るうでんすの日記
わたしの非日常的日常



わたしの生活のご紹介、です。
ご要望にお応えして、本日分より、さかのぼってお伝えします。



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8月31日(金曜日)

降っては止む小雨で、涼しくなっていました。
8月最後の日は“夏休み最後の日”の記憶でしょうか?
誰もが悲しみの記憶がありそうですけれど、わたしは学校に行ってないからにゃ〜 
=^_^=

9月1日は開院記念日ばかりではありません。
ミヤオカさんのお誕生日でもあるので、おかあさんはプレゼントを静岡に送っていました。
ソムリエエプロン 
(^+^)

また、『防災の日』でもあるので銀色のリュックが持ち出されていました。
これが何年前からそこにあったものか、納戸の奥地より発掘され(嘆)
おかげで納戸の整理も兼ねられたのでしょうけれど 
f(^ー^;
“だって、誰かが必ず『空き箱はない?』なんていうものだから 
(^^ゞ”とおかあさんのいう空き箱のなんと貯まっていたことよ!!
要らないものばかりかと言えば、直後におにーさんは、院用の“ゴム手袋はあるかね?”なぞ云うのです。ンなものは幾種類も在庫はありまして 
(^+^) 
わが社の避難袋にはマリービスケットグリコの缶詰が収められ、緊張感の欠けることですが(嘆)
(そもそもおかあさんがその缶詰を買って来たものだから、収めどころの避難袋が持ち出されたのだったよーな 
(^^ゞ)
わたしの缶詰はわたしのグッズは別仕立てです 
=^_^=


おさんぽには傘を携行しておでかけしました。
“うわー! ねこちゃんだ!”
の声も夏休みが終われば少なくなるのもちとさびしいかも 
(^^ゞ

防災グッズを特集しているかと\100shopを覗けば、ンなものはなく(失笑)
おかしのまちおかにも、乾パンはあったけれど缶詰ではなく袋詰めのものでありました。
一方では、カメラのさくら屋の社長は、明日には荒川での1都8都道府県参加の防災訓練に参加するそうです。ロータリー関係かと思えば、町内会長さんとして、だそーな 
f(^ー^;

洋々堂にては、防災については語るまい。火災の被害者なのですから 
(-.-#)
カヨコさんは今朝は過福の過ぎたようで、自販機で大当たり!!(もう一缶プレゼント)の運を行使していたそーな。他に運はないのか(失笑)

アーサーくんついでにおかあさんは創刊のFerrariミニカーのムックを求めていました。“でも集めないぞ!”と宣言しつつ(失笑)
同じような鉄道模型のムックを示しては、昨日行った大宮の東急ハンズにあった鉄道模型のことは語っていました。
交通博物館が大宮に移転し『鉄道博物館』と名を代えて出来ることを、おにーさんなぞさもさもたのしみにしているのです。
おにーさんはHOゲージの鉄道模型が大好物だったといいます。
“チカコが欲しがっているから、レールとトランスを買ってやって”というように、おかあさん説によれば子供の日だのお誕生日に搾取をされていたと云いますけれど 
(^_^;


おさんぽもゆっくりできましたし、読書の時間も取れました 
(^・^)
ソファに仰向けになったおかあさんが『源氏物語』の文庫本を取り出すとはなんと至福なことでしょう!!
わたしがおかあさんの胸に乗るものだから、
“おしっぽ除けてくださーい!”
“頭、もちょっと下げて 
m(__)m
なんて云われ云われするのですけれど 
=^_^=

千年前の恋物語は今も新鮮すぎて(汗) くす、おかあさんともどもビックリの連続なのですから、わたしたちにはジェットコースタードラマです 
(^+^)
同じ時代に他国では例をみない物語だそうです。恋心の伝統も大和心の伝承でせうか 
=^_^=

地震国の片隅では、賞味期限の切れた缶詰の乾パンをおにーさんとおかあさんで試食していました。
“あんら!! おいちい! 
(^・^)
とか 
(^+^)   


8月30日(木曜日・休診日)

仮面なのでしょうが、秋の日のようでした。うすい雨が常に3滴ばかりがふりつづけていました。
お洗濯も乾かない日です。
わたしはずっと静養していました。

おかあさんは昨日の原稿を仕上げては、“患者さんひとりひとりときちんと向き合い”というフレーズを産みだしてはひとり悦に入っていたましたし、“もう! ガマンできない!”の洗面台の蛇口を近くのガス屋さんに注文していたところ届いたので取り替えていました。おかあさんはこの程度の工作は好き、ですにゃ 
(^+^)
宿題を終えたところで、おかあさんはお出かけ 
(・_・、)

zzzzzz

おにーさんは高校の同級のご同業者たちとの会に出かけるのと入れ替わるように戻って来ました。
わたしを待たせていたからさぞやさぞや敷居の高かったことでしょう。わが社はバリアフリーですけれど 
=^_^=
霧雨はつづき、わたしは、“ごはんまだですかー!!”コールをすればおかあさんはあわてていました 
(^・^)
ふーん、大宮の東急ハンズにまた行ってたらしいや 
=^_^=

おにーさんのいない夜のひとりごはんをおかあさんが食していれば(お行儀の悪いことに、ラヂオを聞きつつ新聞と雑誌を読んでいる)
意外や!
飲んだくれて帰ると思ったおにーさんが帰ってきました 
(^_^;
・・年ともにお行儀のよくなったものです 
(^x^)

彼の高等学校の同級生の“その後”をしばし聞く。
“肩書きもハバ”と聞きながら思いました。
わたしは猫用スナックをいただき、おにーさんはダイエットはどこに行った? チョコをおかあさんに所望していたけれど(嘆)

TVでは稲川淳二が怪談をひとくさりしていました、夏だったのですね、まだ 
(^^ゞ

病院関係は怪談には事欠きません 
(^+^)
叔母さまの前職の病院はかつての『番町更屋敷』跡で、昭和の御世でもお祓いが繰り返されていたといふ・・・


“こつこつ”
の杖の音は、深夜の病院には姿なくも響くもの。
夜勤の新人ナースは同行する先輩ナースのするように音に会釈をすれば、“コツコツ”と返事がある。先輩のナースが過ぎた後に言う。
“わたしも先輩に教わったの・・”
と。

『働き者のナース』
ナースコールを夜間に呼んだ入院患者さん。
“昨夜はすっかりお世話になりまして、おかげさまであの注射で楽になって朝まで眠れました  
m(__)m 
・・・コールで呼ばれたナースはいなかった・・ 何年前だったか、若くして亡くなったナースはなおも同じ病棟で旗らたかったのでしょうか?

おかあさんは怪談に弱く(失笑)わたしの日記の代筆をしつつ、わたしをハグしに来るのですにゃ 
(^x^)  


8月29日(水曜日)

涼しすぎる日でありました。
朝、わたしが窓辺のマットに戻ったことでおかあさんは秋を感じたことでしょう 
=^_^=

水曜日はおにーさんのお昼の給餌をしてから叔母さまのところへ向かいます。
その前に、おにーさんが、
“ほいコレ! 締切は金曜日の午前10時。”
と、渡したペーパーはフリー誌の医療機関案内広告の申込書で、おつきあい掲載のようですがアピール部分が空白となっていました。いつもの丸投げですにゃ 
f(^ー^;
“写真掲載のようだけど、この際おヒゲを剃れば?”
なんておかあさんが云うとおにーさんは悲しそうな様子でしたけれど(失笑)
以降、少ない字数でまとめようと、おかあさんは頭の中で蜘蛛の巣をこしらえていたようですけれど 
(^+^)


叔母さま宅へ行けば、
“今、朝ごはんをすませたとこなのよー 
(^_^;)
と。
『昨日から何も食べていない』とゆーよーな症状が出たか?!!
・・なのではなかったようです(汗)

話を聞けば、“朝、玄関を開けたときから”突如の来訪者があったのだそうなのです。
“結婚して63年! もうアッタマきた!
だから家出して来た!”
と、患者さんが飛び込んできて彼女の話をずーーーーっと聞いていたのだそうです、患者さんが現れるまで朝ごはんも摂れないままに。
最初の患者さんがお昼にご来院だったのもサミシイ話ですけれど(汗)
真実らしいことには、証拠としてその方の残したジャケットがありました。

“やー!
ガマンの63年の限界が今日とは!!
・・・しかし、パワフルですね 
(^^ゞ
なぞおかあさんが感心していれば、お玄関に来訪者がありました。
おかあさんが出て、“どちらさまで?”なぞ対応すれば、忘れ物の主で・・・・
“院長、今、休んでおりますので 
(^^ゞ
の対応はウソではありません。ホントーに叔母さまはソファに倒れ込んでいたのですから(失笑)
“あなたが浦和の姪御さん?”
なぞ問われては、おかあさんは、
“またどうぞゆっくりいらしてくださいね 
(^.^)
と返しては、叔母さまから反発されていました(失笑)
いずれパワフルなご老人です 
(^+^)

叔母さまはさすがにお疲れなようすなので、おかあさんは静かにおうちの中を整えていました。

わたしはといえば、隣のビルの建設を見学していたのであります、ずっと。クレーン車はキリンのように首を持ち上げては、鉄骨を組み上げていっていました。

お茶の時間は、時間貸しの駐車場から車を戻してからで、駐車場のそばのセブンイレブンは患者のお店なのでいつもおかあさんは何かと買い物をするのです。
“長崎ちゃんぽんと喜多方ラーメンを『かわいい!』っておっしゃってましたよね?”
各都道府県より選っていただいた生茶パンダがおみやげでした。先週だかその前だか、おかあさんはそんなことを云っていたようです。それにしても細かい作業を  
f(^ー^;


とまれ、お茶の時間となったので、わたしは出座したのであります。
(ここから自動書記はかなり苦しいのですが(汗))
わたしの示した位置におかあさんはわたしの頭の位置に伏し、
“あ゛らー! ホント! ビルがあんなに高いところまで伸びてる!!”
叔母さまも同じように縁側に腹這いになっておかあさんといっしょになって、
“るうちゃんが教えてくれた、すごいすごい!”
と感心しきりなのでした 
=^_^=
生まれてよりずっとこの家に棲む叔母さまもこの態勢をとったのは初めてかもしれません 
(^.^)


帰宅して持ち帰ったタッパーを洗い、おかあさんは蜘蛛の巣に貯めておいた原案をレポート用紙にメモ書きしました。
曰く、“内視鏡診断には自信があります”、“ご信頼いただけるホームドクターを目指す”とかとか。どれも開院当初のコンセプトです。初心は忘れてはいません。
おにーさんは“OK!”を出していましたけれど、さてさてどんな編集になってどんな掲載をされるのでせうか?
おかあさんは夏休みの宿題を終えたこどものようですけれど 
(^x^)


8月28日(火曜日)

やや涼しくなりました、おかあさんがキッチンで火炎放射機を連発させなかったならば (^^ゞ

1週間分の食料を調理するいきおいですから、わたしのおさんぽは下ごしらえを済ませてからとなります。

まずは若柳さんに行き、開院記念日のお赤飯の数量を確定して注文をしました 
(^・^)
(昨日のつづき)
おかあさんの下級生にあたるここの娘の子(4年生)がお手伝いをしていました。
“マリコちゃんにそっくりね〜”
っていうその子は猫が好きなんだそうです 
=^_^=

夏休み最後のあがきを見せているこどもたちがわらわらとあるかと思へば、カメラのさくら屋には社長の孫のツバサくんカケルくんがいました。姓はカメ●●で、亀が飛んだり走ったりするお名前なのです 
f(^ー^;
4年生と3年生で、夏休みの自由研究の写真を取りに来ていました。
拝見すれば、卵をお酢に漬けて“殻は5日後に溶けました”が結論でした。
赤ちゃんがきたのお店に何故か置いてある文具の磁石セットを買ったばかりのおかあさんは余計なお世話を挟むのでした。
“卵の殻だけだの、他のカルシウムっぽいものを同じ厚さで切って同じ容器に漬けてもよかったんぢゃない?
または他の酸に漬けても”
などと 
(^+^)
イガラシさんは、
“ふーん、そんなに早く卵の殻って溶けるの、おばちゃんはよいことを教えてもらったわ 
(^・^)
と、大人の反応なのに、わたしたちは、
“そりゃーよい冥土の土産になったな 
(^。^)
と、ついつい 
(^^ゞ
ツバサくんの笑い方など、社長よりもシンゴくんにそっくりなのでした。

洋々堂でカヨコさんにその話をすれば、
“その、殻の溶けた卵って、三浦雄一郎のお父さんが毎日摂っていたのぢゃない?”
効くらしい 
(^+^)


戻ればおかあさんはまたキッチンで(嘆)

わたしがおかあさんを呼ぶのは、“お手洗い済みました〜”のコールで、キッチンの手を休めては、
“まあ! こんなに長いのが出たのぉ 
(^・^)
『浮浪雲』さんはいつも言ってます、“よいう●●してますか?”って 
(^_^.)

おかあさんは手を洗ってまた続行(嘆)
フライパンを洗う回数を傍らで見ていたのですが、おすわりの姿勢からスフィンクスの態勢になるほどでありました 
(-.-#)

このままいくとお廊下で寝入りそうでしたが、作業が終了してから、おかあさんといっしょの読書の時間もありました。てへ、『源氏物語』の文庫を取り出せさえすればおかあさんは無我の境地に誘われるようです 
(^^ゞ


宵から落雷と激しい夕立がありました。月蝕があったというのに (・_・、)
その代わりに涼風が吹き、秋の初めの夜になりました。
毎年のことながら、青春を惜しむ季節になったのですにゃ 
(^_^;


8月27日(月曜日)

残暑の中のシャンプータイム決行!! でありました。
わたしだって手のひら足の裏2汗をかくのであります 
=^_^=
元来のお風呂好きゆえ、おかあさんが洗面所兼の脱衣室でもたもたしていれば、わたしが先にバスルームで待ってますもんね 
(^・^)

まずは39℃のバスタブに浸かり、おかあさんと『愛馬行進歌』(♪国を出てから幾年ぞ 共に死ぬ気でこの馬と〜)を歌ってからシャンプーします。
・・濡れるとわたしの姿は通常のものではなくなるのであるが 
--#
(長毛猫さんの本来の形は(失笑) ・・母談)
乾燥にはUNIQLOのタオル、ドライヤーはマイナスイオンの発生するとやらを使用しています。おかあさんご用達の美容師さんに言わせると、“マイナスイオンものは効く 
(^・^)”だそーですが、この根拠については誰も言及できないらしいけど (^^ゞ
“ふわっと仕上げる”ため、わたしはベビーパウダーを使用もします。ラベンダーの香り入りでわたしもお気に入りですが、周囲にも好評です。おにーさんの云いようでは“ケダモノの匂いがしないな”なんですけれど(嘆)
体臭を消すための猫の毛繕い本能なのににゃ 
=^_^=

かなりさわやかな気分でおさんぽに出れば、昨日おかあさんが洗車していたのを見ていた、例えばカメラのさくら屋の連中なぞ、
“車の次は猫の洗濯かい? (^・^)”
なぞ、同じ扱いをするのでありましたけれど 
(`_´)
coscojiで買ったばかりの魚のおもちゃとシャボン玉でその場をにごしました。
シャボン玉は幼児期にずいぶんと遊んだものですが、今のわたしには“ンなこどもだまし 
(-o-;

洋々堂では、カヨコさんに、
“教えてくれたレシピ、おいちかったわん 
(^・^)
と言いかけるおかあさんに、“テテテのタタタ”。カヨコさんの腰痛が復活していたようで(汗)
“わたしも膝が痛いの、お墓参りに行ってからずっと 
f(^ー^;
痛いの話題にしては、ふたりともラメ入りの日焼け止めが腕に光っていました 
(^+^)  
40代向け、50代向けの雑誌の創刊が9月に立て込んでいるらしい、ですぜ 
(^x^)

帰りに若柳さんで、9月1日の開院記念日のお赤飯の注文をしました。ただし、数量は未定ですが、注文だけ入れておかないと、定番の商品でないようなので。
“年てすから 
(^_^;
と、一旦止めたお正月のお餅も希望が募って復活したくらいです。ご町内のおいちい餅菓子屋さんには、いつまでも開院記念の日のお赤飯はお任せしたいです。・・後継者がどーしていなくなるのか? って、いずこも同じようですが (・_・、) 
後継者を育てていた“戦後レジューム”にわたしたちの未来も次世代も預けるのですかね〜 
(^^ゞ

秋の虫が鳴き始めた風情には、おかあさんを喚んでげました。叔母さまの次の句会のお題なんだそうですから 
=^_^= 


8月26日(日曜日)

夏を惜しむようにお祭りそこかしこお祭りが催されていました。

とりたてすヰーとではなかった朝を過ごせば、おかあさんは洗車なんかを始めていました。
ご近所からは“雨乞いの儀式”の評価は高いことですが、今期望まれることかもしれません 
(^^ゞ

例によってファームランドみぬまに行きましたがお盆の休みを2週間ぶりのことです。ハラダ夫人(『サーキットの狼』北海の龍夫人)は“噴水ぢゃないって! 
(^・^)”と訂正されましたが、そこここで自動的に散水する機械が作動していました。農産物は人の手もかかるけど、お日さまと雨との賜り物なのですにゃ。
ここの卵はわたしも好物で叔母さまにも持っていくものですが、ニワトリさんが多数亡くなったとのことで供給量が激減して入手できませんでした 
(・_・、)
ファームランドはハイエナの通過した後のようでしたが(嘆)、角上魚類ではガランとしていましたし、おまけに行ったUNIQLOに行ってもガランとしていました 
(?_?)

わたしも初めて、おかあさんも初めてのカーショップにも行きました。
くす、わが車は型式も古いし、いろいろと手を加えているもので、店員さんの興味を引いたものか、お手すきだったこともあったのでしょうけれど駐車スペースに乗り入れるだけでも店員さんが登場しました。
オカノ鉱油が手近でなくなったので、そんなお店での、オイル交換のようなサービスやその料金を確認したかっただけだったのですけれど 
f(^ー^;

掲げてある各種サービスの料金表を見上げるわたしたち以外にお客さんはいなく(嘆)
“でもさ”と、おかあさんはわたしに耳打ちします。“こーゆーお店って利用価値あるよね”と 
(^+^)

まずは、洗車の洗剤では処置しきれなかったホイールの洗浄剤を求めました。

帰宅すれば、求めた食料を冷蔵庫や冷凍庫に収め、本日2度目の洗車のようにおかあさんはホイール洗いを始めたものでありました。
かなり効果有り! のようです 
(^・^)
汗だくおかあさんに通りかがりから声がかかっていました。
“いい車だね。何キロ乗ってるの?”
地球を3周ほどだけど (^+^)
と言いたいところおかあさんは言葉を濁していれば、
“センセイとそっくりだね 
(^・^)
患者さんのようなのでおかあさんは汗を拭ってたようです(失笑)

階上の戻って、コーラの一気飲みをして、駐車場に車を戻す前のついでのように知事さん選挙に出向いていました。
(投票率最低記録の(失笑))

当地での投票所は市立高校なのですが、今回は同じ敷地の“市立浦和中学”なる中高一貫の中学校の校舎が投票所に充てられていたのだそうです。
投票所は入館して目の前で、教室名は“コミュニティー室”(パーティションで区切られたところにはグランドピアノ!)、隣の教室には“和室”とあり、その隣は“食堂”って、やたら恵まれた環境なんですって。

わたし、税金を納めていまいのでとかく言えるものでもないけど 
=^_^=
市のまかないの施設におかあさんは少なくとも驚いていました。

“マニュフェスト”ってなんだい? 
(^_^;)


8月25日(土曜日)

残暑はきびしいですが、去っていくさびしさも、ね (・_・、)

土曜日は“1週間の穢れを払う”と、おかあさんはおそうじも大物お洗濯にも汗を流しています 
フキフキ ""A^^;
そんなことをしていれば、従姉のノリコちゃんが汗を拭き拭きで乱入してきました!
彼女のお気に入りの生協『生活クラブ』のお野菜を届けてくれたのですが、元美人(というと彼女は怒るが(失笑))、水だけは滴っておりました 
(^_^;
不規則に出現しますにゃ (^^ゞ

後刻、新しい洗濯機がオモシロイのか、おにーさんは閉院後に院で使用のタオルケット2枚とバスタオルも2枚洗濯機に放り込んでいました。
“いったいどこに干すのさ! 
--#
と云いつつおかあさんは屋上に干し、深夜に取り込んでいましたけど 
(^_^;

夏休みの週末もラスト2回となり、付近でもイベントがどこかしこでありました。HOPビルでは『レッズ祭り』(貼るほどのリンクがない(汗))、西口では来週の『阿波踊り』を前に“ちびっ子ひろば”なる縁日、ご町内会では『盆踊り大会』です。
おさんぽの時に西口の見物に行きました。
HOPビルでは『レッズ祭り』の設営がされていましたし、後には大正琴、津軽三味線、ジャズの演目がわが社にも聞こえて来ましたが、わたしたちは不参加 
(^^ゞ

西口の駅前には既に来週の『阿波踊り』の提灯が飾られていました。
西口ついでに、わたしたちは昨日おかあさんの行った美容院を覗き、受付のきれいなおねえさんに、“こんにちは 
(^・^)”だけしました =^_^=

商店街での『ちびっ子ひろば』は夕方からの開催のようで、わたしたちは始まる間近の焼きそばの屋台でワカモノたちに、
“かわいいねー 
(^・^)
なぞ声をかけられていました。ここで出来上がっていたゲソ焼きを買う 
(^+^)

これを持って洋々堂に入ると、カヨコさんに“垂らさないでよ!”とcautionされていると、洋々堂家のおばあちゃんが帰ってくるところに行き会いました。
“スーパーで茄子が1本\50のところ、10本で\100だったもので買ってしまいました。どーしましょー? 
f(^ー^;
頼りになるのはおばあちゃんば、“茹でて好きな漬け汁に漬けておきなさい”という知恵を授けてくれました。
てへ。おかあさんは暑そうにそのとおりにしていましたけど 
(^x^)

午後の診療が終わると、“今年、最初で最後のみぞれアイス”を水出し煎茶と共におかあさんとおにーさんで舐めているとヤリちゃんがやって来ました。
“その髪の色は!”というくらい黒髪はさておき(失笑)
くす、おかあさんには大歓迎で、ヤリちゃんにもみぞれアイスを出しつつ、
“盆踊りに行こう!”
って、急かしていました。
ヤリちゃんには木曜日のハンズの革製のブックカバーなんかを渡しつつ買ったいろんなのも買ったの 
(^・^)”と、分配なぞしてから、出渋るおにーさんもわたしも残して (-.-#)
ただご奉納をお納めするだけのことでしたので、“領収書代わり”という缶ビールと手拭いをいただき、縁日のヨーヨー釣りで意外や! おかあさんはイカサマして6個も釣ったのに、“お持ち帰り3個まで!”のとおり持ち帰っていました。
盆踊りにしては、♪今年ゃ 豊年だぁーよ♪ の秋のお祭りのような囃子が聞こえていましたけど 
f(^ー^;


8月24日(金)

昨日が処暑だったのですにゃ。暑さがクレッシェンドしていくようです =^_^=

おかあさんの最大のイベントは美容院に行くことで午後の2時間を費やしては出かけておりました。“給料日前の平日の午後”というのが美容院日和なんだそーです 
(^+^) それでも2時間もかかるというのは、おかあさんが髪を染めているからで、イケメン店長とは、
“秋の色は?”
の問いに、
“柿! 栗! さんま! え゛ーと、松茸!”
と言っては店長さんの苦笑を買ったに違いなく(嘆) そのイケメン店長さんは、事故の怪我もすっかり完治してい、バイク通勤もとっくに復活していたそうです。出勤途中の国道17号浦和駅近辺で“たぬきが交通事故死していた!!”なぞとのびっくりニュースも聞かされて居たようですけれども 
(^^ゞ
おかあさんは前とヘアスタイルだけはそっくりです。(7月6日の日記参照)
だけど髪の色はわたしも、おにーさんでさえも見たことのない黒!になっていました。くす、おかあさんは元々毛が朱いのでありまして 
(^x^)

費やした2時間の間には雑誌を読みふけってたとさ。
待合い室では、メンズ雑誌を見ては昨今のワカモノに目を慣らす練習をし(失笑)
彼女の言いようでは、
“元禄時代にあった『カブキもの』(奇抜なファッションという意味)はやがて伝統芸になったのである。よってしばし300年ばかり後には・・”ということになるのですけれど(失笑) この説には反論の多いことで 
f(^ー^;

また、席に通されれば、出されるままにひととおりの雑誌に目を通し、OLの1ヶ月の着回しやらメークやらを学び、とりわけオヤジ雑誌(おかあさんに似合うか?(失笑))のカレー特集を熟読しては、“福沢諭吉が初めて辞書に載せた”だの、海軍からの伝統なのか、海上自衛隊では“金曜日はカレーなんですって!!”なんてわたしに話すのでありました 
=^_^=


わたしのおさんぽはとってつけたようにショートカットでした(嘆)
HOPビルだけ見学して、1Fの期間限定のお店の\10饅頭を求めました。文字通り“飛ぶように売れて”いました。お祭りには参加しておきましょう 
(~_~;

元町Cityには新しいお魚屋さんが入ったようで、わたしは新サンマをおいしくいただきました 
=^_^=
(水曜日の日記参照)

今夜は人間の食にはカレーが予定されていました。
ところがおにーさんはロータリーのおともだちからお誘いが入ってしまったのであります。
(断るかと思えば(失笑))

夏野菜たっぷり(かぼちゃまで入っている!)のキーマカレーをおかあさんはひとりでFMラヂヲを聞きながらもしょもしょ食べていましたけれど、酔って帰ったおにーさんも逃しはしませんでした 
(^^ゞ
“福神漬けは? らっきょうは? ヨーグルトもカレーのデザートだぞ!”
わたしも負けずにデザートのBil・Jac Cat Treatをリビングのソファでコールしました 
=^_^=
“ったく! わかったよぅ (・_・、)”
おかあさんのしつけかた、でありますかにゃ 
(^+^)


8月23日(木曜日・休診日・処暑)

ずいぶんと涼しい朝でありました。

雲行きにはあやしいものがありましたが、午後になり月1の定期清掃の業者さんの業務に支障なし、でありました。自称の“晴れ男”さんの霊験が霊験あらたかだったのか 
(^^ゞ

午後の清掃が始まる前には、おにーさんは院長室のおそうじを始めました。
“ゼッタイに読まないであろう本の分類”ともいえそうでありましたが 
f(^ー^;
おかあさんは、お玄関から始め、院長室やら3Fやらと、出入り口のドアのおそうじをしていました。たまさかにもドアを拭くとキレイになります。
計ったのか、丁度のように清掃業者さんが来たので、医院部分は“おまかせしまーす 
m(__)m”なんて云っておりましたけど (・-・)

重なるようにモトヒロ氏の来訪もありました。
こちらは、次期内視鏡の選定のためで、アイスコーヒーを出しながら、
“いろいろとお世話になりましたけど、この9月で10年目を迎えることができました 
m(__)m
なんておかあさんは申し添えていました。モトヒロは、
“ウチの子の年といっとしょですから 
(^・^)
いっしょに今までやってきたのですにゃ 
(^+^)

清掃業者さんのお三時までは用意して、おかあさんはお出かけ 
(・_・、)
“だあって、東急ハンズのバーゲンなのですもの 
(^・^)
なぞ言い置き(嘆) おともだちといっしょに大宮にお出かけしていたのです。おかあさんにもおともだちというものがあるのですにゃ 
--#

帰った時のおかあさんの荷物の多かったこと!!


東急ハンズに行く前に大宮そごうのペットショップでわたしのお気に入りのBil・Jac Cat Treatの補充もしてくれていましたし、同じくそごうで、おかあさんとしては好ましくはないものの栗原はるみのショップでわたしのお水を飲む食器を求めてくれました。くす、早速にして気に入りました 
=^_^=
東急ハンズの袋からは、歯ブラシからバスマット、クレンジングオイルと乱脈なものが出て来ました。
T-falのフライパンだのセラミックの包丁だの、わたしたちは既に持っているものがとてもお安かったそうです。

ひとつ事件。
おともだちの車で行けば、その車に鍵束を落としてくると(嘆)
大荷物で戻ったおかあさんは、ケータイで“開けてくださーい!”とおにーさんに伝えては開けてもらい、“鍵落としたと思いまーす”と申してはおともだちには引き返してもらっていました。鍵については、今までも何度もレッドカードはあったけれど、今回の得点(?)は高いです 
f(^ー^; 

くす、おかあさんは同行を避けていた故おともだちと休診日を過ごしたのでけれど、叔母さまと従姉のエイコさんとは日帰りで軽井沢への旅に出かけたようです。後日談のたのしみなこと 
(^+^)  


8月22日(水曜日)

36℃なんて39℃40℃に比せば平熱です (~Q~;)
二度に亘る夕立がありましたが、わが社における電力消費は世間並みにピークであります。

叔母さま宅へ出向く前にもそちらへ持ち込む品を求めにスーパーへ行っていたおかあさんであります。
“あんりゃ? 
.。ooO(゜ペ/)/ひゃ”なことがあったんだそーな。
寝耳に水のようにお魚屋さんが空になっていて・・
“・・またも、『るうちゃまの閉店の法則』か・・”
と、おかあさんは人聞きの悪いことを言うのです 
(^^ゞ
わたしがひとたび“マズイ!”と云うとやがてそのお店は閉じるんだそーです。たしかに過去に何度となくあったことですけれど 
(^+^)
わたしは“食べないだけ”で、その結果としてか“買わなかった”のはおかあさんであります 
(^+^)

わたしが好みつづけていても閉店したお店もありました。
駅前の交差点にあった焼鳥屋さんのチキンカツのなんとなつかしいことでせう(涙)
おにーさんもなつかしがっていました。
“ポテトサラダ、うまかったよな〜 
(~_~;
おかあさんも加えて、
タカハシ肉屋さんがあった時はよかったわね〜 
(^^ゞ
となるのですが、昨日のように語る過去の時間ではないような 
f(^ー^;

とまれ(現代語では“ともあれ”)、おにーさんにお昼の給餌をしてから叔母さま宅へ行きました。
“暑いわね〜 生きてる心地がしないわ 
(~Q~;)
くす、云うと思った(失笑)

わたしたちの持ち込む荷物は多く、ティッシュペーパーからきなこ餅なんてものもあるのです(月曜日の日記参照)。
いくら持ち込んでも足らないはずです。叔母さまはおともだちのおみやげに差し上げるほどの大盤振る舞いをしているようですから(失笑)

ヤリちゃんと分け合った置地広場の和紙も持っていきました。
(土曜日の日記にあります)
叔母さま便せんなぞを文箱に納めていました。っていうと美しく聞こえるかもしれません(失笑)
・・・スゴイ文箱ですけれど、多分前職はお菓子の箱 
f(^ー^;


掃除機がかけられようがTelがあろうが来客があろーが、わたしはお縁で障子の敷居を枕に四肢を伸ばして休息しておりました。
叔母さまもお掃除の終わった部屋のソファで身を横たえていました。
“長生きの秘訣か?”
おかあさんはつぶやく。あれ? おかあさんは汗を拭ってたの? 
=^_^=

叔母さまを医師会の句会(川柳と標語もありかも 
(^+^))にお連れしてから帰宅しました。

丁度スタッフルームの灯りが消えたところで、階段口から職員が退出するところでした。
降車したわたしはそれぞれにごあいさつして2Fへと階段を上りました。おにーさんが、
“おまいさんがちゃっちゃと昇らないとオレもおまえのおかあさんも昇れないでしょ!
よーい!どん!”
わたしの健脚さに職員たちは、
“すごーい♪”
ですって =^_^=

このスピードをわたしはごはん作りにおかあさんにも要求します。

叔母さま宅へ行ったごほうびは上総屋さんのお肉なのですから!!
“『るうちゃまの法則』では、上総屋は鉄則かも 
(・・)(。。)
株の予測かい?(失笑)
とてもおいしゅうございました 
(^・^)  


8月21日(火曜日・伯母さまお命日)

わたしたちしか毎年覚えていないらしい伯母さまのお命日だったのですが(汗)
(大宮の叔母さまとママさんの長姉でものすごくエライ人だったけど)
は百態の貨客にしてまだ超35℃でありました 
(~Q~;)

キッチンにておかあさんは“髪の毛も落ちないし、汗も取れるし 
(^・^)”なぞと云いつつバンダナを頭に巻き始めました!
おにーさんは、居酒屋や焼き肉屋さんのいでたちを
“誰か来てもそのまま『へい!らっしゃい!』って出てけばいいしな 
(^。^)
なんてからかっていますけど 
(^^ゞ
・・・うっかりすると来客にそんなふうにごあいさつしちやうぞ(失笑)

下ごしらえの済んだところでバンダナを外しては、
“ごいっしょしましょうか? 
(^_^.)
と、おかあさんがおさんぽにさそいます 
=^_^=
わたしの大切な暮らしの日課ですから、知り合いに会えば“お暑うございます 
(^_^;)”がごあいさつですけれど (=^_^=)

HOPビルのエスカレーターの鏡に映るわたしを見て、おかあさんは、
“るうちゃんは涼しい顔をしてるね 
(^^ゞ
なんて云います。
そも、わたしは実際暑くもないのですけれど、“艱難辛苦“も“寒風酷暑ものかは!”の心構えですにゃ 
(^-^)
おかあさんなんて顔に出やすいタイプ(失笑)

洋々堂にてはカヨコさんと昨日買うのを忘れたビッグコミックオリジナルと、服部幸應のお料理ムックKittyちゃんムックが待っていました 
(^_^.)
わたしたちが行くとしばしばのように、“ちょっとそのまま”なぞ云っては、カヨコさんは飲料の調達に席を立ちます。お店番を任せて下さってもいいのですけれど、おかあさんにもわたしにもレジ打ちできませんけどぉ 
f(^ー^;
温暖化の砂漠にあっては飲料の補給は必至かもしれません。
カヨコさんはキリンの生茶をお求めで、オマケのパンダグッズを下さいました。
おかあさんの大好物にして、“お茶はお急須で淹れるもの”主義なのに、このオマケはいっぱい集まってますけど 
(^+^)
“天皇家では 
(ロ_ロ)ゞ
お料理にも飲料にも東京都の水道水を用いているというのに”なんておかあさんは云うのですけれど、叔母さまのところのお客さまもペットボトルのお水が好評なようです。補給するのは見渡したところおかあさんしかいないけど 
(^^ゞ

“その叔母のところにね”
カヨコさんに語るのは叔母さま宅の来客のことです。
“結婚して63年!
もうアッタマ来た!家出する!”
と、決行した方が来た話。
カヨコさんだって(汗)でしょ(失笑)

その情熱を讃えつつ洋々堂にさよならして、カメラのさくら屋をうっかり覗けば・・・

お客さんから“富士山のご来光の写真”をいただきました。
“裏に日付書いておいてよ”と云われ、
“皇紀二千六百六十七年と書きませうか?”
・・・わたしのシュミとはちょこっとズレたような(汗)
くす、さくら屋の社長がわたしたちの様子に笑いをこらえてはをったこと 
f(^ー^;

おかあさんは焼け石水を打てばいかにも無効でしたが、夜風には秋が吹き込んでいました。

連夜『ハゲタカ』なる番組を見せられています。カヨコさんも見ているらしいですけれど。かつて見た『大地の子』のように不朽の名作となるのでせうか?
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也 をTVで知る。


8月20日(月曜日)

飛行機は炎上し、残暑はつづきます (~Q~;)

この酷暑の中を徒歩で営業に回る証券会社の営業くんなぞに、
“院長、今、往診中です”
など一応お顔は拝見しつつもお断りするのにも気の引けること(失笑)
一年生くんは巻紙でのご挨拶状を下さっているのですから、“どんな方か”とおかあさんは検分しているだけだったりするのですけれど 
(^+^)
・・さすがの巻紙の様子だったようで 
f(^ー^;

おさんぽに出れば、最初にごあいさつするのはご近所の子で、夏の間にすっかり背が伸びています。
おかあさんにしてもわたしにしても伸びたものってあったかしら? 
(^^ゞ


カメラのさくら屋ではシンゴくんがPCの前に居、いつの間にかニューマシンになっているのです。
いいですね、よい跡継ぎがいるって 
(^・^)
スペックだけ見せていただきました。
“売り上げ”なんて見ないですよん 
(^+^)
わたしはデスクに下りて鑑賞しました 
=^_^=
くふ、わたしたちの現行マシンよりと下だったけれど、おかあさんてニューマシンをやたらとうらやましがる癖があります 
(^^ゞ

おかしのまちおかで、叔母さまのおともだちにも大好評だったおせんべいの『きなこ餅』をば、5袋ばかり調達すれば、レジの女の子の爪に目が止まります。キレイに彩色を施してあることです。おかあさんの貧しい爪にあっても彼女はつけ爪などを勧めていました 
(^+^)

♪爪も染めずにいてくれと あとからおんなが泣けるよな〜
なぞ鼻歌しながら洋々堂に入りました 
(^・^)
カヨコさんはマニュキュアなんてしませんから 
(^・^)

お客さんが何やらの本を求め、おかあさんはカウンターのPCで検索してお手伝いしようとすれば・・
ラップトップPCの宿命なのか、肝腎なキーの操作が難航しちゃったりするのです(汗) わが社のPCと症状は似ています 
(^^ゞ

ということをしていれば、ご常連のホソカワ氏もご来店で、そちらに気を取られていればヒキタさんもいつものようにサスペンスものの文庫本をレジに入れていました。彼女の爪に黒い斑点があったもので、さまざまな彩色を施した髪と合わせたものかと問えば、
“ドアに挟んじゃったのよ〜 
(・_・、)
去年のおかあさんの惨事よりはいかにも軽傷でありましたけど 
(^^ゞ
(去年の8月10日事件についてしばし語られる サトウDRは名医と)


ご近所ニュースには、マチコさんのお店のお隣のチーズケーキのお店が閉店するようです・・宮内庁ご用達だったそうですけれど。
(21日記・・移転するそうです)

わたしたちの至福の時間は文庫本の『賢治物語』を読むことのようです

光源氏はさもさもおしゃれのように馬催楽(さいばら)を歌うものだから、いかなものかと聞けば
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc8/deao/saibara/index.html
で聞けました。
聞いておいて今年の夏休みの宿題 
(^+^)


8月19日(日曜日)

涼しかったのは昨日だけで、また残暑に戻りました。
すヰーとな朝を過ごし、エアコンを稼働させつづければわたしも食欲の増進したことでありますが、寒いほどのエアコンになっちゃったりして 
(^^ゞ

ファームランドみぬまは遅ればせのお盆休日ということで、わたしを駐車場に待たせるのがつらいようで、おかあさんはひとりで角上魚類へは出向いていました。いつも駐車場待ちするかのお店にも今日はお客さんが少なかった、ということです。

一旦戻ってからわたしも同行してビバホームのホームセンター(わが社から至近)へと出向きました。わたしのおさんぽのため、だったのでしょうが、行けば必要なものはいくらでもあるものでして 
(^+^)
徒歩圏内のドラッグストアになかった、ワックス用のワイパーシートだの、わたしのお砂など車で買いに行っちゃった方が早いものはいくらでもあります 
(^・^)
レジのバイト少年が、わたしを、
“かわいいな〜 
(^・^)
なんて云うのはうれしいけど、男子の価値観が“かわいい”はないと思うのですけれど 
f(^ー^;
惚れたおんなにだけ云えよ(失笑)

日曜日の午後はおかあさんとゆっくりと過ごしました。
わたしが竹マットで黙考していれば、キッチンにて何やらごそごそしていたはずのおかあさんの寝息の如きがリビングのソファから聞こえるではありませんか!
“何してるの? 
=^_^=
おかあさんの胸に飛び乗れば、文庫本の『源氏物語』がカーペットに落ちる。
ふーん、千年の旅の途中だったのかー。
“いっしょに読みましょ 
=^_^=
おかあさんを促せば、恋の物語を読んでいたくせに、落とした本のページを繰っては、
“王子さまはこんなにお勉強をしているのよ”
と、わざとらしく『史記』を学ぶ場面を音読してくれるのでした 
(^・^)

『源氏物語』の頃の日本では中国を手本とし、もっと昔の中国でも官僚体制はできていたのですにゃ。官僚が大臣を更迭するのも慣例なのか、または大臣が“いくらでも人材はおる!”と、官僚体制を維持もできると思うのですけれど 
(^^ゞ
“防人に行っておいで!”と云いたいような男子はいくらもあるけれど、わたしは行きたくはないですし 
=^_^=
それを断ち切った最初の国こそ今生きているものは守るべきのように思うのです。
でも、それを約束しないリーダーを選ぶんだにゃ〜 
(~_~;  


8月18日(土曜日)

♪おーしくつくつくも鳴き始め、一気に過ごしやすくなりました =^_^=
おにーさんの云うだろーなーという一言は、水を向けてやっと出ました。
“暑さ寒さも、ふむ”
彼岸ではなくお盆が過ぎたところであります 
f(^ー^;

おさんぽはいつもと異なり、HOPビルではなく、ドラッグストアのキリン堂を訪れるところから始めました。いつものマツキヨで揃わないものがあったりするのです 
(^+^)
たまのお店は珍しく、いろいろと見ていれば、店員さんも替わっていてこちらも珍しそうに見ておられました 
(^^ゞ
ドラッグストアって、店員さんの変遷が早いように感じますけど 
(?_?)

全国区ラーメン有名店の『娘々』やら、かくれ名店というやきとりの『丸新』のある小路を抜ければ、どちらのお店も長い夏休み中でありました。この小路には『でんちゃん』というお店があり、とおるたびにおかあさんは、わたしの『るうでんす』をたまさか“でんちゅ”など呼ぶものだから、“るうちゃんみたいな方のお店なのかしらね?”と云うのですけれど 
(^^ゞ
かつてはキャバレーだったところが今は自転車置き場になっている通りであります 
;^_^)

小路を抜けて中山道へ出ればすぐそこにアオキ花屋さんがあります。
“昨日も来てくれたのだしサービス! 
(^・^)
トシキくんがトウガラシ入りのブーケをてんこもりにしてサービスしてくれました 
m(__)m

洋々堂ではカヨコさんがお店番をしてい、おかあさんは彼女の好みそうなラヂオをチューニングしようとカウンターの下のAMのかかったプレーヤーをいじり始めれば、わたしをカウンターに飛び移りました。くふ、かつては許可されていたのに、ワンコ連れのお客さんがマネをしたとやらで、禁止令を受けていたのでありますけれど 
(^^ゞ
カヨコさんは“しょうがない 
(^・^)”というようにわたしを抱っこしていました。
“ここ、FM入らないね〜(嘆)”
おかあさんが諦めたときには、わたしはカヨコさんの腕の中がすっかり気に入っておかあさんのことを忘れていたかも 
=^_^=
NHK fmでは朝から夜まで“フォーソング特集”だったのです。彼女たちの世代には親しいものだったにちがいありません。おかあさんはことあるごとにラヂヲを聞いていたのですから 
(^+^)

かと思えば、夕刻“はいほー!”とやって来たヤリちゃんはといえば、なじみの少ないようで、おにーさんも同様だったようです。
ヤリちゃんがやって来た時、わたしはおかあさんと共に読書していて、ソファで仰向けになっていたおかあさんの胸の上にいてヤリちゃんを驚かせましたけど 
=^_^=
また、おにーさんが上がってきたときには、おかあさんとヤリちゃんが、先日cocoonの置池広場で得た和紙の福袋を広げては数々を分け合っていたのに驚いたようですけれど 
f(^ー^;

皆でKALDIの水出しアイスコーヒーを飲んでは、ヤリちゃんと夏休みの一日の楽しかったことなど話していました。
“お仏壇を整理していれば、こんなモン出てきましたー 
(^・^)
おにーさんの小学一年生当時の通知表 
(^。^)
ずっとお仏壇にあったのではなく、発掘したおかあさんが収容場所に困って入れていただけですけれど 
(^+^)


やがてセミの選挙のごとき連呼が止めば、やがて秋の虫のコーラスの初演となりました。 


8月17日(金曜日)

夏休み明けは猛暑に始まり、それでも患者さんはお忘れにならずにご来院でありました m(__)m

お盆明けのお飾りは朝まで残して、おそうじと同時に外されました。
鬼灯は去年のものを残しておいたら、ドライフラワーになってバスケットだのガラスの器に盛るとかわいらしいオブジェになったので残されていました。栞にすべく、お懐紙にも挟まれています。
ドライフラワーを見るとおにーさんは“花の死体だろ?”っていいますけれど 
(^^ゞ
おにーさんはいつだったそうなのです。
今日、おかあさんがチュニックのブラウスに短丈のパンツを佩用していれば、
“パジャマ、着てるのか?”
ですし 
f(^ー^;
お仏壇のおそうじついでに、お昼には供えてあったおはぎも出されておりました。お盆にはお団子ぢゃなかったかしらん 
;^_^)

ひさびさのご町内おさんぽに出れば、みなさんお元気でありました。
HOPビルの赤ちゃんがきたのサイダさんはプール焼けで子煩悩なパパの証です 
(^・^)

カメラのさくら屋では、
“暑いわー! 
(^_^;
って、美女系のイガラシさんがカウンターの下でスカートをパタパタさせているとは、概ねの人の気付かないところでせう 
(^x^)

アオキ花屋さんにお盆からのお花を取り替えようと伺えば、
“まだ出てないんだよ 
(^・^)
なんてトシキくんが仰るのです。お花の市場もお盆が明けてはいないようです。

洋々堂にてのカヨコさんとはなんとひさしぶりだったことでしょう!!
昨日、『きょうの料理』などの配達があったので、カヨコさんの夏休みが終わっていたことも承知していたのですが 
(^^ゞ

積もる話のうち、わたしはおかあさんの汗の噴き出た頬やら手なぞを舐めては塩分を補給していました。
“バッチイから止めなさい!”
ふーん、おかあさんってバッチイのか、と思いつつも、おかあさんスキスキ 
=^_^= 
おかあさんも“スキスキ”を返そうとすると他のお客さんが怪訝そうに見ていたりするのですけれど 
(-.-#)

今回行ったところで、サイボクハムは洋々堂ご一家にもお勧めのスポットでありました。
“あ゛ら、わたしたちも行ってたのよ 
(^・^)
って、わたしたちよりもとっくに早くに何度も行っていたようです 
(・_・)......ン?
運転担当のおにいさんも加わって、ルートを探るに、そこだけを目的地にすれば、浦和からも都内でも関越に入れば行きやすいところだったのですにゃ 
f(^ー^;

帰宅しては、午後の診療を前におかあさんは“焼け石に水”を撒き、涼しげを演出しつつも、わたしたちには夏休みの残り香のようにご本を読む時間もありました。
つん読はいくらもあるうち、おかあさんは『源氏物語』の文庫本を選ぶのです。
“生きている内に読んどきたい”んだそーで 
f(^ー^;

睡眠学習をしていると、金曜日には大宮の病院勤務につき、叔母さま宅からの従姉のエイコさんからTelがありました。くす、叔母さまから直接かけずらかったことがある(失笑)・・つまり、おかあさんが怒っているとか勘違いしていたことがあって (^x^)

エイコさんも猫好きで、叔母さまを外しては猫話題 
=^_^=
エイコさんの通う病院の中庭にはお池があり、カメさんがこんなに暑い日には甲羅干しをしているのだそうです。それを観察する猫さんをエイコさんは観察する、と(失笑)
“看護婦さんがお昼休みにはカメにレタスをあげるの。
そのレタスをカメさんは待っているらしいの。
ね、知ってた? カメってレタス食べるの 
(^・^)
『カンガルー日和』の村上ワールドのようでした 
(^・^)

夜になると風が強く、雨も降り出し数日来稼働しつづけたエアコンもやっと休暇がいただけたようです。
夏の去るのはちとさびしいことです 
=^_^= 


8月16日(木曜日・夏休み最終日)

とことん!! な猛暑で、終日エアコンの休む間もありませんでした。
熊谷では観測史上の新記録で40℃を超えたといいます
(~Q~;)
そのニュースを聞けば、おにーさんは要らない部屋にまでエアコンを稼働させていたのですけれど 
f(^ー^;
おかげでわたしは熱中症には罹りませんでしたけれど 
=^_^=

おかあさんはといへば、昨夜は最終日の使い道を映画館に行くか迷っておりましたが、県立博物館へおばけを見に行っておりました。
いずれ、わたしを置いておともだちと出向いていたことですけれど 
(`へ´)フンッ。

後でいっしょにパンフを見れば、正式名称は『埼玉県立歴史と民俗の博物館』で、大宮公園にあるのでわたしも外からだけは見知っております。
お盆企画なのか、幽霊の掛け軸は展示されてはいたそうですが、5幅かそれほどだったそうですが、他の展示物もたのしく見学してきたようです。
今の展示には、大宮駅の当初からの観光案内などあったようです。
“大宮公園には明治期より森鴎外から夏目漱石、芥川から太宰まで”多くの文人が紀行を書いた、と、おかあさんのお得意の口上でありまして 
f(^ー^;
森鴎外ご子息の於兎氏は、震災後盆栽村にお住まいでしたので、お祖父さまと親交のあったということも 
(^+^)
今云う叔母さま宅には、そんな親交の歴史もあったということです。

博物館の展示物には、大宮の駅弁もあり、サンドイッチなど、“今の南銀にいつも買いに行っていたものだわ 
(^・^)”なんておかあさんは云います。昨日の駅の帰りにはその道をおかあさんは辿っていたようですけれど、“道だけは残っていたわ”なんてわたしに語っていたのですけれど。
今は昔。おかあさん風情のモノが通れば、フーゾクの獣道での営業準備を始めている人々には怪訝に見えたことでしょうよ 
f(^ー^;


cocoonやら、与野のドイトがドンキホーテになったところでのお買い物もしておりましたっけ 
(-.-#)
“BGM絶えられん(怒)”といいつつも、何事もなかったかのように営業しているお店におかあさんは行くのですにゃ 
(^^ゞ

おかあさんが戻ったときには、お留守にしていたおにーさんも戻っており、ビールを始めていました 
(^_^;
夏休みの最終日はふつうの木曜日の休診日にそっくりではありました。
毎年、この日にはおにーさんは“夏の後ろ姿が見える”ってさみしげに云うのだけれど(失笑)、今年のこの猛暑には、
“あと何日のことでもあるまいて(汗)”
でありました 
(^^ゞ

『思い出』に似合う季節は夏がいちばんではないかしら?
パーシー・フェース『避暑地の出来事』をいっしょに聞きました。くす、おかあさんだってトロイドナヒューって知らないくせに(失笑)
わたしったら、ビングクロスビーやらフレッドアステアっていうのも幼時から聞いてますけど 
=^_^=

それでも自主的な好みは軍歌で、この時期、ご同好の士は多いです 
(^・^)
ひさしく靖國神社にも行ってないことの惜しい夏休みでした。


8月15日(水曜日・夏休み4日目)

“あの日もこんなように暑かった (・_・、)
毎年のように“見てきた”ようにおかあさんの話す日であります。

朝にはラヂヲで秋山ちえ子の『かわいそうな象』を聞きました。
何度聞いても涙なくは聞けません。
(2005年の同日の日記参照)

それにしてもなんとも暑い日でありましたが、水曜日のこととて叔母さま宅を訪問しました。

叔母さまは終戦とは無関係に耶蘇の大切な日だったとやらで午前のおミサから帰り休息を取っておりました。
女子医専で終戦を迎えた叔母さまは、“あの日”、について語ると思っていれば、
17年ゼミっているんですって?!!”
くす、同じ話題を日曜日にヤリちゃんとしたばかりでもありました (^+^)
結論的には、自然界にあるセミが、7年、13年というように素数で生まれる周期ができている、ということです。何故そうするかといえば、できるだけ生存競争を緩和するという知恵なのでしょう 
(^・^)
では、今年生まれた7年ゼミと17年ゼミの子孫が同じ夏に生まれるのは何年後でしょうか?
これをひもとくに、おかあさんは素因数分解初歩の“1/2+1/3”から始めていました。
さらには、最近話題のインド式二桁かけ算暗算についても 
(^+^)

算数の時間が終わってからは、暑さもあり、次の予定もありでちゃちゃっと家事は終えられたことでありました。
上総屋さんがお盆休みなので、“高島屋のお肉とケンタッキーとどっちがいい?”と聞かれたときには、わたしはお縁にあり、障子の敷居をまくらに四肢をば伸ばして熟睡していたのでありますが 
=^_^=

今夜のメニューがそのどちらにもならなかったのは、叔母さまが上野の芸大のホールにてのピアノコンサートに出向いたからで、待ち合わせの大宮駅までおかあさんが同行すれば、
お待ち合わせの“豆の木”(東京駅の『銀の鈴』のようなもの)には、すでに面々がおそろいで、午前中には同じミサに参列していたジジババだったようですけど、達者なことです (^^ゞ

わたしのお肉は駅ビルの柿安で調達され、それはそれは美味なものでありました 
=^_^=


早くに叔母さま宅からは開放され、途中、オカノ鉱油のひとつだけ残った与野のお店に給油に立ち寄りました。
ニシ社長が帰宅するところで、おかあさんとなつかしげにしばしの立ち話をしておりました。毎度ここに給油に行く予感がします 
(^+^)

叔母さま宅から持ち帰ったタッパーが洗われれば、夏休みらしい夕べが過ごせました。
おかあさんはソファでごろんし、その胸にわたしは乗ります。
文庫本が3冊ばかり並び、やはりおかあさんは『源氏物語』を読み進めたいようでありました。
“とろり”のように睡魔にが同時に捉えられる至福といったら 
=^_^=

やがて新月間もない闇の夜となって、おかあさんはひとり、送り火を焚いておりました。
路上ではがらがらとスーツケースの戻る音も重なりました。
去るのが悲しい季節って、夏だけぢゃないかしらん 
=^_^=  


8月14日(火曜日・夏休み3日目)

“『水ぬるむ』な〜 フキフキ ""A^^;
水道からの水さえも熱いことをおかあさんは言うのですが、夏の季語でせうか? 
(^_^;

お盆中のこととて来客気配がありましたので、ほぼ終日家におりました。
ただし、火曜日とあって(夏休みにも曜日はあり(汗))、叔母さま宅へ届ける食料の調達にもおかあさんは出向いておりましたし、いっしょには、来客の絶対にない正午すぎにペットショップ・コジマへわたしの食料を得に行きました。不足することをわたしというよりおかあさんが嫌うのです 
(^+^)
缶詰をカートに放り込んでは、わたしに向かっては、
“ご自分で選んでくれればいいのに”
なんていつも云うのですけれど 
=^_^=
ケージにある子猫、子犬くんたちにはことごとく“くかーー!”をかましてやりましたが、最近の若いモノはわたしの言葉が通じないようなのです(嘆)
・・わたしも、何故に彼らに威嚇するのか彼らとのつきあいに覚えもないのだけれど 
(^^ゞ

出入り口にガチャガチャのおもちゃ販売機があり、『しばわんこ』のそれを発見すれば、おかあさんは躊躇なく\100玉を投入しておりました。
すでに全種類が揃っているのは、かようにしておかあさんが“おとな買い”をした結果、ということが判明しました 
(-.-#)

帰宅しても日は高く、朝からの甲子園は延長戦を観戦したあとの浦和学院は惜しくも脱落をしてしまいました。
エントリー18名中、当県出身者は7名の名門校であります。留学生たちが築いた近世のことを思ふ
 ;^_^)

キッチンにては、おかあさんがいつものように火を使っておりました。君子は危うきに近寄りません。わたしは距離をおいて“にーーぉ!!” 
=^_^=

♪ピンポーン
で、“お客さまかしら?”とおかあさんが出れば、以前、巻紙にてのお手紙をくれた証券会社の一年生くんだったりすれば、火を止めては、
“お盆休み中、こんなに暑いのにごくろうさまね〜 (^・^)”
なぞ、おかあさんは接しておりましたけど (^+^) 

キッチンのおしごとが終わり、おかあさんとソファで『源氏物語』を居眠りつきで読むという夏休みの至福の時間もありました 
(^・^)

来客があれば、どちらも、
“アイスコーヒーにしますか〜? 
アイスティー?
緑茶もあるよん 
(^・^)
と気楽な相手なのです。
以前だったらお昼でもビールから始まっていましたのに・・ (・_・、)
わたしがお線香をあげるお客さまを案内していることをおかあさんが解説すれば、それは戯言にしか聞こえないらしく(嘆)
“ウチは人間の方がタイヘンなのよ”
なんて苦笑しつつ、皆様仰るのです。 


かように家庭に老齢化の進むなか、ひさびさに大宮の叔母さまとTelできました。
同年齢を断片とすれば、かつてあった中、わたしの知らないパパさんやら伯母さま、親しかったママさんに較べても“彼女がいちばん元気“とおかあさんは云っています 
(^+^)

こほ。おかあさんはわたしもこの括弧にいっしょに括ってはいけないと思います!
わたしは小さな、人間の邪心なく、愛おしむべき存在であること忘れてほしくはありません。
(って、自分で云わないでくださいっ! 自動書記談)


8月13日(月曜日・夏休み2日目)

暑い暑い日で、すヰーとな朝にもエアコンは必須でありました。
それでも、お仏壇に飾られた笹も鬼灯もドライフラワーになりそうないきおいでありました 
(^_^;

午後の暑いさかりには、わたしを同行せずの単独行動にておかあさんは親戚回りで越生みやげを手にしてはお線香を上げに行っておりました。
ある家は接客中、もう一軒はお墓参り中なようでおかあさんは捗った(
(^+^))のでしょうか?
この時期多忙なヨッコちゃんを伴って帰りました。ヨッコちゃんは早々にお線香を上げていましたが、その前、おかあさんの思いつきに誘われて角上魚類までいっしょにお買い物をしていたもようでありました 
(-.-#)

“あら? 出てきたの?”
と、ヨッコちゃんが云うように、お仏壇前の事件についてはわたしは参加するのでありますけれど 
=^_^=

この場では女同士のような話がなされて、おかあさん的には“誰にも言わない方がよさそ 
(^_^;”なんて事も聞いてもいましたが、ヨッコちゃんが、
“ごはんの支度をしなくちゃ!”
という時間になっては、おかあさんはお送りしておりました。
(ヨッコちゃんはおかあさんより16才年上で、一応おかあさんは本家筋で、最年少であります 
(^+^))

お仏壇には、きゅうりの馬茄子の牛、蓮の葉にみそはぎが供えられての宵、階下、ふだんなら患者さんや職員の自転車置き場にておかあさんがおがらで迎え火を焚き始めれば、おりからの風で着火ですず往生していたようなのです。
やっと! 煙が階上にまで立ち上れば、
“はいほー!”
ヤリちゃんが参加するではありませんか!
会社は上司が留守で残業もなく、快適に定時帰宅ができたもようでありました。
ヤリちゃんはかつ、“ほうきは要らんかね〜 
(^・^)”と口上を述べるように、3本のほうきを携えておりました。
木曜日の高島屋で求めたほうきがわが社では好評で、ヤリちゃんがご自宅用に加え、院内用、おかあさん追加と、お昼休みを利用して買ってきたのでありました。

昨日はヤリちゃんにも楽しい夏の日だったようで、お部下(独身返上予定なし男子)に、
サイボクハムに行っておいで 
(^・^)
とお勧めしていたようです。わたしたちと同レベルにしてどーする(失笑)

お仏壇にお線香を上げ、ヤリちゃんが『しばわんこ』のお盆の項を見ては、“昔ながら”が踏襲されていることに感心したのでしょうか?
再びお仏壇に目を向ければ・・
わたしは皆に背を向け、中空を凝視しておりました。
“な、何か見えるの??”

次には、お仏壇前に並んだ、先代おふたりの骨壺(季節ごとにの袋にくるまれている)を交互に見る。

ヤリちゃんと顔を見合わせては、
“コワイから止めなさい!!”
と、わたしは抱っこされました、とさ 
=^_^=
人間、浅いですにゃ・・・

おかあさんは、♪おばけなんてないさ おばけなんてウソさ 寝ぼけた人が見間違えたのさ! なんて声を出して歌っています。わたしに何が見えるのか疑いつつ 
=^_^=   


8月12日(日曜日・夏休み1日目)

夏休みの1日目は、平常通りに土日お休みのヤリちゃんに合わせて越生までのお墓参りツアーでありました。
ヤリちゃんとあればおかあさんは楽しく、さすればわたしも楽しく、同じくヤリちゃんにも楽しい旅の一日であったことです 
(^・^)

行きは渋滞もありませんでしたが、帰りにはラヂオの交通ニュースの伝えるとおり、“観光帰りでいっぱい”でありましたし、好天は、炎天下での墓参におかあさんもヤリちゃんも塩を吹くほど 
(^^ゞ
わたしは法恩寺さんのお玄関で涼風に吹かれておりましたけど 
=^_^=

法恩寺さんでは、
“こんなのがありましたけれど”
と、大奥様が写真を用意してくれておりました。
わたしたちの手許にも同じものがありますが、わが社が馬車屋から自動車に転向した時期のもので、法恩寺さんの門前にある馬頭観音の開眼式のもの。
“これが父です”
に、
“あら! そっくり!! 
(^・^)
なぞおかあさんは返されていましたけれど 
f(^ー^;
お馬さんのお墓のお参りがお墓参りの最終であります。

似た別件がありました。
(8月3日の日記参照)
こちらについては、越生酒造に立ち寄り『耒陽』を調達しつつ、アライ氏に伺うことにしました。
(参照: http://homepage3.nifty.com/youzantei/mitisirube/ogose_kouta.html)
“これはお宅ぢゃないんだな〜 
(^・^)
淀みなくアライ氏は応えたものであります。わたしは酷暑につき、車内で待つことなくバスケットで彼らの長いお話を聞いていました 
=^_^=
お年を伺うことは“禁止!!”だそうですが、アライ氏は開通間もない東武鉄道で川越中学に通学していたそうです。
かくしてかくなる人格が形成されたのでせう 
(^+^) 
氏のご著作『越生と文人たちと文学と』は、わが社の愛蔵版さなっております 
(^x^)

遅くなったお昼は、去年と同じく『陽山亭』で取りました。
去年よりの既得権とて、わたしもバスケットにて炭火を囲めば、山からの風は涼しく、炭火が親しいほどでありました。
おかあさんがバスケットの扉を開ければ、他にお客のないことを確かめてはしずしずと見学に出ようかとすれば、おかあさんに抱っこ 
(^^ゞ
聞いたことのないほどのカナカナ蝉が大合唱していましたので、ヤリちゃんにも“聞いた?”というように指導をしました 
<(`^´)>エッヘン。

なかなか焼き上がらない鱒を待ちつつ、熊の開きの剥製がありましたので、3人で記念撮影をしました。
みんなで熊さんと同じ格好をしました。公開できないのが残念です 
=^_^=

おかあさんたちはとろろ麦飯にも感動していましたが、わたしも天然鱒の皮を除いたものをいただきました。とってもおいちかったです 
=^_^=
おかあさんは骨まで食していました。

帰りには『サイボクハム』に寄りました。春のお彼岸にも寄っていたのですが、“お風呂ですか?”でオソレをなしたのですが、ヤリちゃんといっしょだったせいか(失笑)、駐車場待ちをさせられているうちに、ふたりはできたてソーセージだのベーコン、パンのようなものまで勇んで買い込んでおりました。くふ、これからの越生帰りの定番になるのですにゃ 
(^+^)

後部座席から運転席ヘッドレストに移動すれば車窓から赤富士が見え、やがて暮れてまでのたのしい遠足の日でありました。


8月11日(土曜日)

当院は明日から夏季休診で、まずは明日にはお墓参りの予定です。
アオキ花屋さんを往復しては、お仏壇のお飾りとお墓参り用のお花が調達されていました。
細かいことを言へば、お仏壇にはまだ笹飾りやみそはぎ、きゅうりの馬に茄子の牛は供えられてはいません 
(^+^)

お仏壇の担当者はいつのころからかおかあさんで、
“晩年のパパはとってもうるちゃかったわ 
(^_^;
なぞおにーさんに語ると、
“その鬼灯、曲がってないか?”
くす、と、そのようだったと言います 
(^_^;
ヘンなところが親子は似るもので(嘆)
“口は出しても手は出さない”(失笑)

お昼のお茶には、おにーさんは、
“まっずいお茶だナーーーっ!!
あ゛、いいんだヨ、葬式のだろ? 
(-.-#)
“・・そこが似てるんだったてば(嘆)“はおかあさんの心の叫びか(失笑)


外気はとことん暑く、おさんぽに出れば、カメラのさくら屋のシミズさんがお店の外に置いた温度計(錨を象ったもの)を、
“ぅわーを!! 42℃だっ!”
と(汗)
交差点にあるアオキ花屋さんでは、信号が赤になると路面が50℃を超えるそーですけれど(汗)
(温度を測れば涼しくなるのか?)
おかあさんはこのところ毎日のように“焼け石に水”を撒いています 
(^^ゞ

まずは、coscoji(大文字か小文字か?)に入ったのでありました。赤ちゃんがきたサイダさんの姿があったから 
(^・^)
ご同業者同士のごあいさつだったようです。
わたしたちは出されたお茶におかあさんは“砂漠が水を吸う”ようなようすでしたし、わたしはおかあさんの掛けた真っ赤なソファの座り心地を試していたので会話を聞きそびれはしましたけれど 
=^_^=

ふと思う。
わたしたちのお金は徒歩圏内と、車でのお買い物とどちらに比重がかかるのか、と。


洋々堂にては『猫の手帖』を求めにまいりました。
お店番はおにいさんで、カヨコさんは2Fのcaféで“くっちゃべってるよ 
(^・^)”とのことでありました。
ホームページが再開されたことを告げ、いろいろと至便なサーバーを教えてくれたことにお礼を申しました 
m(__)m


夕刻、いつもの土曜日よりも早い時間にヤリちゃんが乱入して来ました。
ふむ、明日のご同行の件ですかにゃ 
=^_^=
きっと楽しい旅になることでしょうよ 
(^・^)
(去年の日記参照)
“何、着てく?”
から彼女たちの話は始まるのですけれど(失笑)

その前に、室内に放置された木曜日に高島屋で調達されたほうきにヤリちゃんの関心は止まりました。
“そーよ、そのことよ 
(・・)(。。)
おかあさんは鬼平口調となる(失笑)
さきほどのおそうじにはこれがワックスをかける前に用いられ(土曜日には毎週神事の如く簡易ワックスが塗布される)、
“ひゃーーー! 
なんてきちゃないおうちなの!!”
というように、ワイパーよりも掃除機よりもゴミが発掘されていたのでありました 
f(^ー^;
これ、追加されることでせう 
(^+^)

ヤリちゃんはお約束があるとかで退出すれば入れ替わるようにおにーさんが入室してまいりました。
わが社の今日の土曜日のお茶はKALDIの水出し紅茶で、おかあさんのお気に入りはおにーさんにも好評でありました。
折しも爆音が聞こえ、三市合同から7年ぶりに復活した浦和競馬場の花火大会の音響で、わが社からは音の時間差2秒の距離というのに鑑賞できるのです 
(^・^)
デジカメで撮影すると、おにーさん語では、“新惑星発見か?”となるのですけれど 
f(^ー^;
おさんぽに出た際に見た浴衣姿は、こちらに出向くところだったのですにゃ。
“いちばんきれいなのは若いすっぴん”と、マスカラマニキュアたちは数十年後に結論するのでしょうか?
江戸時代に生きていたら、わたしたちも“イナセな入れ墨”に惚れていたかもしれないですものにゃ 
(^^ゞ


8月10日(金曜日)

暑中よりも残暑の方がきびしいものがあるかも (^_^;
と、昨日の94才も云っていた、とか。

夏季休診を前に、おにーさんは駆け込み患者さんをこなし、往診も、と多忙でありました。
おかあさんは、お盆を前にお仏壇のおそうじをしつつ、各所からのTel待ちでありました。
ITが何の彼と云っても、結局は“話せば分かる”とエライ人が言っていたといふではないですか 
(^+^)
おかげさまでサーバートラブルも夕刻には解消して、わが社のホームページが閲覧できるよう復帰しておりました。ほっ 
f(^ー^; 

大手のところへ確認を取れば、Telは“ガイダンスに従って”と、いくつかの番号をpushして担当者に繋がりますし、代理店は“担当者変わりました”と、ケータイの番号を教えられるのであります。“Telは会社の顔”ではなくなったのかもしれません 
;^_^)

とにかくホッとしたところで日中の暑いさなかおさんぽに出ました 
=^_^=

赤ちゃんがきたのお店を見れば、薄手のハイソックスを求め(すぐにつま先に穴を穿つ)、箸箱入りのお箸があったので時代の記念にと、男物、女物を揃えてみました 
(^・^)

おかしのまちおかでは『きなこ餅』というおせんべいを置いてあるだけ! 5袋求めました。叔母さまのおともだちも平らげて行ったようでしたから 
(^^ゞ

アオキ花屋さんにお盆のお花を調達に行けば、
“今、ちょうどチカちゃんのことを話していたの 
(^・^)
と、奥さんもトシキくんもHigh なのです 
(・_・)......ン?
・・花屋のみなさんはおかあさんの困った顔を見るのがとてもたのしみなようで、それは、わたしには“忘れなくてもいいよ”と云っている方からの花キューピッドにてのアレンジ注文があったからなのでした。おかあさんにとっては元夫から、と 
(・_・、)
季節ごとに送られてくるお花へいつもおかあさんは困惑したまま、なのですけれど・・

“・・では、お盆のお飾りもお墓参りのお花も明日、また参りますね 
(;^_^;)
というようにアオキ花屋さんを後にしました。後刻、白百合のアレンジが届きました。

洋々堂へは、おかあさんはやや暗い様子で入ったかもしれません。隠せないヤツ(失笑)
“チカコさんはまだ●●さんのことを好きなのよ 
(^・^)
カンタンに言うね〜 
f(^ー^;

わたしたちはビッグコミックと『アーサーくん』を求めるところで、先のお客さんに精算をお譲りしました。

“今の『ホストとの遊び方』の人のお財布が多分ビトンの本物で、わたしのお財布はニセモノだと思うわ 
(^・^)
というお財布からお金を出せば、カヨコさんは、“しーーーーっ!”と、おかあさんをたしなめる、と(失笑)

帰宅してわたしが階段を上りきって自宅部分に戻れば、おかあさんは再び階下に引き返し、水を打っていました。焼け石に水(失笑)
効果はともかく、夏の風情でしょうか? (^・^)

おとなりのお宅の風鈴がちりりと聞こえ、おかあさんといっしょに“尾崎豊”の番組を観ました。
ミューズに魅入られる美は、時を経るほど鮮明になるようです。
美しい夏の夜でした。

なるたけ神から遠ざかりたいものですけれど 
(^+^)


8月9日(木曜日・休診日)

35℃を超える日を今年から『猛暑日』ということになったそうです。
猛暑!! でありました。
長崎の原爆を思う。 

わたしとしてはなんとも納得のいかないことがつづく日でありました 
(-.-#)

“エアコンを稼働させつづけているから”と、おかあさんがフィルターのおそうじを始めれば、その稼働は止まり(嘆)

夏季休業のお盆には越生までのドライブが控えているからと、車を出すにあたり、叔母さまを誘えば、ほいほいとご追従なさるのですが、
高島屋でおともだちと待ち合わせをしているから”と、まずはおかあさんと連れ立ち、ずーーっとわたしは叔母さま宅に待ったままでした(嘆)
彼女たちはおともだち(94才・ヘルパー付き添い付き)と別れても高島屋の郵便局に立ち寄り、さらにはお買い物をし(夏のバーゲン!)、ニトリまで行きお買い物。バスルームの椅子やら洗面器を新調していました。
さらにその付近にある、イタリアンレストランでお茶までしていたのであります 
`_´
わたしへのおみやげは同店のケーキで、不覚にもおみやげをおいちくいただいてしまったのですけれど 
(^_^;
レストランは“トスカーナの森”という意味の名前でありました。

お風呂の椅子は丈の高いもので、叔母さまは、
“いいわね、おにいちゃんはラクになることがあって 
(^・^)
なんて云っていました ;^_^)
叔母さまの院のお玄関マットもニトリで新調しては、古いものは持ち帰っておかあさんがお洗濯していました。新しい洗濯機はかように酷使されるのです 
(^^ゞ

帰路立ち寄った、オカノ鉱油の最後の1店での給油とエアチェックくらいが本来の目的を果たせたところでした。
以前いたバイト少年がいてくれて和んだことです 
(^・^)

でも、今日のおさんぽはわたしはおもしろくもなんともありません 
(-.-#)

ゆうごはんの前、おにーさんが見たいというCDはDVD仕様ではなくPCでMedia playerで再生すれば(このファィル形式はおかあさんのお得意 
(^+^))、なんでおにーさんがおかあさんのお布団に横たわって観てる!!(怒)(怒)
おかあさんはあっちの方でぱたはたしていましたが、わたしはおにーさんといっしょに“鼻から内視鏡”をしっかりと2巻観てしまいました (^+^)
お鼻の大きさには差異のあること (^+^)

ゆうごはんの後、みんなで『ランボー』を観戦していました。
ハードなものを見終わった頃Tel。
患者さんが緊急入院の報で、おにーさんは入院先に駆けつけました。わたしたちは緊張のうちに待っていました。

・・結局は亡くなったようなのですけれど、日付はとっくに変わっていました。


8月8日(水曜日・立秋)

♪風立ちぬ〜 ではありますが、云うまいと思へどけふの暑さかな ;^_^)
英語で言うと、
You might think but today's hot fish
おにーさんが高校の英語の時間に習ったフレーズだそうですけれど 
f(^ー^;

そのおにーさんの昼食をすませれば、わたしたちは大宮の叔母さま宅へと定期便であります(汗)

叔母さまは甲子園を観戦中でありましたが、はいはい、ご体調が優れないのね 
f(^ー^;

わたしは一巡しては定位置のお縁に座を占めましたし、おかあさんは諸般の荷物を搬入してをりました。
いつもよりも多いのは、ひとつには、イトコのヒロシ君の来訪予定で、彼のこどもたちは遠路熊本より来るので(それぞれの家庭の事情というものかあります
(^+^))、おかあさんとしてはお接待に飲料の用意くらいしておきたいところでしょう (^・^)
チカコおばさんは、こどもたちに持ち前のキャラクター商品なぞも献上していました。くす、わが社にはいくらでもこんなものは揃っているので(^+^)

もうひとつには、お盆休みでもあり、来週には叔母さまのところへ定時訪問できないようなので、冷凍した食品なぞも持ち込んでいたのであります。叔母さまはウルさがっていたけれど、きっと役に立つものなのです。

わたしの座したお縁からはおとなりのビル建設のようすが見えました。どんどんと背を伸ばしていく骨はご近所でいちばんののっぽさんのようです。
また、逆の側にある風俗のお店にも異変がありました。
(6日の日記参照)
“店内改装”どころか、お店の入れ替えをするそうです!!
閉店から2週間にも満たないのに、不動産の入れ替わりがなされるとは、なんとスピード感に満ちた世界なのでせう 
(○_○)

おかあさんはセコセコさ動き、叔母さまは、
“戸締まりしなくていいからラクだわ〜 
(^・^)
なぞ申しては、郵便局に各種会費を振り込みに出向いてなぞもをりました。元気ぢゃん(失笑)

やっと! のお茶の時間には句会提出の句も出来上がっていましたし
(おかあさんが書き換える 
(^+^))
レセプトも出来上がっていましたので、どちらも医師会に提出しに行きました。

途中、アイスクリームなぞの差し入れを調達をし、わたしはしばしの車内待機をばしていれば、おかあさんたちは、何ぞの会とやらのお弁当をおみやげにいただいて来ていましたけど 
(^+^)

帰途、叔母さまの戦中期の日々が話題になりました。
“十一里遠足”というものがあったのだそうです。
あまりにオモシロそうなので、わたしは運転席のヘッドレストにて助手席の叔母さまのお話を伺っていれば、たちまちに叔母さま宅に到着してしまいました。惜しい! 
(^+^)
戦時下の女学生の生活を聞くにはまだまだ時間がありそうです 
(^・^)
“ないわよっ!”
って、叔母さまは常に云うけど(失笑)

帰宅後は、当院の灯りも落とされ、おにーさんに慰労のお茶が出るまで、おかあさんはやたらとタッパーを洗っているのでした。
わたしのごはんはその後で、大宮の上総屋さんのお肉はとってもおいちいのです。わたしのささやかな役得というものであります 
=^_^=


8月7日(火曜日)

暑い暑い日で、夜から朝までも30℃以上にならないようにわたしたちの寝室にもエアコンが稼働しました。
叔母さまはTelにて、
“『暑中見舞い』なのかしら、『残暑見舞い』なのかしら?”
と訊いてきました。
“今日中にお返事を3通書き上げられるならば『暑中』ですよん 
(^・^)
明日には『残暑見舞い』ですよん 
(^・^)
と、お教えしました。明日が立秋ですから 
(~Q~;)

夏休みには、イトコのヒロシくんが叔母さま宅を訪問するとやらで、ご一行の飲料も調達していましたにゃ。
子だくさんのご一行はただいまハワイに旅行中とやら 
(^^ゞ

おかあさんは叔母さま宅に持ち込む食料の調理にかかりきりで、火を通さないディッシュというのはなかなかないもので(汗)
苦し紛れに電子レンジに下ごしらえの力をも借りていました。
そこまで完了したところで欠かせないのがわたしのおさんぽであります 
=^_^=

“毛皮を背負って、暑いでしょ? 
(;^_^;)
と、みなさまおっしゃいます 
f(^ー^;
わたし自身はそんなに暑さにヘタばったもいないのですが、おかあさんは犬のように舌を出して呼吸しているかもしれません 
(^_^;

マツキヨでは、日焼け止めローションとクールにボディーローションを求めました。わたし用ではなく、もちろんおかあさん使用のもの、です。

洋々堂には週刊の服部幸應お料理ムックと隔週刊のKittiyちゃんムックとカヨコさんが待っていて、ラメ入りの日焼け止めをおかあさんといっしょに試し塗りしては、
“いいぢゃん 
(^・^)
など云い云いしてをりました。くす、きっとカヨコさんはすぐに買いに行くことでしょう 
(^+^)
蛾の鱗粉と間違えられなければいいのですけれど 
f(^ー^;

帰宅すればいよいよ暑く、キッチンにて火を使う前、お外に“焼け石に水”が打たれていました。
折しも、お薬屋さんの来訪のときで、水まきのおかあさんに名刺ごあいさつをする向きもありました。水まきしてると、いかにもカンロクのあくまでうすいおかあさんでありましたけど(失笑)

キッチン仕事の監視はわたしのお仕事で、冷房の効いた方面より、
“ぎゃ゛ーお゛!!”
と指揮棒を振るのでありますが、“おとなしいのねー 
(^・^)”とわたしを鑑賞する方たちには想像もできないことでしょう。
(“よ”を付け加えたい(嘆)・・母談)


診療を終えたおにーさんは、まずビール!
わたしのごはんが済むのが待ちきれないようでした。その後が人間のごはんなのですけれど。

さらには、スタッフの帰郷おみやげの“感想を言わなくちゃ”と、徳之島の焼酎をご所望でありました。
酔いの回りは早く、なんだかやたらハイのままでしたけれど 
f(^ー^;

突如、浦和高校の校歌が出、まさか、とは思うのですが、“大和心の香も深く 匂ふや庭の桜花”って、今も歌い継がれているのでせうか?
学園闘争の時代も経(ふ)るままに・・・

さらに遡る戦時中番組のある8月であります。
米軍捕虜の日本兵記録番組をいっしょに観ました。
生きて証言することの大切さは感じたことです。
わたしたちの手許にあるパパさん遺品の陸軍省発行『作戦要務令』という手帳サイズの冊子には“俘虜のはずかしめ”という項は探しても見つからないのですけれど 
(ロ_ロ)ゞ
夏休みには、こんな番組にけっこうハマるおかあさんたちです 
;^_^)  


8月6日(月曜日)

62年前もきっとこんなに暑い日だったのです。
敗戦レジュームの教育を受けたおかあさんには、9条を侵す踏み絵はきっと踏めないことでせう。

平和の世にあってのたのしみは、シャンプータイム決行!! でありました 
=^_^=
雨だとか、院長室にレセプト作業が入るとかで1ヶ月以上間が開いてしまったので、わたしには待望の時間でした。
積極的にバスルームに進み行ったものであります 
(^・^)
バスタブでは『愛馬進軍歌』、ドライヤーには『出征兵士を送る歌』をおかあさんと斉唱しては、真っ白ねこさんができあがるのです 
(^-^)

真夏の陽に、新しい洗濯機で洗ったタオルもすぐに乾燥するのでありました 
(^・^)
おさんぽに出るころには、わたしもすっかり乾くほどでありました。
しかるに、“暑いでしょ?”なぞ声をかけられるのでありますが 
f(^ー^; 

新しくできたこども用品屋さんでポップなものを覗き、赤ちゃんがきたのお店も覗きます。
どちらにもかわいいものがありますけれど、ペット用よりは安価です 
(^+^)

洋々堂ではおにいさんがお店番をしていて、ちょっとよろしい情報をPCにて示してくれたものであります。
当院のホームページがサーバーと連絡のつかないまま、ゆうれいページになっていて、“新しいドメインからアップをするべきか?“というようなことをおかあさんは小悩みしていたのですけれど 
(^_^;

わたしたちがPCを覗き込んでいると後ろからチョッカイを出すのはお店番交替のカヨコさんで、狭いカウンター内で大人3人+猫ひとりでたいへん混乱してものであります 
(^^ゞ
加えて、
“あら゛ー! るうちゃんひさしぶり!”
のお客さんは、本屋さんをわたしたちとの出会いの場としているのか(汗) 

この夫婦は扇風機の増設について、多分、語っていたのだと思います。
“古い扇風機の前に氷置いて冷やそうっての?
って、氷を1貫目買おうったって、今、氷屋さんなんてないぢゃない!“
おかあさんが主張すれば、おにいさんは古い扇風機をかように使おうとしたのは諦めたのか、かつての氷屋さんの記憶をおかあさんと辿っていました。
わたしの記憶にある限りでも、中山道の針谷は患者さん関連でありましたから確かです。
“『氷室誠』までは、氷屋さんは現役だったのかしらね〜”
って、『愛と誠』って、わたしは古文で習ったかしら?って、学校に行ってないけど 
=^_^=

“街道には人の作った歴史がある”と司馬遷太郎先生はおっしゃっています。
街道までたどり着けなかった人々のことを思う、8月6日。

同じ街道沿い、大宮の宿に住まう叔母さまと数日ぶりに電話できました。
いつもお話中なのは如何したものかは?(失笑)

4月来の隣のビル被害については、やっと業者さんに入金があったそうですし(手数料差し引き(失笑))、前の風俗店が“店内改装のため”と張り紙があって休業していたのは、
“私服警官を呼び込んでしまったんですって!!”
ということで業務停止のようですが、
“その情報は誰に聞いたの?”
・・銀座にも道玄坂にも歌舞伎町にもカラスはいるし、大宮にもすずめは住んでいるのですにゃ 
(^+^)


8月5日(日曜日)

蒸し暑い朝を、エアコンを付けたまますヰーとに過ごしました。
Kaldiの水出し紅茶をおかあさんは感動をもって飲んでいましたが、お茶にはわたしの興味はありません 
=^_^=

ゆっくりとした朝を過ごしたので、ファームランド方面へ出発するころには、夕立ならぬ昼立ちのように雷鳴が轟いては、天気雨も降り出していました。くわばらくわばら 
f(^ー^;

ファームランドみぬまは、今ではすっかり固定客がついたようで、わたしたちが出向く時間には、“残り物に福”の状態なのですけれど 
(^^ゞ
おかあさんはハラダ氏夫妻から自販機のお茶をごちそうになっていましたにゃ。
角上魚類でも、同じくわたしは車内待機でありました。もっと暑かったら、おかあさんはわたしを車内に置くことはないことでせう 
=^_^=

車から降りたのはホームセンターのshimchuで、いつ何時行ってもおかあさんには何かと買うものが生じるところです 
(^+^)

ペットコーナーに行けば、常設ではないIAMS販売のおねえさんとまた出くわすのです 
(^・^)
(7月8日の日記参照)
すっかりなかよしになって、たくさんの試供品と共にハンドタオルもいただきました 
m(__)m
もちろん、IAMS 製品は調達しましたけれど。
わたしのことを、“何でも分かっていそう”と正しい眼力をお示しでもあります 
(^+^)

こほ。肩乗り猫というのもかなり珍獣でしょうが、同じ場所でわたし以上の珍獣がありました。
さぎ!だ!”
というようにおかあさんは発音していましたけど 
(○_○)
耳の垂れたロリーポップうさぎさんがカートに乗ってお買い物を遊ばしていました。
飼い主さんとおかあさんがお話を始めるとうさぎさんははしゃいでカートから飛び出しそうでありました。くわばらくわばら 
(;^_^;)

本来の目的は、あく取りおたまとかき揚げ用のおたまを求めに行ったのですが、安売りワゴンにありました。
兼用のスグレものが存在するようですけれど、通販の世界のことなのかしらん? 
(?_?)

夕方、本格的な夕立ちがあり、ひさしのないわが社では、おかあさんが走り回っては窓を閉ざすのが慣例であります(汗)
わたしたちがビッグコミックオリジナルから『源氏物語』と読書していれば、ヤリちゃんがやって来ました。
雨宿りのようです。平安の風情のまま、おかあさんの好きなDr.Pepperをいっしょに飲んでいました。阿久悠とは無関係のことだと思いますけれど 
=^_^=
Dr.pepper,Mouttain Dewなぞは、コーラと同様、ヤリちゃんも含めておかあさんの青春の飲み物だったものが今復活のきざしなのです

わたしには“神世の昔”の時代のことですけれど =^_^=

過去の遺物になる前に今の息を存分に吸っておこっと 
=^_^=  


8月4日(土曜日)

とてつもなく暑い日で、終日どこかしことエアコンが休まる間がありません。
院長室では、レセプト作業中につき、終了するまで、院内同様フル稼働でした。

院長室方面はわたしには気が気ではないのですが、おかあさんにはお茶出しの作業が加わるのです。
これが面倒なのかといへば、女性たちと何かとおしゃべりするのが楽しそうです 
(-.-#)
彼女たちは昼食を近くのオリジン弁当に買いに行くのですが、
“何召し上がってるの? 
(^・^)
というように、お話するのが楽しそうなのです。もっちろん!! この時間はわたしは入室はできません 
`_´
わが社にみえるときにだけお弁当屋さんを利用するそうですが、炊き込みごはんに数々のおかず(おから、茄子のはさみ揚げ、かぼちゃのサラダ等々・・)、主婦には“ひとてま”のおそうざいを楽しそうに選んでいるようです。

わたしのおさんぽは、彼女たちのお三時のお茶から逆算された時間であります(嘆)
夏休みのこととて、小さい、また中くらいに小さい人間たち、そしてしばしばその母親たちからも“かわいい!!”のコールをあびるのですけれど 
f(^ー^;

洋々堂では、カヨコさんではなくおにいさんがお店番をしていて、本に掛けるカバー作りの内職をしていました。
『サライ』は石原裕次郎特集でしたので、待合い室用にと求めました。
わが社の待合い室には『魚八景』が設置されており、おにいさんは傍らのPCに同じような水族館を出してくれました。
くす、ずった前、PCで金魚を育てる流行があったことを思い出しました 
(^・^)

カメラのさくら屋にて、石原裕次郎特集をば披露すれば、イガラシさんは、
“わたしもたくさんあるわ、カセット 
(^・^)
カセット!! 
(;^_^;)
“小樽の記念館には社長に連れて行ってもらったわ (^・^)
さくら屋の社員旅行は石原裕次郎記念館!! 
f(^ー^;
・・・よいお店ですね 
(;^_^;)

おかあさんは門前に“焼け石に水”を打ち、院長室にアイスコーヒーを出してしばらく後には、早くも作業は終了しました。
よっぽど!! 患者さんがいなかったのか、おにーさんもしばらく院長室にありました(嘆)(嘆)(嘆)
キッチンにあつたおかあさんには、
“なんだ、おまえ、遊んでんの?”
おかあさんは小さなトーストを、ヤリちゃんだのマチコさんとわたしたちのために拵えていました (^+^)

診療が終わって、いただきもののどら焼きでお茶をしていると、ヤリちゃんも乱入して来ました。
誰もがサライで石原裕次郎を見、また、阿久悠へと話は移りました。平成生まれのわたしには遺跡のことです =^_^=
サライといっしょに『孫子の兵法』なんていう文庫を求めてもいましたけれど、2500年前に完成していたのか?(汗)

ネットでの調べ物での成果でしょうか?
“昭和3年の越生町”なる写真をおにーさんに見せておりました。
詳細は判別しづらいのですが、駅前に並ぶTフォードを示しているのを“パパ、なんぢゃなーい?”などおかあさんは云います。
“栄華必衰”って、むかしから云うようで (^^ゞ 
パパさんのお話を口承したら面白かったかもしれないのに、ね 
(^・^)  


8月3日(金曜日)

猛烈に暑い日で、台風の影響で強い風も吹いていました。
月初のこととて、院長室にはレセプト業者さんが詰めていましたし、朝から漏電の検査も入りました。
午前9時に来客を迎えるには、おかあさんは苦しそうであったけれど 
(^+^)
ブレーカーを落としての検査ですが、院内ではPC稼働中につき、外部の配電盤検査のみでご放免いただきました。

お昼休みには内視鏡の業者さんが入り、次期のリースのご案内をしておりました。
医療機器のこととてわたしたちには不明ではありますが、毎度のこと、おにーさんは桁違いのことを云うのです 
;^_^)
何事もお仕事が優先ですけれど。

たのちいおさんぽでは、新しいお店を発見!!
中山道を渡ったところに、先日より開店の待たれる子供服やらその用品を扱ったお店が開店していました。
お店の名前は“COSUCOJI”
POPな色の爆ぜるお店でご祝儀に黒猫さんを求めました。あまりよろしくはない目つきの子です 
(^^ゞ


カメラのさくら屋の前で出合ったのは、日傘に和のワンピ、白い髪らバラ色ほっぺ、わがご町内会でおかあさんが最も頼りにしているヨシオカさんでありました。民生委員他にもご多忙な方です。
尊敬申し上げております方はケータイをば取りだし、愛猫くんのお姿を示すのでありました 
(^^ゞ
“ノラ出身”なぞ仰りますが、おぼっちゃまだか“若”にだかのごようすに、わたしたちの感想。
“猫って飼い主を選ぶものですね〜 
f(^ー^;

洋々堂で『アーサーくん』を求めれば、カヨコさんはいち早くおかあさんの足下に目を止めます。
“夏っぽいぢゃん!! 
(^・^)
おかあさんは早速に新しいサンダルを下ろしていたのです。
ただし、ペディキュアを施せるような足ではありません。爪なんて、人差し指(足で人を指すか??)から小指にかけてちっさなちっさな爪なのですから 
(^x^)
カヨコさんに云わせれば、それは進化だそうですけれど 
(^_^;

取って返せば、院長室の午後のお茶の用意で、アイスコーヒーはペットボトルのものをお出ししていましたにゃ。
おにーさんにもおまけ 
(^・^)
しばし、わたしはエアコンの効いたリビングでお昼寝。
『アーサーくん』には膵臓が取り付けられていましたけど、肺静脈肺動脈あたりからおにーさんが見直した方がいいかも(失笑)
おにーさんは、
“何でも収まってりゃいいじゃん 
(^・^)
って云ってますけど ;^_^)
テキストには、“肋骨を一旦外し”なんて書いてあるけど、いつも亜脱臼しているようです。深夜“痛い痛い”と、夢では聞こえたり 
(^x^)


夕刻、院長室での作業の終了を確認にまいりました。
おかあさんが彼女たちとおしゃべりしているものだから、ついに!! わたしはお廊下から、
“ぎぉを゛ん!”
って、云ってあげました。
というように、しばしば、“おとなしいわね〜!”と云われているわたしの本性を知る機会に恵まれる方もあるのですにゃ 
=^_^=
家庭内音声がほとんど筒抜けともいえるかも(失笑) 


8月2日(木曜日・休診日)

ものすごく蒸し暑い休診日でありました (~Q~;)
おかあさんは嬉々として洗濯機を回しておりましたが、かようなピーカンには乾燥機能の実験はするに及ばず 
(^^ゞ
脱水機能が充実しているのか、単に気温が高いせいか、お洗濯はすぐに干からびていましたにゃ〜 
(^・^)

午後にはおかあさんはお出かけをしていて、お買い物なぞをしていたのでせう。
毎年のごとくの白いサンダルなぞを持ち帰っておりましたが、おにーさんが見れば去年とも、また、一昨年ともその前の年とも区別はつかない、と思います。
“物持ちがいいね〜
(^・^)
なんて反応するのは、小学校の頃より同じようなものを佩用しつづけていたのかもしれません。ananに身を捧げていた頃にしても 
(^+^)
靴もお服もしばしばの政権交代を繰り返しています 
(^x^)


夕刻、おかあさんが戻れば、わたしはおなかを空かせていますし、おにーさんは缶ビールを空けてのお出迎えであります 
(^・^)
おかあさんはお外で遅い昼食を取っていたところで、自身はおなかは空かせていないようでしたけれど 
^+^

TVでは台風のニュースが続いていました。
わが社のナースは、ご実家の徳之島に一旦行けば帰れないのが毎年のように繰り返されています。
遠い遠い島と、おにーさんの日本地図をば取り出すのです。
なるほど!
って、わたしも毎年のように沖縄方面の地図でナットクするのでありますけれど 
f(^ー^;


それよりか気がかりそうだったことは、わが社のホームページのことで、
“サーバー乗り換えて、新しいドメインで出発するか?”
と、レンタルサーバーの検討に入ってもいましたにゃ。
わが社の情報を提供するだけですから、あまり重い作業でもないんぢゃないかしら 
f(^ー^; 


8月1日(水曜日)

お昼前に洗濯機が届き、おかあさんは嬉々として本日分をmachine washしておりました。
(7月29日の日記参照)
わが社で求めたのは高価なドラム式ではなく、それでも送風乾燥機能を持つものでありました。おかあさんは乾燥機より外干しを好みます 
(^+^)
おにーさんは、
“ふーん、見たらすぐに使い方がわかるね 
(^・^)
ステンレスでできてるんだ。
洗濯機なんてまだ進化の余地があったとは!! 
^_^;
と感心しています。
“より早く、よりきれいに省エネかつ環境に優しい”、何にでも応用の利くテーマでありますが、製品となると価格との相談もありましょう 
(^_^;

昭和30年代の三種の神器にお洗濯を任せては、叔母さま宅へと出向く水曜日であります。
ところが、大宮はお祭りで、梅雨明けもあってのたいそうなにぎわいを予感させておりました。
中山道が午後5時には通行止めになるので、おかあさんは早回しで動かねばなりません。
しかるに、月初には叔母さまはレセプト病(作業がキライ(失笑))となるのでごきげんは芳しくはないのです 
;^_^)
だもので、おかあさんの目を盗んでわたしに近づいた叔母さまのお手々を舐めてあげれば、
“るうちゃんって、化け猫に近づいてるんぢゃなーい?”
って、おかあさんに報告するたぁー! 
(`_´)

叔母さま宅のお縁から望めるおとなりには、ビルの柱がどんどん背を伸ばし、天までとどきそうでありました。

午後5時前には車は駐車場から戻され、しばしの路駐でありまして 
(^+^)
叔母さまとおかあさんは、お祭りを見がてら、ほんの目と鼻の先の中山道まで、まずは上総屋さんにわたしのお肉を求めに出ました。上総屋さんにはお祭り用の出し物、フライやコロッケ、オードブルが出番を待っていたといいます。
隣接の仲町のテントでは、
“お祭り見るなら車はどこかへ預けておいでよ 
(^・^)
と云われたそうですけど、それではお祭りが終わるまで帰れないことになるのです 
^_^;

宵前はまずこども神輿が通るのでわたしたちはジャマしないように叔母さま宅を辞去しました。
中山道の通行止め影響を避けて選んだ道では、大門町のお神輿連が出番を待つ場に通り合わせました。
“こんなにいるんだ!!”
と思うほどの半被衆が出番を待っていました。いなせな女の人もあまたおりました。

お祭りのにぎわいを聞いていた車窓を閉め、カーラジオを付ければ!!
なんと!! 何故かNHK FMでは南春夫御大の『俵星玄蕃』が全曲演奏を始めるところでありました。
昨夜の同じくNHKTVで『知るたのしみ』でも南春夫について森村誠一が語っていたものであります。
おそるおそるのように後部座席にあったわたしを伺うおかあさん。
くす、わたしはご期待に洩れず、後部スピーカーに首を伸ばして傾聴しているところ、でありました 
=^_^=
“やっぱり“というように、おかあさんは運転中のこととて、少しばかり天を仰いでおりました。
それは、わたしが最初に軍歌に感動した場面とも似ていましたし、また、やはりたまたまカーラヂオで聞こえた浪曲に感動していた場面とも似ていました 
(^・^)

以前、村田英雄御大の『無法松の一生』に感動したときには、おかあさんは歌って聞かせてくれるほど練習してくれました。
『俵星玄蕃』もいっしょに歌いたいものです 
(^・^)
(ムリ、だと思う ^_^; ・・母談)

わが社ひとつモンダイを抱え込んでい、クリニックのホーページにアクセスできないのでありまして(汗)
今夜のおかあさんの宿題 
(^+^) 

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