唐  王翰

  涼州詞

葡萄美酒夜光杯,
欲飮琵琶馬上催。
醉臥沙場君莫笑,
古來征戰幾人回。

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涼州詞
葡萄の 美酒  夜光の杯,
飮まんと欲して 琵琶  馬上に 催す。
(ゑ)ひて 沙場に臥す  君 笑ふ莫れ,
古來 征戰  幾人か回る。

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◎ 私感註釈

※王翰:盛唐の詩人。687年(嗣聖四年)〜726年(開元十四年)。字は子羽。并州晉陽(現・山西省太原)の人。年少の頃は、才を恃(たの)み豪放不羈であり、飲酒をよくした。道州司馬に貶しめられ、赴任途上で亡くなったともいう。

※涼州詞:本来は、楽府の篇名で、涼州(現・甘肅省武威県)一帯に流行った歌曲のこと。唐の開元年間に郭知運によって伝えられ、詩人はこの詞調に乗って作詩した。西北の辺疆の風物や出征兵士の生活を歌ったものが多い。『涼州詞』(のメロディにのせてうたう詩歌)=辺疆の風光の詩、異国情緒の歌。即『涼州詞』の詩作ということである。詩餘でいえば詞牌に該る。似たものに辺塞詩、豪放詞があるが、『涼州詞』にはその暗さはない。この詩の形式そのものは七絶である。詳しくは下記の「構成について」を参照。なお、王翰は、この『涼州詞』を二首連作している。このページは、その一になり、二首めの「秦中花鳥已應闌,塞外風沙猶自寒。夜聽胡笳折楊柳,ヘ人意氣憶長安。」は、こちらになる。

※葡萄美酒夜光杯:ブドウで作られたすばらしい酒が白玉の夜光杯(に盈たされている)。 ・葡萄美酒:ブドウで作られたすばらしい酒。ブドウは西域原産で、異国の酒、という雰囲気がある。盛唐・李白の『江上吟』に「木蘭之竝ケ棠舟,玉簫金管坐兩頭。
美酒尊中置千斛,載妓隨波任去留。仙人有待乘黄鶴,海客無心隨白鴎。屈平詞賦懸日月,楚王臺榭空山丘。興酣落筆搖五嶽,詩成笑傲凌滄洲。功名富貴若長在,漢水亦應西北流。」とある。後世、日本・荻生徂徠は『甲斐客中』で「甲陽美酒黒駐ク,霜露三更濕客袍。須識良宵天下少,芙蓉峰上一輪高。」とした。 ・夜光杯:ガラスの杯。白玉の杯。ガラスはやはり西域のもの。現在の土産物の「夜光杯」とこの詩のものとが同一かどうかは分からない。

※欲飲琵琶馬上催:(「欲飲馬上琵琶催」と見て:)(酒を飲もうとすると)琵琶の音が馬上より聞こえてき、その響きが、飲酒を促しているように感じられる。或いは、(酒を飲もうとすると)琵琶の音が馬上より聞こえてきたので、流しの琵琶 弾きである馬上の女性に、演奏を注文した。 ・欲飮:飲もうとする。 ・琵琶:弦楽器。西域から伝わったものである。 ・馬上:馬の上。ここでは琵琶を弾く者が乗っている。「琵琶」と「馬上」は、深い結びつきがある。辛棄疾の『賀新郎』「
馬上琵琶關塞K, 更長門、翠輦辭金闕。」や、同「賀新郎」鳳尾龍香拔。自開元、『霓裳曲』罷,幾番風月?最苦潯陽江頭客,(白居易の『琵琶行』「潯陽江頭夜送客,楓葉荻花秋瑟瑟。……忽聞水上琵琶,主人忘歸客不發。尋聲闇問彈者誰,琵琶聲停欲語遲。移船相近邀相見,添酒迴燈重開宴。千呼萬喚始出來,猶抱琵琶半遮面。」を踏まえている)畫舸亭亭待發。記出塞、黄雲堆雪。馬上離愁三萬里,望昭陽、宮殿孤鴻沒。」また、李商隠の『王昭君』「馬上琵琶行萬里」など、いずれも王昭君の故実を踏まえている。 ・催:うながす。もよおす。多様に解釈できる語であるが、ここは、前者の意。琵琶の演奏のリズムが、「もっと飲めもっと飲め」と、促しているように感じられること。或いは、「酒を飲んで怠けていないで、もっと速く進軍しなさい」と、促しているように感じられること。また、琵琶演奏の注文を馬上の人に依頼するともとれる。ただ、「葡萄美酒夜光杯,欲飮…。醉臥沙場…」という展開で見れば、出陣前の宴席と謂う感じが自然。ここは、前者の意が適当か。用例も多様だ。漢・樂府の『蒿里曲』「蒿里誰家地,聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相,人命不得少踟。」や、陶淵明の『雜詩十二首』其七の「日月不肯遲,四時相催迫。寒風拂枯條,落葉掩長陌。弱質與運頽,玄鬢早已白。素標插人頭,前途漸就窄。家爲逆旅舍,我如當去客。去去欲何之,南山有舊宅。」や、白居易の『勸酒』「昨與美人對尊酒,朱顏如花腰似柳。今與美人傾一杯,秋風颯颯頭上來。年光似水向東去,兩鬢不禁白日。」 や、宋・岳飛の『池洲翠微亭』に「經年塵土滿征衣,特特尋芳上翠微。好水好山看不足,馬蹄趁月明歸。」 や、宋・陸游『關山月』で「和戎詔下十五年,將軍不戰空臨邊。朱門沈沈按歌舞,厩馬肥死弓斷弦。戍樓落月,三十從軍今白髮。笛裏誰知壯士心,沙頭空照征人骨。中原干戈古亦聞,豈有逆胡傳子孫!遺民忍死望恢復,幾處今宵垂涙痕。」と使う。

※酔臥沙場君莫笑:酔っぱらって、戦場の土の上にごろりと横になっても、貴君よ、笑ってくれるな。 ・醉臥:酔っぱらって、横になる。 ・臥:ふす。横になる。ここでは隠棲すること。詩詞ではやはり本来の意での用例が多い。南宋・陸游に 『隴頭水』「隴頭十月天雨霜,壯士夜挽穀セ槍。聞隴水思故ク,三更起坐涙數行。我語壯士勉自強,男兒堕地志四方。裹尸馬革固其常,豈若婦女不下堂。生逢和親最可傷,歳輦金絮輸胡羌。夜視太白收光芒,報國欲死無戰場。 」、「夜闌聽風吹雨,鐵馬冰河入夢來。 」、「斟殘玉行穿竹,卷罷黄庭看山」などある。 ・沙場:戦場。(砂漠地帯などの)戦場。乾燥した原野。乾燥して砂埃が立つ原野戦場は、塵土飛揚し、飛沙走石となるため、戦場の比喩として使われる。この語、砂漠、すなわら等の大らかな意はない。「醉臥沙場」は生きては酔って戦場に臥し、死んでは白骨となって戦場に朽ちていくという鬼気迫る情景をうたう。前秦・苻融の『企喩歌』「男兒可憐蟲,出門懷死憂。尸喪狹谷中,
白骨無人收。」杜甫の『兵車行』「君不見海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」白居易の『新豐折臂翁』に「新豐老翁八十八,頭鬢眉鬚皆似雪。玄孫扶向店前行,左臂憑肩右臂折。問翁臂折來幾年,兼問致折何因縁。翁云貫屬新豐縣,生逢聖代無征戰。慣聽梨園歌管聲,不識旗槍與弓箭。無何天寶大徴兵,戸有三丁點一丁。點得驅將何處去,五月萬里雲南行。聞道雲南有瀘水,椒花落時瘴煙起。大軍徒渉水如湯,未過十人二三死。村南村北哭聲哀,兒別爺孃夫別妻。皆云前後征蠻者,千萬人行無一廻。是時翁年二十四,兵部牒中有名字。夜深不敢使人知,偸將大石槌折臂。張弓簸旗倶不堪,從茲始免征雲南。骨碎筋傷非不苦,且圖揀退歸ク土。此臂折來六十年,一肢雖廢一身全。至今風雨陰寒夜,直到天明痛不眠。痛不眠,終不悔,且喜老身今獨在。不然當時瀘水頭,身死魂孤骨不收。應作雲南望ク鬼,萬人冢上哭。老人言,君聽取,君不聞開元宰相宋開府,不賞邊功防黷武。又不聞天寶宰相楊國忠,欲求恩幸立邊功。邊功未立生人怨,請問新豐折臂翁。」 と使う。 ・君:あなた。貴君。比較的軽い敬称。 ・莫笑:笑うな。 ・莫:禁止や否定を表す。ここでは禁止。

※古来征戦幾人回:昔より、出征した兵士が何人還ってきたことだろうか。 ・古來:昔より。 ・征戰:出征。戦に行くこと。 ・幾人回:何人が還ってきただろうか。 *似たイメージの詩に盛唐・李白の『關山月』「明月出天山,蒼茫雲海間。長風幾萬里,吹度玉門關。漢下白登道,胡窺青海灣。
由來征戰地,不見有人還。戍客望邊色,思歸多苦顏。高樓當此夜,歎息未應閨B」がある。王翰も李白も同時代人だが、王翰の方がやや早く、李白に影響を与えたか。

                 ***********




◎ 構成について

 平声一韻到底。韻式は「AAA」。韻脚は「杯催回」で上平十灰。この作品の平仄は次の通り :
 
   
○○●●●○○,(韻)
   ●●○○●●○。(韻)
   ●●○○○●●,
   ●○○●●○○。(韻)
  
2001. 9. 8
      9. 9完
      9.19補
2002. 3.17
2004. 2.21
2005. 5. 4
     12. 4
2007. 4.28
2008. 9.15
2012. 6.12
2015. 2. 1

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