちょっと(…してみる)。少し(…してみる)。【「一」+「(1字の/単音節の)動詞」】で、動作を短時間行うことを表す。
※正望鶏鳴天下白:ちょうど眺めれば、ニワトリの鳴き声の聞こえる夜明けとなって、世の中が明けてきて。(国際情勢も、やや小康状態に向かうのを願って。) ・望:眺める。また、希望する。ここでは両者の意で使われる。 ・鶏鳴:ニワトリの鳴き声。夜明け。早朝。 ・天下白:世の中が明ける。 ・白:しらむ。夜が明ける。中唐・李賀の『致酒行』に「零落棲遲一杯酒,主人奉觴客長壽。主父西遊困不歸,家人折斷門前柳。吾聞馬周昔作新豐客,天荒地老無人識。空將牋上兩行書,直犯龍顏請恩澤。我有迷魂招不得,雄鶏一聲天下白。少年心事當拏雲,誰念幽寒坐嗚呃。」とあり、現・郭沫若の原詞は『滿江紅・一九六三年元旦書懷』「滄海流,方顯出英雄本色。人六億,加強團結,堅持原則。天垮下來フ得起,世披靡矣扶之直。聽雄鶏一唱遍寰中,東方白。 太陽出,冰山滴;真金在,豈銷鑠?有雄文四卷,爲民立極。桀犬吠堯堪笑止,泥牛入海無消息。迎東風革命展紅旗,乾坤赤。」とあり、これに和したのが毛沢東の『滿江紅・和郭沫若同志』「小小寰球,有幾個蒼蠅碰壁,嗡嗡叫,幾聲凄氏C幾聲抽泣。螞蟻縁槐誇大國,蚍蜉撼樹談何易。正西風落葉下長安,飛鳴鏑。 多少事,從來急;天地轉,光陰迫。一萬年太久,只爭朝夕。四海翻騰雲水怒,五洲震盪風雷激。要掃除一切害人蟲,全無敵。」。
※又驚鵝撃海東青:重ねてまた驚かされるのは、鵞鳥(ガチョウ)がシロハヤブサを攻撃したことだ。/重ねてまた驚かされるのは、ロシア(俄)が満洲(海東青)を攻略したことだ。 ・又:…してはまた。(繰り返して)また。重ねてまた。またしても。 ・鵝:ガチョウ(鵞鳥)。ロシアを暗示する語。「鵝 」は、鵞鳥の「鵝 」であるが、「俄羅斯 」(ロシア)の「俄 」に通じる。 ・撃:打つ。攻める。 ・海東青:〔かいとうせい;Hai3dong1qing1●○○〕シロハヤブサ。中型の猛禽の名で、黒龍江一帯に多く見られるワシの一種。海東青は満洲(満州)の地に産し、その俊敏さ故に古来、満洲民族はその象徴とした。ここでは、満洲産のシロハヤブサを借りて、満洲の地を暗に指す。満洲民族の王朝・清・康熙帝は「貞ウ三百有六十,~俊最數海東。性秉金靈含火コ,異材上映瑤光星。」と海東青を詠い、盛唐・李白の『高句驪』に「金花折風帽,白馬小遲回。翩翩舞廣袖,似鳥海東來。」と詠む。
※沈陰噎噎何多日:鬱陶(うっとう)しく曇(くも)って、胸が痞(つか)える日々が、何(なん)と多いことか。 ・沈陰:鬱陶(うっとう)しく曇(くも)っていること。 ・噎:〔えつ;ye1●〕むせぶ。むせる。喉(のど)につまる。また、心配や悲しみのために胸が詰(つ)まる。ここは、後者の意で使われる。 ・何:なんと。感嘆を表す。
※残月暉暉尚幾星:夜明けの空に消えそうになっている(月末の(二十六夜の)(三日)月のある空は晴れて、なおまだ幾つかの星(が出ている)。 ・残月:夜明けの空に消えそうになっている月。陰暦・月末の三日月。 ・暉暉:〔きき;hui1hui1○○〕空が晴れて明らかなさま。また、日光の輝くさま。ここは、前者の意。 ・尚:なお。まだ。
※斗室蒼茫吾独立:小さい部屋の薄暗い中で、わたしは独(ひと)り佇(たたず)み。 ・斗室:〔としつ;dou3shi4〕一斗桝ほどの部屋。極めて小さい部屋。後世、中華民国・魯迅は『自嘲』で「運交華蓋欲何求,未敢翻身已碰頭。破帽遮顏過鬧市,漏船載酒泛中流。眉冷對千夫指,俯首甘爲孺子牛。躱進小樓成一統,管他冬夏與春秋。」とする。 ・蒼茫:〔さうばう;cang1mang2○○〕(空、海、平原などの)広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。遥かに遠い。高適の『燕歌行』に「漢家煙塵在東北,漢將辭家破殘賊。男兒本自重行,天子非常賜顏色。摐金伐鼓下楡關,旌旆逶迤碣石間。校尉衷藻瀚海,單于獵火照狼山。山川蕭條極邊土,胡騎憑陵雜風雨。戰士軍前半死生,美人帳下猶歌舞。大漠窮秋塞草腓,孤城落日鬥兵稀。身當恩遇恆輕敵,力盡關山未解圍。鐵衣遠戍辛勤久,玉箸應啼別離後。少婦城南欲斷腸,征人薊北空回首。邊庭飄飄那可度,絶域蒼茫更何有。殺氣三時作陣雲,寒聲一夜傳刁斗。相看白刃血紛紛,死節從來豈顧勳。君不見沙場征戰苦,至今猶憶李將軍。」とあり、盛唐・李白の『關山月』には「明月出天山,蒼茫雲海間。長風幾萬里,吹度玉門關。漢下白登道,胡窺青海灣。由來征戰地,不見有人還。戍客望邊色,思歸多苦顏。高樓當此夜,歎息未應閨B」とあり、北宋・林逋の『秋江寫望』に「蒼茫沙觜鷺鶿眠,片水無痕浸碧天。最愛蘆花經雨後,一篷煙火漁船。」とある。明・高啓は『登金陵雨花臺望大江』で「大江來從萬山中,山勢盡與江流東。鍾山如龍獨西上,欲破巨浪乘長風。江山相雄不相讓,形勝爭誇天下壯。秦皇空此黄金,佳氣葱葱至今王。我懷鬱塞何由開,酒酣走上城南臺。坐覺蒼茫萬古意,遠自荒煙落日之中來。石頭城下濤聲怒,武騎千群誰敢渡。黄旗入洛竟何,鐵鎖江未爲固。前三國,後六朝,草生宮闕何蕭蕭。英雄乘時務割據,幾度戰血流寒潮。我生幸逢聖人起南國,禍亂初平事休息。從今四海永爲家,不用長江限南北。」とし、明・高啓は『雨中過玉遮山』で「尋鐘入蒼茫,一澗復一崦。落葉去方深,山扉雨中掩。」とする。 ・独立:ひとり佇(たたず)む。また、独立(する)。
※万家酣睡幾人醒:(思うのは、)多くの家では熟睡しており、何人目覚めていることだろうか。 *夜明けの起床情況を謂うが、国際情勢に対する覚醒をも謂う。 ・万家:極めて多くの家。 ・酣睡:〔かんすゐ;han1shui4○●〕熟睡する。ぐっすり眠る。 ・幾人:何人。一桁の人数を指す。 ・醒:〔せい;xing3◎〕めざめる。さめる。また、酒の酔いから醒める。ここは、前者の意。
◎ 構成について
2014.11.29 11.30 12. 1 12. 2 12. 3 12. 4 |
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