宋之問/李頻渡漢江　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩　Song Zhiwen/Li Pin

渡漢江
	唐・宋之問/李頻

嶺外音書斷，
經冬復歴春。
近鄕情更怯，
不敢問來人。

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漢江を渡る

嶺外　　音書(いんしょ) 斷たれ，
冬を經(へ)　　復(ま)た春を歴(ふ)。
郷(きゃう)に近(ちか)づけば　　情(じゃう) 更(さら)に怯(お)ぢ，
敢(あへ)て　來(きた)る人に　問(と)へず。

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◎　私感註釈

※宋之問/李頻：・宋之問：初唐の詩人・官僚。顕慶元年（６５６年）？～延和元年（７１２年）。字は延清。一名に少連。虢州（かくしゅう）弘農（こうのう）（現・河南省霊宝県）の人。則天武后の宮廷詩人として活躍し、沈佺期と並んで「沈宋」と称せられた。五言詩に優れ、近体詩の律詩の確立に貢献した。後、罪を得て欽州に流され、死を賜わった。宋之問が嶺南に追放されたのは神龍元年（７０５年）で、瀧州（現・広東羅定県）参軍に左遷され、翌年に洛陽に逃げ帰って、友人の張仲の家に匿われていた。この詩はその逃避行中の作。 / ・李頻：晩唐の詩人・政治家。元和十三年（８１８年）～乾符三年（８７６年）。字は徳新。本貫は睦州寿昌県の人。若くして秀いで、長じて西山に廬を結んだ。博覧強記の人。大中八年（８５４年）、進士に及第し、やがて建州刺史に任ぜられた。

※渡漢江：漢水を渡って（故郷に近づく）。　・漢江：漢水、漢江のこと。長江の支流。唐代の漢民族の感覚では、漢民族の故地である「中原の地」と異民族の「南蛮の地」との境界線でもある。陝西省の秦嶺山脈に源を発し、陝西省南部を東に流れて湖北省襄陽、沔陽を経て、漢口（≒武漢）で長江に注ぐ。長さ１５３２キロメートルの大河。陝西省中部の長安（現・西安）に帰るには、南方から北上して帰って来た場合、どこかで漢水を越える必要がある。ここでは、武漢西北西辺りの漢水中流の襄河を指す｡

※嶺外音書断：（左遷されていた）嶺南へは、（家族からの）便りが途絶えていた。＊漢魏・蔡琰（蔡文姫）の『胡笳十八拍』（の十拍）「城頭烽火不曾滅，疆場征戰何時歇。殺氣朝朝衝塞門，胡風夜夜吹邊月。故鄕隔兮音塵絶，哭無聲兮氣將咽。一生辛苦兮縁別離，十拍悲深兮涙成血。」とある。　・嶺外：嶺南のことで、大庾嶺の（中原、首都・長安の）外側。嶺南は、現・広東省一帯を指す。五嶺（南嶺山脈）の南の地方を指し、現・広東省、現・広西壮族自治区、現・海南省と安南の地。唐代の道（どう）（＝行政区劃）の一。宋之問は、嶺南の瀧州（現・広東羅定県）参軍に左遷され、やがてそこから洛陽に逃げ帰ったところ。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）６９－７０ページ「唐　嶺南道東部」、７２－７３ページ「唐　嶺南道西部」にある。北宋・蘇軾の『食茘枝』に「羅浮山下四時春，盧橘楊梅次第新。日噉茘枝三百顆，不辭長作嶺南人。」とある。　・音書：〔いんしょ；yin1shu1○○〕便り。音信。　・断：断ち切る。断つ。「絶」ともする。「絶」は：絶える。断ちきる。たつ。

※経冬復歴春：冬が過ぎて、また春も過ぎた。＊「経冬復立春」ともする。「経冬復歴春」は「冬が過ぎて、また春も過ぎて」の意となり、「経冬復立春」は「冬が過ぎて、また春になって」の意で、意味がやや異なる。春に帰ることで、『王孫歸』を踏まえた句。詩題や詞牌に『王孫歸』、『憶王孫』、『王孫遊』（南齊・謝）「綠草蔓如絲，雜樹紅英發。無論君不歸，君歸芳已歇。」としてよく使われる。もと、貴人の子弟の意で、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸，春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊，蛄鳴兮啾啾。」を指す。劉希夷の『白頭吟（代悲白頭翁）』「韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。　　　盡日相望王孫，塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛，駐馬西望消魂。」や、晩唐・温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西，遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切，不關春草綠萋萋。」がある。王維は『送別』で「山中相送罷，日暮掩柴扉。春草明年綠，王孫歸不歸。」と使う。韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。　　盡日相望王孫，塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛，駐馬西望消魂。」がある。　・経：経（へ）る。　・復：また。ふたたび。　・歴春：春の季節が経過する意。「立春」ともする。「立春」は：立春になる。陽暦の二月三、四日または五日に該る。（「歴」「立」ともに、近・現代語では同じ「li4」（去声（に近い）音）。

※近郷情更怯：（嶺南を旅立ったわたしは）郷里に近づけば近づくほどに、（もしや家族に悪いことが起こっているのではなかろうかと）気持ちがおじけてきて。　・近郷：郷里に近づく。『太平廣記』卷第二百八十一『獨孤遐叔』の旧詩の句に「近家心點切。不敢問來人。」（中華書局版第六冊二二四四ページ）とある。　・情：こころ。思い。　・更：一層。さらに。　・怯：〔けふ；qie4●〕気後れする。おじける。おびえる。おじる。唐・王維/王涯の『秋夜曲』に「桂魄初生秋露微，輕羅已薄未更衣。銀箏夜久殷勤弄，心怯空房不忍歸。」とある。

※不敢問來人：（おじけてきて、）郷里の者に（家族の消息を）尋ねる勇気がない。　・不敢：…する勇気がない。勇気がなくて）…できない。よう…しない。敢えて…せず（全面否定：決して…しない）。また、敢えて…せざらんや（反語：どうして…しなかろうか）。ここは、前者。南朝・宋・鮑照の『擬行路難』に「瀉水置平地，各自東西南北流。人生亦有命，安能行歎復坐愁。酌酒以自寬，舉杯斷絶歌路難。心非木石豈無感，呑聲躑躅不敢言。」とあり、南朝・無名氏の『子夜歌』に「芳是香所爲，冶容不敢當。天不奪人願，故使儂見郎。」とある。　・問：問（と）う。尋ねる。聞く。質問する。盛唐・王維の『雜詩』に「君自故鄕來，應知故鄕事。來日綺窗前，寒梅著花未？」とある。前出・『太平廣記・獨孤遐叔』の「近家心點切。不敢問來人。」（中華書局版第六冊二二四四ページ）の青字部分参照。　・來人：郷里から来る人。

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◎　構成について

韻式は、「ＡＡ」。韻脚は「春人」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●，
○○●●○。（韻）
○○○●●，
●●●○○。（韻）