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燕歌行 | |
高適 |
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漢家煙塵在東北,
漢將辭家破殘賊。
男兒本自重橫行,
天子非常賜顏色。
摐金伐鼓下楡關,
旌旆逶迤碣石間。
校尉羽書飛瀚海,
單于獵火照狼山。
山川蕭條極邊土,
胡騎憑陵雜風雨。
戰士軍前半死生,
美人帳下猶歌舞。
大漠窮秋塞草腓,
孤城落日鬥兵稀。
身當恩遇恆輕敵,
力盡關山未解圍。
鐵衣遠戍辛勤久,
玉箸應啼別離後。
少婦城南欲斷腸,
征人薊北空回首。
邊庭飄飄那可度,
絶域蒼茫更何有。
殺氣三時作陣雲,
寒聲一夜傳刁斗。
相看白刃血紛紛,
死節從來豈顧勳。
君不見沙場征戰苦,
至今猶憶李將軍。
燕歌行
漢家の煙塵 東北に在り,
漢將 家を辭し て 殘賊を破らん。
男兒 本より 橫行を重んじ,
天子 常に非ざる 顏色を賜ふ。
金を摐ち 鼓を伐ちて 楡關に下り,
旌旗 逶迤たり 碣石の間。
校尉の羽書は 瀚海に飛び,
單于の獵火は 狼山を照らす。
山川 蕭條として 邊土を極め,
胡騎 憑凌 風雨 雜ず。
戰士 軍前に 死生を半ばし,
美人 帳下に 猶ほ 歌舞す。
大漠の窮秋 塞草 腓み,
孤城 落日に 鬥兵 稀なり。
身は 恩遇に當たりて 恆に敵を輕んじ,
力は 關山に盡きて 未だ圍ひを解かず。
鐵衣 遠く戍りて 辛勤 久しく,
玉箸 應に啼くべし 別離の後。
少婦 城南に 腸を斷たんと欲,
征人 薊北に 空しく首を回らす。
邊庭は 飄飄として 那ぞ 度る可き,
絶域は 蒼茫として 更に 何か有る。
殺氣 三時に 陣雲を作り,
寒聲 一夜に 刁斗を傳ふ。
白刃を相看て 血 紛紛たり,
死節は 從來 豈 勳を 顧みんや。
君見ずや 沙場に 征戰 苦しく,
今に至るも 猶ほも憶ふ 李將軍を。
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◎ 私感註釈
※高適:〔かうせき;Gao1Shi2〕盛唐代の詩人。(702年頃~765年:廣德二年)。字は達夫。滄州勃海の人。辺塞の離情を多くよむ。
※燕歌行:楽府題。《相和歌辞・平調曲》。辺塞を謡う。ここでは、安史の乱直前の、唐の北伐・西征のことになる。多くの聯が、対句になっている。似た楽府題に『艷歌行』『怨歌行』がある。「燕」は〔えん;Yan1○〕で、北京、河北一帯の国名。序に「開元二十六年,客有從御史大夫張公(張守珪)出塞而還者,作燕歌行以示適,感征戍之事,因而和焉。」とあり、張守珪に因る契丹、奚、突厥に対する北伐西征の民族戦争を詠う。このことに対応する記事を紀伝体から編年体にすると、『舊唐書・本紀・玄宗下』の「開元十六年秋七月,吐蕃(現・チベット民族)寇瓜州,刺史張守珪撃破之。」、『舊唐書・列傳・張守珪』「(開元)二十一年,…契丹(女真系・モンゴル系?)及奚(東北部:現・内モンゴル、旧・熱河にいた民族)連年爲邊患,…及守珪到官,頻出撃之,毎戰皆捷。契丹首領屈剌與可突干恐懼,遣使詐降。…守珪因出師次于紫蒙川,大閲軍實,讌賞將士,傳屈剌、可突干等首于東都,梟於天津橋之南。」、『舊唐書・本紀・玄宗下』「開元二十二年十二月戊子朔,幽州長史張守珪發兵討契丹,斬其王屈烈及其大臣可突干於陣,傳首東都,餘叛奚皆散走山谷。立其酋長李過折爲契丹王。」、『舊唐書・列傳・張守珪』(開元)二十三年春,守珪詣東都獻捷,會籍田禮畢酺宴,便為守珪飲至之禮,上賦詩以褒美之。廷拜守珪為輔國大將軍、右羽林大將軍、兼御史大夫,餘官並如故。」、『舊唐書・本紀・玄宗下』「乙巳,檢校兵部尚書蕭嵩、鄯州都督張志亮攻拔吐蕃門城,斬獲數千級,收其資畜而還。」、同・開元二十五年の条に「癸酉,張守珪破契丹餘衆於捺(きへん)祿山,殺獲甚衆。」『舊唐書・本紀・玄宗下』開元二十六年の条に「九月庚子,益州長史王昱率兵攻吐蕃安戎城,爲賊所據,官軍大敗,昱棄甲而遁,兵士死者數千人。」『舊唐書・列傳・張守珪』「(開元)二十六年,…及逢賊,初勝後敗,守珪隱其敗状而妄奏克獲之功。」となろうか。『中国軍事史略』中巻(高鋭主編 軍事科学出版社)73ページに「開元二十二年,又把長征健兒中的老弱病殘者放還故里。」とあるが、それに対応する『舊唐書』の記述が見付けられない。
※漢家煙塵在東北:漢の朝廷は、兵馬の砂煙を東北にあげて。 ・漢家:漢の王室の意。転じて、(漢民族の)中国。ここでは、唐朝を指しているが憚っての表現。蔡文姫の『胡笳十八拍』「東風應律兮暖氣多,知是漢家天子兮布陽和。羌胡蹈舞兮共謳歌,兩國交歡兮罷兵戈。忽遇漢使兮稱近詔,遣千金兮贖妾身。喜得生還兮逢聖君,嗟別稚子兮會無因。十有二拍兮哀樂均,去住兩情兮難具陳。」や、李白の『戰城南』「去年戰桑乾源,今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。烽火然不息,征戰無已時。野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。士卒塗草莽,將軍空爾爲。乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。」
、無名氏の『胡笳曲』に「月明星稀霜滿野,氈車夜宿陰山下。漢家自失李將軍,單于公然來牧馬。」
と胡世將の『
江月』「秋夕興元使院作,用東坡赤壁韻」「神州沈陸,問誰是、一范一韓人物。北望長安應不見,抛卻關西半壁。塞馬晨嘶,胡笳夕引,
得頭如雪。三秦往事,只數漢家三傑。 試看百二山河,奈君門萬里,六師不發。
外何人迴首處,鐵騎千群都滅。拜將臺欹,懷賢閣杳,空指衝冠髮。欄干拍遍,獨對中天明月。」
とある。 ・煙塵:戦場に巻き上がる砂塵。転じて、戦乱。戦塵。ここでは敵の侵入をいう。 ・東北:ここでは、長安から見て東北の奚(東北部(現・内モンゴル・旧・熱河)の少数民族)の居住地の方角。
※漢將辭家破殘賊:漢の武将は、故郷を出で立って、残った異民族軍部隊を破ろうとしている。 ・漢將:漢の武将。中国の武将。ここでは唐の武将のこと。 ・辭:いとまごいをする。辞去する。 ・家:家。故郷。家郷。 ・破:撃ち破る。 ・殘賊:人に危害を加える者。仁義の道を損ない破った者。狂暴な敵。また、討ちもらされた賊。ここは、前者の意。
※男兒本自重橫行:男児たるもの、本来、暴れ回ることを重んじており。 ・男兒:おとこ。 ・橫行:(敵軍の中を)あまねく廻る。(敵軍の中を)縦横に走り回る。また、むちゃのことをして暴れ回る。ここは、前者の意で『史記・季布欒布列傳』の季布の項に「上將軍樊噲曰:「臣願得十萬衆,橫行匈奴中」に同じ。高適の『九曲詞』に「鐵騎橫行鐵嶺頭,西看邏取封侯。靑海只今將飲馬,黄河不用更防秋。」
とある。
※天子非常賜顏色:天子からは、常にはない、よろこびの表情を賜わった。 ・天子:『序』の「開元…」から判断して、玄宗皇帝のことになる。 ・非常:常にはない。並ではない。はなはだ。 ・顏色:面容気色。
※摐金伐鼓下楡關:鉦(金属で作った楽器)を打ち鳴らしたり、鼓を打ったりして、軍勢を動かして、楡関(現・山海関。河北省東端)に到り。 ・摐:〔さう(しょう、しゅ);chuang1○〕撃(う)つ。たたく。撞(つ)く。 ・金:鉦(しょう)などの金属で作った楽器で、進軍や後退などの軍勢を動かす命令を伝える楽器。 ・伐:うつ。たたく。 ・下:行く。下(くだ)る。楡關(現・山海関)を過ぎれば、漢民族の地ではなく北狄の地となるので、中原、中央の漢民族から見れば、楡關(現・山海関)の地は「下(くだ)る」という感覚になるため。 ・楡關:〔Yu2guan1○○〕現・山海関。河北省東端で、当時の營州と平州との境の関。幽州(現・北京)の真東200キロメートル・北戴河、秦皇島市の東北すぐ。漢民族の地と北狄の地との境界で、政治的な意味合いの濃い地名。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「唐 河北道南部」48-49ページにある。
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※旌旆逶迤碣石間:軍旗はめぐりめぐって、碣石(けっせき)山(現・河北省東端)の間(かん)に(進んだ)。 ・旌旆:〔せいき;jing1qi2○○〕旗の総称。 ・逶迤:〔ゐい;wei1yi2○◎〕長く連なるさま。曲がりくねっているさま。長くうねっているさま。 ・碣石:〔けつせき;Jie2shi2●●〕山の名。河北省の東北・碣石(けっせき)山。禹の時代、黄河の沿岸にあった。幽州(現・北京)の北京の真東200キロメートル・北戴河、秦皇島市の東南すぐ。前出・楡関のすぐ近く。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「唐 河北道南部」48-49ページや、『中国地図集』「河北省」にある。実質上の漢民族居住地の最東北端の地。張若虚の『春江花月夜』「春江潮水連海平,海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里,何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸,月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛,汀上白沙看不見。江天一色無纖塵,皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月,江月何年初照人。人生代代無窮已,江月年年祗相似。不知江月待何人,但見長江送流水。白雲一片去悠悠,青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子,何處相思明月樓。可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。鴻雁長飛光不度,魚龍潛躍水成文。昨夜閒潭夢落花,可憐春半不還家。江水流春去欲盡,江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸,落月搖情滿江樹。」では「北の端」の意で使われる。孔子編纂『尚書・禹貢』に「導岍及岐,至於荊山,逾於河;壺口、雷首,至於太嶽;底柱、析城,至於王屋;太行、恆山,至於碣石,入於海。」とある。
※校尉羽書飛瀚海:漢の校尉(武官)の出した速達便の急を告げて軍隊を呼び寄せる文書は、瀚海(ゴビ砂漠)に飛びかい。 ・校尉:〔かうゐ;jiao4wei4●●〕漢代、将軍に次ぐ官名。宮城を守る武官。 ・羽書:〔うしょ;yu3shu1●○〕急を告げ、軍隊を呼び寄せる書面。急速を示す鳥の羽が挿されている。羽檄。 ・瀚海:〔かんかい;Han4hai3●●〕ゴビ砂漠。バイカル湖。北海。
※單于獵火照狼山:匈奴の王・単于(ぜんう)の猟をするかがり火は、狼山(河北省郎山)を照らし出して(戦争前夜の雰囲気)だ。*北方の異民族は、戦争を発動する前に、偵察と軍事訓練を兼ねて、狩猟をした、その緊張した雰囲気をいう。 ・單于:〔ぜんう;chan2yu2○○〕匈奴の王の尊称。 ・獵火:〔れふくゎ;lie4huo3●●〕狩りの時に用いるかがり火。北方の異民族は、戦争を発動する前に、偵察と軍事訓練を兼ねて、狩猟をした、そのかがり火。 ・狼山:〔らうざん;Lang2shan1○○〕山の名。郞山。北京の南西200キロメートルの地(現・河北省)にある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「唐 河北道南部」48-49ページにある。或いは、狼居胥山。現・内蒙古自治区克什克騰旗西北。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「唐 關内道北部」42-43ページによれば、現・内蒙古自治区の西の端。
※山川蕭條極邊土:山や川はひっそりともの寂しい辺境の風情が極まるが。 ・蕭條:〔せうでう;xiao1tiao2○○〕ものさびしいさま。ひつそりとしたさま。胡地を表現する例に、漢魏・蔡文姫の『胡笳十八拍』の第七拍に「日暮風悲兮邊聲四起,不知愁心兮説向誰是。原野蕭條兮烽戍萬里,俗賤老弱兮少壯爲美。逐有水草兮安家葺壘,牛羊滿野兮聚如蜂蟻。草盡水竭兮羊馬皆徙,七拍流恨兮惡居於此。」や、後世、高啓の『塞下曲』で「日落五原塞,蕭條亭空。漢家討狂虜,籍役滿山東。去年出飛狐,今年出雲中。得地不足耕,殺人以爲功。登高望衰草,感歎意何窮。」
がある。 ・邊土:国境地域。また、人里離れた土地、片田舎。ここは、前者の意。
※胡騎憑陵雜風雨:異民族の軍馬は、勢いを盛んにして侵攻し、風雨が混ざって襲いかかってくる。 ・胡騎:〔こき;hu2ji4○●〕異民族の軍馬。 ・憑陵:〔ひょうりょう;ping2ling2○○〕勢いを盛んにして人をしのぐ。ここでは、侵入のことになる。 ・雜:まじる。いりまじる。 ・風雨:嵐。風雨。
※戰士軍前半死生:戦士は、戦闘前夜に、半ば死んだつもりになって。戦士は陣中で死ぬことと生きることとを半々にする意を決して。 ・軍前:陣の前に。 ・半死生:死ぬことと生きることとが半分半分。
※美人帳下猶歌舞:(決戦の前夜は)美女のいる帳(とばり)の内で、なおも歌い舞って歓楽を尽くした。 ・美人:美女。また宮女の官職名。ここは、『史記・項羽本紀』の『垓下歌』「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可柰何,虞兮虞兮柰若何!」を聯想させられる。覇王・項羽は四面に楚歌を聞いた後(敵・劉邦の漢軍の中から、項羽の郷国である楚の兵士歌声を聞き、郷国は敵の手に落ちたと思い)「項王則夜起,飮帳中。有美人名虞,常幸從;駿馬名騅,常騎之。於是項王乃悲歌忼慨,自爲詩曰:「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可柰何,虞兮虞兮柰若何!」
。歌數闋美人和之,。項王泣數行下,左右皆泣,莫能仰視。」 ・帳下:(軍の統帥部のとばり)の内。 ・猶:なおも今まで。 ・歌舞:歌うことと舞うこと。音楽。遊興。
※大漠窮秋塞草腓:ゴビ砂漠の晩秋に、西北方の辺境に生えている草は病んで凋(しぼ)み。 ・大漠:ゴビ砂漠。また、広大な砂漠。唐・李頎の『古從軍行』に「白日登山望烽火,黄昏飮馬傍交河。行人刁斗風沙暗,公主琵琶幽怨多。野雲萬里無城郭,雨雪紛紛連大漠。胡雁哀鳴夜夜飛,胡兒眼涙雙雙落。聞道玉門猶被遮,應將性命逐輕車。年年戰骨埋荒外,空見蒲桃入漢家。」とある。 ・窮秋:秋の末。陰暦九月(現在の十月後半~十一月頃)。 ・塞草:辺境に生える草。 ・腓:〔ひ;fei2◎〕病む。避ける。
※孤城落日鬥兵稀:孤城は落日の中にあって、戦士の姿は稀(まれ)である。 ・孤城:周囲を敵にかこまれ、援軍もなく孤立している城。ぽつんとひとつだけ他から離れて建っている城。王維の『送韋評事』「欲逐將軍取右賢,沙場走馬向居延。遙知漢使蕭關外,愁見孤城落日邊。」や、王昌齡の『從軍行』「青海長雲暗雪山,孤城遙望玉門關。黄沙百戰穿金甲,不破樓蘭終不還。」や、王之渙の『出塞』に「黄河遠上白雲間,一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳,春風不度玉門關。」
とある。 ・落日:夕日が沈む。また、孤立無援の孤城の勢いが衰え、凋落の情況下にあっての心細さの表現でもある。前出・王維『送韋評事』「愁見孤城落日邊。」に同じ。
※身當恩遇恆輕敵:我が身は、天子の恩寵を賜った身なので、勇敢に戦い常に敵を軽んじて。 ・身:ここでは、この身。我が身。 ・當:適う。応じる。受ける。 ・恩遇:情け深いもてなし。厚遇。優遇。恩顧。 ・恆:つねに。とこしえに。いつも。 ・輕:かろんずる。みくびる。
※力盡關山未解圍:我が力は 関山(要害の地)に尽きても、まだ敵を囲(かこ)むのを解かないでいる。 ・力盡:(味方の兵士の)力は関の防衛で奮戦し、力が尽きようとした。 ・關山:関所となるべき要害の山。また、ふるさとの四方をとりまく山。故郷。ここは、前者の意。唐・王昌齡『從軍行』「琵琶起舞換新聲,總是關山離別情。繚亂邊愁聽不盡,高高秋月照長城。」や、高適の『塞上聞吹笛』「雪淨胡天牧馬還,月明羌笛戍樓閒。借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。」
や、戴叔倫の『關山月』「月出照關山,秋風人未還。淸光無遠近,鄕涙半書間。」
、宋・陸游は『關山月』で「和戎詔下十五年,將軍不戰空臨邊。朱門沈沈按歌舞,厩馬肥死弓斷弦。戍樓
斗催落月,三十從軍今白髮。笛裏誰知壯士心,沙頭空照征人骨。中原干戈古亦聞,豈有逆胡傳子孫!遺民忍死望恢復,幾處今宵垂涙痕。」
と使う。
・解圍
※鐵衣遠戍辛勤久:鎧(よろい)を着て遠征をしてきたので、苦労が長く続き。 ・鐵衣:よろい。 ・遠戍:遠征。出征。 ・辛勤:つらい勤め。苦労して勤める。 ・久:長い。
※玉箸應啼別離後:美しい着物を着ている愛しい女性は、きっと泣いていることだろう、別れて去った後に。 ・玉箸:〔ぎょくちゃく;yu4zhuo2●●〕立派な衣裳(を身に纏っている女性)。或いはまた、玉(ぎょく)でできたお箸(はし)で、両目から流れ出る美女の涙の形容。 ・箸:〔ちゃく;zhuo2●〕着物。=着。或いは、〔ちょ;zhu4●〕はし。 ・應:当然…であろう。まさに…べし。 ・啼:声をあげて泣く。
※少婦城南欲斷腸:若い妻は、長安城の城南の住宅街の自宅で腸(はらわた)を断たれるような激しい辛さに襲われて。 ・少婦:年若い妻。若妻。王昌齡の『閨怨』に「閨中少婦不知愁,春日凝妝上翠樓。忽見陌頭楊柳色,悔敎夫壻覓封侯。」とある。 ・城南:長安城の城南の住宅街。郷里の町の南の方の自宅のある場所。 ・斷腸:腸(はらわた)が断ち切れるほどの悲しさ・辛さの表現。
※征人薊北空回首:出征兵士は、薊北(けいほく・現・北京)の遥か北方の地で、空しく故郷のほうをふり向いている。 ・征人:出征した兵士。また、遠方に旅する人。ここは、前者の意。 ・薊北:〔けいほく;Ji4bei3●●〕現・北京の北方。薊縣は現・北京のすぐ西南部と、現在、薊縣と呼ぶ薊州とそれを含む天津一帯を薊という。前後の関係から、天津一帯の北部と見るのが妥当か。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「唐 河北道南部」48-49ページにある。 ・回首:ふり返る。ふり向く。
※邊庭飄飄那可度:国境周辺の地帯に、あてもなくさすらうが、どうして過ごしていけようか。 ・邊庭:辺境地方。国外(国境の異国の朝廷、転じて国外)。 ・飄飄:〔へうへう;piao1piao1○○〕さまようさま。ふわふわと浮くさま。(雲等が)風に吹かれて、空中に舞うさま。そよそよと吹くさま。翻るさま。中唐・張仲素は『塞下曲』で「朔雪飄飄開雁門,平沙歴亂捲蓬根。功名恥計擒生數,直斬樓蘭報國恩。」と使う。 ・那:〔だ(な);na3●〕なんぞ。反語、疑問を表す。(蛇足になるが、現代語では、「あの」「かの」といった遠称を意を表すのに“那”〔な(だ);na4●〕と表し、「どうして」「なんぞ」「何」といった疑問、反語は“哪”〔だ(な);na3●〕と表して、書き分けている。)初唐・郭振の『子夜四時歌六首』春歌に「陌頭楊柳枝,已被春風吹。妾心正斷絶,君懷那得知。」
とあり、盛唐・薛業の『洪州客舍寄柳博士芳』「去年燕巣主人屋,今年花發路傍枝。年年爲客不到舍,舊國存亡那得知。胡塵一起亂天下,何處春風無別離。」
とあり、南宋・文天祥の『酹江月』和友驛中言別「乾坤能大,算蛟龍、元不是池中物。風雨牢愁無著處,那更寒蟲四壁。橫槊題詩,登樓作賦,萬事空中雪。江流如此,方來還有英傑。 堪笑一葉漂零,重來淮水,正涼風新發。鏡裏朱顏都變盡,只有丹心難滅。去去龍沙,江山回首,一綫青如髮。故人應念,杜鵑枝上殘月。」
とある。 ・可:…ことができる。…べし。 ・度:わたる。
※絶域蒼茫更何有:異境の地は、見わたす限りうす暗く広がっていて、この上、何があろうか。 ・絶域:異境の地。異域。 ・蒼茫:〔さうばう;cang1mang2○○〕(空、海、平原などの)広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。 ・更:その上に。 ・更何有:この上何があろうか。反問の語気がある。
※殺氣三時作陣雲:殺気は、終日、陣営の上に雲を作って。 ・殺氣:戦場のけはい。殺伐のけはい。人を殺そうとする険悪なけはい。また、草木を枯らす秋冬の寒気。ここは、前者の意。 ・三時:一日中。一日を早・中・晩の三つに分けた、その全ての時間で、終日の意。また、適当な時期。適時。ここは、前者の意。 ・陣雲:戦場の空の殺気をはらむ雲、戦場の空を掩う雲。雲が湧き起こって陣形に見えるもの。ここは、前者の意。同様の使用例に、宋・陸游の『謝池春』「壯歳從戎,曾是氣呑殘虜。陣雲高、狼烽夜舉。朱顏靑鬢,擁雕戈西戍。笑儒冠、自來多誤。功名夢斷,卻泛扁舟呉楚。漫悲歌、傷懷弔古。煙波無際,望秦關何處。歎流年、又成虚度。」がある。
※寒聲一夜傳刁斗:ある夜、警報の刁斗(ちょうと 銅鑼鍋)を打ち鳴らす寒そうな音が伝わってきた。 ・寒聲:寒々とした感じの音。 ・一夜:とある夜。 ・?斗:〔てうと(う);diao1dou3○●〕野戦用炊事用の一斗入りの鍋で、昼は食物を煮、夜は打ち鳴らして警戒するのに用いた、なべとどらを兼ねた銅器。どらなべ。前出・唐・李頎の『古從軍行』に「白日登山望烽火,黄昏飮馬傍交河。行人刁斗風沙暗,公主琵琶幽怨多。野雲萬里無城郭,雨雪紛紛連大漠。胡雁哀鳴夜夜飛,胡兒眼涙雙雙落。聞道玉門猶被遮,應將性命逐輕車。年年戰骨埋荒外,空見蒲桃入漢家。」とあり、前出・宋・陸游は『關山月』で「和戎詔下十五年,將軍不戰空臨邊。朱門沈沈按歌舞,厩馬肥死弓斷弦。戍樓刁斗催落月,三十從軍今白髮。笛裏誰知壯士心,沙頭空照征人骨。中原干戈古亦聞,豈有逆胡傳子孫!遺民忍死望恢復,幾處今宵垂涙痕。」
と使う。
※相看白刃血紛紛:白刃を相交わして、血は、紛紛(ふんぷん)として入り乱れて。 ・白刃:鞘(さや)から抜いた刀剣の刃(やいば)。ぬきみ。 ・紛紛:入り交じって乱れるさま。前出・唐・李頎の『古從軍行』に「白日登山望烽火,黄昏飮馬傍交河。行人刁斗風沙暗,公主琵琶幽怨多。野雲萬里無城郭,雨雪紛紛連大漠。胡雁哀鳴夜夜飛,胡兒眼涙雙雙落。聞道玉門猶被遮,應將性命逐輕車。年年戰骨埋荒外,空見蒲桃入漢家。」とある。
※死節從來豈顧勳:死ぬ覚悟で尽くす忠節は、従来どうして手柄や名誉といったことを顧みたことがあったろうか。 ・死節:国のために死を以て尽くす精神。みさおを守って死ぬこと。 ・豈:どうして…か。あに…(や)。反語表現。 ・顧勳:手柄や名誉を気にする。
※君不見沙場征戰苦:あなたがたも御覧になったことだろう、(砂漠地帯の)戦場での戦闘は激しく。 ・君不見:あなた、ご覧なさい。詩をみている人(聞いている人)に対する呼びかけ。強調すべき節につける。樂府体に使われる。李白に『將進酒』「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復迴。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金樽空對月。」や、顧況「君不見古來燒水銀,變作北
山上塵。藕絲挂身在虚空,欲落不落愁殺人。」や、杜甫の『兵車行』「君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」
、我が国では高杉晋作が『囚中作』「君不見死爲忠魂菅相公,靈魂尚存天拜峰。又不見懷石投流楚屈平,至今人悲汨羅江。自古讒間害忠節,忠臣思君不懷躬。我亦貶謫幽囚士,思起二公涙沾胸。休恨空爲讒間死,自有後世議論公。」
。「君不聞」では、岑参の『胡笳歌送顏真卿使赴河隴』「君不聞胡笳聲最悲,紫髯綠眼胡人吹。吹之一曲猶未了,愁殺樓蘭征戍兒。」
、白居易『新豐折臂翁』「君不聞開元宰相宋開府,不賞邊功防黷武。又不聞天寶宰相楊國忠,欲求恩幸立邊功。邊功未立生人怨,請問新豐折臂翁。」
などがある。詠われている。使用法は、七言が主となる詩では「君不見□□□□□□□」とする場合が多いものの、「君不見…」の後(青字部分)は必ずしも一定でない。 ・沙場:(すなけむりがたちこめる)戦場。中国西北部の荒涼とした地域・胡地での戦場。「すなは(わ)ら」「砂漠」といった地形(?)の意が主ではない。以下にその例:漢魏・蔡文姫の『胡笳十八拍』の第十七拍に「十七拍兮心鼻酸,關山阻修兮行路難。去時懷土兮心無緒,來時別兒兮思漫漫。塞上黄蒿兮枝枯葉干,沙場白骨兮刀痕箭瘢。風霜凜凜兮春夏寒,人馬飢豗兮筋力單。」
や、唐・王翰の『涼州詞』に「葡萄美酒夜光杯,欲飮琵琶馬上催。醉臥沙場君莫笑,古來征戰幾人回。」
、盛唐・常建の『塞下曲』「北海陰風動地來,明君祠上望龍堆。髑髏皆是長城卒,日暮沙場飛作灰。」
や、前出・王維の『送韋評事』「 欲逐將軍取右賢,沙場走馬向居延。遙知漢使蕭關外,愁見孤城落日邊。」や、辛棄疾の『破陣子』爲陳同甫賦壯詞以寄之「醉裏挑燈看劍,夢回吹角連營。八百里分麾下灸,五十絃翻塞外聲。沙場秋點兵。 馬作的廬飛快,弓如霹靂弦驚。了却君王天下事,贏得生前身後名。可憐白髮生。」
とあるのも、戦場が胡地。
※至今猶憶李將軍:今に至るも、猶(な)おも李広将軍を憶(おも)い起こす。 ・至今:今までずっと。今も。今に至るまで 。 ・猶憶:ずっと思い起こしている。 ・李將軍:漢(代)の不運の将軍・李広のこと。前出・無名氏の『胡笳曲』に「月明星稀霜滿野,氈車夜宿陰山下。漢家自失李將軍,單于公然來牧馬。」と詠い、唐・王昌齡の『出塞』は「秦時明月漢時關,萬里長征人未還。但使龍城飛將在,不敎胡馬渡陰山。」
と詠い、宋・辛棄疾は『滿江紅』で「漢水東流,都洗盡、髭胡膏血。人盡説、君家飛將,舊時英烈。破敵金城雷過耳,談兵玉帳冰生頬。想王郞、結髮賦從戎,傳遺業。」
と詠って、漢の李広の偉業を称えている。
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◎ 構成について
韻式は、「aaaBBBcccDDDeeeeFeFFF」。最後の部分の「…eeeeFeFFF」は詩経などの交韻に似ているが、どのようなものか。韻脚は「北賊色 關間山 土雨舞 腓稀圍 久後首有 雲 斗 紛勲軍」で、平水韻の正格。この作品の平仄は、次の通り。
●○○○●○●,(a韻)北
●●○○●○●。(a韻)賊
○○●●●○○,
○●○○●○●。(a韻)色
○○●●●○○,(B韻)關
○○○◎●●○。(B韻)間
●●●○○●●,
○○●●●○○。(B韻)山
○○○○●○●,(c韻)土
○●○○●○●。(c韻)雨
●●○○●●○,
●○●●○○●。(c韻)舞
●●○○●●◎,(D韻)腓
○○●●●○○。(D韻)稀
○◎○●○○●,
●●○○●●○。(D韻)圍
●○●●○○●,(e韻)久
●●○○●○●。(e韻)後
●●○○●●○,
○○●●◎○●。(e韻)首
○○○○●●●,
●●○○●○●。(e韻)有
●●○○●●○,(F韻)雲
○○●●○○●。(e韻)斗
○◎●●●○○,(F韻)紛
●●○○●●○。(F韻)勲
○●●○◎○●●,
●○○●●○○。(F韻)軍
2008.8. 3 8. 4 8. 5 8. 6 8. 7 8. 8 8. 9 8.10 8.11 8.14 8.15 |
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