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シングルのベストセラー 長期集計 1  ♪

ある週刊誌の出した集計

話をまとめた時期:2004年1月

井上さんのサイトは多方面に渡って話題が出る上、それぞれの方面に詳しい方がいて、おもしろいコメントや連絡も入るので、ある時ちらりと「映画以外も」という話があった時、どういう風にアプローチしたらいいのかちょっと迷ってしまいました。その時は何から手をつけて良いかも方法も分からず暫く考えるだけにしていました。

まだ天才的な案は浮かばないのですが、せっかく機会があるのに何もしないのは惜しい、何か書いてみたいという気にはなって来たのです。それで取り敢えずドイツではどんな曲が売れたかという話から始めてみようと思います。まずは状況報告という形で。

ドイツはメディアの様子が日本と少し違い、日刊新聞の文化は日本ほど発達していません。発行部数も少ないので割高という印象。雑誌の方もまた日本とは多少違い週刊誌、月刊誌などありますが、わりと専門ジャンルが固定していて「1冊で裸に近い女性の写真から深刻な政治問題まで全部扱う」というのはありません。一般有名雑誌というのが3誌ほどあり、それを見るとドイツの表の顔が分かります。3誌には政治に関心が深いもの、ライフ・スタイル、流行などに重きを置いているもの、その中間ぐらいを狙っているものがあり、今回はその中間の雑誌を参考にしてみました。盛りだくさん、様々なテーマが載っていますが、今回はこれまでに売れたシングル・ヒットのタイトルを挙げます。

結果を出すにあたって60年代、70年代、ジャズ、ロックなどと区分をせず、全時代を総合してまとめた売上チャート、批評家、消費者のアンケート、大手の雑誌、内外のラジオ、ジュークボックスなどを参考にしていて、その数48となっています。雑誌側の意見は「結果に驚き、反論もあるだろう」なのですと。ドイツで著作権を公的に扱っている機関には500万曲が登録されており、その中から100曲を選ぶのはどだい無理だというのが最終結論。それでも興味深々。以下の結果が出ています。

アーティスト タイトル コメント
マーヴィン・ゲイ 1 I Heard It Through The Grapevine, 1968 やったぜ!ソウルが1位
ザ・ビーチ・ボーイズ 2 Good Vibrations, 1966 ザ・ビートルズより儲けているという話は聞いたことがありました。
ザ・ローリング・ストーンズ 3 (I Can't Get No) Satisfaction, 1965 なるほど、それでザ・ローリング・ストーンズも女王陛下に表彰されたのか。ミックはこれからはサー・マイケルですか・・・。
ザ・ビートルズ 4 Hey Jude, 1968 ザ・ビートルズが4位というのは意外でしたが、私はこの結果(これより上に選ばれた人たち)に満足しておりますぞ。しかしビートルズの中でこの曲が1番上というのは意外。
ジョン・レノン 5 Imagine, 1971 マッカートニー抜きの曲はあまり音楽的には好きではありません。レノンの場合、メッセージの方が重要なんだろうけれど。
クイーン 6 Bohemian Rhapsody, 1975 井上さん、クイーンです!
ニルヴァーナ 7 Smells Like Teen Spirit, 1991 奥方がコートニー・ラブだという以外詳しくは知らないのです。申し訳無い。
ザ・ポリス 8 Every Breath You Take, 1983 ポリスは多少聞きましたが、ドイツへ来てからはテレビ、オーディオ環境が揃っていなかったため、かなり聞き逃しています。さらば青春の光という映画は良かったけれど、あそこではスティングは俳優だった。
マイケル・ジャクソン 9 Billie Jean, 1982 ジャクソンが9位というのも意外。もう少し上かとも思いました。シングルのただの1曲の競争だからこの辺なのかも知れません。この曲はソウルでなく、ポップスに入れるべきでしょうね。
オーティス・レディング 10 (Sittin' On) The Dock Of The Bay, 1968 健闘。ヒットした時本人が亡くなっていたというのが悔しい。本人の歌の他にもセルジオ・メンデスなどでカバーされていました。
ここより上トップ10
アレサ・フランクリン 11 Respect, 1967 オーティス・レディングで有名な曲。ブルース・ブラザーズのおかげもあって大ヒット。
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド 12 Relax, 1983  
ボブ・デュラン 13 Like A Rolling Stone, 1965 デュランは苦手。彼の歌、どこが上手いのか未だに分からないのです。
ザ・ライチャス・ブラザーズ 14 You've Lost That Lovin' Feelin', 1965 クールだった。白人でソウルに食い込んだ珍しいデュエット。プレスリーもカバーしていた。ビル・メドレー、ボビー・ハットフィールド。
セックス・ピストルズ 15 Anarchy In The UK, 1977 短命でありながら大きな話題を残した。
アバ 16 Dancing Queen, 1976 アバは特に追いかけませんでしたが、失敗はしないから安心して聞いていられるグループで、欧州では日本以上にコンスタントに受けています。何度もカンバックの誘いがあるそうですが、グループの方針で全員のカンバックはせず、古い CD を売る道を選んでいるようです。変に最盛期のイメージを壊さないのも利巧なやり方。
私はアバがユーロビジョン・ソングコンテストに優勝したばかりの時にたまたまドイツにいましたが、アバはドイツ人ではないのに、馬鹿受けしていました。
アイク&ティナ・ターナー 17 River Deep – Mountain High, 1966 アイク & ティナ・ターナーは R&B ですが、ソウル・ファンの私も注目のグループ。残念ながら解散、別離、ゴタゴタがあったようです。その後のティナのヒット曲に比べ、本人が苦しい生活をしていた当時の曲の方に魅力があるというのは皮肉なことです。アイクの最近の住居は刑務所だという話が伝わっています。ティナの住居はケルンのちょっと先だそうです。ドイツ語も分かるんだろうか。
ザ・ビートルズ 18 Strawberry Fields Forever, 1967 マジカル・ミステリー・ツアーの1曲をスペイン語で聞いたことがあります。なかなか良かったです。
ザ・キンクス 19 You Really Got Me, 1964 ザ・キンクスが20位以内に食い込んでいるというのもうれしい。予想していなかった。ランクではザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズほどは行きませんでしたが、個性があったので好きでした。
プロコル・ハルム 20 A Whiter Shade Of Pale, 1967 ヒットした当時も耳にしましたが、ザ・コミットメンツでもやっていた。バッハのカンタータだから、教会のシーンにはぴったり。
ここから上トップ20
セックス・ピストルズ 21 God Save The Queen, 1977  
ジ・イーグルズ 22 Hotel California, 1976 いやあ、この曲には驚いた。
デヴィッド・ボウイ 23 Heroes, 1977 たいていの有名歌手の声は識別できるのですが、ボウイとマドンナだけはどういうわけか何度聞いても記憶に残らないのです。不思議です。
ソフト・セル 24 Tainted Love, 1981  
ジョイ・ディビジョン 25 Love Will Tear Us Apart, 1980  
ザ・バーズ 26 Mr. Tambourine Man, 1965 ザ・バーズはそれほど好きではなかったですが、この曲はちゃんと覚えています。
マッシヴ・アタック 27 Unfinished Sympathy, 1991  
デヴィッド・ボウイ 28 Space Oddity, 1969 モンキーズのデービー・ジョーンズと同じ名前だったりするので戸惑います。なぜか彼とマドンナの声は覚えられない。その上変身の好きな歌手で、メイクしてみたり、俳優になってみりするので、ついて行くのが大変な人です。
ネーナ 29 99 Luftballons, 1983 この曲(ロックバルーンは99)は世界的にヒットしました。ベルリン出身。英語版もありますが、つまらないと思っていました。しかしネーナ・ケルナー(ボーカル)は現在も健在で、最近も国内のラジオに登場しています。声は今も同じですが、売る時のイメージはかなり変えています。
なお、ここでは左から右へ書いているのでベルギーの旗のようになってしまいますが、ドイツの国旗は横割で上から黒、赤、金となっています。黄色でなく、あくまでも金。
スモーキー・ロビンソン & ザ・ミラクルズ 30 Tracks Of My Tears, 1965 スモーキー・ロビンソン & ザ・ミラクルズが30位以内に食い込むなんて、いやあ、うれしい。
パーシー・スレッジ 31 When A Man Loves A Woman, 1966 スモーキーに続きすぐパーシー・スレッジ。ザ・コミットメンツにも台詞で登場しています。ドイツ人は意外とソウルが好きだったんですね。それとも当時の人は正直にお金ちゃんと払ってレコードを買ったということなんでしょうか。
Sinead O'Connor 32 Nothing Compares 2 You, 1990 アイルランド人は時々ドイツで有名になります。レコードの売上はそれほどでもありませんが、ケリー・ファミリーなども絶対的な知名度を誇っています。
マーヴィン・ゲイ 33 What's Going On, 1971 うれしいですね。またソウルが入った。
ピンク・フロイド 34 Another Brick In The Wall, 1979 私がこちらに来た頃大流行していました。しかし町中で「教育は要らない」なんて言っていたので、「おいおい大丈夫か」と思っていました。
サイモン & ガーファンクル 35 Bridge Over Troubled Water, 1967 よく耳にしましたが、乗りにくい曲でした。
ストーン・ローゼズ 36 Fools Gold, 1992  
ジ・アニマルズ 37 The House Of The Rising Sun, 1964 ジ・アニマルズの方がジョーン・バエズより聞きやすかった。
ザ・ビートルズ 38 I Want To Hold Your Hand, 1963 この曲は意外と下の方なんですね。ドイツ語版もあるんですけれど。
ロッド・スチュワート 39 Maggie May, 1971 彼が欧州ではソウル歌手ということになっているのが納得できない。
ザ・フォー・トップス 40 Reach Out, I'll Be There, 1966 またソウルが入った。ザ・フォー・トップスは今でも時々ドイツに来ます。ザ・テンプテーションズに比べ覚えられる曲が少ないですが、リーヴァイ・スタッブスの声は覚えられている。ローレンス・ペイトンが死ぬまで4人は解散も入れ替えもなくオリジナル・メンバーだった。尊敬してしまう。
ロイ・オービソン 41 Oh Pretty Woman, 1964 4年間に22曲トップ・ヒットを出したとは知らなかったけれど、この曲は良く耳に入って来ます。ヒットの後信じられないような悲劇が続き、ほぼ引退状態に。後にドイツ人と再婚。80年代には有名な歌手がカバーし始め再び名前が知られるようになる。かつてのファンが有名な歌手、プロデューサーなどになっていたという幸運が続き、グラミー賞も飛び込んで来る。これから大ブレークという直前に発作で死亡。
ザ・ロネッツ 42 Be My Baby, 1963 ザ・ロネッツは50年代のグループかと錯覚してしまいます。それほど古い感じがしますが、それが却って好まれることもあるようです。あのフィル・スペクターがプロデュース。
ザ・スミス 43 The Charming Man, 1983  
ザ・ビートルズ 44 Paperback Writer, 1966 当時ブームに乗ってザ・ビートルズは出す曲、出す曲ヒットしていました。
ザ・ローリング・ストーンズ 45 Jumping Jack Flash, 1968 映画のタイトルにもなりました。
ザ・ドアーズ 46 Light My Fire, 1967 ホセ・フェリシアーノもカバーしてヒット。
マドンナ 47 Like A Prayer, 1989 マドンナの曲で感心したのはマテリアル・ガールの方でした。彼女も変身が大好きな人で、写真を見てすぐマドンナと分からない時が多いです。声も覚えられない。ところで今年は映画界では前亭ショーン・ペンの年になりそう。
オアシス 48 Don't Look Back In Anger, 1995 英国の暴れん坊兄弟。
オアシス 49 Live Forever, 1994  
ジョージ・ハリスン 50 My Sweet Lord, 1970 聞いていて感じのいい曲でしたが、著作権問題でトラブっていました。確かに2曲比べると似ていますが、ああいう単純なコードは誰でも思いつきそうで、ハリソンはちょっと気の毒でした。出来上がった曲は編曲が全然違うので、真似したとは言い難かったですが。彼はロイ・オービソンのカムバックに協力したり、心優しい人だったようです。
ここより上トップ50

シングルの51位から100位まではこちら。
シングルのその他集計結果はこちら。

アルバムの1位から50位まではこちら 。
アルバムの51位から100位まではこちら 。
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